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『お願い 』
セレシュ・ウィーラー8538)&(登場しない)

 ブクブクとシャボンの泡が風呂場一杯に広がり、あたり一面シャボンの海のようになっているその中に、入浴中のセレシュがいた。
 モゾモゾと頭の上を這うようにしながら動き回っている物は、本性を露にしている彼女の髪のような形をした蛇である。
 蛇は丹念にセレシュの頭の上を動き回りながら髪を洗っているようだった。
「まったく、涎垂らすなんて、油断も隙もないわ」
 セレシュ本人は自分の体を綺麗に洗い上げた後、黄金の翼を丁寧に洗っている。
「もうちょい右やな、右。そう、そこそこ」
 蛇に指示を出しながら、すっぽりと自分の体を包み込むような形を取っている翼の一枚一枚指の腹で優しく洗い上げていた。
 シャボンの壁の中にうずもれている姿を見ると、まるで巣で羽を休めている鳥のようにさえ見える。
 そのシャボンの壁の間からニュッと腕が伸びると、上のほうに引っ掛けておいたシャワーヘッドに手をかけてそれを引き寄せ、暖かなお湯を一斉に頭から浴びた。
「重……っ」
 体中から翼の先まで抜かりなく石鹸を洗い流すと、水を含んでズッシリと重く立ち上がることすら抵抗を覚える。だが、何とか立ち上がるとよろめきながら脱衣所へ向かい、ありったけのバスタオルを使って体と翼から水分を拭き取ると重さは幾らかマシになった。
 服を着替え、居間へ戻ると悪魔がしょんぼりと肩を落とし申し訳なさそうに座っている姿があった。
 その、あまりの恐縮具合を見ていたセレシュは、思わず顔が歪みプッと吹き出してしまう。
「何いつまでヘコんでるん? あんたらしゅうないなぁ」
「……だって……」
 タオルで頭を拭いていたセレシュは、そのタオルから手を離し顎に手をやる。そして悪魔に真顔で向き合った。
「そしたら羽乾かすん、手伝ってくれへん?」
「え?」
「羽が水吸って重くてかなわんねん。少しでも乾きを早くするには、広げておくのが一番早いんよ」
「……と、言うと?」
 要領が掴めず、きょとんとしている悪魔に、セレシュは床を指差した。
 セレシュが指を差した場所は、まだお日様の光が差し込んで明るく暖かい。
「とりあえずここ、座ってくれへん?」
「え……うん」
 言われるままに悪魔が近づいてくると、セレシュの前に腰を下ろす。するとセレシュはすっと腕を伸ばし「抱っこ」をねだるよなポーズをしてみせる。
「そのままでこうしてて欲しいねん」
「え?」
「ええから」
 悪魔はおずおずとセレシュに腕を伸ばし「抱っこ」のポーズを取ると、セレシュは眼鏡に手をかけると裸眼で悪魔の目を見つめた。
 見つめられた悪魔は足元から徐々に石化し始め、幾らも経たぬ内に石化してしまう。
 セレシュはそんな悪魔に抱きつくかのようにもたれかかると、重たい羽を広げて石化した悪魔の腕の上に乗せた。
(翼があるとうつ伏せにしか寝れんし、埃が付かんように床に着けんでおるのが大変やねん。せやからちょっと手伝って欲しかったんよ)
(あ〜……そう言うこと……)
 念話で悪魔にそう話しかけると、悪魔はどこか納得したような腑に落ちないような声で返事を返した。
(生身のままやったら、この体勢しんどいやろ?)
(そりゃあ……まぁ、そうよね)
 乾くまでこのまま……いや、確か今夕飯までと言っただろうか。と、悪魔は心の中で苦笑いを浮かべてしまう。
 セレシュは、風呂上りで温まった体が石化した悪魔のひんやりとした感触に心地よさを覚える。
「はぁ〜……。気持ちええなぁ〜……」
 あまりの心地よさに、セレシュは瞳を閉じてため息混じりにそう呟くと、同時に眠気が押し寄せてくる。
 背中からは天日。前からは冷たい石。その感触がたまらなく気持ちいい。
 うとうとし始めたセレシュに気付いた悪魔は、若干うろたえた。
(え? 寝るの?)
「……ん〜」
 曖昧な声をあげ、セレシュはすうすうと寝息を立て始める。
 自分の胸元にもたれかかったまま眠り始めたセレシュを見た悪魔は大きなため息を吐きつつも、「仕方が無いか」と諦めてそのままで居させる事にしたのだった。
 やがて日が傾き始め、部屋の中が暗くなり始めた頃、セレシュはふっと目を覚ました。
 のそりと体を起こすと、羽はすっかりフカフカとした柔らかな感触を取り戻し乾いているようだ。
「ん〜……! よう寝たわ」
 大きく伸びをしながら、ふとセレシュは悪魔に気付く。そしてコンコンと叩いてみるが反応が無い。
「んん?」
 眉根を寄せて悪魔の顔に自分の顔を近づけると、小さな寝息が聞こえてきた。
(すぅ〜……すぅ〜……)
「あれま。寝てるわ。まぁしゃあないな〜うちも寝とったし」
 セレシュはくすっと笑いながら悪魔の傍から離れると、はたと動きを止める。そして改めてマジマジと石化した悪魔を見つめ、ふむ、と頷く。
「それにしても、こうして改めて見ると、えらい可愛いガーゴイルやな」
 そーっと近づくと、身動きの取れない悪魔をいいことについつい抱きしめてみた。そしてスリスリと甘えるようにほお擦りをしていると、悪魔が目を覚ます。
(……っ!? ちょ、な、何してんの!?)
 抱きついたままほお擦りをしているセレシュに、目を覚ましたばかりの悪魔は完全に取り乱していた。
「なんや。起きてしもたんか。こうして改めてみたら、えらい可愛いなぁと思ってな。つい」
 残念そうに呟くセレシュに、悪魔は内心真っ赤になって動揺している自分を感じつつあまりの事に言葉をつむげないでいた。
「家事当番代わるから、もう少しだけこのまま頼むわ」
(えええええ?!)
 ニッと笑ったセレシュは、悪魔の傍から離れるとそのままキッチンへと向かい夕飯の支度をし始める。
 身動きを取る事もできず、いつまで経っても「抱っこ」をねだるポーズを取ったままで居る事をお願いされた悪魔は困惑してしょうがない。
(もう十分反省したから、石化解いてよぉおぉ〜!!)
 悪魔は半べそ状態で悲鳴を上げた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
りむそん クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年06月30日

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