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『貴女への感謝を捧げる日。 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 実家の養母に母の日の贈り物を渡すべく、玖堂 柚李葉(ia0859)は新緑の眩しい、穏やかな気候の中をのんびりと歩いていた。
 天儀の中でも『母の日』というものは、この日、と明確に定まっているわけではない。「何それ? あえて親に感謝をする日?」と首を捻る地域もあれば、毎月何かしらの祝をして両親に感謝をする所だってあって。
 だから日付だってばらばらで、『母の日』『父の日』と言っても通じないところだってあって、それが何だか面白いなと思う柚李葉だ。彼女自身は佐伯の家に引き取られてからずっと、当たり前に『母の日』『父の日』を行なっていたから、余計に。
 道行く人の中にも柚李葉と同じように、母の日の贈り物をする人が居るのだろうか。そんな事を考えながら歩く久々の家路は、懐かしいような、けれども当たり前の日々の続きのような、不思議な心地。
 それはもしかしたら、結婚してからも折に触れて、何度か里帰りをしているからだろうか。まったく縁が途絶えてしまったわけではなく、けれどもすでに自分の『日常』ではない、そんな道のりにはまだ慣れていなくてどこか、特別なようにも感じられる。
 そんな風に歩くうち、見えてきた佐伯の家をお客様の気持ちでも我が家の気持ちでもない、不思議な気持ちで眺めた。そうして慣れた足取りで、少しどきどきしながら屋敷の中へと足を踏み入れた柚李葉は、変わらぬ養母の姿にほっと息を吐く。
 そんな柚李葉の姿に、あら、と養母が少し目を見開いた。それからふぅわり目を細めて、いつもと変わらぬ様子で微笑む。

「お帰りなさい、柚李葉。思ってたより早かったのね」
「ただいま、お養母さん」

 それにまたほっとしながら、はにかんで柚李葉はそう答えた。お帰りなさい、と当たり前に迎えてくれる養母がいて、それに、ただいま、と当たり前に返せる事が嬉しい。
 お茶を用意しましょうねと、居間へ向かう養母の後をついて歩いて、綺麗に片付けられた卓にちょこん、と座る。その上にはすでにお茶請けとして、養母が時々作ってくれたお菓子が用意されていて、彼女が柚李葉の帰りを待っていてくれたのだと解った。
 ほくり、微笑む。そうして居間から見える庭に目をやれば、玖堂の屋敷の大庭園とは比べ物にならないほどささやかな、けれども柚李葉にとっては同じくらい綺麗で心落ち着く春の光景が広がっていた――幾つか見覚えのない花があるのは、きっと養母が新たに丹精したのだろう。
 懐かしい気持ちと、やっぱりどこかお客様な気持ちと、帰って来たという気持ち。こんな気持ちを養母も、自分の実家に戻るたびに感じているのだろうか。
 考えながらのんびり待って、戻ってきた養母の淹れてくれたお茶を飲む。以前、帰ってきた時くらいお養母さんにお茶を淹れてあげようとしたら、ちょっと拗ねたような口調で『帰ってきた時くらいお茶を淹れてあげたいわ』と言われたから、以来、お茶を淹れるのは養母の役だ。
 ほっと人心地をついて、養母が作ってくれたお茶菓子を頂いてから、今日の里帰りの目的である母の日の贈り物を取り出した。卓の上にそっと乗せて、お養母さん、と向かいに座る彼女の前に滑らせる。

「これ、母の日の贈り物です。いつもありがとうございます」

 そういって、ぺこんと頭を下げると養母は、あら、と目を丸くした。それから喜ぶよりも先に、心配顔で贈り物の包みと、柚李葉の顔を見比べる。
 何だろう? と思っていたら、嬉しいけれども、と養母は小さく首を傾げてこう言った。

「あちらのお家には、きちんとして来たの?」
「うん、お養母さん。大丈夫。もうお義母さまの分は、お義父さまに渡してあるの」

 玖堂の家の方にと用意して、実家に戻る前に義父に『母の日の贈り物です』と渡してきたのは、お花と、新茶と番のうさぎ饅頭。これならお茶の時間にでも、義父と一緒に楽しめるだろうと思ったから。
 そう、首を振って説明した柚李葉に、そうなの、と養母はほっとした顔になった。それから、まるでとっておきの贈り物をもらった少女のように、嬉しそうに渡した包みに視線を落とす。
 そんな養母に、色々な意味の篭もった『ありがとう』を心から告げて、丁寧に丁寧に包みを解き始めた養母に、中身を指差し説明した。

「これは玖堂のお家が扱っている香木を使った、扇子と香袋です。香袋は、私が縫ったんです」
「まぁ、そうなの」

 柚李葉の言葉に、養母はとても嬉しそうな顔で流水に桔梗の柄をあしらった香袋をしげしげ眺める。表を見て、裏を見て、それからまた表を見て。
 それから「大切にするわね」と言って本当に大切そうに、宝物のように香袋を両手に包み込んだ養母に、また作ってきますね、とくすぐったく柚李葉は笑った。養母は柚李葉が贈ったものを何だって喜んでくれるのだけれども、いつもこの嬉しそうな表情を見るたびにほっとする。
 早速香りを楽みながら、どこに入れておこうか、袂が良いか、帯に挟もうか、それとも――と楽しげに色々と試し出した養母を、微笑ましく見守った。いつだってこの人は、柚李葉が到底叶わないような大人でありながら、まるで同年代か年下の少女を見ているかのような幼さも備えていて、それらすべてをひっくるめてやっぱり、叶わないな、と思うのだ。
 ――来月には、もう嫁いで1年になる。この養母のようになれるのかと、かすかな不安を覚えながら玖堂の家に嫁いでから、もう――それとも、まだ、だろうか?
 柚李葉にとってこの1年は、何だかあっという間に過ぎていったような気がした。開拓者としての生活とは別に、本当に目まぐるしく、次から次へと訪れる新たな出来事に戸惑う事もありながら、必死に駆け抜けた1年だった。
 けれどもその日々を思い返そうとした時に、柚李葉の中に浮かんでくるのは穏やかさ。ちょうどこの春の気候のように、流れていく日常は暖かくて、穏やかで――それは慌しさよりも何よりも、きっと玖堂の家で夫や義姉、義父、他にもたくさんの人と過ごす日々が充実していたからだろう。
 本当は、何も心配いらなかったのかも知れない、と時々思う。ただ飛び込んでしまえば良かっただけの話なのに、見えぬ未来を恐れて惑っていただけなのかもしれない、と。
 でもそう考えるたびに、ううん、と小さく首を振る。確かに覚えることは沢山だけど、1年前、実際に嫁ぐまでの気負いが嘘の様な、穏やかな日々が送れているのは夫や、義姉や――玖堂の家で、あの場所で柚李葉を受け入れて大事にしてくれた人達が居たからだ。
 同じことは、佐伯の家の方にも言えた。玖堂の家に嫁ぎたいと、言った自分を快く送り出してくれた養母や養父が居たからこそ、柚李葉は玖堂の家に嫁ぎ、穏やかと思える日々を送ることが出来ているのだから。
 あぁ、自分はこんなにも優しい人たちに恵まれていると、しみじみ思わずにはいられない。大好きな人と日々生活していけて、そうして嫁いだ今でも娘として変わらずこの家に帰って来れて――幼い頃には到底想像もつかなかった、夢物語のような幸せ。
 だから。

「ありがとうお養母さん」
「――当たり前でしょう? 柚李葉は私の自慢の、可愛い娘なんだから」

 何がとも言わなかったのに、柚李葉の心をすっかり見通したかのように養母は笑って、当たり前のようにそう言った。嫁ぐ日の前日、共に布団を並べて眠った夜にも言ってくれた言葉――それ以外にも、時に叱るように、時に慈しむように口にしてくれた言葉。
 それだけじゃなくていつだって、心と態度でそれを示し続けてくれていた養母が、ただただありがたくて柚李葉は、うん、とはにかみ小さく頷いた。確かにこの人は『母』なのだと、自分は確かにこの人の『娘』なのだと、何となく思う。
 そんな柚李葉ににっこり笑って、それからまたいそいそと香袋をどこに収めるか、悩み始めた養母をほっこり眺めた。そうして、来月は父の日だ、とぼんやり思う。

(お養父さんと、お義父様に何を贈ろう)

 義父については夫や、義姉に相談するのが一番だろう、と思う。けれども実のところ柚李葉は、養父に何を贈れば良いのだろう、と考えるたびに毎年困って、養母に相談しているのだった。
 養母のように慈しまれた事がないから、養父が何を好み、何を贈れば喜ぶのかが、柚李葉には良く解らない。毎年、養母に助けてもらってやっと見繕う贈り物だって、本当は喜んでもらえているのか自信がなかった。
 それでも養母によれば「柚李葉からもらった物はちゃぁんと大切にしてるのよ?」という事らしいから、迷いながらも毎年なんとか、贈り物を続けている。

「――お養母さん。お養父さんへの贈り物、また相談に乗って下さいね」
「ええ、もちろん。お養父さんには何が良いかしらね。そうそう、お養父さんたらこの間ね‥‥」

 いつものようにお願いした、柚李葉にいつものように快く頷いた養母が、養父がどこぞから仕入れた食べ物がこっそり気に入って、養母にも内緒で自室に隠し持っているという話を、くすくす笑いながら始めた。あれで気付かれてないつもりなのよ、と笑う養母もきっと、気付いていない振りをしてあげているのだろうと、ほっこり思いながら耳を傾ける。
 世間はなんだかこの頃、あちらこちらがきな臭い。アヤカシ達の侵攻も激しいようで、どうなるか先のことすら見えないような心地もする。
 でも、だからこそこの日々を守るために少しずつ、頑張ろうと小さな決意を胸に抱いて柚李葉は、穏やかに過ぎていく時間を心行くまで味わっていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ia0859  / 玖堂 柚李葉 / 女  / 19  / 巫女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お嬢様の里帰りの物語、如何でしたでしょうか?
脳内設定なお養母さんの名前、どちらも素敵だと思いますー!
通り過ぎると何ということはなくても、通り過ぎるまでが大変だったり、って良くありますよね‥‥(笑
そしてお養母さんの次はお養父さんが暴走を始めた事にびっくりです、どうしてこうなった(←
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お嬢様のイメージ通りの、束の間の懐かしいような特別なようなひと時のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年06月24日

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