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『救いの定義 』
強羅 龍仁ja8161


 何をして幸いとするか。
 その定義は人それぞれで、時にすれ違い、時に衝突するものだ。
 何をして救いとするか。
 救うもの、救われるもの、立場が異なればそれもまた然り。
 所詮は自己満足に過ぎないのか?
 偽善であろうが、善きことは良きことか。
 最善とは、なんであろうか。




 などということを常日頃考えていれば、人間ハゲる。
 たとえば筧 鷹政の認識はこうである。
 半端に禿げるくらいなら、いっそ剃り上げて年齢不詳のスキンヘッドで若さを保つのも良いかも知れない。
 そこまで意識は飛躍する。

「俺は救えているのだろうか…………」 
「え、強羅さん、出家するの?」

 なので、暗い表情で校庭のベンチに一人腰かけている強羅 龍仁の呟きを耳にした時、反射的にそんな言葉を口にした。
「…………鷹政」
「いや、そんな眉間に渓谷並の縦皺刻んで…… ハゲるよ?」
「その程度で、目の前で喪った幾つもの命を取り返せるのなら、俺は……」
 力ない声で返し、龍仁は両の手へ視線を落とす。

 ――息子を守る為に手に入れた力。

 龍仁にとって、撃退士の力とは意義とは、そこに在る。
 それを鍛える為に来た学園で、しかして多くの出会いがあった。学生と、或いは依頼先で。
 そうして、過酷な戦場においては守り切れなかった命もあれば命を取り留めることが精いっぱいだったこともある。
「離れないんだ。自分の手から、すり抜け零れ落ちていく感触が……。気にしない振りは、所詮『振り』に過ぎん」
(仕方ないと自分を納得させ……これも息子を護る為の犠牲だと自分を誤魔化して……)
 仮面を被る事には慣れていたはずだった。
 己の心を偽ることには慣れていたはずだった。
 自分へどれだけ嘘を塗り重ねても、しかし現実は変わらない。
「……結局は今、出来る事をやるしかない。頭では、わかっている……わかっているんだが」
「夏休みの宿題みたいなー」
「鷹政、俺は真剣にだな」
「やらなきゃ頑張らなきゃしっかりしなくちゃで、意識カラ回ってダイエットは明日からってなるじゃん」
 ぺそ。
 鷹政は手を伸ばし、龍仁の額に手を当て――そのまま髪を後ろへ流してワチャワチャとかき混ぜる。
「……ダイエットの話はしていない。適正体重だ」
「体型の話もしてねーよ」
 年下相手にそうやって触れることはあっても、自分がされることは久しいな、と手のひらの体温を感じながら龍仁が誤魔化せば、目の前の男は少年のように笑う。
「強羅さん、髪質硬いな……はは、性格が出てらぁ」
「……遊ぶな」
 鷹政はベンチへ膝乗りになり、龍仁の銀髪をオールバックへ弄りながら。
 ぐちゃぐちゃに乱してからかき上げれば、普段とは少しだけ印象が変わる。
「でも、もともと普段から後ろに流してるもんなぁ。七三? 七三行っとく?」
「……先日の、事だがな。回避出来ただろう再起不能者を目の前で出してしまった」
「シリアス、続くのか」
「本当に、俺は誰かを護れているのか? この力で……誰かを救えているのか……」
 息子を、この世界の中で護りぬくことはできるのか――……
 龍仁は、鷹政の頬へ手を伸ばす。淡い光が、何処で付けたやら掠り傷を治す。
「この力は万能では無い。……だが、それでも誰かを癒す力を持っているなら救いたい……。エゴだとはわかっている」
 ……それが、妻を見捨てた自分が出来る偽りの罪滅ぼしだとしても。
 巡り巡って、龍仁自身への『救い』なのだとしても。
「…………」
 龍仁の深い赤色の瞳は、鷹政をすり抜けてどこか遠くを視ている。
 それに気づいているから、鷹政も真っ直ぐな返事だけでは意味を為さないだろうと知っていた。
 いつだって保護者然としている彼が、人前で弱気な姿を見せるなんて珍しいから。

 ――何処から罅が入ったのか……

 撃退士として戦いを重ねれば、どんな経緯でその道を選んだのであれ衝突することだろう。
 死者。
 再起不能者。
 己の盾となり斃れた仲間。
 善悪だけでは裁ききれない何か。


 正論を口にすることは容易い。
 正論で塗り固め、そうして呼吸できなくなっているのが現在だ。

 救いとは、何か。
 救いとは、誰のためのものか?




 柔らかな感触が額に押し当てられ、龍仁は意識の深淵から引き戻された。
「!? おまえ、何して――」
「いいから、じっとしてて。目ぇ瞑ってて」
「鷹――」
 額、コメカミ、それから瞼の上へとキスが落とされる。
 何が起きているのか、どうしてこんな流れになったやら、龍仁には全く理解できない。
「アウルが無くたって、人は人を癒せるだろ?」
 吐息が近い。肩から背へ回された腕が熱く感じる。
「悪いことじゃない。強羅さんは、悪くない」
 呪文のような言葉と、触れては離れる悪戯のような口づけと。
 他人の温度が、生きているという実感を与える。
「犬に舐められてる気分だ」
「ははっ、そりゃいいね」
 抵抗するのもばかばかしいと、龍仁が青年の腰を抱き寄せ、肩口に顔を埋めた。
「強羅さん、顔上げて?」
「――?」
 目は瞑ったままで―― その囁きに、予感するものはあったが抵抗したところで、という思いもあった。
 普段の龍仁だったら見せない反応に違いない。
 普段では、無いから……
 降り注ぐようなキスの中、一つだけまだ触れていない部分がある。

 柔らかに、唇がなぞられ――――
「キスだと思った?」

 次の瞬間、龍仁が叫んだ。
 鷹政は、ヴァルキリージャベリンで吹き飛ばされた。




「なんでさ!! 似合ってるって!!」
「似合うわけがあるか!! なんだってそんなモノ持ち歩いてるんだ!」
「前の依頼者の置き忘れなんだよ、帰りに返そうと思って魔が差しましたよね!!」
「人の物を勝手に使うな、お前の辞書に常識という言葉はあるのか! そこに座れ!」
 真っ赤な口紅を塗られ、拭いながら龍仁が怒鳴る。鷹政は笑って逃げる。
「これ以上ダメージ喰らったら死にますし! ――それとも」
 脚を止め、阿修羅はくるりと振り返る。
 少年のように笑ってみせる。

「強羅さんが、救ってくれるの?」


 救うもの、救われるもの、立場が異なればそれもまた然り。
 最善とは、なんであろうか。
 龍仁は再度、己の胸へ問うた。
 心なしか、少し前の頃より、気持ちは軽くなっていた。




【救いの定義 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 / 30歳 / アストラルヴァンガード】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
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お楽しみいただけましたら、幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月30日

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