▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『三面六臂の殺戮者 』
穂積・忍8730)&(登場しない)


「あぁ? 何だおめえら、酒持って来い酒! 女もいねーじゃねえか、どうなってんでぇオイ!」
 1人は、老人である。老害と呼ばれる類であろう。黒装束の男たちに取り押さえられたまま、喚き散らしている。
 もう1人も、一見すると老人である。髪は真っ白で顔はやつれ、喚き散らす元気もないまま松葉杖にすがりついている。左脚、それに右腕が、上手く動かないようだ。
 年齢そのものは、よく見ると意外に若い。40代、であろうか。
 もう1人は、肥り気味の若い男だった。美少女キャラクターがプリントされたシャツに、汗臭さが染み込んでいる。
 そんな無様で汚らしい身体に、黒装束の男たちが蹴りを入れていた。
「何だ何だ、こんな萌え豚クソ豚まで霊的進化に導かなきゃならねえのか俺たちは!」
「ああ臭え臭え! こんなのが混ざったら、神聖なる滅びが穢れてしまううう!」
 蹴り転がされながら、まさに豚の如く泣き喚く肥満体。
 生きる価値もない、としか表現しようのない3名を見渡しながら、彼は苦笑するしかなかった。
「よくもまあ……ゴミばかり、集まったものよ」
「ゴミの有効活用が貴方の仕事だ。わかっておられような」
 黒装束の男の、1人が言った。
「生きた廃棄物どもを、我らの戦力として造り直してもらう。貴方の、その身体のようにな」
「私の、10分の1程度の力でも持たせられれば良いのだが」
 機械化した右手をギュイィーンと鳴らしながら、彼は応えた。
 右手だけではない。左目は、微生物をも視認出来る義眼。骨格は8割近くが特殊金属のフレームと化し、筋肉にも細胞強化を施してある。この身体、今や人の形をした兵器であると言っても良い。
 頭脳でIO2ジャパン科学技術長官の地位にまで上り詰めた自分が、身体能力においても人類の頂点に立ったのだ。
 このゴミのような者どもを、そんな自分と同じような存在に造り替える。
 虚無の境界が、そのように要求してきた。
 彼らが、とある山中に隠し持った秘密施設。
 捜索願いも出されないような者たちが100人近く拉致され、ここに強制収容されている。
 その中からとりあえず3名が選ばれ、施設最奥部の実験室に連行されて来たところである。
 人体改造設備を内蔵した手術台が複数、並んだ実験室。
 今から数時間、これら設備をフル稼働させる事となる。生きたゴミのような者たちを、優れた生体兵器へと造り変えるために。
 やれるだけの事は無論やるが恐らくは無理だろう、と彼は思う。こんな者たちでは、どれほど優れた改造手術を施してやったところで、せいぜい使い捨ての兵隊にしかならない。
 このような輩ではなく、あの少年ならば、と彼は思う。
(最高の素材……破壊神とも呼ぶべき、究極の生体兵器と成り得るものを……)
 だが現実に今、目の前にあるのは、屑も同然の素材である。これらを使って、とりあえず結果を出すしかない。虚無の境界の戦力を、ある程度は自由に使えるようになるまでは。
(……焦るまい。お前はいずれ私のものだ……緑の瞳の、少年よ)
 この場にいない少年に語りかけながら彼は、片手を上げた。
 黒装束の男たちが、その合図に従って動いた。屑のような3名を無理矢理に引き立て、手術台に押さえ付けようとする。
 老人が、喚き散らした。
「何だオイ、話が違うじゃねえか! 酒! いくらでも飲ましてくれるんじゃねえのかよ!」
「…………の無修正DVD! フィギュア付きの限定バージョン! 格安で売ってくれるって言うから、ついて来たのにぃいいい!」
 肥り気味の青年が、泣き叫ぶ。
 相変わらず物静かなのは、白髪の男だ。松葉杖を奪い取られ、手術台に押し付けられながら、辛うじて聞き取れる声を発している。
「楽に……死なせて、くれるんだろうな……」
「死ぬか生きるかは、お前たち次第だ。私は生かしてやるつもりでいるがな」
 虚無。ふと彼は、そんなものを感じた。
 この白髪の男は、周囲にいる虚無の境界の者たちよりも、ずっと虚無と呼ぶにふさわしいものを心に抱えている。
(屑と思ったが……存外、使い物になるかも知れん)
「……まあ、どうでもいい。俺の全部を、ごっそり違うものと取り替えてくれるんなら」
 男は静かな声を発し、他2人は喚き続けた。
「やめて、やめてくれ! 手術するなんて聞いてないいいぃ……ああでも、触手とか生やしてくれるんなら」
「酒! いいから酒飲ませろ酒酒酒酒! 酒がねえと、おらァおかしくなっちまうんだよおおお! あ、あっ、顔が、あっちこっちに顔がよおぉ」
 アルコール依存症と思われる老人が、幻覚を見始めていた。
「泣いてやがる、怒ってやがる、わわわ笑ってやがる、俺の事わらってやがるぅううヒへへへへへへ」
「そろそろ静かにしろ。消毒用アルコールなら、いくらでも堪能させてやる」
 そんな彼の言葉を、しかし老人は聞かず、黒装束の男たちに押さえ付けられながら笑っている。
「ひへっ、へへへへ顔が、顔が、顔がいっぱいあるからぁあああああ」
 光が、いくつも閃いた。
 真紅の飛沫が、大量に噴出した。
 黒装束の男たちが倒れ、手術台の周囲に折り重なってゆく。
「何……!」
 彼は息を呑んだ。
 義眼が故障した、としか思えぬ光景であった。人工視覚が、有り得ない映像を捉えている。
 折り重なった屍たちを踏み付けるようにして、老人は手術台から床へと降り立っていた。
 その右手には、刃が握られていた。ナイフ……いや、クナイである。
「顔が沢山あるから……って事でまあ、アシュラなんて呼ばれてる」
 先程までとは別人のように静かな声を発しながら、老人は左手で、己の顔面を引き剥がした。
 その下から現れたのは、何の変哲もない男の顔である。特徴に乏しい、何にでも化けられる顔。
「貴様は……!」
 息を呑む彼に、特徴のない、だが眼光だけは鋭い男の顔が、ニヤリと微笑みかけてくる。
「久しぶりだな。あんたの顔は2度と見たくなかったんだが……仏教で言うところの、怨憎会苦って奴かな」
「穂積忍……」
 エージェントネーム・アシュラ。複数の顔を使い分けながら、殺戮を行う男。
 いささか迂闊であった事を、彼は認めざるを得なかった。自分を消すために誰かが動くとしたら、まずは確かに穂積忍であろう。
 それにしても、これほど早くにこの場所を探り当てられるとは。
「馬鹿な……何故、この施設の場所が」
「調べ事の得意な助っ人が、アメリカから来てくれたんでなあ」
 穂積の身体が、本物の酔っ払い老人の如くよろめき、翻った。
 いくつもの光が飛んだ。
 虚無の境界の男たちが、黒装束から拳銃を引き抜き、構えようとしながら、ことごとく光に射貫かれ、倒れてゆく。
 全員の眉間あるいは首筋に、小さなクナイが突き刺さっていた。
 肥り気味の青年が、手術台の上で呆然と座り込む。
 白髪の男が、弱々しく上体だけを起こした。
「何だ……あんた、アル中のジジイじゃなかったのか……」
「タバコも酒もやらないんでな。酔っ払いの真似は、苦労したぜ」
 松葉杖がなければ立ち上がれない男の姿を、穂積は一瞥した。
「そんな身体なのに悪いが、自力で逃げてくれ」
「仲間を見つけた、と思ったのにな……」
 虚無を丸出しにしながら、白髪の男は言った。
「俺も、酒で何もかも駄目にした男さ……女房をぶん殴って、子供を蹴飛ばして……逃げ帰る場所なんか、どこにもないんだ……」
「不幸自慢は、暇な時に聞いてやるよ」
 屑同然の素材2名を、背後に庇う格好で、穂積は立った。
 今や頭脳・肉体共に人類最強の存在となった自分の眼前に、立ち塞がっている。罰を与えねばならない、と彼は思った。
「末端の戦闘員に過ぎぬ身でありながら……分際をわきまえず、私に刃向かうか」
「あんたはもう俺の上司じゃあないからな。遠慮なく、ぶちのめせるってもんだ」
 穂積が笑った。
「まだ上司だった時のあんたを、容赦なく叩きのめした奴もいるけどな」
「あやつは殺す。生きたまま、臓物を引き裂いてくれる」
 機械義手が、彼の憎悪を注入されたかの如くギュイィーンッ! と凶暴に起動する。
「そして、あの子は私のものとなる……」
「やめておけ」
 穂積が、ゆらりとクナイを構えた。
「あんたが、あの2人に勝てるわけないだろう? 俺なら……あいつらよりは、あんたを楽に死なせてやれるぞ」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年06月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.