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『春の雨 』
闇川 ミツハ(ib9693)


 ポツ、ポツ……買出しからの帰り道、闇川 ミツハ(ib9693)の足先に点々と生まれる黒い染み。
 雨だ……と思う間もなく一気に降り始めた。濡れて行こうぞ、などと言えるような風情のある春雨ではない。泥を跳ね上げての土砂降りだ。音を立て降る雨は瞬く間に道に川を作る。
 道行く人々も慌ててどこぞの軒下に入ったり、羽織を頭に被り歩みを速めた。
 外出する際、いつも持ち歩いているはずの傘は今日に限って持ってきていない。ミツハは荷物を濡らさないように抱え走り出す。
 傘を持っていないのには理由があった。
 一刻ほど前、それはちょうど買出しに行こうとしたミツハが庵の玄関口に立ったときのこと。外から子供の泣き声が聞こえてきた。
 何事かと様子を見に行くと、庵の近くを流れる小川で片足だけ裸足の子供がべそをかいている。問えば、小川に草履を落としたらしい。
 どのあたりに落としたのか、などと聞いているうちに、取ってきてやる、とその子の兄が草履を脱いでまだ冷たい小川に足を浸けようとするではないか。慌てて兄を止め、そして代わりに川をさらって草履を拾ってやった。
「お兄さん、ありがとう」
 戻ってきた草履に喜んだ兄弟はミツハに何度も頭を下げ、そんな二人をミツハは気をつけておかえり、と見送る。
 そこまでは何ら問題はなかった……。
 だがその後、さして時間もかからないだろうと、庵に傘を取りに戻らずそのまま出かけてしまったのがまずかった。何せ西の空には雲が出始めていたのだから。
 馴染みの店で目当ての茶葉が今しがた売り切れたと言われ、それから何件か巡ったがどこもかしこも売り切りればかり。
 次第に西の空の雲が分厚くなり広がってくる。結局神楽の都の中心街で漸く茶葉を手に入れた頃には空一面雲が覆っていた。いやな予感しかしない。
 かくしてミツハは己の雨男っぷりを再確認することとなる。
 そうミツハは自他共に認める雨男。外出すれば雨ばかり。いろはかるたの犬が棒に当たるよりもミツハが雨に遭遇する確率の方が高いかもしれない……とまあ、それくらいには雨男なのだ。
 ばしゃり、水が泥と共に跳ね上がり足元を汚す。
(おかしな話だな……)
 雨に濡れながら思う。雨乞いを生業とする巫女の家にミツハは生まれた。よって自身も幼い頃は女として過ごし巫女の修行を積んでいる。だが結局、ミツハに巫女の才はなく……だというのに。
 空を見上げる。雨が容赦なく頬を打つ。
 そうしていると雨に濡れるのが心地よいと、雨の事を生命の源だと言った人を思い出した。彼女もまたどこかで雨に打たれているのだろうか。でもこの季節、雨に当たりすぎると体調を崩してしまわないか心配だ、とも思ってしまう。余計な心配だと笑われてしまうかもしれないが。
 ひょっとしたら彼女も庵に顔を出しているかもしれない、そんな事を思いつつ木戸を抜け勝手口から入る。中はシ……ンと静まり返っていた。
 垣根代わりの樹木に囲まれた庵は狭くはないが華美さはなく、どちらかといえば慎ましい造りだ。だが主の人柄にひかれてかはたまた不思議な縁か、様々な人が出入りをしており、常に人の気配がある。そのため皆出払っている事など滅多にないのだが……。
「ただ今戻りました」
 奥に向かって声をかけても、やはり返事は無い。
「珍しいな……」
 そもそもその名の示す通り夜行性の主が明るいうちから出掛けるなど……。
 そこまで考えて浮かんだのは主に寄り添う自分と同年代の修羅の少女。桜のように清楚で凛とした佇まいに浮かべる柔らかな笑み。
『彼は昔から理解され難いが君なら大丈夫』
 そう自分は彼女に告げたことがある。幼い頃から付き合いのある自分が言うのもなんだが主は少しばかり世間からずれており、感情も表に出難い。時としてそれが誤解を生む事もあった。
 しかし彼女は主のことを深く想い、その人となりをみてくれる。想いは二人で育むもの、自分は口を出すつもりはない。だが主と彼女、その未来が優しいものであればいいとミツハは常々思わずにはいられないのだ。
 それに主が少しずつでも変わっていくのは……。
「悪くない傾こ……っしゅん」
 小さいクシャミに背を震わせる。
 晩春から初夏へさしかかろうかという頃、大分暖かくなってきたとは言え、まだ水浴びするには早い時期。風邪をひいては元も子もない、と近くにあった手拭をひっかけ、裏手に風呂を沸かしに行く。

 温かい湯に肩まで浸かる。目を閉じ雨の音に耳を傾けた。庵を囲うように生い茂る木々や草葉に降り注ぐ、霧のような春の雨。だいぶ雨足が弱くなってきたようだ。
 あぁ、と声を漏らし湯の中でゆっくりと手を伸ばす。
 考える事は今日の夕飯の献立。開け放した窓から雨に濡れた若草の香りが忍び込んできた。
「春の……香り……」
 庵の裏の山椒の若葉と味噌を混ぜて田楽も悪くない。
 そういえば昨日掘ってきたばかりの筍もあった。
「筍の炊き込みご飯にしようかな。 それと山菜を頂いていたな」
 あれはおひたしにしようか、それとも衣を着けて揚げようか、湯浴み前に筍の灰汁を取っておくべきだった、豆腐の水抜きもしておけばよかった……やっておくべきことが次から次へと思い浮かぶ。
 湯で顔を洗い天井を見上げる。
「誰か遊びに来てもいいように少しばかり多めに作っておこうか……」
 などとつらつらと考え、はたと首を傾げた。長屋の井戸端で会議をしているような奥様に近い思考を疑問に思ったのではない……。
「……精進料理っぽい、か?」
 献立への疑問だった。肉も必要だろうか、割合本気の顔での考え直し。
 季節や天気、主の様子から出すお茶を考えたり、毎食の献立を考えることは案外嫌いではなかった。
「お茶葉が濡れてなくて本当に良かった」
 今日買い求めた茶葉も主のためだ。気付けば茶は天儀のものだけではなく泰やジルベリア、アル=カマルのものまで揃っている。
「そろそろ新茶の季節か……」
 今年はどこのものが良いだろう。神楽の都に居れば大抵のものが手に入るが今年はいっそのこと現地まで買い付けにいってみようか。
「……」
 ちゃぷ、掌で救った湯に己の顔が映る。
 いずれこうして主のために食事や茶を用意するのは自分ではなくなるのかもしれない……。格子の合間から見慣れた裏山の景色を眺めた。

 風呂上り、浴衣に着替え、髪をまとめていた手拭を外す。十分に水を吸った髪が背で重たげに揺れた。
「髪……結構伸びたな……」
 掴んで絞ればぼたぼたと雫が零れ落ちる。薄縹色の髪を暫し眺めた。主とどちらが長いであろうか……。
「……っと、いけない。いけない。やる事が沢山あったんだ」
 風呂の中で考えていた料理の下ごしらえに、買ってきた茶葉を容器に移さなくてはならないし、自分の服を乾かさなくてはいけない。
 作業の途中、なんとなしに見渡す周囲。
「……なんというか、不思議な感じ……とでも」
 釜で爆ぜる火の音に、動き回る自分の音しか聞こえない庵。寂しい、とか怖いとかそういうわけではないのだが、人の気配の無い庵がとても珍しく思えた。
 遠くから聞こえる山寺の鐘。もう夕刻だ。間もなく夜がやってくる。
「部屋に灯でも入れておこうか」

 ちり……ん

 不意に響く軒先に吊るしたてるてる坊主につけた鈴の音。外を見れば、茜色から薄紫へと変わりつつある空。何時の間にやら雨が止んでいたらしい。
 閉めていた雨戸を開ける。あせびの白い花から雫が落ちる。雨上がりの心地よい風が外から入り込んできた。門代わりの松に絡んだ藤の甘くしっとりとした香りが混ざっている。
 石に生した苔は青々と、そろそろ初夏の準備に入ろうかという庭は雨に濡れ常よりも鮮やかに見えた。
 木戸が開く。
 来客だろうか。いや砂利を踏むゆったりとした足音は主のものだ。
 ミツハは小走りに玄関へと迎えに行く。主が辿り着くよりも早く戸を開き顔をのぞかせる。
「おかえりなさい」
 わずかに主が微笑んだように見えた。
「雨は大丈夫でしたか? 今日は昨日掘った筍で……」
 他愛も無い話をしつつ主を迎え入れる。
「お茶を淹れてきますね」
 湯を沸かしに土間へと向かう。
(さてと、今日はどの茶を淹れてあげようか……)


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib9693  / 闇川 ミツハ / 男  / 17  / シノビ 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

何気ない春の一日、いかがでしょうか?
苦労性故に面倒見よい方なのかな、と思いながら執筆させていただきました。
庵に関して少し想像力を働かせすぎたかもしれません。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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舵天照 -DTS-
2014年07月03日

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