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『思わぬ再会? 』
カルマ=B=ノア(ic0001)&ジャミール・ライル(ic0451)


 立て付けの悪い扉の隙間から漏れる喧騒、路地裏にある居酒屋は日付が変わる頃からが本番だ。
 扉を開けば酒と煙草の混ざった匂いが出迎えてくれる。煙草の煙と人いきれで澱んだ空気。天井や床は脂で覆われ元の色なぞわからない。
 天井付近で申し訳ない程度に周るフィン。その頼りない風では店内の空気を掻き混ぜることはできず、宝珠を使ったそれは当初こそ店自慢の品であったが、今となってはオブジェ以外の意味をなしていなかった。
 店の名は天国の扉だが天国への階段だか定かでは無い。看板は掠れ『天国』までしか読み取れないからだ。尤も名前なんて客はおろか店の主人ですら気にしてないのだから問題は無い。
 ただ此処に来れば騒がしさで幾許かの寂しさが紛れるということがわかっていればいいのだ。

「天国ねぇ……」
 カルマ=B=ノア(ic0001)……バーリグは溜息と共にグラスの縁を指で擦った。喧騒に混じってリュートが陽気な音楽を奏でている。店の奥の舞台で踊り子が踊っていた。だが悲しいかな、バーリグの席からでは前に座る男が邪魔で跳ねる頭しか見えない。
「席替えてもらえばよかったかなぁ」
 さして本気でも無い独り言。
 琥珀色の液体の中、ゆっくりと氷が形を崩す。酒は大分水っぽい。それを一気に飲み干すと、近くを通りかかる給仕の女に声を掛ける。腰の辺りを撫で上げようとした手はトレイで見事に防がれた。
「ガードが固いなぁ」
 そんなんじゃモテないでしょ、と大袈裟に手に息を吹きかけながら笑うバーリグに女は「高嶺の花と評判よ」と腰に手を当てポーズを決める。確かに人目を惹く色っぽい美人だ。
 女はバーリグが本気で触るつもりがないことを見抜いているのか、それとも単にこういった客に慣れているのかこれといって気にする様子も無い。
「同じのお願いねー」
 空になったグラスを揺らす。その時、前の男が立ち上がり舞台が見えた。丁度踊り終えた踊り子が舞台の袖に戻っていくところである。かなりの美人であった。これは惜しい事をしたな、などと思っていると。
「私が目の前にいるのに別の女に見惚れているの?」
 冗談めかした女の言葉。「勿論君も魅力的だよ」なんてわざとらしく片目を瞑る。
 吟遊詩人が次の曲を奏で始めた。新しい踊り子が舞台へ現れる。
 お、と期待に弾む声。だがすぐに渋い顔に。何故なら踊り子は男だったのだ。しかもかなりの男前。女性客から上がる黄色い歓声。益々表情は渋くなる。
「足滑らせ……」
 イケメンに向けた呪いが途中で止まった。

 金色の髪、褐色の肌、愛嬌のある笑顔……どこかで見覚えがある。

「あれ……どこで?」
 別の酒場か、ギルドか……。
「夢……だ」
 そうだ、夢で出会ったのだ。相棒が人間の姿になってしまうという不思議な夢。そこに彼もいた。
「どうしたの?」
 いきなり黙り込んだバーリグを不思議に思ったのか女が声を掛ける。
「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してて……。ところで、今踊っている彼……」
 言いかけた途中女が「まあ」とからかうような視線を送ってきたので慌てて「違う、違うよ」と顔の前で手を振る。
「えっと……ほら、ギルドとかで……」
 夢で会ったなんて言ったらあらぬ誤解を受けそうなので、そんな言い訳と共に「舞台が終わったら呼んでもらえるかな?」とチップを握らせた。
 女を見送った後、改めて舞台を見る。
「忘れてないから……ね」
 夢の中で女の子を誘ってお茶に行った。その時イケメンには奢らないから!!なんて宣言したにも関わらず彼の分まで払わされた事を。夢だというのにずっと根に持っていた。
「……それにしても」
 まさか現実にいるなんてなぁ……。図らずともその男を見つめていることにバーリグは気付いていない。


 ジャミール・ライル(ic0451)は手を振って女性客の声に応える。
 此処の主人はジャミールの知り合いで時々頼まれて舞台に立つ。いかついおっさんがやっているお洒落でもなんでもない店なのだが女性客が多くチップも弾んでもらえるのでジャミールは割合此処での仕事を気に入っていた。
 常連の女性客に名を呼ばれて愛想よく振り返る――途中、奥の席に座る赤毛の男と目があった。体半分だけ此方に向け、テーブルに肘をつき、だるそうな雰囲気で此方を見ている。
(男の熱視線とか……遠慮したいんだけど)
 だが男に見覚えがあるような気が……。なんだっけ、と内心首を傾げつつ、名を呼んだ女へと笑顔を向けた。

「ジャミールいる?」
 舞台裏に戻ると呼び止められた。
「なに、デートの約束なら喜んでするけどー?」
「デートの約束は約束なんだけど……」
 呼び止めたのは先程バーリグに言伝を頼まれた給仕の女だ。店主の娘でありジャミールとは知らぬ仲ではない。彼女が舞台の袖へとジャミールを手招く。
「あのお客さまがね、アナタとお話したいらしいの」
 指差す方向にはあの赤毛の男。途端、ジャミールの表情が曇る。どうやら熱視線は気のせいではなかったらしい。
「あー…男の客は取らねぇんだけ、ど」
 この言葉をバーリグが聞いたら多分頭を抱え嘆いたことだろう。なんという勘違いだ、と。
「まあ、いいや。とりあえず顔見せるだけ見せてくるよー」
 男が気になるなんて滅多に無いことなので興味を覚えた。尤もその時は面白くなければ速攻女の子のとこ行こうと思っていたが。

「ご使命ありがとうございました?」
 ジャミールの冗談交じりの言葉にバーリグは微妙な表情を浮かべて顎を撫でた。そして「まあ、座ってよ」と正面の席を勧める。
「何を飲む――」
 言いかけて黙り込むバーリグ。今度こそ奢らないぞ、いや呼んだんだし一杯くらい奢るのが礼儀じゃないか、大人として……そんなバーリグの葛藤なぞ知る由も無いジャミールは給仕に「おじさんと同じでー」なんて気軽に頼んだ。
「いやいや、確かにおいちゃんはおじさんだけどね。でも面と向かって言われると傷付くでしょー。微妙なお年頃なのよ……」
 『おじさん』という単語にヨヨヨと泣き真似をするバーリグ。

「で、何の用?」
 もしかしてアッチの趣味と顔を顰めたジャミールに「まさか!!」と手を顔の前で高速で振る。なんとなくさっきも似たようなやりとりをしたな、と思いながら。
 コホンと、話題を変えるために咳払い。「あのね」と切り出したところで酒が運ばれてきた。
「ナンパは上手くいっているの?」
 先ほどの給仕の女がグラスを置きながら尋ねる。
「ねぇわ。どんな可愛い子の頼みでも男はねぇわ」
 だから余計な事はいわないで!とバーリグが嘆くよりも先にばっさりとジャミールが切り捨てた。
「あら、お客様、残念ね。でも夜は長いわ頑張って」
 女はバーリグの肩を軽く叩くとフロアに戻っていく。
(あれ……どうして俺振られたかわいそうな男みたいになってんの?)
 少し遠い目をしたくなった。
「あの子、此処の主人の娘だって知ってる?」
 声を潜めるジャミール。
「え?! 主人って……」
 アレ、とカウンターの向こう不機嫌そうな表情でグラスを磨く男へと視線を向けた。筋肉質なバーリグよりも一回りは大きい、グラスよりも巨大な剣などが似合いそうな強面の男である。
「あれな、奇跡な」
「奇跡だねぇ」
 バーリグとジャミールの言葉が重なった。二人して噴出す。
「ってことで、とりあえず乾杯?」
 ジャミールがグラスを掲げて唇の端を上げて笑う。
「じゃあ、再会に……」
 乾杯、とグラスの縁を軽く合わせた。
「再会?」
 なにそれ、と一口煽ったジャミールが尋ねる。
「んー……」
 グラスを傾けるとカラン、と氷が音をたてた。
「君と夢で会った事がある……」
 そこで言葉を切って相手の反応を見れば、案の定「大丈夫?」と真顔。真顔は案外心にクる。
「それ使い古された口説き文句みたいだよねー」
 溜息と共にしみじみとジャミールが吐き出す言葉がバーリグの心に刺さった。
「いや、口説くつもりはないからね。これっぽっちもそういう気はないからね。本当だよ。やめてよおいちゃん、男を口説いていたなんて噂立ったら泣いちゃうから」
 これっぽっちを強調するために人差し指と親指で作った小さな隙間からバーリグがジャミールを覗き込む。
「本当に夢で君と会ったんだよ」
 信じる、信じないも勝手だけどね、とテーブルの誰かが残した煙草の焦げ痕を爪で引っ掻いた。そしてバーリグは相棒たちが人間になった夢の話をする。
「そこに君もいてね。で、今日此処で踊っているじゃないか。そしたらお話の一つでもしてみたくなるじゃない?」
 流石に『運命』という言葉は使わなかった。これ以上誤解されるのは御免だ。
「あー……」
 ジャミールは指を揺らす。話を聞いているうちになんとなく思い出したのだ。
「そういや夢か」
 だから初めて会ったはずの男が気になったのだ、と納得。だがジャミールの記憶はバーリグほど鮮明ではない。そういえば奢ってくれた赤毛のおじさんがいたなぁ、とかその程度の認識だ。
 まあ、仕方ないかとジャミールは思う。バーリグもその相棒も男ならば。自分の中に男のための空き容量はない。
(でもまあ…)
 ジャミールがバーリグを見やる。
「やっぱり君も同じ夢をみたんだねぇ」
 不思議な巡り合せに楽しそうだ。
(また奢ってくれそうだし……)
 ふんわり相槌でも打ってよう、とお互いの幸せのため思うのだった。
「君の相棒は男で……」
「ナジュムが? ねぇわー、男はねぇわー」
 頭を振るジャミールに「同じ事を言っていたよ」とバーリグが笑う。
「そりゃ男より女の子でしょー。あ、グラス空だけど何か頼む?」
「じゃあ、もう一杯」
「おねーさん、こっちー」
 ジャミールが手を上げて給仕を呼ぶ。

 夢の話は最初だけ。どこぞの酒場の踊り子が可愛かったとか、依頼先であった馬鹿な話など話題が移り変わっていく。
 バーリグのグラスが空になる少し前の絶妙なタイミングでジャミールが「何か頼む?」と聞いてくるものだからついつい杯を重ねてしまう。
(それだけじゃないか……)
 なんとなく話しやすいのだ。楽しいことが好き、大変な事は嫌いという似た価値観のおかげか。まあ、簡単に言うと「馬が合った」という一言に尽きるだろう。
 二人は夜明け近くまで飲み明かした。

 店の外。
「………」
 バーリグの背中が煤けてる。財布の驚きの軽やかさにほろ酔い気分から一気に現実に引き戻された。
 あの夢とは違う、此処は現実だ。宵越しの金を持たないのを天儀では粋というらしいが、意味が分からないよ、と誰とも知らない相手に文句をつけた。
 今度こそイケメンに奢るつもりはなかった、というのに。気付けばこの有様。あれは予知夢だったのか。
「ごちそうさまー」
 笑顔のジャミール。次第に白んできた空の下で見る彼はやはり憎たらしいほどにイケメンだった。うん、絶対奢る必要のないイケメンである。
(なのになんで俺ってば奢っちゃってるの?)
 どうしてこうなったのかわからない。
(悪い夢なら覚めてちょーだいよ……)
 あぁ、と空を仰ぐバーリグに「飲んだ、飲んだ」とジャミールは満足そうだ。人の金で飲む酒は美味い。ああ、そうだろうとも!とぎろりと睨む。
「もう君とは飲まない!!」
 財布を握り締めての宣言。ちょっと涙声。大人気ないこと限りなし。分かっているが、そんな宣言一つでもやらんことにはやってられない気分だったのだ。大人にはそういう時がある。
「でも楽しかっただろー」
「……っ」
 確かに『イケメンには奢らない』という大切な事を忘れるほどに楽しかったのは事実。言葉に詰ったバーリグにジャミールがにやりと笑ったのが見えた。
 だがそれ以上突っ込んではこない。カフィーヤを翻しジャミールが背を向ける。
「あ……ねぇ」
「なに?」
 振り返られたが、反射的に呼び止めてしまっただけで別段伝える事があるわけではない。
「ベッドまでの同伴は女の子専用のサービスだから。男にはしねぇから」
「俺だってしてもらいたいと思わないよ」
 想像するだけで暑苦しい!と額を手で押さえる。それじゃ、と別れの言葉とともに上げた手。ジャミールが足音立てずにするりと懐に入り込んできた。
「また見に来てね、待ってるよ」
 三日月のように細められる双眸。
「おいちゃんは、男の踊りを見る趣味なんてないですよ。………でも」
 赤毛をぐしゃりと掻き混ぜた。
「まあ、また飲もうか?」
「楽しみにしてるわ」
 片手を振って今度こそジャミールが去って行く。
 そして「あれ?」と気付く。
「どうしてまた飲みにいくことになってんだ?」
 首を傾げた。どうにも終始彼のペースだったような気がする。夢でも現実でも。
 小さくなっていくジャミールの背中。曲がり角のところで、一人の女が彼を呼び止めた。仕事を終えたばかりの女だろう。二人は一言二言言葉を交わすと腕を組んで歩き出す。
「………」
 無言でジャミールとは逆方向へ。
「これだからイケメンは……」
 語尾に被る溜息。
「おいちゃんは空しく一人寝でもしましょーか、ね………」
 誰が見てるでもないがおどけた仕草で肩を竦めた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢 / 職業】
【ic0001  / カルマ=B=ノア  / 男  / 36  / 弓術師】
【ic0451  / ジャミール・ライル / 男  / 24  / ジプシー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

夢で会ったお二人の再会いかがだったでしょうか?
大人の色気……大人の色気がほんのり漂っているか心配です。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。

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2014年06月12日

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