▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『稲荷の『い』! 』
恒河沙 那由汰jb6459)&百目鬼 揺籠jb8361


 稲荷ずしを、御存じであろうか?

 油揚げを甘辛く煮ふくめ、寿司飯を詰め込んだものが一般的に知られているだろう。
 米俵を模したフォルムから、日ノ本の国の、五穀豊穣を司る神に由来するともいわれている。それゆえの『稲荷』の名であると。
 歴史を辿れば江戸時代。
 安価で大衆に広く親しまれ、寿司飯に人参や椎茸を混ぜ込むことで味に深みを出すもの、炊き込みご飯を詰めるものなど今では応用の幅も豊か。




(……懐かしいもん、流してんな)
 学食で流れるテレビ番組に、箸を止めず恒河沙 那由汰は視線だけを流す。
 屋台形式の稲荷屋とか。
 長く作り、切り売りするとか。
 現代では見られなくなった『稲荷の姿』が、文献と再現CGで紹介されていた。
 店ごとによって工夫を凝らしたり、何より家庭の味というものは他に替えがない。
 ああ、あの婆さんの稲荷は悪くなかった。
 そんなことを、ぼんやり思う。三桁は昔の話だ。

「やっぱり狐サンはこういうのが好きなんです?」

 からかい交じりの声音が、向かいの席から飛んできた。
 百目鬼 揺籠。久遠ヶ原の大学棟で出会った現代に生きる妖怪・百々目鬼。
 那由汰もまた、古くは人界において『狐の妖怪』と呼ばれたことがあったゆえ、遠慮なく応酬できる存在の一人だ。
「あァ?」
「だって、ホラ。俺、稲荷セット頼んでるとこしか見たことねーですし」
 たまたま食堂で居合わせ、他に開いてる席が十分でなし、なんとなく相席してテレビを眺めて今に至る。
 那由汰が口にするワカメうどんの傍ら、小皿に乗った稲荷を指して揺籠は笑った。
「好きなわけじゃねぇ、嫌いじゃねぇだけだ。ここの稲荷は悪かねぇんだよ。塩むすびよか、味気あんだろ」
 ゲシッ
 テーブルの下で、那由汰が蹴りつける。
「いっ!? 蹴るこたァないでしょうよ、蹴るこたァ。図星指されたからって、そんなガキみてェに」
「図星じゃねーよ! 好きじゃねぇっつってんだろ!!」
「すげえ好きって顔に書いてるじゃねェですか、相変わらず素直じゃないですね」
 足癖の悪さにおいて負けるつもりはない。
 愛用の下駄で那由汰の蹴りを弾きかえしつつ、揺籠はニヤニヤ笑いを止めようとせず、それが那由汰を更に刺激する。
「まァ特筆して美味しいもんでもないですしね」
 安いし。
 懐からそろばんを取り出し、左の指先で軽く弾いて那由汰へ突き出す。
「こんなモンでしょう?」
「てめぇ…… 稲荷のイの字も知らねぇ癖にdisってんじゃねぇよ」
 事ここに置いて、金に換算だ? 安いから特筆することじゃない?

「美味ぇ稲荷を食った事ねぇだけだろうが!!」

 きっちり食べ終えてから、那由汰がテーブルを蹴り上げる。

「周りの皆さんに迷惑でしょうが!!」

 舞い上がりかけたテーブルを、揺籠が脚を延ばし踵落としで地へ落す。
「美味い稲荷、ねェ……? 丁度臨時収入もあったんで、奢ってあげることも可能ですよ?」
 見下ろしながら、揺籠。
「……吠え面かきやがれ、じいさんが」
「爺さんじゃねーよ、お兄さんだっつーの!」
 打てば響く、響きすぎる那由汰の反応が愉快で、揺籠はカラカラと笑う。
 何に、とは具体的に出てこないものの考えへ乗せられた気がして、今更ながらに那由汰は深く嘆息した。
(まあ…… あの店も、しばらく行ってねぇしな)
 揺籠の奢りだというなら、奢られてやることにしようか。




 午後の講義を投げ捨てて、妖怪ふたり、ぶらぶらと街を歩く。
 撃退士の養成が目的であるこの島には、生活各種を充実させるための商人も多く住み着いていて、彼らの生活もあるわけだから学生が学業に励む時間だろうが街は機能している。
「天魔の力がなくたって、撃退士の力がなくたって、人の子ってのは逞しいもんですねェ」
「……だな」
 幾つもの時代を越えても、その根底は変わらない。
 異形を恐れる一方で、取り込めるものがあるのなら、貪欲に吸収するのが八百万の神を背負うこの国の人の子。
 嫌いじゃない。
 昼食後の腹ごなしがてら、そんなことを考えながら。
 季節の変わり目、あたたかな陽光に眠気を誘われながら、目当ての店へ向かう。

 繁華街を抜け、ほんの少し寂れた地区。
 久遠ヶ原自体は造られて歴史の浅い人工島だから、正しく『昔ながらの』建物というものはない。
 それを模した、古めかしい佇まいの餅屋が一軒。
「……餅ですか」
「団子や善哉も悪くねぇ。だが、今日は稲荷だ」
 峠の茶屋、といった風情。
 店の前には、座布団の敷かれた長椅子が置いてある。
 ぽかぽかのフカフカの座布団は、二人の訪れを待っていたかのよう。
「なんでもアリですねェ、久遠ヶ原は」
「退屈はしねーな」
 こくりと頷き、二人は暖簾をくぐった。




「……む?」
「どーよ」
 一つの皿に盛られた稲荷を手に取りながら、揺籠の表情が変わったのを見て那由汰は得意げに鼻を鳴らす。

 フンワリお揚げに時間をかけて染み込ませた味付けは、柔らかく握りこんだ寿司飯と絶妙の相性。
 一口噛むと、じんわりとその味わいが広がる。
 添えられた紅ショウガを齧り、熱ーいお茶を流すと、得も言われぬ心地となる。

「たしかにコイツは…… いやはや、日本も広い」
 親指をペロリと舐めて、揺籠は素直に感服した。
「だろ。無駄に長生きしてんなぁ?」
 げし。
「はっ。稲荷ひとつで、世界の全てを知った顔をなさる。これだから青二才は」
 げしげし。
「てめっ、こっちは一回しか蹴ってねぇだろ!」
 げしげしげし。
「はーー、御馳走さんでした、ッと」
 ごくん。

「…………?」

 両手を合わせる揺籠。
 那由汰の視線が、足元から上、長椅子へと動く。

「…………!!!」

 皿は、空になっていた。
 最後の一つ。
 格別のとっておきのスペシャルのそれを、蹴り合っているうちに揺籠に奪われた。

「別に最後の一個を楽しみにとっておいたワケじゃねぇし!!!」

 理解した瞬間に、那由汰の拳が揺籠の顔面を襲った。

「わかった、表に出ろや!」
「何するんで!? もともと此処は表でしょうに!」
 感極まって狐耳が飛び出しているが、那由汰は気づかずに荒ぶっている。
「安心しろ、稲荷の収まった腹は狙わねぇ…… それが情けってやつだ。稲荷に罪はねぇ」
「いやいや狐サン、それは道理がおかしい、だからといって顔面をねらっちゃァ金輪際美味しい稲荷を食べられなくなッちまいます」
「あァ? そうか、そうだな。……。いや、てめぇに食わせる稲荷はもう無ぇっつってんだよ!!」
「最後の一つ、実に美味かったなぁ。え、狐サン、もしかしてそれで怒ってるんで?」
 じりじりと後退しつつ体勢を整えつつ、揶揄を交えて揺籠は時間を稼ぐ。
 美味しいものを食べた後の余韻に浸りたいのは自分とて然り。
(からかいが過ぎたか? でもまァ、これだからやめらんないッてぇのも)
 確信犯は、さて次をどう切り抜けようかと考える。
 唸る拳を鉄下駄で受け止め、跳ね除け、揺籠は身を起こす。
「食後の運動ってのも、乙なモンですかね」
「食いすぎた野郎はトロくさい動きしかできねぇだろ。速攻で沈めてやんぜ」
「食い損ねのトロくさいのはドチラさんでしょう?」
「マジぶっつぶす……!」

 ――ばしゃん

「煩い。店先で喧嘩をしなさんな。団子をやるから大人しくせぇ」




 水浸しの妖怪ふたり、頭にタオルを乗せて並んで団子を頬張る。
 親指大の餅を炭火であぶり、仕上げに塗られる白味噌のタレ。柔らかで香ばしくて病みつきの味。
 竹串に刺されたそれは、山と皿に盛られている。
 店主に叱られバケツで水を掛けられ頭を冷やし、もくもくと食べる。
「……いやはや、日本は広い」
「だな」
 生きて来た年数だけを言えば遥かに自分たちの方が上であるのに、彼の老人へ下げた頭が上がらない。
 茶をすすり、気づくと残りの団子は二本。
「……狐サン、ひとつドウゾ」
「ちッ」
 最後は仲良く、分け合って。
「稲荷、また食いにきましょうね」
「あぁ。揺籠にも良さが伝わって何よりだ」
「ほら、やっぱり好きなんだ」
「嫌いじゃないだけだっつう!!」

「やかましい! もう一杯、浴びせられたいのかい!」


 空高く、店主の声が響き渡った。




【稲荷の『い』! 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb6459/ 恒河沙 那由汰 / 男 / 23歳 / アカシックレコーダー】
【jb8361/ 百目鬼 揺籠 / 男 / 25歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
妖怪たちの稲荷テロノベル、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.