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『通り雨のひととき 』
如月 敦志ja0941)&小野友真ja6901)&神影うるうjb6103)&如月 拓海jb8795


●雨宿り

 青いガラスのような空の端っこに、ぽつりと灰色の染みが見えた。
「あら、雨雲でしょうか」
 神影うるうは空を見上げ、小首を傾げる。
 タクシーを拾うか、それともこのまま歩くかをほんの僅かの間考えた
「でもこんなに気持ちの良い日ですもの。もう少し歩いてもよろしいですわね」
 ……などと機嫌良く歩くこと数分。
 乾いた路面にひとつ、ふたつ。
 初めは数えられるほどの雨粒は、あっという間に本降りになってしまった。
「まあ、どうしましょう。困りましたわ」
 余り困ったようにも聞こえないおっとりした口ぶりだが、一応うるうは困っているのだ。
 突然、ぱっと明るい表情が戻る。
「少しあのお店で休ませて頂きましょう」
 うるうは『パティオ ドラグーン』と看板の置かれた店に向かって駆けて行く。


●パティオ ドラグーン

「ちょい、そっち持って……いやそこやなくて!!」
「え、ここ?」
「ちが、て、いてーーーー!?」
「って、ぎゃーーーーー!!」
 ドーン!
 一緒に持ち上げていたテーブルが傾き、小野友真と如月 拓海の足の上に倒れ込む。
「お前ら……」
 モップを握りしめる如月 敦志の肩がぶるぶると震えた。
「手伝いに来たのか邪魔しに来たのか、どっちなんだ!?」
 その言葉に、友真が即抗議する。
「俺はちゃんとやってますう! 拓海が非力なんですうー!」
 拓海は足の甲を押さえながら涙目で敦志を見上げた。
「見てたらわかるよな? ゆーまの指示が悪いんだろ?」
 敦志はひとつ大きな溜息をついた。

 敦志は現在、この店『パティオ ドラグーン』を実質上切り盛りしている。
 本格的な梅雨のシーズンに入る前に、少し丁寧に掃除をして風を通そうと思ったのが事の始まり。
 食事を振舞うことを条件に、後輩の友真と弟の拓海に手伝いを頼んだのだが……。
「まあいいか、床は終わったし。後はその辺り片付けて、表に出した物を中に入れておいてくれ。俺はその間に賄いの準備しておくから」
「やったー! 俺、ケチャップいっぱいのオムライスな!」
「早く片付けようぜ、ゆーま!!」
 何故か突然、素晴らしいコンビネーションを発揮する友真と拓海。
 苦笑しながらモップを片付けに裏に出た敦志は、ふと空を見上げた。
「あれ? 今日、雨が降るなんて言ってたっけ……?」
 ついさっきまで綺麗に晴れていた空は、半分ほど濃い灰色の雲に覆われていた。


●来客

 友真は大急ぎで、予備の椅子や観葉植物の鉢を玄関先から店内に押し込んだ。
「やっべ、なんかすっごい空黒いんやけど! 掃除終わってからでよかったなあ」
 拓海はテーブルを拭く手を止めて、顔を上げる。
「ゆーま、看板入れてねーんじゃね? お客来ちゃうかも」
「え、何、看板出してたん? お前、アホやろ。途中でお客さん来るとこやんか!!」
「アホっていうなーー!!」
 その声が合図だったように、大きな雨粒が窓ガラスを叩きはじめた。
「うわ、ほんまに降ってきた!」
 友真が慌てて回れ右をしたそのとき、遠慮がちに入口の扉が開いたのだ。

 顔を覗かせたうるうは、そっと店内を窺った。
 少しレトロな雰囲気の喫茶店には、アルバイトのような男子が2人だけ見えた。他にお客はいない。
「あの……入ってもよろしかったでしょうか?」
 おずおずと尋ねると、何かを訴えるように少し年上の男子が厨房を見る。が、もうひとりの男子が満面の笑みで即答した。
「もっちろん! ささっどうぞ!」
 弾むような足取りで近付くと、窓際の席に案内してくれる。
「メニュー、ちょっと待ってくださいね!」
 うるうは上品に会釈を返す。

 カウンターにやってきた拓海を、友真がヘッドロックで出迎えた。
「アホ! 今日は休みやろ!?」
 お客には聞こえないように囁く。
「だって、すっごい綺麗なおねえさんが困ってるんだぜ? この土砂降りだよ、追い返さねえだろ、普通は!!」
 ジタバタしながら答える拓海。
 敦志は苦笑いしながらも、メニューを取り出した。
「看板を出しっぱなしにしてたのはこっちだしな。折角のお客様だ、ゆっくりしていってもらおうか」
「だよな! さっすが敦志!」
 メニューをひったくると、拓海はいそいそとうるうのテーブルに向かう。

 その時。
 耳を覆わんばかりの轟音と、激しい光が店内を満たした。
 

●落雷の衝撃

 目を覚ましたとき、最初に目に入ったのは床だった。
「うっ、いてて……」
 身体を起こそうとすると、額に痛みが走る。転んだ拍子にどこかでぶつけたようだ。
「どうなってるんだ? って、真っ暗だな……停電してんのか」
 ごそごそとカウンターの下を探り、夕方から使うガラスの器に入ったキャンドルに火をつける。
 柔らかな光が揺れ、それにつれて内部の様子が次第に明らかになる。
 危うくすぐ傍に倒れている、オレンジ色の髪の少年を踏んづけるところだった。
「……何でこんなとこで寝てるんだ、こいつは。というか、ここはどこだ? ……俺は何をしてたんだ?」

 窓際の席に突っ伏していた女性が顔を上げた。
「あら、わたくし……いったい……」
 そこですぐ傍の床で目を回している、小柄な少年の姿にぎょっとして身を引く。
 慌てて辺りを見回すと、暖かなキャンドルの灯の中、困ったように立ちすくむ青い髪の青年が目に入った。
「あの……誠に恐れ入りますけれど、ここはどこでしょう? わたくし、どうしてこちらに……?」
 途方に暮れた様子の女性は、とても嘘や冗談を言っているとは思えなかった。


 全員が起き出したところで、ひとまず一番大きなテーブルに集まる。
 青髪の青年が手際よく紅茶を淹れて、皆の前に置いた。
 今わかっている事は、青髪の青年がこの喫茶店の関係者であることと、店内が停電していること。そして全員の記憶が飛んでいることだった。
「とりあえず、持ち物で何か分かる事はないか?」
 青髪の青年の提案に、女性がハンドバッグを探る。
「あら、これ……学生証のようですわね」
 妙に素早い反応で、小柄な少年が手元を覗き込む。
「神影うるうさん、かあ。素敵なお名前ですね!」
 キラキラとした目でくっつかんばかりに顔を近づけて来る。
 が、突然側頭部に不意打ちを喰らい、首が鋭く直角に捩じれた。
「おうふ!?」
 メニューを握りしめていたオレンジ髪の少年が、はっと我に返ったような表情をする。
「あっ、ごめんな! なんか咄嗟に、しばいとかなあかん気がして……!」
「なんでだよ!?」
「そ、それより、自分の持ち物!」
 2人はポケットを探る。が、何やら作業中だったらしく、エプロン姿の2人のポケットには身分証はおろか、スマホすら入っていなかった。

「どうしよ……」
 口ではそう言ったものの、オレンジ髪の少年は案外この状況を客観視していた。
 つまり。
(記憶喪失て、色々忘れるもんが違うんやな……!)
 そう、例えば青髪の青年は、自分の名前すら覚えていないにもかかわらず、キャンドルを灯し、カセットコンロでお湯を沸かし、皆にお茶を淹れてくれた。
 自分はと言えば、あのうるうという女性に小柄な少年が声をかけたとき、何故か全力で止めなければいけないような気がしたのだ。少年の事など何も覚えていないのに。
 だが面白がっている場合ではないのも確かだった。
「どっかに俺らの持ち物があると思うん。ちょっと探してみよっか」
「あ、僕も!」
 2人が店内をうろうろと歩き回る間、うるうは紅茶のカップに口をつける。
「美味しいダージリンですわね」
 そしてくすくす笑う。
「いやですわ、わたくしったら。自分の名前も覚えていないのに、ダージリンは覚えているなんて」
 青髪の青年も釣られて思わず笑ってしまった。
 だが美味しそうに、そして嬉しそうに紅茶を飲む女性の姿に、既視感が頭の隅でちりちりと疼く。


●記憶を求めて

 カウンターの陰を覗き込んだオレンジ髪の少年は、そこに突っ込まれた鞄を発見した。
「あ、これなんか従業員の持ち物っぽいな。えーと……ちょうど3つある!」
 抱えて戻ると、テーブルの上に並べた。
「どれか自分のってはっきり分かるの、ある?」
「うーん……」
 男子3人は眉間に皺を寄せて腕組みしてしまう。
 どれも覚えがあるような気もするし、どれも自分のではないような気もする。
「考え込んでいても仕方がありませんわ。お互い恨みっこなしで、ひとつずつ開けてみてはどうでしょう?」
 うるうの口調は穏やかだが、冷静な指摘だ。
 いや、キャンドルの灯ではよくわからないが、その目は好奇心で輝いている。
 要するに結構面白がっているのだ。
 それでもまだ迷っている3人に、てきぱきと指示を出す。
「では僭越ながらわたくしが、皆様の雰囲気から想像して選んで差し上げますわ。はい、いちにのさん、で、あけてくださいまし!」
 うるうがひとつずつ鞄を押しつけ、パンと手を叩いた。その勢いにつられてそれぞれが中を覗き込む。

 一番小柄な少年は、鞄の中にスマホを発見した。
「んー、何か写真とか入ってないかな?」
 適当にボタンを押すと、出てきたのはポニーテールの少女の笑顔。
「お、可愛い♪ 絶対これが僕の鞄だよな? 間違いない!!」
 だがそのスマホは横からひったくられた。
「何すんだよ!?」
「……これがお前のらしいぞ。拓海……クン」
 青髪の青年が自分の持っていた鞄を、開いたパスケースと共に押しつけて来た。
「如月拓海……? こんなスケベそーな顔のガキンチョが僕だって?」
 その呟きに、他の3人が気の毒そうな顔で見つめてくる。
「嘘……いや、結構しっかりしてそうだし!? 見るからにいい奴っぽいよね!?」
 青髪の青年は奪い返した鞄を覗き込み、幾つかの手がかりを発見した。
「如月敦志……ってのが俺か。え、もしかして……」
 カウンターに据え付けられた鏡を覗き込み、涙目になっている拓海を振り返る。
「俺とあいつって、親戚とか、兄弟とか、そういう……」
「えっ、マジで!?」
 拓海が叫び、残る2人が黙って頷く。客観的に言って、似ているらしい。
「嘘だろ!? あんな間抜けそうなチビが……」
「うわあああ悪夢だ! あと10年も経たないうちに額がヤバいとか、あり得ない!!」
「ヤバくねえよ!!!」
 ギャーギャーわめきながら鏡の前で取っ組み合いする2人は、どう見ても長年の付き合いがあるとしか思えなかった。

 オレンジ髪の少年は、どうやら残ったカバンが確実に自分の物だと、安心して中を覗く。
「小野友真……ってゆうんやな、俺」
 暗い窓ガラスに映る顔と、写真の顔は確かに同じだった。
 手がかりにほんの少し、安堵する。
「でもうるうさんのお陰で、なんかちょっとほっとした! ありがとな♪」
 明るい笑顔を向けると、うるうも嬉しそうに微笑む。
「よかったですわ。少なくとも皆様のお名前はわかったようですから」


●やまない雨

 雨は激しく降り続いている。
 どうにか自分の名前と住所は分かったが、まだ外に出る気にはなれなかった。
 ひょっとしたら自分の身を心配している誰かがいるのかもしれない。
 豪雨の中、連絡を取ろうとしてくれているのかもしれない。
 だが落雷の影響だろうか、それぞれのスマホは圏外の表示のままずっと沈黙していた。
 冷めたお茶のカップを前に、4人は途方にくれる。
 その沈黙を破ったのは意外な音だった。

 ぐぅ〜〜〜〜〜〜♪

「あ……なんか、ちょっと、お腹すいたな、って……」
 頭をかく拓海。
「実は俺も……なんか食べるもんあったら分けてもらえたら嬉しいかな?」
 友真が遠慮がちに言うと、うるうも腰を浮かせた。
「材料がありましたら、わたくしお手伝いいたしますわ!」
 何の根拠もない。だが、何故か料理は出来るという自信があった。
「そうだな、何か探して見るか」
 敦志はカウンターの中に入り、業務用冷蔵庫を開けてみる。そして大鍋に入ったビーフシチューを発見した。
「うーん……売り物っぽいけど……まあいいか」
 中鍋に移し替え、カセットコンロの火にかけた。
「あら、美味しそうですわね! ではブルスケッタでも用意しましょうか」
 いつの間にかついてきていたうるうが、あちこちの扉を開いて材料をかき集める。
 そこで友真がひきつりながらカウンターに縋りついた。
「あ、ちょ、待って、待ってください……!」
 うるうがきょとんとした顔で振り向く。
「ごめん、俺、生のトマトは無理……!!」
「あら、記憶喪失でもそういうことは覚えているのですわね。面白いですわ」
 友真の必死の訴えに、うるうは笑ってしまうのだ。

 キッチンで敦志とうるうが立ち働いている間に、友真と拓海はテーブルを整える。
「ちょい、そっち持って……いやそこやなくて!!」
「え、ここ?」
「ちが、て……!?」
「ぎゃーーーーー!!」

 ドォーン!
 
 本日2度目の激しい落雷。
 音は腹の底が震えるような振動となり、光は店内をくまなく照らした。


●戻る日常

 チカチカチカ。数回瞬いた後、カウンターの照明が息を吹き返した。
 その光に照らされて、敦志は目をぱちぱちさせる。
「あれ……」
 咄嗟に抑えた鍋は無事。カセットコンロの火もちゃんと消している。
 足元を見ると、何故か鍋の蓋で頭をガードして、うるうが震えていた。
「えっと、大丈夫……?」
「あら? わたくし、いったい……」
 うるうは顔を赤くして、慌てて立ちあがる。
「いやですわ、どうしてお店の厨房にお邪魔しているのかしら? ごめんなさい!」
 エプロンまでしっかり身につけているが、全く覚えが無い。
「いや、こちらこそ。何でお客さんに厨房に入って貰ってるのか……って、友真! 拓海!?」
 カウンターから身を乗り出す敦志。転がったテーブルと、目を剥いて転がっている友真と拓海が目に入ったのだ。
「あ、だ、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ! やし!」
 友真がぎこちなく笑いながら、起き上がる。
「すっげー雷! でもゆーま、ビビり過ぎだよな!」
「アホか! お前もギャーって叫んでひっくり返ってたやろ!!」
 言いあいながら、転がったテーブルを立て直す。
「掃除してあったから綺麗でよかったな!」
 テーブルクロスを替えて、友真は綺麗に端を整える。
「さあどうぞ、お客さん!」
 はじけるような笑顔をうるうに向け、友真はさっと椅子を引いた。
「あら、ありがとうございます」
 うるうは微笑み、流れるように優雅な動作で腰掛ける。

「くそー。ゆーまにいいとことられた……!!」
「いいからお前はこれ運べ、ほら」
 敦志は悔しがる拓海にカトラリーセットを押しつける。
「ちょうど俺達も賄い食べるところだったんです。良かったら一緒にどうぞ」
 カウンターから顔を覗かせ、敦志が言った。
「ええっ、もしかしたら今日はおやすみでしたの!? わたくしったら、本当にごめんなさい!」
「いやあ、どうやらガーリックトーストを用意して貰ったみたいだし。せめて雨がやむまで、ごゆっくりどうぞ」
 敦志は明るい笑顔でそう言ってから首を引っ込めた。
 そこで厨房を見渡し、思わず真顔になる。
 コトコトと音を立てる鍋からは、得も言われぬ良い香りが漂っていた。
「うーん……しかしなんで俺、賄いであいつらにビーフシチューなんて高級なモノ食わせようとしたんだろ……?」
 そもそも何故、お客さんを厨房に入れて手伝わせていたのかもわからない。
 敦志は暫し考え込んでいたが、やがて気を取り直した。
「ま、いっか。後で厨房も磨かせるってことで」

 客席からは拓海の声がうつろに響く。
「敦志〜、僕もう腹減って死にそうー! 早く食わせてえー」
「わかったわかった、もうちょっと待て!」
 白い深皿にシチューをとりわけ、ほんの少し生クリームを垂らして、ふわりとベビーリーフを盛り付けて。
 こんがり焼けたガーリックトーストも暖かいうちに添えて。
「お待たせしました、当店自慢のビーフシチューです」
 テーブルにコトリと置くと、歓声が上がる。
「待ってました〜!!」
「いい匂いですわ! とってもおいしそう」
「いただきまーす!!」


 空は次第に明るくなり、降り注ぐ雨は柔らかく優しいものになっていた。
 食事がすんだら、大事なあの人に連絡してみよう。
 その人がどこでどんな風にこの雨をやりすごしたのか、そんなことも聞いてみたいから……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0941 / 如月 敦志 / 男 / 21 】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 18 】
【jb6103 / 神影うるう / 女 / 20 】
【jb8795 / 如月 拓海 / 男 / 13 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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驚きのご依頼をいただきましたが、如何でしたでしょうか。
この経験が、皆様共通の思い出となりますように。
そして大事な人に、こんなことがあったよ、という話のきっかけになりましたら嬉しいです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2014年06月25日

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