▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『それぞれの幸せ 』
野乃原・那美(ia5377)&川那辺 由愛(ia0068)

 賑やかな町並みをきょろきょろしながら歩く野乃原・那美(ia5377)は、いつもと変わらず笑顔ではあるものの、ちょっとした不安を滲ませていた。いつまで待ってもお酒が来ない――じゃなくて、お酒を買いに行った川那辺 由愛(ia0068)が帰ってこないので迎えに出てきたのだが、一向に見当たらないので困っていた。
 とっくに帰ってきているはずの時間だ、近くにはいるはず、と踏んで一回りしてみたものの、やはり姿は見えない。
「由愛さん遅いなー。迷子にでもなったのかな? かな?」
 自分で漏らした言葉に、そんなはずないし、と唇をとがらせる。由愛は顔なじみの酒屋に行くと言っていた、迷子になる余地がない。
 なじみの酒屋への経路を辿り、店の者に尋ねてみると、買い物自体は済んでいるようだ。酒瓶を抱えて嬉しそうに帰っていったというのだが。
「むー……」
 もしかしてついでに酒の肴も買おうとして、別の店に向かったのかもしれない、と那美は思いついた。この辺りのお惣菜屋さんマップを脳裏に浮かべる。
 由愛が好むお惣菜を扱う店を絞り込んだところで、那美の耳に飛び込んできたのは大きな歓声だった。道ゆく人も、何事かと歓声の上がった方……路地を一本入ったところを見やっている。那美は路地を曲がってみることにした。
 
 ◆◆◆

「あや、発見♪」
 果たして、由愛はそこにいた。大勢の人達と一緒になって、歓声を上げていた。集団の一部になっていて那美のことには全く気づきそうもないので、こちらから近づいていく。
 騒ぎに紛れ、ことさら足音を忍ばせて。
 由愛の肩口からひょっこり顔をのぞかせた。
「何見てるのかな、由・愛さ・ん♪」
「あぁ、あたしには無縁の世界ねぇ……って、那美!?」
 由愛の瞳は人の壁の向こう側を凝視していたが、那美に焦点を合わせるには一瞬で十分だった。随分驚いたようで抱える酒瓶の中身がじゃっぽんじゃっぽん揺れたけれども、落とさなかったのでとりあえず良しとする。
「何時の間に後ろにいたの?」
「たった今だよ。あんまり遅いから、迎えにきたんだ」
「え、あっ……ごめんね、つい見入ってしまって、時間を忘れていたみたい」
「何かの催しもの?」
「結婚式よ」
 ほら、と促された先にはやはりたくさんの人の頭。腕を振り上げている人もいて、視界もことさら狭くなっているのだが、その隙間からなんとか、幸せそうな一組の男女の姿が見えた。そして視線の角度を上向きにすれば、天儀神教会のシンボルたる十字架が掲げられた屋根が。
「花嫁さんのドレス、すごく素敵よね。ここからだと細かいところはわからないけれど、あのレース、スカート部分の広がり具合、きっとこの日のために時間をかけて作られたものなのね。自分の一番綺麗な姿を披露するものなのよ、花嫁さんって」
「ふーん?」
 やや熱を帯びて語る由愛に、しかし那美は生返事。由愛が褒めちぎっている理由がちっともわからないのだ。あのドレス、由愛さんが着たならかなり可愛いだろうし、花嫁さんも嬉しそうではあるけれど……花嫁さんの隣に立つ新郎が目尻を垂らして鼻の下を伸ばしていることのほうが、気になって仕方ない。
 那美と見ているところが異なることにも気づかないほど、由愛は人の波の向こうで進行する誓いの儀式に夢中になっていた。
 この教会の主であろう初老の男性が、新郎と花嫁の前に立って、何かを告げている。あまりよく聞こえないが、恐らくは、これからの人生を共に過ごすという覚悟を持っているか、尋ねるものだ。まずは新郎から応える――緊張のあまり舌を噛んだらしい。口をおさえてうずくまってしまった。
(わ、痛そう……)
(……なんだか頼りなさそうねえ……)
 教会の主すら目をそむけてしまうような男を配偶者に選んで、花嫁は後悔しないのだろうか。華々しい第一歩から早速暗雲が立ち込めるなんて、どれだけ運がないのか。
 と思いきや、花嫁はとてもとても幸せそうに頬の筋肉を弛緩させていた。「なにこの人、こんな大事な時にこんなドジ踏むなんて! 痛がる姿がめっっっちゃカワイイ!!」と表情が、輝く瞳が語っている。なるほど、そっちの方でしたか。
 それならいいやとばかりに、式は続行される。咳払い一回で気持ちを整えた精神力の高い教会の主からの問いかけに、花嫁は那美と由愛にもしっかりと聞こえるほど大きな声で「Yes」と返した。
(あ)
 花嫁の思い切りの良さに、那美はどうして由愛がなかなか帰ってこなかったのかをなんとなく感じ取った。
(強い感情って、人を惹きつけるものだよねぇ)
 ちらりと由愛の横顔に視線を送ると、やはりまっすぐに式を見守っている。那美も視線を戻した。へたれ新郎がどうにかこうにか立ち上がったところだった。
 教会の主が片手を軽く上げると、脇から小さな女の子がトコトコ歩いてきた。白くてフリフリのドレスを着せられたブロンドの少女は、ぷにぷにした両の手に赤い、座布団のようなものを持っている。座布団が日差しを受けてきらりと光った気がした。
 少女は教会の主の隣で立ち止まった。新郎が座布団に手を伸ばし、続けて花嫁もそれに倣った。
 向かい合う新郎と花嫁。新郎が天を仰ぎ、大きく一回、深呼吸した。
「……やっぱり素敵だわ」
 由愛が漏らした一言は何を(誰を?)称賛するものなのか。
 気を引き締めた新郎は、つい数秒前まであんなにざわついていた観衆へ、沈黙をプレゼントするに十分すぎるくらいだった。花嫁の左手をとり、わずかに撫でる。それから、銀の指輪を薬指に通した。花嫁が照れながらも微笑んだ。
 交代して、今度は花嫁が新郎の左手をとった。同じく指輪をはめる。新郎がにっこり笑うので、花嫁は照れ続けている。
 教会の主が再度片手をあげると、ブロンドの少女がトコトコと下がっていった。見つめあう新郎と花嫁の距離が、半歩ずつ狭まる。
 固唾を飲んで見守る観衆。さすがの那美にも、新郎の手が花嫁の頬に添えられた時点で、次に何が起こるのかを察知できた。花嫁は静かに、ゆっくりと両のまぶたをおろす。新郎もまぶたを伏せがちにしながら、ふたりの唇の間の距離を詰めていく。
 ちゅ、と。ほんの一瞬で近いのキスは終了した。新郎は即座に顔をそらし、その顔すらも両手で覆った。
「えっと、よくわからないんだけど、あれでいいの?」
「うぅん……どうなんだろう。してないわけじゃないから、成立はしてるのかしら……」
 拍子抜け――そう、拍子抜けしていた。肩透かしをくらったと言い換えてもいい。あれだけ場を緊張させて、ためるだけためて、この有様である。那美と由愛だけではない。観衆全員ががっくりきていることは、漂う雰囲気から察せられた。言葉にこそ出しはしないが。
「私としては、もう少し男性らしくしてくれた方が、その、それっぽいというか」
「あんな風に?」
 那美が示した先では、花嫁が新郎の顔を両手で挟み込み、熱烈かつロングタイムに口づけている真っ最中だった。
「……あれはあれでどうなのかしら」
 耳の先まで朱色に染まって、由愛は答える。
「でもね、あのふたりは、あんな感じのふたりだからこそ、今日のこの日に式を挙げるに至ったんだと思うの」
 やられっぱなしと思われた新郎だったが、花嫁を抱きしめようとしたらしい。中途半端な位置で手が止まっている。しかし観衆の声援を受け、ありったけの勇気と根性を振り絞ったのか、どうにかこうにか目的を成し遂げた。
「例えば新郎さんがためらうことなく口づけしたり抱きしめたりできる人だったなら、ふたりとも全く別の人と結ばれていたかもしれないわ」
「そういうものなの? 花嫁さんの好みの問題じゃなくて?」
「んー……そうね、もうひとつ例をあげるなら、私と那美もそうよ」
 那美が首をことんと曲げる。わからないらしい。くすり、と由愛は笑った。
「散歩の行き先、朝ごはんのおかず、井戸端会議の話題……小さな何かがほんの少し違っただけでも、こうしてふたりでここに立っていることはなかったかもしれない。私と那美が今一緒にいるのは、とても貴重なことなんだから」
「ふーん……じゃあ、ボクと由愛さんが一緒にいるのは、すごく低確率な大当たりを引き当てたってことだね!」
「ふふっ、確かに大当たりね。あ、でももちろん、大事なのはこれまでどうしてきたかってことだけじゃないのよ?」
「ボクは今が楽しいから、今が大事ー♪」
 さすが那美よりお姉さんなだけはある。由愛の話は至極まともな内容であった。しかしどうか忘れないでほしい。彼女は一升瓶を大事に抱えながら話していたのだということを。
 と、観衆がひときわ大きな歓声をあげた。ふたりが最後列で話し込んでいるうちにも、式は進行していたようだ。花嫁が観衆に背中を向けている。
「う?」
「始まるわ!」
 なぜ花嫁が背中を向けているのに一層の盛り上がりを見せるのかと疑問符を浮かべる那美をよそに、由愛は周囲の観衆と同様、花嫁の一挙手一投足を固唾を飲んで見守っている。
 花嫁が少しかがむ素振りをした。次にその反動で背中を伸ばし、勢いよく両手を振り上げる。それまで彼女の手にあった小ぶりのブーケが、晴天の宙に舞い上がった……――と綺麗に表現できたならよかったのだが。
 まさしく騎士が主君を守るために振るう剣のように、ブーケは空間を切り裂いていた。
 確かに宙には昇った。しかし舞うなどという可愛げのある表現には決して値しない様であった。ぽかんと見上げる観衆。あごがはずれそうな教会の主。青ざめる新郎。ひとり得意げな花嫁は、きっと開拓者なのであろう。
 それでも健気に手を伸ばす女性(花嫁の開拓者仲間なのかもしれない)も少なくなかったが、ブーケはあまりにも高く上がりすぎてしまい、まぶしい太陽と重なった。目が眩んだ彼女達はたまらず目をそらし、そしてブーケを見失った。
「あ、なんか飛んできた♪」
 那美の言葉に由愛が両目をしぱしぱさせながらそちらを見ると、その場にいる那美以外の全ての未婚女性が欲しがっていただろうものが、那美の手におさまっていた。那美にとっては、飛んできたから受け取った、ただそれだけのこと。欲しなかったがゆえに目を眩ませることもなかったのだ。
「いいにおーい♪」
 花弁が大きく目だつ華を中心に、多くの白い小花と、アクセントにカラフルな木の実を揺らす細枝とが水色のリボンでまとめられた花束は、初夏の花嫁が持つにふさわしい代物と思われた。爽やかな香りも、頭と体をすっきりさせてくれる。
 お茶の間に飾りたい。那美はそう考えたが、花嫁の持ち物を、花嫁が放り出したとはいえ勝手に持って帰ってもいいのか、彼女は知らなかった。
「えっと……これ受け取ったけど、貰っていいのかなー?」
「え!? も、もちろんよ、受け取った人がもらえるものだもの。花嫁さんも笑ってるじゃない? どうぞ受け取って、ってことよ!」
 確かに花嫁はこちらに笑いかけながら、賞賛するように手を振っている。一方で、その手を伸ばしておきながら何もつかむことなく下ろすことになった女性陣は、ものすごく悔しげな眼差しを、那美の手にあるブーケに向けてきているのだが。
 そして由愛も、実は女性陣とそっくりの眼差しをしている。だいぶ頑張って押しとどめているようだが、那美にはわかる。ていうかダダ漏れ。
「由愛さん、欲しいならあげようか?」
「あのねえ……それは他の人に渡すものじゃないの!」
「きゃぅ!?」
 由愛が欲しがっているのなら、あげる。それは那美にとって自然の摂理のようなものだったが、由愛はブーケを受け取らないだけでなく、那美の頭をぺちんした。
 なぜぺちんされたのか、那美には判断がつかない。眉を八の字にしながら頭上に疑問符を飛ばしている、その様がまた、由愛の呆れ具合を増大させるのだが。
「何怒ってるのー?」
 痛くはないが、那美は頭をさすった。抗議の意を込めて上目遣いしてみるも、由愛はくるりと那美に背を向けた。
「怒ってなんかないわ。ほら、帰るわよ!」
「やっぱりちょっと怒ってるー! あ、待ってよー」
 そのまま大股で歩き出す由愛。置いていかれるわけにはいかないと、那美もあわてて小走りで追いかける。あまり揺らして花を散らしてもいけないと、ブーケを優しく抱えながら。



 愛してやまない誰かと家庭を作る。それは、昼間っから酒宴を催すことに何のためらいも覚えない彼女達には、まだ少々――いや、かなり?――縁遠いことなのかもしれない。
 けれどいつかきっと来てくれないといけないその日に思いを馳せるくらいは、してもいいはずだ、と由愛は思っていた。
 今日のところは、空き瓶に飾ったブーケを肴にして盃を傾けるくらいにしておこう。焦る必要はどこにもない。



「ボクは先のことをどうにかするより、今と同じでいいのにー。ねぇ、由愛さん?」
「うっ……それは、その、ちょっとどうなのかしら……」



 そんな、6月のある日の出来事。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ia5377 / 野乃原・那美 / 女性 / 外見年齢:15歳 / シノビ】

【ia0068 / 川那辺 由愛 / 女性 / 外見年齢:24歳 / 陰陽師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ウラシマ言の羽です。
お久しぶりです、発注ありがとうございました!
コメディ風味でとのことだったので変なやる気を出してみましたが……
ひ、ひかないでいただけると嬉しいです!
またどうぞよろしくお願いいたします♪
FlowerPCパーティノベル -
言の羽 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.