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『モノトーン・フレーム 』
音野寄 朔(ib9892)&ジャミール・ライル(ic0451)

 ――灰色の光景に不意に現れた色彩は、豊かな緑と凛とした紫、それから。



 雨の降る参堂を歩く。
 降り続く雨に、僅かに凹凸のある石畳はあちこちに水溜りを作っていた。
 見上げれば、どんよりと曇る空はこの雨がまだ当分は続くと否応無しに伝えてくる。
 諦めて、踏み出す先に水が溜まっていないか確認しながら歩を進める作業を再開した。
 重い雲。濡れた石。続く景色はどこまでも灰色で。
 音野寄 朔(ib9892)の視線が俯きがちになるのは、足元で跳ねる水を避けるためでもあるが、こんな景色の中では己の草履と裾の動きくらいしか色の変化がないからだ。
 いや――否。
「あら?」
 地面に這わせていた視線に、ふと別の色彩が現れる。水滴を湛え瑞々しく輝く碧。追う様に視線を進めると、また鮮やかな青紫が姿を見せる。
 そうして、暫くぶりに顔を上げた先に、
「あら、」
 雨の中凛として咲く紫陽花とはまた異なる趣の色彩を見つけて、先ほどとは違う声音で朔はまた声を上げていた。
 金を基調とした絢爛の色彩――ジャミール・ライル(ic0451)。
「ジャミールさん。奇遇ね……ナジュムは元気?」
 近づき、声をかける。
「ナジュム? あぁ、多分宿にいるんじゃない、最近泊まりの仕事ばっかりであんまり帰れてないんだよねぇ」
 家族のように相棒と心を通わせ、現在三匹の相棒と生活を共にする朔にとって、それは何気ない、だからこそごく自然に出てきた問いだったのだが。
 返ってきた、どこかぞんざいさを感じさせる返答に、朔は反射的に唇を尖らせた。
 ……ジャミールと、彼の相棒である迅鷹のナジュムとの在り方は独特だ。
 心を通わせるのではなくむしろ逆。互いに互いの一線を守るをいうことで関わりを維持することを認め合う。互いの自由を侵さない限りは、共存は可能である、と。
 朔のところにも我が儘な猫又が一匹いるが、彼女との関係ともまた異なる。上手く言葉に出来ないが――そう、自由を尊重するのと、自由が前提であることの違い。些細なようでいて、根本からの別物。
 それはただの手法の違いであり優劣や善悪を決めるようなものではない。
 解らぬ彼女ではなかった。咄嗟に表情を曇らせてしまったことに、少ししてからバツの悪さが湧き上がる。
 落ち着かない心地でちらりとジャミールの様子を伺ってみれば、彼は相変らず、平然と人懐こい笑みを浮かべているだけだった。……そんな表情も可愛い、とでもいわんばかりに。
 降参するように肩をすくめ、朔は苦笑する。まったく、そんな意地の悪い笑顔ですら様になるのだから、色男というのはつくづく卑怯な生き物だ。
「それで、ジャミールさんはこれから何処に向かうところだったのかしら。……少し、一緒に歩いても?」
「ん? いや。今はもう、帰るだけだけど。朔ちゃんなら、少しじゃなくても全然おっけーだよ」
 軽い声とともに、もうごく自然に身に付いた所作として浮かび出る極上の笑顔。
 彼の金色の髪に透かすように、また空を見上げる。

 ――だって、暫くはこの灰色の空と付き合わなければならないのだ。もう少し、この彩を目に留めておきたい。

 そっと朔は、歩んでいた方向を変える。
 かくして、雨の降る参堂を、二つの傘が並んで歩くことになった。



 傘を叩く雨音は、衰えるどころか益々勢いを増している。一人無言で歩いていたときはその音すらわずらわしさを覚えたが、今は気にならない。
「――そう。それじゃあ、ジャミールさんも仕事帰りなの」
「うん。も、てことは、朔ちゃんも?」
「ええ。……お互い、商売繁盛なようで何よりね」
「んー。ゴロゴロしてても暮らせるんならそっちのほうがもっといいけどねー」
 くすりと朔は笑みを零した。気分とともに顔が上向くと、今までどうして気付かなかったのだというほどに、あちこちに紫陽花が咲いていることに気付く。
「この時期は雨が多いけれど、紫陽花が綺麗よね」
「ああ……そう言えばよく見るね。赤だったり青だったり」
「ええ。それぞれに色鮮やかでどちらもそれぞれの趣があるわ」
 雨。
 降り続く雨に濡れる華。
 花に葉に雫が輝いて、晴れ間の下で見るときとはまた違う美しさがある。
「洗濯物は外に干せないけれど、雨音を聞きながらの執筆は捗るわ」
 軽くなった心から、自然と言葉が出てくる。仕事帰りの重い身体で一人歩いているとしんどさばかりが気になってしまったが、実際には自分はこの季節は嫌いではなかったらしい。
「ジャミールさんは雨、好き?」
「えー……。昔は雨も良いかな、と思ってたけど……こっちの雨はあんまり好きじゃないな、何かじめじめーってするんだもん」
 答えてジャミールは思い出したかのように、湿って纏まりの悪くなった髪をかきあげる。
 べたつく感触。
 アル=カマルの、乾いた大地の砂埃を洗い流して去っていく雨とは違い、この辺のこの時期の雨は過ぎた後も空気に重く溜まる。
 なるほど、彼の出身地を思えば、この季候に合わないのも無理はない。
 意見は異なったが、飾らない言葉、気取らない会話に朔の気分は悪くなかった。
 機嫌の上昇に合わせるように、ただ石畳が続くだけだった参道にも、緑が増え、建物が見え始め、景色も変わり――……。
 パシャリ。
 朔の足元で大きく、水音が跳ねる。
 直接肌には触れないが、僅かな重みの変化で、裾が多少濡れたのだろうことがわかった。
 ……分っている。少し気が晴れたからって、足元への注意をおろそかにした己が悪い。
 分ってはいるのだが、一度足を止めてしまうと、降り続く雨粒を受け止め続ける傘の重さも気になって。
 忘れかけていた仕事後の疲労が、また肩にのしかかる。
 そして今、目の前には。
「いい所にお茶屋が。雨も強くなってきたし、止むまで入りましょうか」
 ……ここで彼とあったのも、ここに茶屋があったのも、何かの縁か陰謀としか思えないほど、絶妙すぎるタイミング。
 ならもういい。返事を待つ前に、足はふらり店へと向かう。
 ジャミールは何も言わなかった。ただ黙って付いていったのが、その答えなのだろう。



 朝方、開いたばかりなのだろう店内はまだ空いていて。案内されたのは、本来四人用の座敷席。各席は屏風で仕切られ、半分個室のようになっている。
「抹茶あんみつを二つ。奢るわよ。何時ものお礼ね」
 ふふ、と朔が店員とジャミールに笑いかけながら告げる。
「お、ほんと? 奢ってくれるならお言葉に甘えちゃおーっと」
 ジャミールはそれに平然と応じ、店員は「畏まりました」と恭しく頭を垂れてから下がっていく。
 まるで遠慮のないジャミールの態度。だが、面倒がなくてよい。
 どうあっても、つき合わせた礼として朔は奢るつもりだったのだから。下手な遠慮などされたら、それはもう淡々と隙のない言葉で、今自分が奢るべき理由を相手が根を上げるまで語りつくすだろう。
 楚々とした姿と所作で誤解されがちだが、これで朔は非常にはっきりとした性格だ。己の意思は貫き通す、その際に選ぶ言葉は基本的に、遠慮がない。
 もっとも、彼が相手ならそんな心配、初めからしていなかったが。
 運ばれてきたあんみつを前に、いただきまーす、と明るい声を上げて食器を手にするジャミールに、朔も微笑んでそれに倣う。
 これからどんどん、暑くなる季節。見た目に涼しさを出そうというのだろう、色の付いたガラスの器に盛られた甘味。
 その涼しさを一掬いして、口に運ぶ。
 しっとりとした甘さが口に、それから全身に染み渡る。身体に溜まる疲労を浸食して交じり合うかのように、疲れた身体だからこその相乗効果で夢見心地の浮遊感を覚える。
 笑み。見せようと意識したのではなく、表情筋が緩むままの、言葉通りこぼれるような笑み。自然の笑みだからこその歪みを朔が自覚すると同時に、ジャミールの口元から小さく、くす、と音がした。
「……嫌ね。変な顔してたでしょ、今」
「いいや? すごーく可愛かったけど?」
「……。私より可愛い子なんて、たくさん知ってるでしょうに」
「うーん? 誰かが誰より可愛い、って思うことは、あんまないなあ。可愛さって、皆違うから」
「……」
 さらりと言ってのけるジャミールに、朔は返す言葉を失った。
 否定したいのだけど、明確な言葉は浮かんでこない。
 ああ、執筆に携わるものとして、なんという敗北感。
 身体に、梅雨の季候のせいとはまた異なる熱気が篭るのを感じて、朔は小さく首を振った。
 誤魔化すように視線をそらし、せりあがる熱の逃げ場を求める。
「ああ……ほら、ここからでも、紫陽花がよく見えるのね」
 ふと。窓の外の光景に、朔が呟いた。
 先ほどまで歩いていた参道。そのわき道に植えられた紫陽花。窓枠に切り取られて、一枚絵のように置かれた紫陽花は雨の景色の中によく映える。
「ねえ――ほら」
 導かれるように朔がそう言って、窓枠まで歩み寄り。背を向けたまま肩越しにジャミールに振り返る――その時、ジャミールの目に朔もまた描かれた絵の一部になった。
 灰色の空。灰色の道。
 浮かび上がる鮮やかな緑と紫のコントラストを背景に。
 朔の、柔らかな花緑青色の髪がふわりと踊る。
 叩きつけるような雨粒を背景にすると、艶やかさが一層煌くようで。
「ああうん――……やっぱり綺麗だよ」
 ぽつりと。ジャミールが半ば呆然とするように、そう呟く。
「……紫陽花が、よね?」
 心底困ったように言って、朔は苦笑した。彼の視線の先、その中心にあるのが紫陽花ではないのは自覚しながら。
 ……紛れもない。雨の景色の中、彼女は美しい。
 それはジャミールの持つような、煌びやかな、主張する美しさではなく。
 静かな風景にごく自然に溶け込む、調和する美しさだが。
 そう、

 ――ジャミールさんは雨、好き?

 ふと、先ほどの質問をジャミールは思い返していた。
 この地方の、この季節の雨は苦手だ。それが彼の、答え。そのことに一切、偽りはない。
 だけど。
 ……もしも、何気なくそれを聞かれたのが今だったら。うっかりと「そうだね」と答えてしまいそうなほどには――……




 六月。梅雨の頃。
 長く雨の続く、灰色の、憂鬱な季節。
 だけど。
 雨粒を浴びて、幾つもの花々が、太陽の下とは違う輝きを纏う時期。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib9892 / 音野寄 朔 / 女 / 19 / 巫女】
【ic0451 / ジャミール・ライル / 男 / 24 / ジプシー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回は少しお時間いただいてしまい申し訳ありません。
雨の中の、偶発デート。こんな感じに加工させていただきましたが、いかがでしょうか。ご不満ございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ。
ご発注、ありがとうございました。
FlowerPCパーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年06月25日

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