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『flood of light 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&(登場しない)

 眠らない街、ラスベガス。
 クレイグが旅行先に選んだ地はカジノの街で世界的に有名な場所だった。
「……ほんとに来ちゃうしさぁ……」
 意気揚々としているクレイグの隣でそう零すのは彼に同行したフェイトだ。
 ギリギリまで「怪我人が旅行だなんて」と反対していたのだが、「家でじっとしてるほうが苦痛だ」というクレイグに負けて今に至る。
「クレイ?」
 返事をもらえなかったフェイトは隣のクレイグを見上げた。
 彼は眼前のキラキラしているカジノ特有のライトに瞳を輝かせていた。まるで子供のような表情をする彼に、フェイトも驚く。
「――ああ、ごめんユウタ。何だって?」
 遅れること、数秒。
 クレイグがフェイトに視線を落としてそう問い返してくる。
「……珍しいね、クレイのそういう顔」
「ん、どんな顔してた?」
「緩みっぱなしでだらしないって言うことだよ」
 フェイトは思わずそんな嫌味を言った。
 するとクレイグは困ったように笑って肩をすくめてから、「ちゃんとお前のことも見てるぜ?」と耳元に言葉を落としてくる。
 ぞくり、と背中で音を立てたのはフェイトのそれであった。
 耳の奥へと心地よく染みこむクレイグの声音。それが全身に行き渡る感覚を得た後、自然と頬が熱くなる。
「そういうこと、さらっと言うのやめてよね……」
 パタパタ、と手のひらで頬を仰ぎつつ、そう答える。
 先ほどまでの少しだけ尖っていた気持ちがすでに消し去っていて、フェイトはそれが悔しく思えた。
「ほら、行くぞユウタ」
「え、ちょ、ちょっと……」
 クレイグはフェイトの手を当たり前に取った。そして彼は楽しそうな表情で歩みを始める。
 前は見たままだが、しっかりと握られた手。振り解こうとも、力負けして動かすことすら出来ない。
 そんな彼に呆れつつも、フェイトはそのまま足並みを合わせて彼の後に続いた。
 両端から光が飛び込んでくる。
 多くの電飾とともに聳え立つのは豪華なホテルばかりだ。
「ホテルばっかりなんだね」
「建設条件があるからなぁ、ここのカジノは。デカイの建てたかったら客室二百以上あるホテルに付帯させねぇとダメなんだってよ」
「マフィアとかいっぱいいるって聞いたけど……」
「昔の話だよ。取締りの関係でそっち関係のは殆ど手を引いてるはずだぜ」
 あたりを見回しつつ、どこを見ても眩しさに目眩が起きそうだと思いながら、フェイトはクレイグの話を聞いた。
 彼は元々様々なことに詳しいと思ってはいたが、カジノ関係にも精通しているのは趣味が高じたものなのかもしれない。
「クレイ、スロットするんだ」
「使えるもんはフルに使えってな」
 一つのスロットの前に腰掛けたクレイグを見て、フェイトは意外そうな顔をした。
 カジノといえばポーカーなどテーブルゲームが主流だなだけに、彼もそうしたところに座るのかと思っていたようだ。
 フェイトの言葉にクレイグは自分の瞳を指さして悪戯っぽく笑って見せた。『目』が良い事を活かして遊ぶらしい。
 彼は早速手早くコインを三枚投入して、ボタンを押した。
 いきなり小当りが出る。
「わ、すごい」
「ん、こりゃビギナーズラックってやつだな。暫くこういう当たりがちょいちょい続いて、その後は完全に運任せになる」
「へぇ……」
 数回回しながらフェイトの言葉に応えるクレイグは、やはり子供のような表情をしていた。「全力で遊ぶぞ」というオーラが全身から出ているような気がして、フェイトも思わず釣られてしまう。
 そうこうしているうちに、クレイグの台は見事に大当たり――ジャックポットとなった。
 ヒュゥ、と口笛が本人から漏れて緩んだ口元からは喜びの笑みが垣間見える。
 その様子を遠巻きから確認していたこのフロア担当らしいカクテルウェイトレスが近づいてきた。金髪美女だった。
「ハァイ、何か飲む?」
「お、いいね。ハイネケン頼む」
「そっちのボウヤは?」
「…………」
 クレイグはごく普通にビールの銘柄を告げて、また手元のボタンを押し始める。
 ついで扱いで飲み物を聞かれたフェイトは、『ボウヤ』と言われたことに関して腹を立てたのか、「結構です」とそっぽを向いた。
「あー、こいつにはフローズンマルガリータな」
 クレイグがフェイトの態度を察してそう言った。
 ウェイトレスはクレイグに甘ったるい返事をして、一旦その場を離れていく。
「……要らないって言ったのに」
「お前が子供じゃないっていう証にもなるだろ。それから、パスポートいつでも出せるようにしておけよ。外見で疑われたらすぐ差し出せ」
「やっぱり子供に見えるんじゃん」
「ユウタは可愛いからな」
 クレイグはさらりとフェイトに答えを告げて、彼の手を取り指先に唇を寄せた。
 フェイトは彼のそんな行動に驚いて、瞠目する。可愛いと言われたことよりそちらに羞恥を憶えて、また頬を染めた。
「……、お、俺も、ちょっと遊んでくる」
「あんま遠くに行くなよ。飲み物来たらそっちに持って行かせるからな」
「うん」
 慌てて取られた手を引くと、クレイグはあっさりとそれを離してくれた。
 そしてフェイトにチップを渡して、スロット台からあまり離れていないビンゴテーブル辺りを指さしてやる。
 フェイトはそれに頷きつつ、移動を開始した。
 周囲にはクラップス、ポーカー、ブラックジャックなどのテーブルが連なっていた。それを取り囲むようにして多くのスロット台が並ぶ。
「おいボウズ、ゲームセンターならここを出て西の施設だぞ」
 巡回スタッフにそう声をかけられた。
 フェイトは眉根を寄せつつパスポートを掲示して自らの年齢を相手に伝える。
 東洋人はどうしても若く見られがちだが、フェイトはそれに拍車がかかっているかのような感じであった。
 先ほどのウェイトレスからクレイグが注文したカクテルグラスを片手にしているにも関わらず、どうしても子供扱いを受けてしまう。
 そんな自分に憂いを感じている矢先でまた、バニーガールの格好をしたディーラーに年齢を確認されて、思わず頬をふくらませていた。
「俺ってそんなに子供っぽいかな……」
 ぽつり、とそんな言葉が漏れた。それを気にしてか各ゲームにあまり集中できずに、あっという間に手元のチップが無くなってしまう。
「ヘイ、坊や! どこから来たの? とってもキュートね!」
「いえ、もう成人してますから……」
 かっくりと肩を落とした所で派手で露出の多い女性に絡まれた。
 若干呆れ口調でそう返せば、連れらしい女性も「この子かわいい!」と飛びかかってくる。
 美人でグラマラスな女性二人に挟まれるのは悪い気はしなかった。だが、このままでいれば自分の貞操が危ないかもしれないと本能で感じ取って、彼女たちの腕を自分の膝を折ることで簡単にすり抜ける。
「あぁん、このままイイ時間過ごそうと思ったのにぃ〜」
「すいません、連れがいますので」
 一人の女性の熱っぽい声が届いた。それに引きつった笑みを返しつつ、フェイトは慌ててその場から離れてクレイグの元へと戻ろうと足を向ける。
 その先で、わっと歓声がわいた。
 一つのテーブルに客が集まっている。
 それを遠目に見てから、フェイトはクレイグが座っていたスロット台へと視線を移した。その場に彼の姿はない。
「…………」
 嫌な予感がする、と素直に思った。自分のようにチップをすべて使い切ってしまうような彼ではないと何故か確信しているので、別の意味合いでの『嫌な予感』である。
「きゃぁ、ステキ!!」
 ワインレッドの羽根つきストールを肩に掛けた女性がそんな感嘆の声を上げた。
 カクテルグラスやビール缶を片手に周囲の客達は彼に興味津々の視線を送っている。
 そのテーブルに座っているのは予想通りのクレイグだった。スロットに飽きたのかルーレットに移動したらしい。
 そんな彼の手元には、すでに多くのチップが積み重なっている。どうやらずっと勝ち続けているようだ。
「……クレ……」
「おっ、あいつまた勝ったぞ!」
「すげぇ!」
 フェイトがクレイグの名を呼びかけて口を開いた直後、また歓声が上がる。
 すると彼の隣に陣取っていた女性が彼に擦り寄ってきた。その反対側にいる女性も負けじとクレイグの腕に絡みついてくる。
 そんな彼女たちを邪険にする風でもなくそれなりの態度で応えているクレイグに、フェイトは眉根を寄せた。
 自然と頬も膨らみ、自分の機嫌が斜めに傾いていくのがよく分かる。
 フェイトはその場で踵を返した。そして通りがかりのウェイトレスにグラスを返して、フロアから出て行く。
「……ユウタ!」
 数歩進んだ所で、背後にそんな声が飛んできた。
 振り向かずに受け止めつつ、フェイトは歩みを進める。
「ユウタ、待てって」
 あっという間に距離を詰められ、肩を掴まれた。
 フェイトはそれに素直に反応できずに、顔を背けたままでいる。
「……怒ってるのか」
「別に」
 クレイグがフェイトの体を器用に自分へと向けた。
 フェイトはそっぽを向いたままで答えを発する。怒っているかと問われて「そうです」と素直に応えるのも悔しかったので、短い返事のみであった。
「ごめん」
「!」
 耳に届いたのは、そんな謝罪の言葉。
 意外な響きに聞こえたのか、フェイトは慌てて顔を上げて彼を見上げた。
 見慣れたいつもと変わらない表情だったが、自分を見つめる眼差しにどきりと心臓が跳ねるのを感じて、フェイトはまた顔を背けてしまう。
「ごめんって。ちょいと羽目外しすぎた。反省してるよ」
 クレイグはフェイトが怒ったままでいるのかと思っているようで、そんな言葉を繋げてくる。
 彼は言葉通りにフェイトに対して本気で申し訳無さを感じているようだ。
「美人に囲まれて、嬉しかったんだろ?」
「そりゃぁ、美人は普通に好きだけどな。でも俺の好みはもうちょいこう……」
「…………」
 フェイトの言葉に釣られるようにしてクレイグがそう言いかけた。ご丁寧に理想のボディラインを両手で表現しつつだったのだが、直後にハッと我に返り、ごほんごほんっと咳払いをする。
 目の前のフェイトは当然ジト目になっていた。
「そのままいれば良かったじゃないか」
「お前を放ったままじゃいられねぇだろ。それにもう換金申請に出してるしな。色々すごいホテルも押さえてあるし、うまいもん奢るからさ」
「……なんか、おかしい。クレイがそんな風に必死になるのって、初めて見るかも」
「お前なぁ……」
 このまま悪い空気になるのかと思えば、それを崩したのはフェイトの方だった。
 取り繕うとしているクレイグの態度がおかしかったのか、肩を震わせて笑っている。
 それを確認したクレイグは、はぁぁ、と大きくため息を吐いてからフェイトを抱きしめる。
「ク、クレイ」
「俺がこうしたいのはお前だけだよ。俺の中でユウタがどんだけ占めてるのか、見せてやりてぇくらいだ」
 その言葉を耳にして、やっぱりいつも通りの彼だと思いながら、フェイトは頬を染めた。
 そして照れ隠しに両腕を伸ばし彼との距離を開けて、「人前でこういうことするなよ」と言って、くるりと体の向きを変える。
 カジノの入り口前で人々か行き交う中でのやりとりだったが、それほど珍しい光景でもなかったのか視線を向ける者は少数のみだ。
「ジョンソン様、換金が終わりました」
「ああ。……ユウタ、ちょっとここで待っててくれ。どこにも行くなよ」
「あ、うん」
 フロアスタッフがクレイグを呼びに来た。チップからの現金交換が終ったのだろう。
 少し時間がかかったところを見ると、それだけ彼は稼いだという事なのだろうか。
「……なんていうか、一つしか違わないのにクレイは随分大人だよなぁ……」
 フェイトはクレイグの姿を見て、ぽつりとそんな呟きを零した。
 態度も相手に対する立ち振舞も彼は一人前であった。学生の頃に天涯孤独となったためなのか、年齢の割にはやはり大人びている。現在も一人のディーラーと会話をしつつ手元の用紙にサインなどをしている姿が、きちんと様になっていた。
「あれ、そういえば着替えとかの荷物ってどうなってるんだろ。空港で預けたっきりだけど……」
 フェイトもクレイグもそれぞれスーツケースを持ってきていたが、気づけばクレイグが全て手続きした後に預けてしまっていた。小さなカバンに財布とパスポートのみという現状に我に返ったフェイトは、首を傾げつつそんなことを言った。
「ユウタ、お待たせ。ホテル向かうぞ」
「うん。……あの、クレイ? 俺達の荷物は?」
「先にそのホテルに届いてるよ」
 クレイグはフェイトの手を取って彼を案内するようにして歩き出す。
 面倒なことは全部任せておけと言われてはいたが、この手際の良さはどこで身につけたものなのだろうか。
 そんなことを思っていると、一際目立つホテルが目に飛び込んできた。
 と、言っても周囲のホテルもそれに勝るとも劣らない出で立ちばかりのもので、フェイトは声すら出なかった。
「ここのホテルの売りは全室スイートってことだなぁ。あと、屋内水路なんかもあって、ゴンドラにも実際乗れるぜ」
「ゴンドラって、あのヴェネツィアの手こぎボートの事?」
「そうそう、あれだよ」
 二人のドアボーイがクレイグたちに頭を下げてからガラス張りのドアをゆっくりと開ける。
 エントランスホールも豪華なシャンデリアがキラキラと光を放ちなら彼らを出迎え、あまりの輝きにフェイトは思わず数回の瞬きをした。
 ゴンドラという響きに釣られてうっかり受け流してしまったが、全室スイートというホテルは一体いくらのものなのか。
 あまりの展開に思考がついていかずに目を回していると、あっという間にベルボーイに先導されて用意された部屋まで案内されていた。
 当然、同室である。
「うわ、広い……!」
 部屋の扉が開かれて、その中に一歩踏み込んだ直後、思わずの声が出る。
 スイートというだけあって、室内はかなり広く豪華であった。
 ベッドルームも別にあり、リビングまである。
 テーブルの上にはウェルカムドリンクとフルーツを盛った籠が置いてあったりと驚くことばかりであった。
 ベルボーイが「どうぞごゆっくり」と頭を下げて出て行くのを見送って、広いソファに身を預ける。
 部屋の隅にはフェイトが気にかけていた二人のスーツケースもきちんと置かれていて、ほっと胸を撫で下ろす。
「バスルームもやっぱり広いなぁ」
 室内を一通りチェックしたクレイグが、そんなことを言いながら煙草を取り出してベランダへと出た。
 フェイトもそれに続くと、クレイグが驚いた表情で彼を見る。
「煙、ダメだろ?」
「平気だよ。夜景見たかったから」
「そっか」
 一応の確認をとってから、クレイグは煙草を咥えて火を灯す。
 フェイトの立つ位置とは逆の方向に風が流れていたので、それを幸いとして紫煙を吐き出していると、隣から視線を感じて彼はそれを辿った。
「どうした、疲れたか?」
「体は平気。……どっちかというと、視界的に驚くことのほうが多かったかな」
「ハハ、まぁそうだよな。俺もそうだ」
「クレイも?」
 フェイトは意外そうにそう言った。
 クレイグは肩を竦めつつ苦笑して、「色々と規格外だよな」と付け加えて、またゆっくりと紫煙を吐き零す。
「……今日は悪かった」
「もう怒ってないよ」
 眼前で流れる光を見ながら、クレイグが言葉を改めた。
 フェイトも同じようにキラキラと光る街灯を見て、そう応える。
「明日さ、あそこ連れてってやるよ。夢の国」
「それ、お詫びのつもり? そんな子供じゃないよ」
「結構面白いぜ? 何しろ本場だしな」
 苦笑しつつクレイグの言葉に答えたフェイトだが、興味が無いわけでもない。
 実際、日本にいてもそうそう行ける場所でもないので行けるならば、とは思っているようだ。
 そうして、ふつりと会話が途切れる。
 何故かは解らなかったが、ふたりとも言葉を続けようとは思えなかったようだ。
 フェイトは改めてクレイグを見やった。
 整った顔、きれいな金髪。咥えた煙草も妙に絵になっていて、思わず見とれてしまう。
 遠くで車のクラクションが長く響き、それに釣られて顔を上げるクレイグと、夜景に視線を移すフェイト。
 それを暫く眺めた後、手すりをぎゅ、と握りこんだフェイトが唇を開いた。
「……クレイグ」
「うん?」
 名前を呼ぶと、すぐに返事をくれる。
 それを耳できちんと確かめてから、フェイトは言葉を続けた。
「好きだよ」
「!」
 夜景に溶け込んでしまいそうな響きだった。
 予想にもしていなかったのか、クレイグが珍しく動揺して咥えた煙草を落としそうになり、慌てて口元に手をやった。
 それから視線を彼に向けると、頬が染まりつつもしっかりとこちらを見ている。
「……この間の、言葉の続き、だよ」
「ユウタ」
「言っておくけど、これきりだからね。もう一回とか言わないでよ」
 言葉を繋げていくうちに、羞恥が大きくなったのかフェイトはクレイグと視線を合わせられなくなり、真っ赤になりながら俯いた。
 クレイグはその間に背後にあったベランダ用のテーブルの上にある灰皿に煙草を押し付けて、静かに火を消す。
 そして体勢を戻した後、何も言わずに右手を差し出してフェイトの頬にそれを滑らせた。
 ビクリ、と彼の体が震える。
「逃げるなよ。もう一回がダメなら、態度で示してくれ」
「クレイ……、っ……」
 クレイグが伝えた言葉は、それだけだった。
 同時にフェイトの顔を自分へと向けさせて、彼が反応する前に唇を寄せてくる。
 フェイトはクレイグの名前を呼びかけた所でそれを遮られ、ぎゅ、と瞳を閉じた。
 触れるだけではないそれに、思わず体が反応してクレイグの着ている服を握りしめる。それは大きな皺を作ったが彼は少しも動じずに、そのままであった。
「……、ん……」
 クレイグの腕から抜け出すことが出来なかった。
 元より彼には力では敵わない。ここで足掻いたところでどうにもならない事は、フェイトにも良く分かっていた。
 ――逃げたいとは、露ほども思わなかったのだが。
 かく、と膝の力が抜けていくのを感じて、フェイトは掴んだままのクレイグの服を更に深く握りしめた。
 それに気づいたクレイグは、彼の背に腕を回してきちんと体を支えてくれる。
 その後、少しの時間が経ってからようやく唇が離れて、フェイトは彼の腕の中に顔を埋めた。
「がっつき過ぎ……」
 恥ずかしくてとても顔など上げられない。それだけを言った後、息を整えるために彼は言葉を止める。
「……なんだよ、これでもセーブしてるんだぜ?」
 クレイグはあっさりとそんな事を言ってくる。
 一応はまだキスだけと弁えてくれているらしいが、このようなことが今後も繰り返されるのかと考えるとそこで思考すらも止まってしまうような気がした。
「キスだけ、だからね」
「ん?」
「……その、どうこうしたい、とか、なりたいとか……まだ、そういう風には……」
「ああ、そうだな。それはまた追々、な」
 クレイグがフェイトの頭上で笑った気配がして、何故か悔しくなった。こんな時ですら彼は、余裕で上手である。
 追々という言葉を今はそれ以上考えないようにしつつ、フェイトは顔を埋めたままで口を開く。
「俺を好きだって言ってくれたこと、大事にしてくれてること……嬉しいって思ってるよ」
「これからもずっと、お前だけだよ。ユウタ」
 フェイトの気持ちをしっかり聞いて、クレイグは満足そうに微笑んだ。
 そして再びしっかりと彼を抱きしめて、そんな返事を伝える。
 しばらく互いの体温を確かめ合った後、クレイグのほうから腕の力をゆるめて、フェイトを解放してやった。
 彼はまだ、クレイグを見上げることが出来ずにいる。
「さて、飯食いに行こうぜ。その後さ、ゴンドラ乗ろうな。せっかく来たんだしさ」
「う、うん……」
 すっと差し出された手。
 自分より一回り大きなそれに、フェイトはゆっくりと右手を重ねてベランダを出る。
 相手に気持ちを伝えてそれを受け止めてもらってからの、第一歩。
 クレイグはいつも通りの表情であったが、それでも彼はどことなく嬉しそうだった。それを垣間見て、フェイトも小さく笑う。
 そして二人は手を繋いだままで、部屋を出て行った。

 暑いからという理由もあって開け放たれたままになっている窓からは、日が落ちて冷えた風がふわりと舞い込み、半透明のカーテンがゆらりと揺れていた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年07月01日

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