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『夢標 』
ヘスティア・V・D(ib0161)

●消翼

 行く先々でヘスティア・ヴォルフ(ib0161)に向けられるのは、ありがとうという感謝の言葉と、喜びを示す笑顔。
 人手が足りないと話を聞けば、出来うる限り飛んで行って手を貸した。一所に留まるようなことはせず、流れの傭兵のように旅を続ける生活だ。
 向かう先が戦場であればそれまでの生き方と何ら変わりはなかったし、料理屋の手伝いといった自分では不得手寄りと思っている仕事であっても構わず出向いた。
 それが誰かの幸せを守る事に繋がるというのなら。
 ありがとうの言葉と、笑顔を向けてもらえるのなら。
 それ以上の望みなんてないからと、人の言葉と笑顔を求めて生きていた。

 あなたは何を失ったの?
 どうして前に進めるの?

(失ったもの‥‥ねえ)
 確かに、今のヘスティアは大きなものを失っている。心に穴があくほどの大きな存在で、いつか失う予定だったはずのものを。
 俺だけのものとして手に入れられないなんてことは、はじめから知っていた。だからこそ心の距離が近づいただけで幸せになれた相手。
 心と共に体の距離も近付いて、温もりを伝えあえる関係に進んで実感も出来ていた。
 けれど失うタイミングがあんなに早いなんて、身体の距離がずっと遠く離れてしまうなんて、あの時は思ってもいなかった。
 いつか離れる覚悟ははじめからしていたつもりだった。失う予定、離れるならば自分から。そうだ、俺は自分から先に旅立つ心づもりで過ごしていたのだ。
(なのに今、独りで生きている)
 いつかくる未来を見据えて過ごしていたあの時が懐かしい。

 幼い時分から傍で過ごしていた。
 離れていた時期があっても、顔を合わせれば時間なんて関係なかった。
 姉であり母である自分が、兄のように慕うほど家族のような関係だったから。
『俺達って恋人‥‥だよな?』
 気付いたら欲しくなっていた。
 家族のように過ごすその延長線上で、恋人になった。
 慣れ過ぎた呼び方は変えられなくて、誕生日のような特別な時だけ名前で呼ぶようになった。

 騎士の剣も捧げた。
 寄り添うだけでなく、隣を堂々と歩けるようになった。
 女としてだけではなく、持ちうる力も含めて全てを必要として欲しかったから、鍛えることはやめなかった。
『他の女と歩いてる? どうもしないさ』
 自分の立ち位置はわきまえて過ごしているつもりだった。
 恋人として過ごした日の翌日、別の誰かと歩いているのを見ても気にしない。
 そういう相手だから、誰か一人のものになるところなんて思い浮かばない。それをわかった上で隣を歩くと決めたのだから。

 夢を掲げて歩む幼馴染で恋人で剣の主である俺の最愛の片翼は、片翼だからこそ相手を変えて自由に飛び立つ存在だから。
 飄々としている割に甘えたがりのところがあるのだとか、長い付き合いだからこそわかることもあったけれど、だからといって自分がずっと隣に居るわけではなかった。
 護るべき主ではあったけれど、強い男。

 まさか、先に旅立つなんて思ってもいなかったのだ。

「だから、俺は引き継いだ」
 願いを思いを考えを、その生き方をなぞることにした。もっと長い時間をかけてあいつが歩むはずだった道を、探しながら独り、歩むことにした。
 これだけは他の誰にも譲らないとばかりに始めた事だけれど、もし今から他の誰かが継ぐと言いだしたとしても俺は止めない。同時に、俺もこの道を諦めない。
「俺が、そうしたいから」
 他の誰かが同じことを考えたとしてもおかしくはないはずだけれど、俺は俺が選んだように生きると決めている。

 あなたは何を持っているの?
 どうして笑っていられるの?

「だって、そうだろう?」
 誰にともなく言葉を零して、空を見上げる。
 あの優しい時間を過ごす間に想定していなかった未来が今ここにある。俺の知る限り、それはあいつが望んだものではないと思う。
『民の生活と愛する者の笑顔を守る事』
 願いも思いも考えも、達成できなかった未来がここにあるのだと思うから。
 主が叶えられなかったものを叶えるのは俺の義務。
 片翼が叶えたかったものを叶えるのは俺の意思。
 継がない道なんてはじめから選択肢として並びさえもしないのだ。
(‥‥本当は、少し気付いてもいる)
 あいつは自分がいつ旅立っても構わないように生きていた。いつその時が来ても取り乱さない心づもりで歩んでいた。
 その時だって笑顔だったから。
 俺が継ぐことを、あいつは望んでいないのかもしれないけれど。
(でもなー?)
 否定もしないでくれるとわかっているから、ふらつかずに歩いていける。

 すりきれてくたびれて、ボロボロになって、かろうじて役割を果たしているマントの裾を無意識に握る。忘れ形見のそれは、旅立たれてからずっとヘスティアの傍にあって今はもう手放せない体の一部。
 背の左半分に広がる大きな傷を覆うもの。誓いの証に刻んだ翼、所有の証は、主が旅立ってすぐ欠けてしまった。
 片翼と共に旅立つように。主のあとを追うように。ヘスティアの中にあった、追いたいという気持ちと共に。

 あなたには何が残っているの?
 どうして迷わずにいられるの?

 俺はあいつほど器用じゃないから、選んだ道をひたすら走ることしかできない。自分の体裁を繕うほどの余裕は持てない。
「何よりも、守る事に、その対象に、自分は含まれていないからなー」
 主に捧げるべき俺の全てを、主の願いに捧げることができる。
 俺にとっての当たり前がここにある。
 だから他の道なんていらないし、この道が俺の生き様。
(敷かれたレール?‥‥そんな簡単なもんじゃないぜ)
 何言ってんだ、と苦く笑う。
 あいつの拓くべきだった道を俺が無理やり拓いてるんだぜ?
 そもそもあいつも、そして俺も、とっくに拓かれて敷かれた道を歩く気なんてなかったし、これから先もない。
 自分で選んで望んで拓いた道だけを歩く。
 その理由も過程も報酬も、何もかもが俺の道になる。
 歩んだ全てをいつかあいつに全て教えてやるために。
(そうだな、それが俺の今の願いなんだろうな)
 だから俺は前を見る、願いを辿る。

 力尽きて進めなくなるその時まで。
 あいつの元に旅立つその日まで。
 持てる全てをすり減らしながら、幸せの証に前を向いて。

●出立

(これも理想の実現って奴だよな?)
 その時ヘスティアにはゆっくりと膝をつく自分の体を客観的にとらえている自覚があった。
 傷だらけの体が限界を迎えようとしている。ここ最近は、何かに捕らわれたかのように休みもなく歩み続けていた。
 手をつくのも間に合わず、ほとんどうつ伏せと同じ形で地面に倒れこんだ。視線の先はただ、道なき地が続いている。
 今、俺は旅立とうとしている。最期だから、この体も捨て去る。
「歩ききったって‥‥言えるぜ?」
 悔いは残さないように、あいつと同じように。いいや、あいつの最期の時よりも確実に。
 だから、今度の目的地は、あいつのいるところだ。
(そうだなー、なんて言ってやろうか)
 だいぶ長い間、あいつに会っていない。でももうすぐ会える。俺をだけを待っていろなんて贅沢は願わない。けれど、会ったら迎え入れてくれるはずだ。
 傷だらけの俺を見ても、最期に会った時より年を重ねた俺を見ても。あの頃と同じ笑顔で迎えてくれる。どこに居ようと、何をしていようと、そういう男だから。
(決めた‥‥これにしよう)

『で、俺の場所は空いてるんだろうな?』

●不変

「‥‥ん?」
 窓からの日差しに目が覚めた。日差し? 光を感じる余裕なんてあったかどうかと首をかしげて‥‥すんなりと体が動くことに驚く。見下ろせば、いつもの寝床だ。
「夢とか、何の冗談だ」
 もしこの夢の通りに片翼がいなくなったら、俺は自然にそうすると納得できるほど現実的なところが笑えない。夢特有の非現実的な部分がなかったせいだろうか、まだ現実と夢の境目にいるような気がしてしまう。
 だが、今自分がいるのは間違いなく現実だ。
(ったく、また面子増えてたじゃねーか)
 視線をちらりと隣に向ける。思い出すのは、再開したこいつに寄り添っていた人数。そんなところまで現実的に再現されていたことについ笑みが零れる。どこまでも自由な男を愛してしまったものだと思う。
 傍にいる今、こんな夢を見るとか‥‥いや、だからこそか?
(溺れすぎるなということなのか、それとも‥‥今を謳歌しておけということなのか)
 あくまでも可能性の話だ。だってあれは夢なのだから。
 その時が来るとしても、別の時が来るとしても。その時までは勿論、その後も。
「俺は変わるつもりねーし‥‥愛してるぜ」
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2014年07月08日

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