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『始まりを告げる新緑に。 』
ヘスティア・V・D(ib0161)

 それは、ちょうど今のように新緑が気持ちのいい季節だった。ようやく寒さが和らいで、急げとばかりに新緑があちらこちらから萌え出で始め、吹き抜ける風をぎゅっと首を竦めてやり過ごさずとも良くなる、そんな季節。
 天儀のそれとはどこか異なれど、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)達が生まれ育ったジルベリアにあっても春は、大きな意味では大差なくそんな風に訪れる。そんな春のとある日の中に、あの日――傍らに居る竜哉(ia8037)と恐ろしく印象的で、恐らくはあまりにも『普通』からかけ離れた出会いを果たした日はあったのだ。

「志体持ちの『子供』による襲撃がある」

 ヘスティアが所属していた黒獅子傭兵団では、その日も他の日と何ら変わらない1日を過ごしていた。団長が、訓練の合間の休憩とばかりに地面に座り込んで賭けカードなどに興じている、団員達の元にやってきてそう告げるまでは。
 団長の言葉に傭兵達は、一瞬、何とも言えない表情で固まった後、互いに顔を見合わせた。中には団長が言い間違えたのではないかと、じっと様子を窺う男も居る。
 何しろこの辺りでは、普通、そういった警備に当たるような仕事は正規兵がやるのが普通であって、ヘスティア達のような傭兵団はもっと実利的な、例えば商隊の護衛であるとか、そういったものが主だった。もっとも、中にはもうちょっとばかり後ろ暗いような怪しい筋からの、自分の命を狙っている襲撃者からの護衛を、なんていう依頼もありはしたが。
 だが、これはそういった筋とは訳が違う。しかも聞けば襲撃者の狙いは、近々お忍びで訪れるというさる王族筋――もっともこのジルベリアでは、単に王族筋というだけならそう珍しいというほどでもないのだが――だというのだから、余計に傭兵団の出る幕ではないだろう。
 そう、言いたげな眼差しを向ける部下たちの気持ちを、もちろん、団長も解っていた。何しろ団長自身もまた、この依頼を聞いた時には同じような疑問を抱いたのだから。
 だから団長は部下たちに、彼自身に与えられた答えをそのまま口にした。

「王族を狙う襲撃となれば、表立って子供相手に正規兵は動かせないからな」
「――つまり体面が悪い、って事か」

 にやりと笑ったヘスティアの言葉に、そういう事だ、と目を眇める。幾ら志体持ちであるとはいえ、相手が子供となれば厳重な警戒態勢を敷くのはあまりにも大げさであり、見栄えも悪いというのがお偉方の見解らしい。
 なるほどな、と納得すると傭兵団員たちはこの、普段なら絶対に傭兵団には回されないだろう『依頼』について、ああでもない、こうでもない、と話し始めた。そうして、襲撃者を防ぐ為に必要だと説き伏せて提供して貰った――ちなみに使者だという男はまるで、教えれば今度は傭兵団の方が襲撃者になるんじゃないかと言わんばかりに、最後まで情報提供を渋っていた――件の王族の行動予定を頭に叩き込み、襲撃者が狙うとしたらどこか、それを防ぐ為にはどうしたら良いかを議論する。
 傭兵団にもヘスティアを始めとして、志体持ちは多く居るから戦力という意味で正規軍に勝るとも劣らないとは、多くの団員が自負しているところだった。まして子供が相手となれば、志体持ちである以上油断は出来ないにしても、第一級の警戒を敷かなければならないという相手でもない。
 そんな油断が、知らず知らず心のどこかにあったのだろうか。当日、それでも襲撃を警戒して外部の協力者も頼み、作り上げた警備体制と包囲網は、だがあっさりと突破された。
 本当にあっさりと――いっそ、呆気ないほどに。まるで身体の重さなどないかのように、回りにぐるりと壁のように立ちはだかった傭兵達を、その少年は易々と乗り越えて行った――文字通り、ひょいと飛び越えて。
 ぎょッと、目を見開いたのはヘスティアばかりではなかった。子供と聞いていたとはいえ、本当に姿を現したのが少年だった事にも驚かされていたけれども、まさか強行突破ではなく頭の上を越えられていくなんて、さすがに予想もしていなかったのだ。
 だが。

「逃がすか!」

 一番最初に我に返って、少年を追いかけ始めたのはヘスティアだった。ターゲットに向かって真っ直ぐにかけていく『敵』を、ただ手をこまねいて見送るわけにはいかないなんて発想は、正直なところ、その時のヘスティアにはまったくなくて。
 胸の中にあったのは、あっさりと包囲網を抜かれてしまったという悔しさ。それから、鮮やかなまでに包囲網を飛び越えて見せた少年への、確かな好奇心。
 ゆえに負けじと後を追って、ヘスティアもまた駆け出した。そんな彼女をけれども少年は、興味なさそうにも、自分について来れる者が居るわけがない、という確信とも取れる無関心で振り返りもしない。
 現にヘスティアに遅れて駆け出した傭兵団員の何人かは、この唐突な『鬼ごっこ』から早くも脱落していた。とはいえそれは、彼らが弛んでいるわけでは決してなく、少年と、そしてヘスティアが規格外なのだ。
 自由、という言葉でしか表現出来ない突飛な行動で、人ごみを駆け抜け、飛び越え、時に店先にぶら下がり、かと思えば壁を蹴って進む少年。その後を必死に喰らいついていくヘスティアもまた、少年と同じくらいか、時にそれ以上に自由な発想で相手に迫ろうとする。
 そんなヘスティアに、初めて少年の眼差しが向けられた。感心しているようでもあるし、面白そうでもあるし――もしかしたらその両方、だったのかもしれない。
 少年が明らかにヘスティアを挑発するように、ぐん、と加速した。これでもまだ全力じゃなかったってか、と楽しげに顔を輝かせ、ヘスティアも本領発揮とばかりに速度を上げて、少年にしっかりとついていく。
 回り込めとか、追い込めとか、そんな団長の言葉が聞こえた気がした。簡単に言ってくれるぜと、内心で舌打ちしながら素早く街のつくりと、この先にあるものが何だったかを思い出そうとする。
 少年の目的はあくまで王族の襲撃のはずだから、今はヘスティア達をまくために闇雲に走り回っているのだとしても、最終的にはそちらに戻ろうとするはずだった。否、闇雲どころか誘い込まれている可能性だって、ある。
 ――そんな騒ぎが、街の人々の注目を集めないわけはもちろん、無かった。気付いた者達が騒ぎに巻き込まれまいと逃げ始め、その騒ぎが騒ぎを呼んで人々の中に混乱が生まれる。
 ――そうしてようやく、少年に捨て身のタックルをかまして捕まえたのは、とっくに王族のお忍び行列など居なくなってしまった頃の事だった。もっとも幸いにしてと言うべきか、なんとか最後までヘスティアが食らい付き続けたおかげで、騒ぎに巻き込まれたりしての被害はあったものの、肝心の王族一行への被害はなかったのだが。
 ゆえに結果として、傭兵団にもたらされた依頼は成功である。――のだが、しかし。

「お前らは猿か!!」

 捕まえた少年と共に傭兵団の仲間たちの元へ戻ったヘスティアが、褒められるよりも何よりも、真っ先に言われたのはその言葉だった。なんだよー、と唇を尖らせる彼女の手は、しっかりと少年と繋がれている。
 ヘスティアにタックルされて地面に押し倒されたあと、少年は逃げる気を失ったように――または興味を失ったように大人しくなった。とはいえ、さすがに1人で歩かせるのもまずかろうと考えた末、手を繋いだヘスティアに繋がれた少年は、ちらりと目を向けただけで振り解こうとはしなかったから。
 だから傍から見れば仲良く手を繋ぐ2人を見て、「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」と大きな大きなため息を吐いた団長と、「若さって偉大だよな‥‥」「間違えるな、あれは俺たちとは違う生き物だ」などと遠い眼差しで話していた団員たちは、さて、と顔を見合わせる。無事に依頼は達成出来たものの、実は彼らには今、更なる問題が降りかかっていた。
 無事に、とはとても言い難いものの何とか捕まえた少年は、けれども結果的に王族には被害もなかったことだし、こちらで何とかしておいてくれと依頼人からは言われている。のだが、ただ何とかしておいてくれと言われても、どうすれば良いと言うのか。
 うーん、と顔を突き合わせて悩む傭兵団のメンバーと、自分自身がどうなるのかということにすら興味のなさそうな少年を見比べて、なら、と当たり前の口調で言ったのはこの『大捕り物』を手伝ってくれた、ドラッケンの長だった。

「なら息子にするからくれ」
「‥‥は?」

 まるで犬の子をくれとでも言っているようなその言葉に、傭兵団長が思わず、といった風に間抜けな声を上げる。くれってそんな、それこそ動物を拾うんじゃないんだからと突っ込みたい気持ちが、表情にありありと表れていて。
 当の少年もまた、この申し出には驚いたように軽く目を見開いて、長の顔を不審な物でも見るような眼差しでじろじろ眺めた。ギュッと、ヘスティアと繋いだ手が1度強く握られて、それから力が抜ける。

「――まぁ良いけど」

 『どうでも』という言葉が間に挟まっていそうな口調で言った少年に、じゃあそういう事で、とやはり当たり前の顔で長が傭兵団を見回した。それに、もはや何を言えば良いのか判らず『解りました』と団長が頷き、ヘスティアに目配せする。
 手を、そっと放した。そんなヘスティアにちらりと眼差しを向けて、新たな『父』となった見知らぬ男の傍へ、少年はどうでも良さそうな足取りで歩み寄っていく。
 ――その日からリューリャと呼ばれることになった少年がドラッケンの一族に迎えられた、それが経緯である。





「結局最後まで理由吐かなかったよな、あんとき」

 その時の事を思い起こして、ヘスティアはしみじみと呟いた。あの頃の面影を残した、けれどもあの頃より遥かに大人びた横顔の向こうに、どんなに周りの大人から厳しく問い質されても頑として口を割らなかった、頑なな横顔を思い出す。
 ――あの日、不幸にも襲撃未遂事件に巻き込まれた数少ない被害者、それが元々は竜哉と呼ばれていたドラッケンの長の息子だった。あの日、ドラッケンの長に新たな息子として『もらわれた』少年は、その子の名を与えられて『リューリャ』と呼ばれるようになり、ドラッケンの一族として、長の息子として今日まで暮らしてきたのである。
 その、どちらもをヘスティアは知っている。『リューリャ』が入れ替わっている事を、知っている人間はとても、少ないけれども。
 そんなヘスティアにひょいと肩を竦め、竜哉はどこか遠くを見た。たつにー? と首を傾げたヘスティアの耳に、届いたのはぼそり、小さく紡ぐ竜哉の言葉。

「スラム友達が、威張り散らした騎士に殺されたんだ」
「‥‥へ?」
「それが王族の警護だったから、王族を狙って襲撃を考えた。――それだけだ」
「――そうか。たつにーらしいぜ」

 うっかりすれば聞き流してしまいそうなほど小さなそれは、けれどもヘスティアの耳にちゃぁんと届くぎりぎりの音量だった。そうして告げられた、あれから長い時を経てようやく明かされた『理由』に、ヘスティアは納得の笑みを浮かべる。
 竜哉を知れば知るほどに、彼が自分本位のために、例えば己の名を上げる為だけに何か大それた事をしでかすなんて、実はまったく想像がつかなかったのだ。だって竜哉はヘスティアの知る限り、いつだって民の側に立ち、寄り添っていたのだから。
 そんな、ヘスティアの言葉にけれども竜哉は、つい苦い笑いを零した。『リューリャ』という名を本来与えられ、その名で呼ばれて生まれ育った少年は、本当はもうこの世のどこにも居ないのだ。
 『リューリャ』と呼ばれるたびに、胸のどこかでそれを想う。ここに居るのは彼ではなくて、彼と入れ替わり、その名を不当に名乗る別人なのだ。
 それを知っている竜哉はふと、彼女の眼差しが今見つめている『リューリャ』はどちらなのだろう、と考えた。その答えが解らないままに、先よりもさらに小さな呟きが、気付けば唇から零れ落ちる。

「――俺は彼じゃない」

 リューリャと呼ばれていた彼と、彼と入れ替わってリューリャと呼ばれるようになった自分。本当のドラッケンの子は彼以外であるはずもなく、ゆえにこの世から永遠に失われてしまった彼が本来得るべきだった物を、自分はただ彼の代わりにこの手に与えられているだけだ。
 ――そう、呟く竜哉にヘスティアは、それは違うだろ、と笑って首を振った。竜哉の言葉を咎めるでもなく、宥めるでもなく、諌めるでもなく――当たり前に。

「血ではなく魂で受け継がれる一族、ならあんたは竜哉で、リューリャ・ドラッケンだろ」

 そうして彼女が口にした理由は、理由にすらなっていなくて、それゆえなのか心の奥底にすとんと落ちてくる。暴力的なまでに竜哉を肯定し、それ以外の答えなど最初から考えても居ない。
 とても、彼女らしかった。その笑顔がどこか眩しくて、目を伏せようとした竜哉の顔を両手でぐいと引き寄せヘスティアは、彼に笑顔のまま口付ける。
 触れるだけの、まるで駄々を捏ねる子供をあやす母のような、それ。けれどもそれとは違う感情が、確かに感じられる接吻。

「名前じゃねぇ、そのまままるっとあんたって男が欲しいだけだからな〜おれは。今のあんたで俺は嬉しいぜ? ――そんなあんたの子供だから、俺は欲しいと思ってるんだからな」

 そうしてからりと告げた言葉は、いっそ清々しいほどに色というものを感じさせない。けれども掛け値のない本気だということは、真っ直ぐに向けられた二色の瞳から、痛いほどに伝わってきた。
 彼の存在の全てを受け入れ、その種を腹に宿し、産み育てたいと願う気持ちは、ヘスティアの心の底からのもの。だからくれるかいと、己が腹を撫でながらかけた誘いはあまりにもストレートで、直裁に過ぎる。
 それに、竜哉の瞳があっけに取られたように瞬いたあと、面白そうに輝いた。だが、その輝きの中には確かに、ある種の感情が混ざっている事もヘスティアには、解る。
 だから、笑った。そうして今度は確かな意思を持って、どちらからともなく唇を寄せ、先よりも深い口づけを交わす。



 躊躇いも、恥じらいもそこには必要ない。
 だって、春はそういった季節でもあるのだから。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名      / 性別 / 年齢 /  職 業  】
 ia8037  /    竜哉      / 男  / 19  / 騎士
 ib0161  / ヘスティア・ヴォルフ / 女  / 21  / 騎士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お2人の出会いを振り返る物語、如何でしたでしょうか?
すみません、なぜか途中まで嬉々として鬼ごっこ状態で駆け回っているお2人が脳内を回っておりまして、途中で軌道修正をしたらこんな感じになりました(
この次にお2人とお目にかかる時にはどうなっているのか、とてもとても楽しみです(爽笑
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、懐かしいながらもどこかいたむ様なノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年06月25日

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