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『咲き乱れしは宵の華 』
アラン・カートライトja8773

●華狂い咲いた夜に
 ある夜ある時ある場所で。季節外れの桜が咲いていた。
 満開の薄紅の桜の雨、その下で、金髪紅眼の男――アラン・カートライト(ja8773)は樹の幹に背を預け、茫洋とその様を眺めていた。
 まるで夢のような光景だった。もしかしたら夢であるのやも知れない。
 アランの視界の端、黒い外套の裾を揺らす姿が目に入ったのだ。それは、救済を謳う金髪碧眼の冥魔――アベル(jz0254)。
 常であれば決して交わらない二人。桜降り頻る夜に紛れてゆっくりと歩いて来たその姿を見て、アランはこの現状が夢であるのだろうと自覚する。
 そうで無ければ有り得ない。そうであるのならこの季節外れ、夏の頭の桜も、目の前に現れた冥魔も、すべてにおいて納得がいく。
「――お前も夜桜見物か?」
「まあね」
 夢であろうとアタリをつけながらも律儀に問い掛けた彼に対しアベルは薄く笑い、その反対側、樹の幹にアランと同じく背を預けると桜を見上げた。

 ――夢であるのなら、夢のままで。
 ――夢であるのなら、夢のように。

 桜の雨、美しき薄紅の雨。
「少し、話をしようか」
 アランは緩く一息吐き出すと、ぽつりぽつりと語り始めた。
 他者に初めて打ち明ける内面。夢だと思った。桜が余りに綺麗だから、この夜が余りに美しいから、口から勝手に言葉はまろび出た。
 ――決して普段は語ることの無い、自身の半生。



 アランは物心ついた頃には治安の悪い地区で貧しく過ごしており、窃盗や詐欺を繰り返して生き延びていた。ある時共に暮らしていた母が病死し、その後貴族の父に引き取られ、以降徹底的に貴族として、紳士としての振る舞いを叩き込まれた。
 他に望まれたことも求められたことも無く、母が悪魔であった為、その出自によって、義母から差別を受け続けた。
 唯一愛を与えてくれた妹に心を許し、救いようのない深い依存と、執着の鎖を絡み付けた。
 母が悪魔であったが故か利己的な面が非常に強く、そして独善的。彼の世界は妹さえ居れば回るが、逆に彼女が居なければ崩壊する脆さを抱いている。
 それが、アラン・カートライトの半生と、内面。
 普段と一切調子を変えず、飄々と淡々と語られたそれ。
 アランの言葉をただ静かに聴きながら、アベルは目を細めて大樹を見上げていた。
「こんな俺を、お前ならどうやって救済する?」
 アランの問い掛けは、樹を隔てた背中合わせにアベルの耳に響いた。
 ――救われたいと願った夜など、いつかに死んだ。
 強欲で何が悪いのか、この深い執着を抱き続けて何が悪いのか。
 アランに一切の後悔は無かった。現状に不満も無い。この人生で良かった、こんな自分で良かった、妹を愛していられる、唯ひたすら、永遠に。
 それが、アランの胸中。だからこそ、実の所問い掛けに意味も理由も無かった。唯、尋ねてみただけ。唯、答えが気になった――そう、この救済を謳う冥魔が何を感じ何を口にするのか、気になっただけ。それもまた、美しい桜の所為かも知れない。
「きみには救済の必要なんて無いだろう」
 アベルの言葉は短く、それだけ。
 背を向けられている為表情は窺い知れない。
「何を以て、救済とするんだ?」
「それは企業秘密さ」
 飄々と尋ねるアランに、アベルは同様に笑って言う。声だけで判る。薄い笑みを浮かべているだろう冥魔。
「でも」
 ざあと風が吹くと、桜の花弁が幾枚も舞い散り、夜の天鵞絨を撫でる。
「きみはそれで構わない、そうだろ? ――唯生きていて、何の不満も無い。そうであるなら、俺が手出しをする必要は何も無い」
 たとえ世界の何が崩れ壊れようと、アランの心は壊れない。
 妹の存在が在る限り、彼は生き続ける――。
 それがアランの生き方、人生。それを崩すことを冥魔は良しとしなかった。
 どんな形であれ、完成されているのなら、崩すわけにはいかない。壊すわけにはいかない。
 それが、アベルの言い分。言葉を耳にしたアランは小さく笑うと、シガレットケースを取り出しそこから一本煙草を抜き出した。
「煙草は吸うか? 今夜だけは付き合えよ」
 アランから後ろ手に寄越される取り口を目にしたアベルは、息を浅く吐くと無言で一本煙草を抜き取り、静かに咥えるとアランの隣へと足を運んだ。
「仕方が無いから火を貰おうか」
「嗚呼、勿論。かの救済の冥魔殿に火を貸してやるなんて、早々無い経験だな」
 交わされる言葉に織り交ぜる冗句、アベルは僅か表情を弛めて笑うと小さく頷き、煙草の穂先を差し出した。
 ライターから伸びる炎、ぽっと灯る火。夜の闇色の中に鮮やかに咲いた火の花が、二輪。
 燻らせ、吐息と共に立ち上る煙もまた二筋。
 甘い色味を帯びた花弁は風に揺られるまま舞い散り、地を滑ってゆく様はまるで夢のよう。
「綺麗な景色だ、汚したくなる」
 母親譲りの深紅の眸を眇めながら、アランは煙草から煙を逃して呟いた。
 幼少期に歪んだアランの心はそのひずみを深め、脆かった筈の心に突き刺さった刃は抜けず、抜かず。
 抜く必要などない、抜くことなど無いと、定めてしまったアランに救いの手を伸ばそうとする者は、世界でたった一人。――大切な妹。
 アベルはそれを知ってか知らずか、隣で静かに煙を燻らせる。
 実の所アランは理解されたかったわけではなく、ただこの美しい景色に見惚れ、酔い、茫としていただけに過ぎないのだ。
「その考えはいただけないね」
「風情が判らねえ奴だ」
「そっちの方こそ」
 決して多弁では無かった。すべてを語り終えたアランも、それを聴き終えたアベルも互いに口数は少なく、まるで牽制のような――他愛のない言葉の投げ合いを繰り返すだけ。
 踏み込むべきでないと理解していたのやも知れない。
 狂い咲いた桜の木の下、月明かりだけを頼りに交わされる声。
 二人分の煙草の煙が空へと伸びていく最中、アベルはふと思い付いたように視線をアランへと向けた。
「きみは、もう十分救われているさ」
「――へえ」
 アランの相槌は興味深げだった。いつもの軽い調子、けれど、何かを待っている声音。
 アベルは小さく肩を竦めて煙草の穂先の灰を落とすと、口許に笑みを浮かべた。
「きみは確かな愛を知っている。それだけで、生きていくに十分な価値があるものだと思わないかい?」
 その問い掛けに、アランは一瞬瞬きを落とすと小さく笑った。
「成る程?」
「納得出来るかどうかはきみ次第。きみの世界は、きみ自身で回ってる」
 舞い散る桜、その雨は尽きること無く。
 さらさらと降り頻るその花弁の粒を眺めながら、アランとアベルは夜が明けるまで、ぽつぽつと言葉を交わしながら時を待った。
 そして、朝焼けが訪れると共に満開の桜も、冥魔の姿もいつの間にか消えていた。

 ――それは一夜の夢物語。

 アランは幾本目かの煙草を咥えたまま空を仰ぐと、眩しそうに眼を眇めながら小さく笑って息を吐いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8773 /  アラン・カートライト / 男 / 26 】
【jz0254 /  アベル / 男 / 20 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です!
 普段はWTの依頼の方でご参加いただき、まことに有難う御座います。こうしてifの話を執筆することが出来、とても嬉しく思います。
 アベルと交わされる”救済”の話。楽しんでいただけましたでしょうか。
 今回はご依頼本当に有難う御座いました、また機会がありましたらどうぞ宜しくお願い致します!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年06月30日

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