▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『咲かない花 』
フェンリエッタ(ib0018)



 今年もまた向日葵の種を蒔く。

 神楽の都西北に広がる森にフェンリエッタ(ib0018)とその家族が暮らす館があった。森の入り口から徒歩で少しばかり。緑のトンネルを抜けた先にひっそりと佇む館には内と外を隔てる鉄門も無ければ、取り囲む柵も無い。あえて言うなら小路の左右に生える大きく枝を広げた広葉樹が門であり、館の周りを囲う木苺の低木が柵であったかもしれない。
 ジルベリア貴族のマナーハウスを移築した建物は聊か年代物ではあったが、隅々まで手入れが行き届き森の静けさに程よく馴染んでいた。
 五月、頼りなかった若芽が成長し葉を茂らせ木漏れ日を作る。下草はまだ柔らかくきっと裸足で歩けば気持ち良いだろう。
 フェンリエッタの誕生日はそのような季節だ。
 ざわざわと音を立て屋敷の裏に広がる茂みへフェンリエッタが分け入って行く。
 涼やかなひっそりとした森の空気に包まれ進む獣道。しばらく行くと前方に煌く光が見えてきた。
 明るい五月の日差しだ。
「……っ」
 森を抜けた途端に降り注ぐ陽光に思わず目を細める。目の前に広がる小さな野原。
 太陽の光を一杯に浴び蒲公英の黄色に菫の紫、様々な花が揺れている。天を仰げば視界一杯に広がる五月の美しい青空。
 ここはフェンリエッタの秘密の場所。
 ひょっとしたら家族も知っているかもしれないし、知られていても構わないのだが。
 フェンリエッタは自分の膝ほどの石がある場所へと向かう。石の上に止まっていた綺麗な色の小鳥が人影に驚いて飛び立った。
 石の周りだけ下草が生え揃っていない。覗く土の上にそっと手を置く。
 開拓者となり神楽の都に移り住んでから、毎年誕生日には此処でミニ向日葵の種を蒔くのが約束だった。
 片手に下げた籠から小さなシャベルを取り出して土を掘る。そうして開けた穴に一粒、種を落とした。
 一つ種を蒔き、土を被せるたびにこの一年にあった事を思い出す。
「一年目は……」
 途中、種を蒔く手を止めて遠くを見た。
 思い出すのは一年目の誕生日。初めて此処にミニ向日葵の種を蒔いたあの日。
 あの時は、彼の地で反乱軍を率い処刑された青年の事を偲んで種を蒔いた。今なお彼の事を片時も忘れた事は無い。民の安寧を願った彼の志を。
 指先が胸の懐中時計に触れた。向日葵が彫られた表蓋を撫でる。
 翌年は叛乱の真実の首謀者……赤い首飾りのアヤカシを追う中、自分達の到らなさ故に命を失った三人の傭兵を……。戦友とも言える仲間だった。
 それだけではない多くの人を傷つけた。
 それから……一年ずつ思い出していく。自分が歩んできた時間を。
 種を蒔く事に何の意味があるのか……と人は問うかもしれない。
 フェンリエッタが目指すのは人々の安寧と幸福、そのために自分は人々の心に花が咲くことを願い心に種を蒔こうと全てを尽くしてきた。たとえ自身の身命を削ったとしても。
 だからこれはまっすぐに太陽を向いて咲く向日葵のように、人に自身に恥じぬ生き様を貫く覚悟を新たにする儀式のようなものなのかもしれない。
 尤も単純に夏に咲く一面の向日葵が好きなのもあるが……。
 種を植え終えるとフェンリエッタは再び土を優しく撫でる。


 五月末、そろそろ風に初夏の気配が混ざる頃。森の緑も濃くなり、あちこちで鳥のさえずりが聞こえる。
 フェンリエッタは誕生日に蒔いたミニ向日葵の種の様子を見に来ていた。
 土から双葉が覗いている。まだ種の殻をくっつけたままのもいる。
 きっと夏には素敵な花を見せてくれることだろう……。
(そう……)
 たとえ荒廃した地でも種を蒔けば花が咲く。それを知ってもらいたくて、そして人々に笑顔になってもらいたくて戦で傷付いた人々に種を渡してきた。
 向日葵のように真っ直ぐに前を向いて生きて欲しい……そんな願いと祈りを込めて。
 少しばかり成長が早いものは、去年咲いた向日葵から落ち土の中で冬を過ごした種だろう。そうやって花は巡る。いずれ人の心の花も……。
 だが芽吹かない種もある。
「……」
 土の中で力を使い果たしてしまったのか……。
(……私の心の花は……)
 ぎゅっと眉根を寄せた。
(咲く前に死んでしまった……)
 薄く開いた唇から漏れる短く浅い呼気。
 痛い……。胸が。苦しい……。
 大切な人々のより良き未来を願うが故全力で向き合った。自分の心を偽り無く告げぶつかりもした。
 だがその度にまるで互いの世界が少しずつずれているのではないかと思うほどに打ちのめされた。繰り返し己の心に刻み付けられた傷は塞がらない。だというのにその上からまた新しく抉られる。
 フェンリエッタは自分という存在としてその傍らに立とうと言葉を届けるために心を尽くし足掻いた。
 だが求められていたのは……。
「都合の良い、誰かになんてなれなかったの……」
 零した言葉は森に飲み込まれていく。
「私は……」
 私なのだ。
 胸の痛みは何時の間にやら当たり前になっていて、感覚が麻痺してくる。
 痛いのに、痛くない……。それは心が緩慢に死んでいくようだ……と首へ手をやる。そこには今はもう殆ど目立たない傷があった。
 冬にこの森でアヤカシの集団に襲われ、その時に負った傷。アヤカシの爪は首を深く切り裂き、致命傷だったはずなのに……。結局、自分は助かってしまった……。
 助かり目覚めた時、心配してくれた皆に対する申し訳なさよりも、再び皆に会えた喜びよりも、先にこの胸に飛来したのは「死に損なった」という気持ち。
 あれは多分……自らを………考えかけて小さく首を振る。
 胸の上で重ねる両手。その手が上着を強く握り締めた。
(一滴でも水を分けてくれたら……)
 その傍らに私が私のままに立つ事を認めてくれたなら……。自分は求める先にある未来のためにこの身も命も全て賭けただろう。
(心の傷も癒えたのに……)
 でも望む誰かに慣れなかった自分は……。
「一人ぼっちになっちゃったね」
 儚い笑みを浮かべ、向日葵の双葉に話しかけた。
「えぇ、そうね……私には家族も友もいる」
 向日葵の傍らに座り空を見上げる。真っ青な空。日差しは日々少しずつ夏に向かっている。
 その家族や友を苦しめ、悲しませている自覚はあった。だというのに私の生を望んでくれる人たち。
 彼等には何度ありがとうとごめんなさいを繰り返したことか。
 私の大切な人たち。
 そんな人達を悲しませても、フェンリエッタは挑んだのだ。目指す未来の可能性に。
 結果……。目を伏せる。
 だが正解を知り、もう一度同じ時間を繰り返そうとも。やはり自分は……。
「私らしい生き方を……」
 求めるだろう。空を横切る鳥に手を伸ばした。だが此処からは決して届くことない。
 思考を停止して、望まれるままの誰かの映し鏡となる……それは優しい道かもしれない。でもそれは自身の尊厳を踏み躙るにも等しい行為だ。
「私として生きる、その魂の自由の対価……」
 それはこの胸の消えない痛みと苦しみ……そして雫一滴与えられず咲かないまま死んだ花の孤独。

 体の中を全て吐き出したら楽になるのかな……。

 不意に浮かんだ思いつき。そっと無かった事にする。
 もう一度首の傷に手を触れた。既にそこに傷があったことなど分からない。

「せめて……貴方達は大きくなって綺麗な花を咲かせてね」
 まだ小さな向日葵の芽に願う。

 夏には綺麗な花を……。
 息を吸う。両手に懐中時計を乗せて歌い出す。
 やわらかい、やさしい、包み込むような……でも少しだけ寂しい声が広がり、流れていく。

 緑の森に咲く、橙色の太陽の花。それを思う。太陽を見つめる小さな向日葵。
 向日葵は太陽に追従する花ではない。向日葵はただ一途に真っ直ぐ自身が目指すものに向き合う花……。

 カチ、カチ……。懐中時計のゼンマイが動く音が伝わってくる。この時計は、自分が命を使い果たした後も、自分の願いと祈りを乗せて時を刻んでくれるのだろうか。

 皆の心の花が咲きますように……。

 閉じた瞼の裏に浮かぶのは青空の下、咲き誇る一面の向日葵。

 だけどそこに私の花はない……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib0018  / フェンリエッタ / 女  / 18  / シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

フェンリエッタさんの設定などを拝見させて頂くうちに、凛とした強さのなかに
激しさを秘めた人なのではないかという印象を抱きました。
なので自分の中で感じた激しさが文章に滲み出てしまっているかもしれません。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.