『雨響く夜に想う姿は。 』

藤村 蓮（jb2813）

　がらんとした部屋の中に、降りしきる雨の音が響く。それにぼんやりと耳を傾けながら、藤村　蓮（jb2813）は何をするでもなくカウンター席のスツールに腰かけ、どことも知れないどこかをぼんやりと見つめていた。
　母と同じ名を持つからだろうか、雨の音は聞いていると何だか落ち着くのだけれども、蓮がこうして無為に時間を過ごしているのは決して、それだけが理由じゃない。むしろ、今日の雨は蓮の心を深く沈ませるばかりで、先ほどから折につけて重苦しいため息が零れたばかりで。
　部活である喫茶店もどきの部屋の中が、奇妙なほど空虚に映った。自分以外は誰も居ない部屋はがらんとしていて、寒々しいほど広く感じられて、どこか寂しい。
　もう一体、どれだけこうしているのか自分でもよく覚えていなかった。それも、今日だけではなくてここの所ずっとで――それが『いつ』からだったのかは、痛いほどに解っているけれども。
　忘れたくても、とうてい忘れられそうにない理由。――大切な部員仲間だった少女2人と、きっと一生忘れられない別れがあった、から。
　自分を好きになってくれた人。そうして、自分が好きになった人。
　それに気付いてしまったのは一体何がきっかけだったのだろう。好きになってくれた人と好きになった人、どちらも同じであれば話はあっけないほど簡単だったはずなのに、今ここに誰も居ないのはそうじゃなかったからで。
　気付かない間は3人で楽しく、どこか居心地よく、そして時に戸惑いながらも過ごして居られたのに、気付いてしまったらもう駄目だった。どうしたって交わらない胸の想いは、行く先を見つけられないままくすぶって、何でもなかった事が驚くほど気になってしまって。
　それでもその宙ぶらりんの関係は、居心地が悪くて、どこか安心した。良くはならないけれども、悪くもならない。心の中ではもちろん最良の結果を求めているのに、最悪の結果になるのを恐れてこのまま留まる事を希求する。
　けれどもそんな関係は、長く続かないだろうとも蓮は心のどこかで、思っていた。どうしたっていつか、3人の関係は壊れてしまうに違いない。交わることを求めている想いが、交わらないままで居られるはずがない。
　だから、蓮は好きな人に告白した。自分を好きになってくれた少女と親友同士でもある彼女は、親友を気遣って――せめてそうであると願いたい――絶対に自分を振るだろうと、解っていたけれども想いを告げた。
　それは玉砕覚悟の行動だったのか、玉砕を求めての行動だったのか、本当のところは自分でもよく解っていないけれども。予想通りの結末に、心のどこかで安堵した自分が居たのも、確か。
　そうして蓮は、自分を好きになってくれた少女をもまた、振った。このままでは彼女も前に進めなくなるだろうと、もしかしたら傲慢に、けれどもその時の蓮にとっては考えた末の思いやりで、彼女を自分から解放した。
　――だから、3人で居られなくなって。この部室もがらんとしたまま、聞こえるはずのない残響を静かに響かせている。

「……ッつっても、いつまでもこうしちゃ居られない、ッてね」

　よッ、と必要以上に勢いをつけてスツールから飛び降りると、蓮はうーん、と無駄に大きく伸びをした。ついでにぶんぶんと両手を振り回したり、身体を捻ったりしてみる。
　さすがにここしばらくは空元気すら出す気力もなく、何をする気にもなれなかったけれども、いつまでもこうして塞ぎ込んでいたって仕方がない。このままじゃ、どんどん気持ちが暗くなってしまって、二度と立ち上がれなくなってしまいそうでもあるし。
　そもそも、何をそんなに落ち込んでるんだと、意識して自分に言い聞かせる。いつまでもこうしてうじうじと、暗い気持ちに浸って何をやっているんだと。
　彼女達との別れは自分で割り切って、選び取った別れだった。大切な仲間だった、今でも仲間だと思っているあの2人にこれからも変わらず笑っていて欲しいから、その為に自分は振られようと決め、振ろうと決めたのだから。
　だから。蓮自身は何も問題ないのだ、最初から割り切った別れなのだから。さすがにそれでも落ち込みはしたけれども、最初から解っていた事なのだからこうして1人になったって、大丈夫。
　そう、言い聞かせた。自分のあの時の決意は、1人で前に進めなくなるほどやわなものじゃなかったはずだと、叱咤した。

「……そういえば最近、すっかりご無沙汰だったねぇ」

　そうしてぐるりと部室を見回して、大好きな珈琲をこの頃ちっとも飲んでなかった事に気がついた、蓮は久々にキッチンへと足を向ける。どうにも珈琲を淹れる気力が湧かなかったり、機会を逸してしまったりでなんとなく、飲めないままだったのだ。
　だから景気づけに、久し振りに飲もうと思った。幸い、キッチンに立てば手順は考えなくても、身体が覚えている。
　いつものようにコーヒー豆を挽いて、良い香りの立つ粉をブレンドして、フィルターにセットして程よく沸騰したお湯を落として。淹れた珈琲にミルクと砂糖を、入れて……

（……なにしてんだ？）

　ふと我に返って蓮は、目の前の淹れ立ての珈琲を見つめた。ミルクと砂糖の分量は、自然と身体が覚えている、彼女が大好きだったそれ。
　彼女が居るわけでもないのに、彼女に飲ませるわけでもないのに、一体なんで自分は彼女の好きな珈琲を淹れたりしているんだろう、と思った。自分で飲むための珈琲なのに、まったく、何をやっているのだろう。
　そう、思って。淹れた珈琲はもったいないけれども流しに捨てて、新たな豆をセットしたのに。
　その次に淹れたのも、以前に彼女が美味しいと笑いながら飲んでくれたブレンドだった。その次も、そのまた次も。何度淹れても出来上がるのは、彼女が褒めてくれた、喜んでくれた、美味しそうに飲んでくれた珈琲ばかり。
　はは、と乾いた笑いが、零れた。漂ってくる珈琲とミルクの甘い香りに、ふと視界が滲む。
　ダメだって、我慢しなきゃって思って必死に、唇を噛みしめた。けれどもその唇の隙間から、震える吐息が零れ落ちたのを誤魔化す事は、出来なくて。

「ふぅ……ッ」

　喉の奥から込み上げて来る、嗚咽を噛み殺す術を持たないまま、ギリリと強く唇を噛み締める。まなじりがかっと熱くなり、滲み出てくる物があるのを、もはや自分自身にも誤魔化せない。
　彼女が喜んでくれた、彼女の好きな珈琲の香り。――好きだった、今でも好きな彼女のために何度も淹れた、身体にもはや染み付いているそれ。

（何が割り切ってる、だ）

　何が彼女達が笑ってくれれば良い、だ。自分は覚悟していた、だ。
　自分はこんなにも、何一つ割り切れていない。自分の中に刻み込まれた彼女を、こんなにも求めてしまう程に何も、割り切ったりしていない。
　どうすれば良かったのだろうと、考える。
　自分の行動がまったく間違っていたとは思わなかった。思いたくはなかった。けれども何度も、何度でも、あの時どうして居ればよかったのだろうと、本当は考えずには居られない。
　あの時の自分が考えた、あれが精一杯。最良でも最善でもなかっただろうけれども、今の自分に取り得た一番の方法。
　それでももしかしたら、もっと頭が良くて誰も傷付かずに済む方法があったのかも知れないと、考えずにはいられなかった。何もかもが魔法のように上手く行く方法なんて、ありえる訳がないって頭では解っていても、心が求めずには居られない。
　どうすれば。一体、どうしていれば。
　繰言のように何度も何度も考えて、痛む胸で彼女を想う。彼女の笑顔を想う。彼女の声を、気配を、彼女を構成していたあらゆる物を想って、止まない。



　静かな静かな部屋の中に、そうして蓮が漏らすかすかな嗚咽が響き渡る。それを、降りしきる雨の音が優しく包み込むように、掻き消して行ったのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　　ＰＣ名　　／　性別　／　年齢　／　　職業　】
　jb2813　　／　藤村　蓮　　／　男　　／　17　　／　鬼道忍軍

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

息子さんの自分自身と向き合う物語、如何でしたでしょうか？
お言葉に甘えてかなり自由に書かせて頂いてしまいましたが、だ、大丈夫でしょうか……？（汗
ちなみに、蓮華は結構ネガティブ方面の心情描写はご褒美です（←
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ（土下座

息子さんのイメージ通りの、残らずには居られない痛みを想うノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々と

■イベントシチュエーションノベル■

蓮華・水無月

エリュシオン

2014年06月30日