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『克己 』
リューリャ・ドラッケン(ia8037)


●邂逅

 竜哉(ia8037)は今もジルベルト・ドラグレスとして各地を渡り歩いていた。
 少しでも新しい事実を得るために。ジルベルトとしても、竜哉としても目新しいと思える噂があれば、その信憑性がどれだけ低かろうと確かめに行く。
 確かに始祖帝は時代の鍵だ。だが別の鍵が在る可能性は零ではない。

 今胸にあるのは『黒い鎧の戦士』の噂だ。個人でアヤカシを討伐しているという存在。それが一度ではなく度々姿を現すらしい。
 この時代のアヤカシは竜哉の知識にあるより弱い。だが同時に人の力も弱い。始祖帝の一行が英雄視される時代なのだ。なのに個人で、たった一人で退治して回っているという存在は誰の目にも特異に映る。
(それだけの腕ならば、歴史の鍵になる存在のはずだ)
 思えばこそ足は急いて、最近見かけたという情報を元に進んでいった。

 頑丈な作りの鎧を身に付けた戦士。遠目に見れば黒に見えるかもしれない服装。
 この男に違いない。この男でなければならない。出会い頭に視線が吸い寄せられる。印象を感じ取るよりも先に確信が脳裏に刻み込まれた。
「‥‥来い」
 男もこちらに気づき、視線が交差する。
 口数は最低限、補助的な動作もほんのわずか。だが竜哉は男の意図を正確に理解していた。その理由は考える必要もないこととして処理され、疑問に思う余地はない。ただ、戦士に誘われるまま場所を変えた。
「わかった」
 人通りがあり活気のある場所で、この男と対峙してはならない。脳内で警告のように鳴り響く声は本当に自分の声だろうか?

●対峙

 人目を避けて辿り着いた先。前を歩いていた男が立ち止まり、ふり返る。
「構えろ」
「何を」

 ギィンッ!

「本気で来い」
 やり取りが終わるより早く、眼前で男の刃を受けた。今初めて男の顔が近い。
 剣を抜き襲いかかってきた男は瘴気を纏っていた。全身、そして男の剣さえも闇色に包まれている。
(これが『黒い』の正体か)
 服装や装備が黒尽くめではない理由を理解して、瘴気の向こうにある男の顔を探る。
 見覚えのある顔だとも思う。知らない顔だとも思う。
 曖昧な、おぼろげにも見える男の容姿を考える余裕はすぐになくなった。これから行うのは命のやり取りなのだから。

 腕試しの一撃、なんて軽い気持ちで繰り出すことなどできなかった。
 間合いの取り方、構え方、なによりはじめのあの一撃。見覚えが、そして体に覚えがあり過ぎる。
(同じ技術っ!?)
 声が出そうになるのをすんでのところで堪える。
 どの振りぬきが得意で、どこを狙われるのを苦手としているのか、どう動いて敵の隙を誘うのか‥‥互いに互いの手口を知っている。
 勿論、それにどう対応するのが正解なのか、その答えも知っているということだ。
(なら、消耗を避ければ)
 同じであれば、拮抗する。その拮抗を崩すのは時間と、積み重ねられた疲労だ。より早く相手を消耗させ、より早く相手の思考の隙をつくことが勝利へとつながるはず。
(少しでも上回る事が出来れば、こいつを抑え込める‥‥!)
 同じであるならば、その上で対処すればいいのだ。

 僅かな隙間をこじ開けるように、考えうるすべての可能性を一つずつ試していった。
 死角を突くようにフェイントをかけてから、正面。
 力の限り降りぬいたと思わせて、振り返す。
 ことごとく男の剣に阻まれていく。
「これなら!」
 自身が傷つくことを承知で突き出す。精霊力を纏わせた剣は瘴気に、アヤカシに類する者に効果を発揮するはずだから。

 キィン!

 盾では防げぬその場所に、今度こそ入りこめたと思った。だが手ごたえはなく、弾かれた音がどこか遠くに聞こえる。
(これは‥‥スィエーヴィル・シルト!?)
 瘴気の奥で、無色透明の障壁が竜哉の剣を阻んだ。瘴気を纏っているからこそ、騎士の技を使うことは想定していなかった。
(違う! 気付いていた筈だ)
 同じ技術なのだから、騎士として修練を積んでいても何もおかしくはないのだ。ただ剣の型で相手を上回ることにばかり思考が捕らわれ、瘴気を纏うからこそアヤカシだと思いこんでいただけ。
 本来であれば忘れることはあり得ない。この戦いを楽しめていると言う事なのか、それとも別の力が働いているというのか。
(現実の体ではないからか)
 痛みはある、血も流れる。だがどこか別の事のように感じ取っている。夢語り部の間、その術の影響だとでもいうのか。
 ジルベルトの体と竜哉の思考がどこかでかけ違っているとでも?
(そんなことは理由にならない)
 本当はもうわかっている。
(こいつは、俺より強い)
 同じ技術だから、同じくらい強いというわけではない。男の技術は、竜哉のそれを上回っている。

 確かに技術は同じだ。
 だが竜哉よりも多く場数をこなし戦闘経験を積んだ男は、同じ技術を鍛えあげ高度に昇華させていた。
 技術は仕組みであり土台だ。
(敵うのか?)
 ほんの小さな傷さえも付けることが出来ないこの状況で。
 自分には少しずつ傷がつけられ、その分の消耗が蓄積されていく。
 致命傷を受けるほど、自分だって軟ではない。多少の傷なら耐える自信はある。
 失血量が多ければ危ない可能性はあるが、それはまだ先の話だ。
 今、竜哉は追い詰められている。抑え込んでいた筈の動揺が、腹の底からせり上がってくる感覚。
 しかし同時に緊張とも高揚ともつかない何かが竜哉の体を支配しはじめた。

●死闘

 竜哉の聖堂騎士剣は、男のシルトに反発して、効果を発揮しなかった。
 体はそれまでと同じように、男との闘いを続けている。
 自分ばかり傷が増えていき、自分ばかり動きが鈍くなっていく。
 このまま続けば負ける。終わりが来るのは明らかだ。

 ここはジルベルトとして過ごした世界。だから竜哉の生はここでは終わらない。
 本来の目的は果たしたのではなかったか?
 この勝負に勝ったからといって得るものがあるとは限らない。
 ならば諦めるのも手ではないのか?
 ジルベルトが諦めても、竜哉が諦めたことにはならないのではないか?
「そんな弱気な話、他でもない俺自身が認めない」
 強気に笑う。

「余裕があるのか‥‥俺も本気を出そう」
 男の一撃に重みが増した。まだ全力ではなかったというのか。
 竜哉の剣が折れる。

(どうすればいい?)
 必要なのは、なんだ?
 この男に勝つために。
 勝てないまでも、負けないために。
 ほんの一撃だけでも、喰らわせるために。
(俺がこいつを越えるために、足りないものは何だ?)

 ――志体とは、精霊力を具現化させるために必要な素養のことだ。

 精霊力とは何だ? 目に見えぬもの。
 具現化とは何だ? 形を成すこと。

 ――志体は、願いを、思いを叶える力。

 願うことで、力を、思いを形にする事が出来るなら。
 強く、強く強く強く強く‥‥!
「俺は、この男を超える力を望む! その力を、形にしてみせる!!」

 竜哉からは見えない瘴気の奥で、小さく男の口角があがった。

「うぉぉぉぉぉおおおおお!」
 突き出す竜哉の手に武器は握られていない。男からの剣戟も頭上から迫ってきている。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」
 空いた手に全てを集中させたその瞬間に、それは姿を現した。
 はじめはほんの棒きれ程度。次第に剣の形を成していく。使い慣れた形と同じになったところで存在感も増した。
 力の光を集め固めたようなその刀身は男の剣を遮る事は出来なかった。しかし男の瘴気もシルトの障壁さえも突き抜け男の体に突き刺さった。
 しかしジルベルトの体にも男の剣が食い込んでいる。
 確かな手ごたえを最後に、ジルベルトの生はここで、終わったのだ。

 事切れたジルベルトの体が消えていく。アヤカシの消える瘴気のようではなく、竜哉の持つオーラのように、水が流れるようにゆらめきながら。
「『俺』にはなるなよ」
 最後の一筋の光に向かって、竜哉に一言投げかける。
「俺はもう一仕事。それ以外する事もない」
 その言葉は誰も聞いていなかった。

●斬神

 竜哉が目覚めたのは朝廷の地下。実際はそう長い時間ではなかったようで、体の節々が痛むこともない。
 ジルベルトとして一人分の生を体験してきた。その情報量は少しばかりの頭痛という形で現れたが、それだけだ。そんなことより今の竜哉には達成感がある。
 体を起こして、空いた手に力を込める。
 瞬時に実体のない剣が現れる。姿がおぼろげになることもなく、確個として手の内にある。
 少し意思を込めれば、別の剣の形にも変じた。一度扱った武器であれば、変えられる自信があった。
 瘴気も精霊も斬る事が出来る、力の塊。新たな力。

 ――名付けるなら、一戦限りの相手に敬意を表して。
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2014年06月26日

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