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『晴れた空にこだまする。 』
輝羽・零次jb4470

 それは何と言うことのない、いつも通りの延長線上にある1日の始まりの朝だった。見渡す限り雲1つない、澄み切った青い空が気持ちの良い朝。
 叶う事ならこんな日には芝生でごろごろ昼寝をしたり、のんびりと過ごしたいものだけれども、あいにく平日とあっては日本全国の大半の学生には関係のない事実である。小さく漏れてくるあくびをふぁ、と噛み殺した輝羽・零次(jb4470)にとってもそれは同じ事で。
 久遠ヶ原学園はただの学校ではなくて撃退士養成学園なのだから、そのあたりの融通を利かせてくれたって良いんじゃないかと、多少思わないでもない。とは言えやっぱり、撃退士養成学園とは言っても学校には違いないのだから、あまり他の学校と大きく差を空けることは出来ないのだろうか。
 つらつらと考えながらいつも通りに、学生寮のエントランスを通り抜け、玄関をくぐろうとする。周りには零次と同じように、登校のために制服に身を包み、鞄を手にした寮生たち。
 ――その中に、不意に懐かしい空気を感じた気がして、零次ははッと目を見開き、辺りをきょろ、と見回した。そんな零次に気づいた数人が、おや、と不思議そうに目を瞬かせはしたものの、何か声をかけられる前に視線を外す。
 同じ寮の仲間とはいえ、人数が人数だから誰も彼もが顔見知りと言うわけではなく、目に映る人の中には見かけたことがあるだけの者や、中には見知らぬ者だって少なくはなかった。その、零次にとっては見覚えのない少女が目に入った瞬間、どくん、と胸が大きく鳴って。
 瞬間、零次の全身を恐ろしいまでの懐かしさが襲う。前触れもなく鳴り始めた心臓は、どんどん高鳴ってひどく、苦しい。
 見知らぬ少女のはずだった。そりゃ、同じ寮なのだからすれ違うぐらいはしたことがあるかもしれないし、高等部の制服を身に着けているということは、あの少女も零次と同じく高等部に通っているのだろうから、顔を合わせたことがあってもおかしくはない、けれど――
 それでも、その程度の知り合いならばこんなにも胸が締め付けられ、高鳴り、懐かしさを覚えるのかが解らない。ならば一体どうしてなのだろうと、考えた頭が答えを導き出す前に、気付けば身体が動いていた。
 その懐かしくも見知らぬ少女の下へと、零次は脇目も振らず真っ直ぐに歩いて行く。そうして、零次に気付かず歩き出そうとする少女の腕を、ぐいと掴んで引き止めて。

「あのさ……どっかで会った事あったっけ?」
「……なにそれ、下手なナンパみたいな」

 そうして声をかけた零次に、かけられた望月 茜(jb5845)は驚きと、それから確かな呆れを滲ませた声でそう言った。それに、自身が紡いだ言葉を脳内で反芻してみれば確かに、物語の中でだって使い古されて擦り切れてしまったような、ナンパの常套文句にしか聞こえない。
 そう思うとたまらなく恥ずかしくなって、照れ隠しで「そんなんじゃないし」とそっぽを向いた。けれども彼の耳が赤く染まっている事にも、気付いた茜はふぅん? と零次の横顔をまじまじと見つめる。
 初めて会うはずの、高等部の制服を着ているから多分同級生くらいの男の子。いきなり自分の腕を掴んで引き止めたかと思えば、どっかで会った事あったっけ、なんて。
 普通ならこのままビンタの1つもくれてやって、さっさと置いて学校に行ったって良いはずだった。けれども何となくそうする気にはなれない――どころか、仕方ない奴よね、なんて気持ちが浮かんでくるのは、自分でも不思議。
 その理由を考えて、茜は自分自身にも首を捻りながら、まぁでも、とぼそり、呟いた。零次の言葉を認めるようで――つまり、下手なナンパに引っかかってしまったみたいな気がして、ちょっと決まりは悪いけれども。

「そういえば、何となく、初めてじゃない気は、するけど……」
「ん? なんだって?」
「……ッ!?」

 けれども残念ながら、その茜の言葉はあまりにも小さ過ぎて、零次にはよく聞き取れなかった。だから聞き返そうとして、彼女の方にぐいと大きく身を寄せ、顔を――正確には耳を近づけたのに、ぎょッ、と茜は目を見開く。
 顔が真っ赤になったのは、こういう状況で男の子に顔を近付けられたら誰だって、恥ずかしいはずで。だからなのだと誰にともなく胸の中で言い訳しながら、噛み付くように叫ぶ。

「だ、だから! 初めてじゃない気がするって、言ったの! こ、こっちに、急にこないでよ!」
「くく……ッ」

 例えるなら犬が牙をむいて『がるる』と唸っているような、或いは猫が背中の毛を膨らませて『ふーッ』と威嚇しているような、そんな茜の様子につい、笑いが零れた。そんな零次を、茜はますます顔を赤くしてきッ、と睨み上げる。
 にわかに寮の入り口で騒ぎ始めた、2人を他の寮生がちらちら眺めながら通り過ぎていった。心なしか慌てた様子の者も居るのは、誰かと約束でもあったのか、或いは当番なりに遅れそうなのか。
 とはいえ、決して始業まで余裕のある時間ではなかった。ようやくそれに気がついて、2人も何とはなしに肩を並べ、揃って学生寮を出る。
 当たり前のように高等部へと足を向けてから、そういえば相手は高等部で本当に良かったのかと、顔を見合わせて確認したのは同時だった。しっかりと目が合って、数秒見つめ合ってから、なんだかおかしくてぷッ、と吹き出したのも、同時。

「へんなの……! そういえば、あんた何て言うの? 私は望月 茜よ」
「輝羽・零次。望月って言うんだ……ふぅん……」
「零次くん、ね。ふぅん、零次くんか……」

 それから、思い出したように互いの名を確かめると、また不思議な心地がした。初めて会った人の、初めて知った、初めて呼ぶ名前のはずなのに、何だか妙に口に馴染む。
 なぜか望月と、零次くんと、何度も呼び、呼ばれたような。けれどもどんなに考えても、やっぱりそんな事があった記憶はどこにもなく、それどころか会った事があるのかさえ思い出せない。
 もどかしいような、くすぐったいような気分だった。だが悪い気分じゃなくて、むしろもっと相手の事を知りたいと、一緒に居て話をしてみたいという思いが、言葉を交わすごとに強くなっていく。

(どこで会ったんだ……?)
(どっかで会ってるのかしらね……?)

 ちら、と時折傍らの相手を見ながら歩く、それでもこの時間はとても居心地が良くて、楽しかった。そんな自分の気持ちの動きもまた、不可解で不思議ではあったけれども。
 どうやら2人はお互いに、高等部の2年生らしかった。同じ学園なら尚更、どこかで顔を合わせたことがあるのかもしれないと思いはしたが、何しろ久遠ヶ原はやたらと広大な敷地を持っていて、初等部から大学部まで合わせると学生数は2万人を超えると言う。高等部2年生だって、茜が11組、零次が37組、他にもまだまだクラスがあるのだから、どうかすれば卒業まで1度も顔を合わせない同級生だって居てもおかしくはない。
 ということはやはり、初対面なのだろうか。それとも、どっかで会った事がある――?
 そう思いながら歩いていた、2人の間を一陣の強い風が吹き抜けた。とっさに茜は視線を落として、スカートが巻き上げられないようにしっかりと押さえる。

「わわ……ッ!」
「――望月ッ!」

 慌てる茜の声に、零次の焦燥を帯びた声が重なった。スカートに気を取られている茜は気付いていないけれども、零次の目にはしっかりと、道端に立っていたなんだかのイベント告知の看板が、風に煽られてぐらりと大きく揺らいだのが見えている。
 え、と茜が不思議そうに目を瞬かせ、顔を上げた。だが間に合わない。彼女の視界にはまだ、自分に向かって倒れてくる大きな看板は見えていない。
 アウルに目覚めて身体能力が遥かに上がっているとはいえ、あれほどの大きな看板に押し潰されれば、怪我をせずには済まないだろう。そもそもそれ以前に、目の前で危険に晒されている、ちょっと、いやかなり気になる女の子が居て、ぼんやり突っ立って見ていられる訳がない。

「あぶないッ、望月!」
「きゃ……ッ」

 何とか助けなければと、零次はとっさの判断で茜の身体に体当たりするようにして、彼女を道路に押し倒した。怪我をしないようにと腕に抱きこんで、頭を打たないように手でカバーして、2人崩れるように倒れこむ。
 間一髪、看板はまさに2人の顔の傍10センチの辺りに、ガーンッ! と大きな音を立てて倒れた。音からするとやはり、相当に重くて頑丈な看板だったのだろう――倒れたところの道路がちょっと、欠けてるし。
 間に合って良かった――ほっ、と零次は胸を撫で下ろした。それから、押し倒したまま自分の腕の中で真っ赤になっている茜に気が付いて、ちょっと慌てる。
 とっさに庇ったつもりだったけれども、どこか怪我をしてしまったのだろうか。それともこんな大きな看板が倒れてきて、驚いたり、怖がったりしてるのじゃないだろうか。
 そんな事を考えながら、零次は茜の顔を覗き込み、様子を確認しながら声をかけた。

「だ、大丈夫か、茜?」
「な、な、な、なにすんのよ! 離れなさいよバカッ!」
「ぐぉ……ッ!?」

 その瞬間、ついに耐え切れなくなって茜は、これ以上なく顔を真っ赤に染めると目の前の零次の顔を、力任せに張り飛ばした。さすがにその反応は予想していなかった零次は、遠慮容赦のないその一撃に軽く吹っ飛ばされて道路に転がる。
 でも、悪いとは思わなかった。だって何しろ急に公衆の面前で押し倒されたのだし、そりゃあ自分を助けてくれたらしい事は茜にだって転がった看板を見れば解るけれども、もうちょっと他にやりようがなかったのかなとも思うし。
 おまけにまた、顔が至近距離だ。吐息すら感じるくらいの距離で、大丈夫かと尋ねられたってもう、良いからまず離れろとしか思えないじゃないか……!
 そんな、内心の嵐を吐き出すかのようにさらに零次に攻撃を加えようとする茜に、そこまでの事情は解らないものの命の危険を本気で感じ、「待てッ!」と零次は必死で声を上げた。助けておいて殺されたのでは、さすがにちょっと割が合わない。

「さすがにそれは死ぬだろッ!?」
「いいから黙りなさいよ!」
「だから待てって……ッ!」

 晴れ渡る青空に、初めて出会った、初対面ではなさそうな2人の賑やかな声がこだまする。行きかう人々が或いは迷惑そうに、或いは面白そうに、そんな2人を眺めながら通り過ぎていく。
 その後、2人が無事に始業に間に合ったのかは、また別のお話。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /   職 業    】
 jb4470  / 輝羽・零次 / 男  / 16  / ディバインナイト
 jb5845  / 望月 茜  / 女  / 16  /   阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お2人の出会いのような再会の物語、如何でしたでしょうか?
お2人とも、初めてお預かりさせて頂く息子さんとお嬢様だったにもかかわらず、かなり自由に書かせて頂いてしまいましたが、ちょっと、かなり楽しかったです(告白(待て
最後のあたりは少し迷ったのですが、ご発注文を優先させて頂きました(土下座
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、これから始まる新しい『約束の日々』の予感を告げるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月30日

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