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『Waiting 』
千影・ー3689)&栄神・万輝(3480)&草間・武彦(NPCA001)


 栄神家には『万輝の巣』と呼ばれる空間がある。
 彼のパソコンが置いてある地下部屋のことだ。
 ピコン、と小さな音がモニターから聞こえて、万輝は言葉もなくそれに向かった。
 先ほどの音はメールの受信を知らせるものであったようだ。
「…………」
 メールの内容を確認して、万輝は眉根を寄せた。
 時刻と場所のみを記した簡素なモノ。
 厳しい一族の掟の中、万輝は割と自由に生きているという事を逆手に取られ、極稀に送られてくる蜜やかな指令。

 ――午後十八時半、品川。

「……どうしよう、かな」
 ぽつりとそんな言葉が漏れた。
 その声を耳に留めた千影が、主の背中を見てナーゥ、と鳴いた。毛並みも美しい黒猫の姿だが、その背には小さな翼が生えている。
「うん」
 万輝は口元のみの笑みを浮かべて、そう言う。
 そしてくるりと椅子を回して、背後にいる千影を振り向いた。
「チカ、デートしようか?」
 ぴこ、と黒い耳が動いたのは千影のそれ。
 彼女は次の瞬間には人型に変容し、主である万輝に思い切り抱きついた。
「うんっ! デートするの〜!!」
 そんな彼女の頭を優しく撫でつつ、万輝はまた唇を開く。
「外で待ち合わせて、一緒にご飯食べよう」
「うん!」
 千影は本当に嬉しそうだった。主を何より思っている表れでもある。
 デートの意味合いをほとんど理解していないであろう愛らしい守護獣を、万輝はただひたすらに撫でて彼女にはわからないようにうっすらと目を細めた。
 メールの内容は頭の片隅に留め置く程度に。
 避けきれるものでもなく、どうせ向こうから必ず飛び込んでくる。
 万輝は心でそんなことを思いながら、千影に待ち合わせ場所を『品川駅』と告げて立ち上がった。



 ざわざわと繰り返されるのは人々の喧騒。
 活きている限り、ずっと耳にする音。
 身なりを整えて一輪の花を手に収めながら、千影は駅構内に一人立っていた。
「ちょっと、あの子見て、すっごいかわいい」
「お人形みたい」
 周囲からそんな声が聞こえた。
 それにつられてゆっくりと顔を上げると、仕事帰りらしい女性二人が千影を遠巻きに見ていた。
 千影はその場で小首を傾げてから、にこっと微笑む。花の溢れるような可憐なそれに、女性たちは小さな悲鳴を上げた。
 だがそれも、行き交う人々の喧騒の中にあって、一瞬のうちにかき消されていく。
「……あ、万輝ちゃんだ」
 千影がそういったのは、一枚の広告パネルを見上げてだった。
 モデルである万輝が起用された宣伝用のものだ。
 綺麗な顔立ち。まだ少年ながらもそれを感じさせない魅力を持ち合わせる彼はやはり有名でもある。
「えへへ♪」
 大きなパネルを見上げて、千影はご満悦だった。
 大好きな主がいる。それだけでも彼女は幸せなのだ。
「おーい、チカ?」
「!」
 遠慮がちに声が掛かった。
 主のものではないと瞬時に分かったが、知らない音でもなかったので千影はすぐに振り向く。
「武彦ちゃん!」
 千影の視線の先には武彦の姿があった。
 飛び掛かってこようとしている千影を片手で制しつつ、彼は通路の端のほうへと彼女を誘う。
「こんな所で何してる」
「えっとね、万輝ちゃんと待ち合わせしてるの」
「あー……お前の『主様』、ね。それはいいんだが、チカお前、目立ってる自覚あるか?」
「?」
 武彦の言葉に、千影はやはり素直に首を傾げた。それを見て、彼はあからさまに大きなため息を吐く。
 先ほどの女性たちもそうであったが、千影の姿は人目を引く。当然、ナンパ目的の男たちもちらほらといて、偶然にも通りかかった武彦はそれに気づいて彼女に声をかけてきたのだ。いわば保護者的な反応である。
「だいたいお前ら、一緒に住んでるんだろう? わざわざ待ち合わせしなくてもいいんじゃないのか?」
「だって、デートなんだもん!」
 そこで千影が語気を強めた。武彦の言葉に若干の不満を感じたのかもしれない。
 武彦はそれを受けて、一瞬の瞠目の後に、ふ、と笑った。
「すまん、野暮な聞き方だったな」
「だからね、武彦ちゃんも一緒にデートしよ?」
「は!?」
 思わずの声が漏れた。
 つい先ほどの自分の笑みは何だったのかと心で問わずにはいられない。
 『そもそもデートとは』と心の中で己の辞書を探り始める彼に、千影は不思議そうな表情を向けるのみだ。
「……チカ?」
「あっ万輝ちゃん!」
 武彦の背に控えめな声が届いた。それを先に受け止めたのは彼の前に立っていた千影で、ひょこ、と上半身のみをくねらせ笑顔で主の名を呼ぶ。
「…………」
「…………」
 一瞬でその場の空気が寒いものになった。
 武彦に向けられるあからさまな冷たい視線。痛いほどに突き刺さるそれに、彼は乾いた笑いを作りつつも冷や汗をひとつ作り上げていた。
「何で、草間サンがいるのかな」
 わざとらしい声音がする。
 武彦は千影の主であるこの少年が苦手なようであった。若干十四歳である情報屋は、ミステリアスな外見と同じように性格も読みづらい。それゆえに、大変扱いにくいのだ。
 子供ゆえの特徴だと割り切れたら良かったのだが、そうもいかないらしい。
「まぁ、いいけど。チカ、こっちおいで」
「うんっ」
 万輝が片腕を伸ばしてそう言った。
 千影はぱぁっと表情を輝かせてそれに従う。するり、と武彦の横をすり抜けていく彼女の姿を見て、思わずのため息が漏れた。
「よう、万輝、久しぶり」
 ようやく、と言った感じであったが武彦はその場で万輝たちを振り返り、そんな挨拶の言葉を投げかける。
 すると万輝は明後日の方向を見ていて、まるで彼の話を聞いていないようであった。
「万輝ちゃん」
 千影が万輝の服の袖を軽く引っ張って呼びかける。
「……ああ、どうも。いつもうちのチカがお世話になってるそうで」
「…………」
 千影の促しによって挨拶を返したのはいいのだが、ふわり、と右から左に視線を動かしたのみで、武彦に視線を合わせようとはせずに終わる。
 先ほどまでの状況が、万輝にとってはよほど重要だったと考えるべきか。
 そう考えて、武彦はかくりと肩を落とした。
「あのね、万輝ちゃん。武彦ちゃんも一緒でいいよね?」
「え?」
 千影は男性陣の微妙な空気を感じ取ってはいないのか、呑気な口調でそう言ってくる。
 やたら顔の整った万輝が千影の言葉に表情を歪めた。
 武彦も言わずもがなである。
「だって、二人よりも三人のほうが楽しいよ?」
「いや、チカ。俺は偶然通りかかっただけでな、今仕事中なんだよ」
「どんなお仕事? チカもお手伝いするよ」
 武彦は僅かに身をかがめて自身は関係ない、ここに居合わせたのも偶然なんだということを万輝に示した。
 だが、千影がその言葉に辺に反応してしまい、また困り顔になる。
 ちなみに万輝のほうは武彦を冷たい視線で見ているのみだ。
「お前らこれからデートだろ? 俺はそれの邪魔するつもりはこれっぽっちも無いし、だから手伝いとかいいんだって。西口出た先にある神社見てきたら帰るしな」
「――へぇ、そうなんだ」
「ん?」
 万輝が唇だけの笑みを浮かべて、武彦の言葉に反応した。
 思いにもよらないほうからの反応に、武彦も驚きの表情を見せる。
「万輝ちゃん?」
 万輝はそのまま口元に手をやり、わずかに考える姿勢を見せた。
 そして短く思考をまとめた後、懐中時計を取り出して時間を確認して、「うん」と頷いた。
「……草間サン、丁度いいから付き合ってもらうよ」
「いやだから、俺は仕事だって」
「うん、その仕事、僕にも関係あるからさ」
 じゃあ行こうか、と半ば武彦を無視する形で万輝は歩き出した。もちろん、千影の手を握ったままである。数歩遅れて少年と少女を危なく見送ってしまうところだった武彦は、はぁぁ、と何度目かのため息を吐き零して、彼らの後を追った。



 自由通路を歩いて西口から駅を出る。交通量の多い国道沿いを見やり、万輝が千影に特定の場所を指で知らせた。
「あそこ、見てごらん」
「……あ、何かいるね。あんまり、良くない子が暴れてる」
 一般人には見えることのないモノ。今回はオーラのようだが、あまり状況が良くないのか万輝は厳しい顔をしている。
「あ〜またなんか荒れてるなぁ。俺は霊症関係は受けねぇってあれだけ言ってんのに……」
「見えるの?」
「なんか、ボヤっとな。見えるというか勘というか。最近、あそこ通るやつらが気分悪くなるんだと」
 武彦がボヤくと、万輝が間を開けずに問いかけてきた。
 その彼の返事を受けて、ふむ、と万輝はまた短い思考の姿勢を見せる。そしてすぐに顔を上げて、道路の向こうの神社へとすらりと指を向けた。
「じゃあ草間サン、先にあそこ行って気分悪くなってきて」
「俺かよ……」
「身を持って体験するのも仕事のうちだと思うよ」
 万輝の言葉に、武彦はげんなりしながら返事をした。
 すると万輝にダメ出しをされて、「全く最近のガキは容赦ねぇなぁ」と溜息混じりに漏らし、彼はその場へと歩み出す。
「万輝ちゃん」
「……大丈夫。別に危ない目に合わせようとか思ってるわけじゃないよ。その為に僕達がいるんだろう?」
「うん」
 とぼとぼと歩き出した武彦の背中を見やりつつ、千影が心配そうに万輝の名を呼んだ。
 万輝は口元に笑みを浮かべるのみで千影に応えて、そして自分も歩み出す。
「荒御魂。土地を守るはずの存在が、ヒトが生み出すマイナスの感情に触発されたのかな……厄介だね」
「万輝ちゃんはチカが守るから、大丈夫よ?」
「ああ、うん……厄介っていうのは、僕やチカに対してじゃなくてね。ここに生きるヒトたちの事を指してるんだよ」
 横断歩道をゆっくりと渡って、普通に歩く。数メートル先には武彦がいて、万輝はその姿を見失うこと無く見つめながら言葉を続けていた。
「魔都、とは良く言ったもんだよね。本当にそのとおりになっちゃうんだからさ。――さあチカ、君の出番だよ」
 万輝はすらり、と右手を上げた。
 武彦が神社の前にたどり着いて数秒後のタイミングである。
 ぶわ、と膨れ上がったものはドス黒い色の瘴気。武彦の存在に反応したのかそれとも粛正する者――万輝の存在に気づいたのかは分からない。
「いいかいチカ、全て飲み込むんじゃなくて、あの黒い部分だけを喰らうんだよ」
「はーい」
 千影は主の言うままに行動開始する。ぽん、と地を蹴り宙に体を預けて人目につかない境内の方へと身を寄せる。それにつられて黒い瘴気は彼女の方へと移動を始めた。
「おい、チカは大丈夫なのか?」
「いいから、黙っててよ草間サン」
 事の次第を見ていた武彦が、千景の身を案じて万輝にそう問いかけてくる。
 だが当の万輝はいつも通りの表情のままで千影の行動を見守っていた。
「こっちおいで。チカに任せておけば、大丈夫だから」
 千影は宙に浮いたままでゆっくりと両腕を広げた。
 相手に言葉などは無い。だがそれでも、彼女は優しい言葉を忘れない。
「チカが全部、食べてあげる」
 彼女は悪しき魂魄を喰らうソウルイーターだ。その力は計り知れなく、そして絶大である。
 すぅ、と息を吸い込むとその黒い瘴気は彼女の方へと導かれ、散るようにして消えていく。
 武彦はその様子を不思議な面持ちで見守っていた。
 その隣で主である万輝も同様に。表情はやはり崩れること無く、綺麗で冷たい視線を真っ直ぐに迷うこと無く、彼女に向けていた。
 ほんの数分の出来事であったが、ビルの谷間に存在する神社の悪い噂の根源は、そこで終わりを告げるのだった。



「だから、なんで草間サンがついてくるの?」
「いいのー! 三人一緒のほうが楽しいのー!」
「どう考えても楽しいのはチカだけだと思うけどな……」
 右腕に万輝、左腕に武彦を収めつつ歩く千影は、とても楽しそうな笑みを浮かべてそう言った。
 武彦が独り事のような言葉を付け加えるが、それは耳に入らなかったらしい。
「……まぁいいけど、草間サンのおごりだからね」
「何でそうなるんだよ!? 俺はお前らの協力者だろ!?」
「万輝ちゃん。武彦ちゃんは貧乏さんだから、かわいそうだよ」
「おいチカ、追い打ちかけるようなこと言うな!」
 ぎゅっ、と武彦の腕を抱き込みつつ真面目にそういう千影に対して、武彦は大人げなく語調を強めた。当然、行き交う人々の視線を集める。
 それに気づいてごほんほごんっ、とわざとらしい咳払いをしてから、千影と万輝を見やった。
「仕方ないから今日は僕が奢ってあげるよ」
「…………っ」
 呆れ目線な上の、貧乏探偵を嘲笑する態度でそう言われるも、反論が出来ずにいる。全くもって情けない大人の姿である。
 傍から見れば仲の良い親子のようであるが決してそうではない三人は、がっちりホールドの千影の腕を振りほどくことが出来ないままで、ゆっくりと喧騒の中へ消えていくのであった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年06月18日

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