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『鈴蘭で喜ぶ幸福の欠片 』
イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)&リル・リル(ea1585)&クリス・ラインハルト(ea2004)&ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)&ライラ・マグニフィセント(eb9243)

●幸せの再来

 この日にミュゲを受け取った者には、幸運が訪れるという伝承があります。
 大切な家族に、親しい友人に、人生を共に歩む愛しい人に‥‥
 誰もが相手に幸運という奇跡が訪れることを願ってミュゲを手にとるこの日、街には様々なミュゲが溢れます。
 花はもちろん、ミュゲを象ったお菓子や、ミュゲの模様の小物など、その形は様々。
 今日は神聖歴1009年の5月1日。
 ミュゲの持つ花言葉に、相手への想いを込めて‥‥今日もまた、あちらこちらでミュゲを贈り、受け取る人々の様子が見られるでしょう。

●ミュゲの見下ろすその場所で

(今年も皆でミュゲの日を祝えるか)
 まずは自宅で愛する家族、妻と娘と3人でミュゲの交換をするロックフェラー・シュターゼン(ea3120)は日常への感謝と幸せをかみしめていました。
「幸せだなぁ」
 家族に限らず、大切な人の幸せを願う日です。大切にしたい存在が傍に居る日常はいつだって彼を幸せにしてくれるけれど、改めてその感謝を示せる日は一層その気持ちが強くなります。それはロックフェラーがなくした痛みを知っているからなのかも知れません。
「皆もそれぞれ家族が増えてたな‥‥ミュゲ、いっぱい持ってくか」
 そして思い浮かべるのは、今日顔を合わせる予定の友人達のことでした。
 しみじみしてばかりもいられないし性にもあわないから。彼らの家族の話を聞くのも楽しみだと思いながら、出かける支度を始めるのでした。

 セーヌ川の港に停まる軍船の甲板からは楽しげな声が溢れはじめていました。それは親しい仲間達が集まっていく証。イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)は自身の持ち船であり家でもある軍船を娘のライラ・マグニフィセント(eb9243)に請われ、パーティの会場へと変身させていました。
 停泊中の甲板には食堂から持ち出したテーブルや椅子が置かれ、料理も並び始めています。

 ふよふよふよ〜♪
 鈴蘭がたくさん詰め込まれた花篭から、黄色い蝶翅が生えています。その翅つき籠は今もふよふよ港を通り、軍船の上へとのぼっています。
「しふしふ〜♪ お招き感謝なんだよ〜」
 籠から聞こえる声はリル・リル(ea1585)のもの。気付いたライラが持つよと籠の持ち手に手を添えれば、ほっと一息が続きます。
「ありがと〜、でも早速配っちゃうから大丈夫だよ〜♪ まずはライラさん、どうぞ〜」
 言いながら、せっせと仲間達に一輪ずつ配りはじめました。
「おいおい、いくらなんでも早すぎないか?」
「大荷物はシフールにとって一刻を争うんだよ〜、身軽になっておけば、パーティーもより楽しめるもん〜」
 ロックフェラーの言葉に、ぷうと頬を膨らませるのは定番のポーズのようなものでした。互いに冗談の程度は心得ています。軽口をたたきながらも、笑顔で鈴蘭をやり取りしているのがその証拠です。
「じゃあ僕達からの分は、後で贈り合う時にお渡ししますね」
「そうしてくれると助かるよ〜。クリスさんも、はいどうぞ〜♪」
 その様子を楽しげに見つめてから、クリス・ラインハルト(ea2004)も声をかけました。受け取った鈴蘭の香りを楽しんでからありがとうございますと微笑みます。
「一輪でも、香りがいいんですよね」
 けれども、感じられるのはそれだけではないみたいです。
「この船にも皆が持ち込んだ鈴蘭がたくさんあるさね」
「そうだね〜。今日はどこもかしこも鈴蘭のいい匂い〜♪ セーヌ川からも鈴蘭の香りがしてきそうだね〜」
 吟遊詩人らしい一言に、方々から喝采があがりました。
「ここに来るまでも、たくさんの鈴蘭に出会いました! それだけでもたくさんの鈴蘭を贈られた気分になれますね」
 そんな特別な日だからこそ、自分からも多くの人に鈴蘭を贈りたい。そう思ったクリスはこの日の為に、ロックフェラーに声をかけて準備をしていたのでした。

 軍船のマストに、帆とは別の旗がたなびいて。それを見上げながら、改めてクリスは祈ります。
(この旗を目にした人に、幸せが訪れますように!)
 草木染めで緑色に染め上げられた糸で織られた旗は細く長く途中は広く、鈴蘭の葉の形をイメージしたもの。染め方が均一ではないからこそ、様々な緑色が集められた自然な葉の風合いを出していて。いくつかの縦糸が表に見えるような織り方も、葉の葉脈を意識してありました。
 旗には鈴蘭の花の刺繍があたかも葉と共に一輪と見えるようにあしらわれ、縁には葉を模した緑の飾りが縫い留められています。
 糸を染めて旗を織り、丹精込めて刺繍針を作ったのはロックフェラー、彼に託された針で刺繍をし、縁を飾ったのはクリス。この旗は二人の合作なのでした。
 旗の縁を飾る間にも込めていた祈りをもう一度、確かめるように旗に込めて。クリスは満足そうにうなずくのでした。
「船上でミュゲの日の集いなんて素敵です♪」
 改めてパーティーの発端であるライラへ目を向ければ、また新たな料理がテーブルに並べられたところです。
「あっシフォンケーキ〜♪」
 定番となったふわふわのケーキには生クリームも添えられています。たまらない様子でリルが近寄って、出ていないはずの涎をぬぐうそぶりまでしていました。

「さあ、みんな、良く集まってくれたさね」
 挨拶なんて堅苦しいのは、ライラがやるんじゃなかったのかい? そんな冗談交じりに腰をあげたイレクトラに仲間達の視線が集まります。
「今日はミュゲの日だ、ささやかだが、皆に幸運が訪れる様に」
 皆がグラスを掲げます。その中身は言わずと知れた、酸っぱくなってしまった古ワインです。
「「「馴染みの古ワインで」」」
 日常にこそ幸せが訪れるようにと願って、あえて古ワインを選んでいたのです。
「「「乾杯!」」」

「やっぱりこれなんだよな」
「もう17だし、古くないワインも好きだけど〜‥‥パリっ子にはコレだよね〜」
「酒場に行くと当たり前に飲んでましたからね」
「酸味があって当然って思ってしまうときがあるさね。つい料理もこれにあわせて作ったりね」
 冒険者の酒場で頼み慣れているせいか、別の場所でもついつい古ワインを頼んでしまうなんて冒険者ならよくある定番の笑い話なのでした。

「皆、集まってくれてありがとう、ささやかだが、料理はあたしが用意したものさね」
 ブイヤベースにチキンのポワレ・ソース・ディアブル、定番のシフォンケーキ生クリーム添え‥‥これらの料理は勿論、お菓子屋ノワールの主人ライラが作ったものです。
「ささやかなんてとんでもないですよ! いつも美味しいお料理ありがとうございます」
 一番の楽しみがライラの料理だと、クリスの顔が雄弁に語っています。
「そうだよ〜いつもおなかいっぱい、美味しい思いさせてもらってるよ〜」
 リルの場合は体のサイズもあるような気がしますが、ライラの料理になら埋もれてみたいと思っている仲間は他にもいそうです。リルの大きさならいつでもそれが出来るのだと思うと、なんだかとても羨ましいような気がしてしまいます。
「ライラさんちの双子はこれが毎日食べ放題か」
 母親の後をついてまわる子供達に視線を向ければ、双子が同時に誇らしげな顔で頷きました。
「さあ、どうぞ召し上がれさね」
 料理の説明を終えたライラの声に、待ってましたとばかりに拍手が答えるのでした。

●希望の成長、未来の開拓

 乗組員たちと共に、集まる者立ちを少し離れたところに居るイレクトラは、パーティーは娘達若人の集まりで自分はただのオーナーなのだという構えで眺めていました。
「ふふ、皆、集まってくれて嬉しいさね」
 その母の居場所に向かって双子の手を引くのはライラ。夫であるブランシュ騎士団橙分隊のアルノー・カロン卿との間に生まれた双子の名はウルザとエリスと名付けられておりました。
「ほら、あの人はお前達のおばあちゃんなんだよ」
 双子の視線の高さにしゃがんで、顔を見合わせて。二人の背にそっと触れて、イレクトラの方へと押し出して。
「きちんと、挨拶に行っておいで?」
 笑顔で送り出しました。

 慣れない場所で、初めての相手にあうのは怖い。
 でもあの人はおばあちゃんだって、おかあさんは言ってた。
「あいさつ、しなさいって」
「いかなきゃね」
 双子の不思議で、同じように進んでは、一歩下がり。また踏み出したと思ったら、二人で顔を見合わせたり。何度ももじもじと立ち止まったり、また二人同時に顔をあげたり。
「いかないと」
「あっ、こっちみた」
 しばらくは気付かないふりを通していたイレクトラですが、双子と視線が重なった事を切欠に双子の様子を窺います。
「どうしたのさね」
 おかあさんと、同じ笑顔。
 おかあさんに、そっくりな声。
「「おばあちゃんっ」」
 説明がなくても通じたその一瞬のあと、駆け寄る足音。
「‥‥やれやれ、あたしも、おばあちゃんか」
 二人を纏めて抱きあげれば、左右同時にかじりつかれました。小さな子どもの暖かさが、イレクトラを包みます。
「ウルザにエリス、船の中を探検でもしてみるかい?」
「「するっ!」」
「母さん、いいの?」
「少しだけさね。それに皆も居るからね」
 視線で示す先には、乗組員の男達。特に年季の入った男達は皆ライラが小さな頃から知っている者達です。皆が皆、ライラの父親代わりを自認しているのですから、ウルザとエリスのことも孫のように可愛がってくれるでしょう。
「そうだね。それじゃ少しだけ甘えさせてもらおうかな」
「折角の機会なんだ、積もる話もしておけばいいさね」

「ライラさんちの双子も大きくなったなあ」
 双子の様子を遠目に眺めるロックフェラーの言葉を皮切りに、家族の近況を語りはじめました。
「御蔭さまでね、皆の所はどうさね?」
「霜夜ですか? お転婆盛りですよ」
 クリスが娘の話をすれば、参考になるからと身を乗り出すライラ。
「うちの二人もそうなるのかねえ」
「双子の先輩なら丁度いい相手がいるじゃないか」
「そうさね、後で聞いてみようかな」
 気付けば友人達の多くは所帯を持って、子供が生まれて。伴侶に子供を預けてきたりした者もいますが、我が子の成長ぶりを話したりと育児談義に花が咲くのは必然だったようでした。
「生まれたばっかりの時はあたしと同じくらいの背丈だったのにな〜」
「リルさんはいい人いないんですか?」
「まだいいよ〜 花の17歳だからね〜。でもクリスさんの子なら、踊ったり歌ったり、一緒にやってくれそうだよね〜」
「それは楽しそうです。今度是非遊びに来て下さい!」
「さすがバードといったところなのかなあ」
 バード同士の盛り上がりにも、素直に感心するロックフェラー。
「そういうロックさんは、娘さんに鍛冶を教えるんですか?」
「興味持ってくれたら‥‥そしたらずっごく嬉しいなあ」
「腕のいい両親が揃ってるんだ、背中を見てれば自然とそうなるさね」
「そうなったら、もっと幸せだなあ」
 破顔するロックフェラーの様子が微笑ましくて、女達も顔を見合わせ微笑みを交わすのでした。

●瞬く間の言葉

「忘れ物があるから、少しだけ待っててくれるかい」
 イレクトラに言われた双子の視界に、きらりと閃く何かの光。
「「きゃっ」」
 ぎゅっと目を瞑ったあとに恐る恐る目を開ければ、別に何もなかったかのように、そこは覚えている通りの船室を行き来するための廊下です
「おや、驚かせてしまったかな」
 落ち着いた声にそっと振り返れば、双子を見下ろす一人の男。イレクトラは既に立ち去っているようで、他にはだれも見当たりませんでした。
「おじちゃんも、ふねの人?」
「おばあちゃんの、ぶか?」
「いいや」
 ゆっくりと頭をふる男は確かに他の乗組員たちと比べれば屈強さが足りないかもしれません。けれど双子にそこまでの観察眼はまだなくて、疑問に思うこともありませんでした。
「おじちゃんという年でもない、君達が思うよりもっと年寄りだ」
「じゃあおじいちゃんだね」
「おじいちゃんだ」
「そ‥‥そう、だな」
 微かな戸惑いと、喜色の混じる声。けれどその微かな違いをわかるのは、きっとイレクトラだけ。
「「どうしたの?」」
 見上げてくる双子の顔を、男はじっと見つめました。
(‥‥ありがとう)
「ウルザー、エリスー?」
「あっおばあちゃんだ」
「おばあちゃんだ!」
「じゃあね、おじいちゃん」
「またね」
 ほんの少しの会話は、双子の記憶に残るものではないかもしれません。けれど‥‥
「船の中は楽しかったかい?」
「「うんっ」」
「ならよかったさね」
 双子の返事に、イレクトラは目を細めて笑います。
(頑固なあの人が自分を曲げてまで見に来たくらいだ。偶然とはいえ、どれだけ嬉しい言葉だったんだろうね)

●幸せをあなたに

「ただいまさね」
「「おかーさん、ただいまー」」
「おかえり二人とも。ありがと母さん」
 駆け寄る双子を抱きとめて母の顔へと戻るライラの隣から、イレクトラへと身を乗り出すクリス。
「イレクトラさん、子育ての先輩として、ご教授お願いします!」
 先達の教えというものはありすぎて困るものではなく、親の数だけその方法も様々あるというものです。大好きな仲間のその親ならば特に聞いてみたいとクリスが思うのは自然なことでした。
「あ、俺もそれ聞いてみたい」
「なになに〜、ライラちゃんの昔の話とか聞けちゃう〜?」
「リルさんはちょっと待とうか、ね?」
「ライラの事なら、古株の乗組員達でも知ってると思うさね」
「母さん!?」
「おかーさんのはなし?」
「きくー!」
「そ〜だよね〜、知りたいよね〜」
 リルの言葉でライラに不利な状況が生まれそうにもなりますが、皆の顔は笑顔にあふれていました。
(ふふ、こうやって皆で集まれる事ほど嬉しい物もないね)
 恥ずかしい話をされてしまうのは困ってしまうけれど。こうして声をかけて良かったと思うライラなのでした。

 仲間の一人が歌うとの申し出に、クリスが愛用の妖精の竪琴を構えて伴奏に立ち、リルがオカリナを手に小さなエルフの少女と共に踊ると言いだして。パーティ会場は舞台へと様子を変えていきます。

 鈴蘭揺らす幸せよ
 歌声 お菓子に 皆の笑顔
 リボンをかけてあなたの胸に
 集う幸せ何時までも‥‥

 鈴蘭揺らす幸せよ
 調べに 料理 皆の笑い声
 願いを込めてあなたの胸に
 集え幸せこの先も‥‥

 ミュゲのこの日を歌う透き通った歌声に、金髪の少女と黄色の蝶翅のリルが節にあわせて体を揺らし、その調べに再び言葉が寄り添う様子に、閃いたクリスが一瞬銀色の光に包まれました。
「わあ‥‥」
 こぼれたのは誰の声か。それまでは均等に張られた木の板だった甲板が鈴蘭畑にと変化していました。それはミュゲの日にふさわしい、幻影の魔法。歌の間だけ現れる、魔法の空間なのでした。

 醗酵させていない茶葉で色を付けたクッキーで葉と茎を、飴細工で花を作り鈴蘭に似せて。鈴蘭と共に、特製の鈴蘭菓子を配るのはライラです。
「これも、お土産に受け取ってもらえるかな」
 随分と数の多いその菓子を見て、皆が首を傾げました。
「せっかくだからって余らせるくらい作ったのさね。その分『父さん達』にも渡せるし。母さんと一緒にイギリスまで来てもらって、その上会場として貸してもらう準備も手伝ってもらってるからね」
「娘の頼みに答えない親はいないさね。‥‥さあ、あたしからも皆に贈るよ」
 イレクトラが言えば、クリスもロックフェラーも旗とは別に用意していた鈴蘭を取り出して贈り合いはじめました。

 空になっていたリルの篭には、クッキーと飴で出来た鈴蘭、鈴蘭パン、水色リボンの結ばれた鈴蘭、仲間達からの鈴蘭が新たに詰められました。彼女は再び蝶翅の生えた籠となってふよふよと飛ぶことになるのです。
「でも、これが幸せの気持ちの証だからね〜♪」
 この重みは幸せを願う仲間との絆だから。その言葉に皆、嬉しそうに笑いあうのでした。

「願わくば、昔に縁のあった友人達にも、幸運が訪れるとよいさね」
 少し道が違えばここに居たかも知れない誰かにも。今は船から降りて教会へと戻っているであろう男の事を思い、イレクトラは空を仰ぎました。


 ――ここに居ない貴方にも、幸せの欠片が届きますように。
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2014年06月11日

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