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『夢見る少女は省みない。 』
セレシュ・ウィーラー8538)&東雲・響名(NPC5003)



 甲高い少女の声は確かに覚えのあるものではあったが、セレシュは最初それがどこから発されている物なのかを探し当てることが出来なかった。
 その日たまたま所用があって通り抜けようとしていた、駅近くの商店街でのことである。と言っても、人の流れが多い出口とは反対側の、住宅街に繋がるそのアーケード街は、半ばがシャッターの降りた物寂しい雰囲気を纏っていた。辺りを見渡しても人影はまばらにしかなく、セレシュは空耳か、と首を傾げて再び歩き出そうとしたのだが、
「ちょっと、こっち、こっちだってばぁ!」
 泣きそうな声が確かに聞こえたもので再度足を止める。今度は幾らか慎重に辺りを見渡し――そうして視線を彷徨わせるうち、セレシュは妙なことに気が付いた。声は、足元から聞こえたのだ。怪訝に眉根を寄せつつ足元を見遣り、それからセレシュは顔を覆った。
 シャッター街に置かれた割れたプランターの影に、パンジーに埋もれそうなサイズの少女が立っていたのだ。サイズさえ除けば見覚えのある人物である。
 とりあえずはしゃがみ込んで彼女を覗き込み、セレシュは問う。どうせろくでもない答えが返ってくるだろうとは思いつつ。
「…今日はまた、何をやらかしたん、響名?」
 その問いかけに、顔なじみの見習い錬金術師の少女は、憤然とした様子で足を踏み鳴らしたようだった――サイズがサイズなのでちっとも迫力は出なかったが。
「今回はあたしの仕業じゃないわよ! 師匠のせいよ!」
「あー。そういや自分、師匠が居るんやったっけ…」
「あたしの作った飲み物を、あたしの食べ物に混ぜたの! そのせいでこんなことになったのに、あの馬鹿、『俺しばらく海外行くから自分で何とかしろ』って言って出て行っちゃったのよ!」
「……。会ったことのないヒトに言うのも悪いんやけど、響名、あんたの師匠、あんたに似てへんか」
 主にトラブルを増産した挙句に放置する辺り。
 セレシュの感想に、腰に手を当てた小型女子高生はふん、と鼻を鳴らしたようだった。
「あの人格破綻者と一緒にしないで。セレシュちゃんはセンセのことを知らないからそういうこと言うのよ」
 つまり、響名に輪をかけたトラブルメイカーなのだろうか。この先も遭わないことを祈ろう、と内心セレシュはそんなことを思ったのだが、さすがに口には出さなかった。



 さすがにこのまま放置することも憚られ――ついでに言えば自分は用件を済ませていて暇だった、という本音もあるが――セレシュはそのまま、響名を掌に乗せて移動することにした。響名の希望で、向かう先はスーパーマーケットである。
「何で?」
 てっきり自宅にでも戻るのかと思っていたセレシュは彼女の希望した目的地に首を傾げたのだが、響名の解答はこうだった。
「身体を元に戻すアイテム作ろうと思って」
「ああ、何や。戻す方法はあるんやね」
「そりゃあるわよ。…あたしの作るものは『物語に出てくるもの』だから、効力が必要以上に強いのよね。毒物を作る時は、絶対に解毒剤の作り方も覚えておかないと危険だって、師匠に散々叩き込まれてる」
 だから作り方は覚えてるわ、と答える彼女が珍しく頼もしい。
「でも、それで…何でスーパーなん?」
「材料買わないと――あっ、どうしよう、あたし財布持ってない!」
「…まぁ、立て替えてもええよ。さすがにその身体で買い物は出来ひんやろ」
 ついでに荷物も持つ羽目になりそうだなぁ、とは思ったのだが、セレシュはただ苦笑するだけに留めておいた。セレシュ自身も魔具の修繕や研究に関わる身であるから、系統の違う錬金術師である彼女がどんな材料を買い揃えるのかは、矢張り興味がわく。それを見物出来るだけでも良しとしよう、と思ったのだが。
 実際にスーパーに到着し、カートの手すりに腰をかけた響名が指示をした品物はといえば。
「……無塩バターに、卵に、薄力粉、牛乳…」
「お砂糖は充分あるから大丈夫。あ、ココアパウダーも忘れないでねセレシュちゃん」
「………響名、訊いてもええか?」
「なぁに?」
「これ、お菓子の材料とちゃうんか」
 彼女の質問には、打てば響く様に答えが返ってきた。
「うん、勿論」
 ――元より彼女の所属している系統は、「魔術寄り」の錬金術である。セレシュにはよく分からない理屈も多い。が。
「何で?」
 セレシュが思わずそう問い質してしまったことは責められまい。
「何でって、身体を元に戻す為よ」
「そのために、お菓子…?」
「正確にはクッキーだね。セレシュちゃん、『不思議の国のアリス』は読んだことある?」
 逆にそう問われてようやくセレシュの頭に閃くものがあった。――響名は、彼女自身が説明した通り、「物語に出てくるアイテム」を作成することが得意なのだ。
「ああ、アリスの身体が大きゅうなったクッキーか!」
「ご名答! さすがセレシュちゃん」
 にっこり笑って褒められたがあまり嬉しくはない。棚からココアパウダーをとって籠に放り込みながら、セレシュは苦いものを噛んだような顔になっていた。ある悪い予感がし始めたためだ。
「なぁ、響名。ついでにもう一個訊いておきたいんやけど」
「うん、なぁに、セレシュちゃん」
 機嫌良さそうに手すりで足を揺らしている響名に、セレシュはため息をつく。
「…クッキー、どうやって作る積りなん?」
 その指摘に響名は己の身体を見下ろす仕草を見せた。両手を広げて、それから籠の中に居並ぶ卵や薄力粉を眺め、着せ替え人形サイズの今の身体で卵を割るところでもイメージしたのだろうか、身体を動かした後、
「わぁお、考えてなかった」
「解毒剤作る上でかなり重要な点を見落としてへんか。…しゃーないな、今回はうちが手伝ったる」
 材料費を建て替えるのだし、もう毒を喰らわば皿までだ。ついでに言えば先の通り、セレシュ自身の好奇心もある。系統の違う魔具の作り手が何をするのか、見てみたいというのも本音ではあった。――いつも立ち寄る神社で、響名が即席で何かを作っている場面には遭遇することがあるが、ああいうのは彼女自身がアドリブで作っているせいだろうか、大体ロクな結果にならない。アドリブ以外での彼女の仕事を見てみたくはあった。
「いいの?」
 常であればセレシュのこの言葉に「やったー!」と図々しく喜ぶところなのだろうが、響名は申し訳なさそうな調子でそんなことを尋ねてきた。再び嘆息し、セレシュは小さな人形サイズの女子高生を軽く小突く。
「やぁん」
「ここで見捨てたら後味悪くてかなわんし、折角やから響名の錬金術の『レシピ』がどういうもんか、見ておきたいっちゅう魂胆もあるんやから、こんなとこでいきなり気ぃ使わんでええ。というか、そんなしおらしい態度されると調子狂うわ」
 そこまで言うと、額を抑えていた響名がにへら、と緩んだ笑みを浮かべる。
「セレシュちゃんありがとー」
 にっこりと邪気のない笑みを向けられれば、悪い気はしなかった。



 材料費を立て替えて、更にクッキー作りの手伝いまでする羽目になった訳だから我ながら絆されたものだなぁともセレシュは思う。そも、セレシュは食事を必要としない身の上であるから、食事と言うのはまず道楽以外の何物でもない。長く生きているとはいえ、菓子作りの経験がそう豊富な訳ではない。まして、作らなければならないのはただのクッキーではない、れっきとした錬金術のアイテムなのだ。細かく計量した小麦粉と砂糖とバターと卵を混ぜ合わせながら、セレシュは目の前で一所懸命戸棚の中身をひっくり返す響名を見守っていた。
「最後に混ぜないといけないものがあって」
「そりゃこのまま焼いたらただのクッキーしか出来ひんからな」
「白い薔薇、赤い絵の具かペンキ、懐中時計、白ウサギの尻尾」
「……これに混ぜるん?」
「大丈夫大丈夫。前にも一度作ったけど、完成品は普通のクッキーだったから。食べたら巨大化しちゃって大騒ぎになったけど」
 少しは後先を考えることを覚えないのだろうか、この少女は。呆れて嘆息しつつも、セレシュはボウルを混ぜる木べらの手を止めた。久方ぶりの菓子作りは、記憶にあるよりも存外、疲れる作業のような気がする。はたして傍に居る少女のげんなりするような言動のせいなのかどうかは、さて置いても。
「セレシュちゃん、ちょっとごめん。もう少し手伝ってくれる? あたしこの身体だと移動が大変だから、材料取りに行くの、手伝って欲しいんだ」
「はいはい。今日は響名に頼まれてばっかりやなぁ」
「良かったらクッキー、完成品分けてあげるよ」
「…使いどころに困るなぁ」
 どうせならば、「身体が小さくなる飲み物」とやらの方が使い勝手はありそうなものである。
 そんなことを思案しつつ、肩に乗った響名の指示に従って廊下に出る。
 ちなみに、響名の案内でセレシュが今お菓子を作っている場所は、響名曰く「師匠の家」なのだそうだ。商店街の片隅のどこか寂れた風のある雑居ビル。その一角で、響名の師匠は生活しているらしい。勝手に入っても怒られないのか、というセレシュの問いには、響名は肩を竦めただけでこう答えた。「物置」と彼女が呼んだ、フロアの半分ほども使っているであろう広い空間に、ぎっしりと棚が並べられた部屋でのことだ。
「あたし合鍵貰ってるし、材料も、よっぽど貴重なモノじゃない限りは勝手に使っていいってことになってんの」
「へぇ、ええなぁ…」
 セレシュが思わず呟いたのは、戸棚に無造作に放り込まれた金属片を目にしていたからだった。鍵もかけず雑に仕舞われているそれらは、欠片ではあるが、いずれも名のある鉱石だ。反対側には、動物の骨や魚の鱗らしいものが収納された一角もある。
「…うちは自分で収集せなあかんからなぁ。響名は、自分で採取しに行くこととかあるんか?」
「近所で集められるものならともかく、水神様の背骨や密林の冠は無理だなー。センセーが色んなとこに伝手があるみたいで、集めてくれるんだよね、そういう材料」
 ええなぁ、と重ねてセレシュは嘆息した。思わず手に取ってみていた鉱石を元の棚に戻す――さすがに断片とはいえ、ヒヒイロカネらしきものを勝手に拝借するのはいかなセレシュとて気が引ける。
「羨ましい環境やわ」
 しみじみ呟いたセレシュの目の前で、響名が肩から飛び降りた。目的地に着いたらしい。どうやら彼女の「師匠」のものらしい書き物机があり、今は明りのついていないランプと、何故か天井から鳥篭がぶらさげられている。中身は空だった。
「しかし、こんだけの材料集められるって、…ほんまに何者なん、あんたの師匠は」
 セレシュの問いに、引出の一つ――時計の部品らしきものや、歯車が大きさや材質別にぎっちり詰め込まれていた――から目当てのものを引っ張り出していた響名が手を止める。顔を上げて、鳥篭を眺めて、彼女は僅かに笑ったようだ。
「ワケアリらしいよ。年にいくつか、ホントに気が向いたら魔道具作るんだけど、それがホント、洒落にならない値段で売れるの。だから生活には困ってないし、お金任せでこういうものも集められるみたい」
「じゃあ、響名も将来、そんな風になるんか?」
「まさか。あたし達の同業者は、大体パトロン抱えて、その人のために色んなアイテム作ってるのが基本かなー。あたしの曾お婆ちゃんも、政治家とか、財閥のエライ人とかが何人かパトロンだったみたいだし。センセも、多分何人かはパトロン居るんだと思う」
 成程、とセレシュは頷いて、それから眉根を寄せた。
「……つくづく羨ましい環境やな。うちは自営業やのに」
「あ、そういえばセレシュちゃん、お店持ってんだっけ。そういうタイプの同業者も居るけどさ、大変そうだなーってつくづく思うよ。ろくに研究に没頭する時間もない、って、兄弟子の一人が嘆いてた」
 そういう意味では、とセレシュは思う。
 鍼灸院で稼いでいるのはあくまで日常の生活費だ。研究費用はそれとは別にかなりの額がかかるため、レアな材料を集める為に、意図せず磨かれてしまった荒事の腕か、あるいは古い魔道具の鑑定、使い捨てのちょっとした道具を売りさばくことで稼いでいる。とはいえ、それは恐らく「セレシュだから」出来る方法である。
(並みの人間やったら睡眠時間っつーのが発生するさかいなぁ…)
 ――寝なくていいのだ。セレシュは。本来ならば食事も必要ないため、ヒトに比べればかなりのアドバンテージがあると言えよう。ついでに言えば彼女の人生は、それこそ気が遠くなるほどに長い。人間はどうやったって100年がせいぜいで、錬金術の達人に稀に不死の領域まで達する者は居る者の、そこまで到達する前に道半ばにして倒れることが殆どだ。
(この有り余る時間があれば、いつか、『不敗の剣』の再現にも到達する日が来るんやろか)
 ここ長年の自身のテーマとなっているそのことを思いつつも、セレシュは隣で、働きアリよろしく、小さな体には大きすぎる荷物を運ぶ響名へと意識を戻した。
「響名はどんな錬金術師になる予定なん?」
 何の気なしの問いかけに、響名は振り返って、それから朗らかに笑った。
「あたし? あたしはね、レシピを作りたい」
「…魔導書?」
「ううん。お料理のレシピ本みたいに、誰でも読めて、誰でも作れる、そういう錬金術の『レシピ』を作りたい」
 彼女の言葉の意味を瞬間理解できず、セレシュは瞬いた。
 ――賢者の石の精製方法すら載っていると言われる魔導書の所有者にしては、そして日々、周りを騒がせる魔道具ばかり作っているトラブルメイカーの少女の語るものとしては、あまりにも平凡すぎるようにも思われたからだ。だが、
「魔導書じゃなくて。特別じゃなくて。お金持ってないと買えないとか、知識が無いと分かんないとか、そういうんじゃなくてね。『どんな素人でも読めて、魔道具を作れる』レシピを作りたいの。魔道具が、全然特別じゃなくなるようにしたい」
 熱っぽく語る彼女の言葉に、もう一度、今度は驚きで目を瞬いた。
「それは――」
 響名は自分の発言の意味を分かっているのだろうか。――魔術は隠匿を是とする。いかにこの東京が、昨今、心霊現象と魔術とその他色々なものに塗れる奇妙な場所になってしまっているとはいえ、その前提は覆らない。表側の人々の平穏を護る為に、あらゆる心霊現象や、魔術犯罪、そうしたものをわざわざ隠匿している人々も居るというのに。
 彼女の発言は、本人に自覚が無かったのだとしても、その前提を覆さんとするものだ。
 魔道具の存在を、「当たり前」にしたい、という彼女の夢は。
(危険なんとちゃうやろか…)
 今までに彼女が引き起こしたどんな厄介事も、霞む様な目標だと思った瞬間、セレシュは彼女のあまりの「らしさ」に力が抜けて笑ってしまった。
「あ、ちょ、笑うことないでしょ! 人が折角、弟にもセンセーにも内緒にしてる夢を教えてあげたのに!」
「いや、ちゃうねん。…自分、そんなことしたら世間がどうなるか、ほんまに分かっとるんか?」
 笑いながらもそう問うと、彼女はふん、と鼻を鳴らして、いつものように無意味に偉そうに胸を張った。
「知らない! あたしはただ、『レシピ』みたいに気取った態度で知識を制限するよーな存在が気に入らないだけよ!」
 ――これはまた意外な、とセレシュはこみあげる笑いをかみ殺しながら彼女の言葉にそう思う。どうやらこの見習い錬金術師、『レシピ』で得た知識で散々騒動を起こしている癖に、当の本人は『レシピ』がお気に召さないらしい。我儘も迷惑もここまで来ると清々しい。
「…うわぁ、動機も最悪やわー、響名らしいわー。応援はせぇへんけど、まぁらしくてええんちゃうかー」
「投げやり! セレシュちゃん投げやりだよ! 真面目に応援しようよ!」
 でも、とセレシュは思うのだ。
 彼女はそれなりに長く生きているから、人間の世界の常識がくるくる入れ替わってきたことくらいは、知っている。常識の全く異なる世界が存外身近にあることもまたよく知っているから、人々が前提として信じる「当たり前」がどれだけ曖昧で不確かであるかも。
(案外、こういう後先考えへん馬鹿な子が、あっけらかんと常識壊してしまうのかもしれへんねぇ…)
 それは後世、悪評を残したり、一定の評価を得たりもするのかもしれないが。
 尤も彼女が夢を叶えられるかどうかもまだ定かではないのだし、まして目を輝かせて自分の夢を熱弁する少女を前に、「後先を考えて夢を選べ」等と説教する程にセレシュは野暮ではない積りだ。
(とはいえ、今から少しくらい、後先考える癖は身に着けておいた方がええやろうなぁ…)
「あ、セレシュちゃん見て見て! センセーったらこんなもの隠してたのね、クッキーに混ぜたらどうなるかな!」
 ――セレシュがそう思った矢先、彼女は引出から蝶の標本らしきものを引っ張り出している。いずれ来る彼女の未来のためにもひとつくらいは嗜めておこうかと思ったものの、
(……。まぁ、痛い目見るのは本人やから、放っておいてもええか)
 結局、口を開いて、すぐにそう思ったので言葉は呑み込むことにした。






 なお、完成したクッキーについてだが。
 ――響名が無事に元のサイズに戻ったはいいものの、何故か身体から蝶の鱗粉が大量に出てくるという事態に陥り、「え、何これ、もしかして意外と使える…!」等と目を輝かせ始めた時にはさすがにセレシュは丁重なツッコミでもって応じた。
「いや、ほんまに少しは後先考えや自分!!」
 お礼に完成したクッキーをあげるよ、という響名の提案は、勿論、お断りする所存である。




PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年07月02日

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