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『変わらぬ想いと、宵蛍 』
ロドルフォ・リウッツィjb5648


 夏は面影を連れて遣って来る。

 生暖かい風が頬を撫でた。
 つられるように夜空を仰ぎ見れば、天の川を挟んだ対岸でベガとアルタイルが互いを見つめ合っていた。
 あれほどに強く燦めいていた太陽は西へと沈み、夜の帳が訪れている。
 万緑に降りしきっていた蝉時雨も、涼やかな虫の音へと変わり一面を支配するのはただ静寂。
 静か過ぎた夜といっても過言ではない。
(だからであろうか……)
 レーヴェは、瞳を閉じた。あの日を思いだしてしまうのは――そして、締めつけるような想いに苦しんでしまうのは。

 蛍は名残を響かせるように舞っている。

 その中を、歩いていた。
 ゆらり、ゆらりと揺れる螢火に目を細めながら、言葉も無く夜更けの村を歩いている。



 やがて一緒に歩いていたロドルフォ・リウッツィが質素な和風住宅を見付け、立ち止まった。
 こぢんまりとしたその住宅には垣根はなく、小川を見晴らせる場所。
「この辺でいいか、お邪魔します……っと」
 庭と呼ばれるであろう場所。ロドルフォとレーヴェは立ち入るが、ふたりを咎める者は誰も居ない。
「先ずは座れるとこだが……レーヴェ、その雨戸を開けてくれないか?」
「わかった」
 ロドルフォに言われレーヴェが雨戸を開けると、ふわりと埃が舞った。
 ゆるやかに飛び散る埃は月光に少し煌めいて、再び地に積もる。嫌になる程に埃っぽさを思い知らせるこの場は、長らく人の出入りが無かったことを示している。
「そうか……一年以上が経つんだもんな」
 ロドルフォの呟く声が、レーヴェにはやたらと染みるようで、ただじっと埃を眺めていた。

 一年以上も時が止まったままの村だった。
 一年以上も時が流れていたままの村だった。
 声は死に絶え、人影は無い。誰も居ないまま、時間だけがただ流れている。
 居なくなってしまった声を追うように無人の村も、緩やかな滅びへの道を辿っていた。

「あのさ」
 そんなレーヴェの視線に気付いたロドルフォが口を開く。
 何と声を掛けようか、少し思考を巡らせたロドルフォは、わざと明るい口調を選んだ。
「とりあえず、座ろうぜ。で、飲む。積もる話はそれからでもいいさ。辛気くせぇ顔してると酒が不味くなっちまう」
「飲む、であるか?」
「お前、前日本酒飲んでみたいって言ってただろ。で、偶然こんなの見付けてな」
 首を傾げたレーヴェにロドルフォは頷いて、鞄をがさごそと漁った。レーヴェは興味深そうに覗き込む。
 新緑色の瓶には『蛍酔』のラベル。偶然通りがかった酒屋に置いてあったのを見て、衝動的に買ったのだ。蛍、その文字は謂わば彼女の象徴だ。
「……覚えていたのか」
「ま、男と男のなんとやらって奴だな。俺はワインのが好きだが、偶には日本酒で酒盛りというのも悪くはない」
 ロドルフォは次々と鞄から物を取り出していく。
「今日此処で飲もうって考えていて、ちゃんとおつまみも用意したんだぜ」
 ロドルフォはタッパーを取り出した。手のひらくらいの大きさのタッパーがふたつ。
それを開けて、中身を覗き込んでみる。
「チーズ、であるか?」
「作ってみたら、これが案外行けるんだよなー」
 レーヴェは不思議そうにチーズを眺めていた。
 片方は少し黒ずんでいて、もう片方はそれよりも明るい茶色に染まっている。これに見覚えがある――レーヴェは自信満々に答える。
「我、知っておるぞ! さしすせそのショーユとミソであろう?」
「ああ、そうそうそれだ。しかし、そんなもん何処で覚えた?」
「テレビ……昼間のお料理番組であるー! おばちゃんが解説していたのだが若い娘がケチャップやソース、マヨネーズが無いのはおかしいと言っていた。その意見は我も同意であるな」
 うむうむと頷くレーヴェ。やはりか。ロドルフォは思わず脱力しかけるけれど、不思議と以前程の衝撃が無いのは最早慣れきっている証拠なのかもしれないと自らに結論付けた。
「そのショーユとミソは、何から出来ているのだ?」
「んーっと、たしか……ああ、あれだ。大豆って種類の豆から作る日本伝統の調味料らしいぜ」
 そうして、解らないことは何でも直ぐに何故?と子どものように訊ねるのも、もう慣れた。
 お陰でロドルフォも下手なことを答えられず、知識をいくつか身につけた為、大抵のことは答えられるようにはなっていた。
 頷くロドルフォ。確か自分の知識が正しければ、数ある原料の中でも確かオーソドックスなものだったはずだ。
「ふむ! 前のタイヤキの中のアンコも豆で出来ているのであろう?」
「ああ、確か」
「ニッポンジンは其程に豆が好きなのであるか……?」
「まぁ、好きなんだろうけど偶然じゃねえのか?」
「トーフやナットーも豆なのである。オイナリサンのあの甘い部分も豆から出来ているぞ聞いたぞ」
 キリがない。そう、ロドルフォは悟った。
「あー、もう小難しいこと考えるのは止めにしよう。ほら、飲め、食え」
「むあー! 無理矢理はなしなのであるー。悪魔虐待反対なのであるぞ!」
 天使は悪魔の口にチーズを押し込んだ。もぐもぐ。思わず咄嗟に味わうレーヴェさん。
「うまいのである……」
「だろー」
 ロドルフォは何だか、得意顔だ。
 しかし、直ぐには酒は飲まなかった。
 朱塗りの杯に、映る月。静かに雅な和の心。わびさびの心はまだ解らずとも、そんなひとときを楽しんでいた。
 そうして、口を開いたのは悪魔。
「サヤは、どのような酒を好んでいたのであろうな」
「いや、人間界じゃ……少なくてもこの国じゃ未成年は酒を飲んじゃいけないことになってるんだ。小夜ちゃんは飲んだこと無いと思うぜ」
「そうか……」
 ロドルフォの答えに頷いて、レーヴェは杯を呷る。
「日本酒というのは、不思議な味であるな。慣れぬ味だが、悪くはないな」
「確かにな。あ、けど日本酒だけじゃねーぜ。人間界の飯はみんな美味い」
「うむ。真に美しき世なのである」

 正面に見える小川には、ポツポツと光が舞っている。
 その光の正体は虫で、蛍という名なのだと知ったのはある人間の少女に教えられてのことだった。
 この廃村には、彼女の墓がある。ふたりはその少女――小夜の墓へと参った後で、この場所へ立ち寄った。
 かつて待宵村と呼ばれ、自然で溢れていた村を滅ぼしたのは他でもないレーヴェ自身。
 ただ光は揺れている。光だけは、変わらない。

「小夜ちゃんは、いい女だったな。お前の人生を変えてしまうくらいにさ」
「うむ……」

 優しい少女だった。自分の死の間際にさえ他人を思えるような、優しすぎた少女だった。
 最初は純粋な興味だった。何故、この少女は其処まで人を想えるのか。
 人はもっと弱きものではないのか?
 確かに、力は人間の方が弱い。しかし、心はずっと人間の方が強かったのだ。

 ――人を踏みにじり、誰かから何かを奪うことに何も感じられなくなるのであれば、それは生きているとは言えない。

 自らをヴァニタスにした悪魔に哀しそうに微笑んだ彼女はその言葉を遺して、死を選んだ。
 しかし、その心が解らなかった。人間という儚い存在は、それ故に強さに憧れる。永遠の命を求める。それが、彼女の幸いになるのだと信じていたから。
 けれど、その心を美しいとも思った。無理矢理にでも意志を奪い、添い遂げることも出来ただろう。しかし、彼女を穢すようなことはしたくなかった。
「別れ際……サヤは、我にいつか『貴方はきっと、それを教えてくれる誰かに巡り会える』と言ったのだ。そうして、ロドルフォに巡り逢えたのだ。真に不思議な縁であるな」
「俺もだよ。こんなバカ悪魔と、こうして酒盛りする日がくるなんてな」
「バカとは何であるかー!」
「いや、バカだろお前」
 猛抗議の様子を見せるレーヴェを軽くいなしながら、ぐいっと杯を呷る。
「小夜ちゃんに初めて会った時、なんて酷いことをしやがる悪魔が居るんだって思った。まぁ、それは俺ら天使も同じだけどさ」
 こんな呆れる程に人間臭く心の澄んだ悪魔だったことも、こうして杯を交わし合う仲になるなんてことも。
「まさかあの頃は、思っちゃいなかったさ」
「そうか……なぁ、ロドルフォ」
「なんだ?」
 呼ぶ声にロドルフォが振り向くと、レーヴェは静かに笑っていた。
「我は、愛せていたのだろうか? 彼女を」
「愛せていたさ」
 その結果、彼女を死なせてしまうことになってしまったけれど。
 ロドルフォは、繰り返す。背中を押すように。
「お前は、お前なりに彼女を愛していた。そして、これからも忘れないように思いを胸に抱いていけばいい。誰かが覚えていてくれる……それだけで、救われることだってあるだろうから」
「……む、何だか月がぼやけて見えるのであるぞ」
「バカ、それはお前が泣いてるだけだよ」
「そうか、我は今泣いているのか」
 レーヴェは、笑っていた。だけれど、涙は止め処なく溢れてくる。
 泣けることが可笑しくて。可笑しいことでまた泣けて。このような運命を作ってしまったのは他でもない自分自身だというのに。
「不思議なものだな。人のように泣く日が来るとは」
「我慢することはない。見てねえから存分に泣け」
 ロドルフォはレーヴェから顔を逸らすように、空を仰いだ。
 きらきらと眩い程に星が燦めいている。いつだってこの場所から見上げる空は哀しい程に美しい。
 彼女が死んだ時も、確かこのように星と蛍が美しい夜だった。暫く、二人の間に言葉は無かった。
「……今は、この国では死者が還ってくる時期、なんだと」
「死者が還ってくる時期、なのであるか?」
 やがて、泣き止んだレーヴェは聞き返す。
「お盆、というらしい……もし、今のお前を見たら、彼女もきっと笑ってくれる思うぜ」
「そうか、ならばよいのだが……なぁ、ロドルフォよ」
 呼ばれてロドルフォは振り向いた。
「我は、悔いるようなことをしたくないのであるよ」
「悔いる、か」
「うむ」
 レーヴェは頷き、口を開く。
「我は人と生きる道を選んだ。自らの世界を変えたのだ。引き留めた執事や友も振り切って」
 それだけ、沢山の人に影響を与えたのだ。勿論、迷うことなんてしない。
 だけれど、もし迷うようなことがあればそういった人達まで踏みにじってしまうことになってしまう。
 そうか、ロドルフォは頷く。小夜が死を選んだように、レーヴェもまたはぐれたことに後悔はないのだろう。
 けれど、やはり遺してきた友人達を案じてしまうのか。
「なあ……レーヴェ。もし、遺してきた誰かがいるなら、そいつがまだ生きているのなら自分の気持ちを伝えることを躊躇っちゃいけねえと思う」
 だから、ロドルフォは敢えて言う。
「通じないこともあるだろう。譲れないこともあるだろう。でもな、お互いの気持ちを誤解して擦れ違ったまんま話せなくなるってのが一番悲しい……お前は、もうそれを知っているだろう?」
「うむ……しかし」
 レーヴェは軽く瞳を閉じた。
「どうなのであろうな……執事はともかく、この想いをあの幼き悪魔が理解出来る日がくるのであろうか」
「でも、ちゃんと伝えるに越したことはない。お前の感じたことや、思ったこと。ちゃんと伝えれば、きっとその子も理解してくれるんじゃねえか?」
 勿論、俺はその子のことを報告書でしか知らないけれど。ロドルフォは酒を呷った。
「お前、ただでさえ天然入ってて分かりにくいんだからさ」
「む……確かに我は人工的に製造されたものではない。それが、一般的だと思うのであるが、おかしいのか?」
「いや、だからそういうところだよ。大体ロリコンって本来の意味はな……あー、なんかもういいや」
 自覚ゼロ。意味も全く解っていない様子だった。変わらない様子に慣れては居たつもりだけれど、やはり少し呆れ疲れてしまう。
 はぁと息を吐いたロドルフォにかけられたのはレーヴェの、予想外の言葉。
「だったら、ロドルフォもであるな」
「何が?」
 きょとりと首を傾げたロドルフォに対して、レーヴェは真顔を浮かべる。
「ロドルフォは、伝えているのであるか? ロドルフォは恋しく思う相手が居るのであろう?」
「いーんだよ俺のことは! あっちも忙しいんだし寂しいとか言って負担になる訳にゃいかねえだろうが……」
「しかし……」
「ってあー! やめやめ! 飲もうぜ!」
 ロドルフォは強引に話を打ち切って朱塗りの杯に、再び酒を注ぎ込んだ。


 夏は面影を連れて遣って来る。
 互いの恋の話を素直に笑って話合うまでにはまだ少し遠いけれど、そんな四季の移り変わりをただ美しいと感じていられるならば――それで、いいのだ。
 杯の中に映る月が揺れる。短夜は少しずつ、更けていった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5648 / ロドルフォ・リウッツィ / 男 / ディバインナイト】
【jz0234 /  レーヴェ / 男 / ルインズブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。水綺ゆらです。

このふたりの掛け合いはいつも楽しく描かせて頂いています(笑)
そして、いつも自然に書いていると漫才になるので不思議です。
そういえば最初に小夜が登場したシナリオが去年の6月でしたから、もう一年以上が経過したのですね。
時々読み返しては、懐かしい気持ちになります。けれど、泣きながら執筆したことは今でも鮮明に思い出せます。
あの頃は、まさか小夜の主人悪魔がこのようになるとは思ってはおりませんでした。
シリーズを通して描かせて頂いた愛の意味と、想いを貫くこと。ふたりの愛の結果は擦れ違ってしまって、小夜が死んでしまったからもう二度とは叶いません。
改めて好きであることは、本当に難しいことだと思いつつも、レーヴェはきっと小夜をこれからも愛し続けます。


この度はご依頼、本当にありがとうございました!
これからもどうぞ、ばかむすk――レーヴェをよろしくしてやってください。
■イベントシチュエーションノベル■ -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月27日

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