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『魔女と悪魔〜月の夢〜 』
ファウストjb8866





 ――Ich liebe dich immer und ewig.

 あの日の誓いは、この胸に優しく色付いている。







「起き、て……! 起きなさいってば、早く起きないと朝ご飯抜きよ!」
 その日、ファウストの瞳を揺り起こしたのは眩しい朝陽ではなく――。
「なんで貴様がっ!」
「鍵空いてたわよ。不用心ね。ああ、今日はちゃんとノックしたから悪しからず」
「いや、そういうわけではなく」
 ファウストは深呼吸。すっかり眠気も何処かに飛んでいってしまった。
 そして、落ち着いてもう一度『彼女』の姿を眺めてみる。間違えようもない。
「……ニーナ、どうして貴様が此処に」
 それはもう何百年も前に看取ったはずの恋人の姿だったから。
 ファウストは改めて周囲を見渡してみる。風景は何の変哲もない自分の部屋。久遠ヶ原で過ごすはぐれ悪魔の私室だった。
 其処には無いはずの姿だ。ファウストは軽く混乱する。
 黙りこくったまま考えに沈むファウスト。そんな彼の様子を長めながら、ニーナは光り輝く穂のような髪を揺らし、笑う。
「夢よ」
「夢?」
 聞き返したファウストに、ニーナは推すように繰り返した。
「そう、一日だけの夢よ」
「そうか、夢か」
 それならば仕方がないとごく自然にファウストは起き上がる。
 すると、良い香りが鼻を擽った。机の上には焼き魚と白ご飯、卵焼きと味噌汁、漬け物が置かれている。
「ファウ、結構渋いからこういうの好きかなって思ってね」
「嫌いではない」
 よく見れば彼女は現代風の洋服の上に花柄のエプロンを身に纏っていた。態々察するようなことをしなくても、彼女が作ったということは容易に想像が出来た。
 頂きますと手を合わせて、卵焼きを摘まむ。口の中にいっぱいに甘い味が広がった。
「……嫌いではない、ですって? マズイとかイマイチとかケチつけるわけ? 人が折角早起きして作ってあげたのに」
「まずいとは言っていないだろうが!」
「素直に褒めなさいよ。女心が解っていないのは相変わらずね……だからモテないのよ。全く彼女居ない歴何百年とかびっくりだわ」
「それは、ニーナのことをずっとっ!」
 つい、ムキになって声が大きくなっていた。ずっと、ニーナのことを愛していたから、愛し続けているから他の女性を好きになんてなれなかった。そう、言い掛けた。夢とは言え、本人の前で。
 誤魔化すように、ファウストは味噌汁を一気に飲み干す。やけにしょっぱい気がした。
 ニーナも、無言でファウストの顔を見ている。今、どストレートに告白しようとはしなかった? 気付けば、ニーナは顔が真っ赤だった。誤魔化せない。
 ふたりの間に、降りる沈黙。
「それまでは、この卵焼きは没収……って言おうとしたけど、良いわ。許してあげる」
 それを破ったのはニーナだった。こほんと咳払いをしていたが、それでも払いきれなかった照れが顔全面に出ている。
「雑誌でね、良い感じの服見付けたのよ。それを見にいきたいから付き合いなさい」
「断る」
 コンマ2秒。即答。しかし、ニーナは諦めず推す。
「良いから付き合いなさいよ唐変木」
「少しは黙れ雀か燕の子かお前は」
 よく考えればこんな言葉の応酬も久しぶり。胸の中を何か優しく暖かなものが包み込むのをファウストは気付いていた。







 梅雨の合間の晴れ間は貴重なのだと誰かが言っていたが、別にそんなことは無い気がするとファウストは思う。
 今日はそんな梅雨の合間の晴れらしい。
 いっそ潔い程に晴れた青空の下。駆けたふたりは電車に飛び乗る。駆け込み乗車という形になった。少し、周囲からの視線が冷たい気がするのは気のせいではないだろう。
「全く、電車に乗り遅れるところだったじゃない。何よ、律儀にティッシュ配ってたのとか受け取っちゃって!」
「貴様だってファーストフード店のシェイクのポスターに現を抜かしておったではないか」
「だって、ライチ味よ! 気になるじゃない、季節限定って言葉はなんて魅力的な……もほっもごもご!」
 言い合うふたり。視線が集まる。気付いたファウストがニーナの口を右手で塞いだ。
「静かにしろ」
 冷静にファウストにニーナが返したのは、まるで『あんたも一緒に騒いでたじゃない』とでも言いたそうな不服の眼差しだった。

 電車を降りて、ニーナが気になるという服屋へと向かう。
 商店街は活気に満ちていた。ごく自然に人と擦れ違う彼女は、現代日本の生活に馴染みきっているようだった。それも夢だから、とファウストは深く気にはしない。
 そんな中、目的地に着いたわけでもないのにニーナがふと足を止めた。
「どうした?」
「……何でも無いわ。早く行きましょ。置いていくわよ」
 自分から足を止めた癖に。なんて、言葉を吐き出そうとして、ふとニーナが眺めていたものをファウストも見てみた。
 それは、ブライダルショップのショーウィンドウだった。正確に言えば、その中にあったウエディングドレス。
 ウインドウの中には、少し背の高いマネキンがプリンセスタイプのウエディングドレスを身に纏って澄ましている。
 それは、なんだかとても気高くて――そして、届かないもののような気がした。
 少し先で何もない振りをして待つ彼女を、ファウストは何も言わずに追い掛けた。

「ね、次はあれ買いましょうよ」
「まだ買うのか貴様は」
 お目当ての服は無事買えたようだ。ある意味予想はしていたが、やはり荷物持ち。
 少し呆れたファウストが吐き出すように言うと、ニーナはむっとした表情で言い返す。
「違うわよ。クレープ。そろそろお腹空いてきたと思わない?」
「まさか、貴様はそれを昼飯にする気か。我輩はもう少し……」
 と、言っているのにニーナは勝手にワゴンのお姉さんに話し掛けてクレープを購入している。
 そして、早足でこちらに戻ってくる。そのことに関して何か言おうとしていたファウストの口に、ニーナは生クリームをすくったスプーンをツッコんだ。
「むぐっ」
「ほら、結局食べたじゃない」
 そのことに何かファウストは何か言おうとはしたが、口の中に広がる甘く優しい味をつい、味わってしまっていた。

 そんな調子で、ニーナに引っ張られるように歩いていればいつの間にか日は傾いて空は柔らかな橙色。
 影は長く、遠くから子ども達のはしゃぎ声とカラスの鳴き声が聞こえる。
「何処へ向かってい……」
「何処かへ、よ」
「答えになっていないぞ」
 ファウストの問いを遮るように答えたニーナだが、しかし、答えになっていない。
 繁華街から外れ、あてもなく歩いていたらやや古い住宅街に差し掛かっている。
 異国のもの。故郷とは全く違うはずなのに、少しだけ懐かしさを感じる街並みと夕飯の香りに惹かれながら、それでも歩くニーナは鳥居の前で足を止めた。
「神社か? 此処は教会ではないぞ」
「ええ、知ってるわ。だから良いの」
 ニーナは澄ましながら、言葉を続ける。
「悪魔との恋愛だもの。きっと、うちの神様は祝福してくれないわ」
「ニーナ……」
 何と言おうとするが、ファウストは上手く言葉が見つからない。
「何でも受け入れるこの国の宗教の神様だったら、誰か叶えてくれるかもしれないわ」
「貴様も神頼みをするのだな」
「するわよ、それくらい」
 そうして、必死に祈っていたニーナ。境内から出たところで、ファウストは周囲を見渡す。
 何をしているの、と声を掛けるニーナを抱き上げて空へと舞い上がった。

 少しずつ、暮れる日。一番星がひとりぼっちで輝いて、慰めるように小さな星達がいくつも輝き始める。
 空が藍色に染まれば、地上もぽつりぽつりと星が咲く。
 夜空と夜景。とても、美しく輝いている其れに、ニーナは見とれているようだった。

「綺麗ね……ファウって、いつもこんな光景を見ているのね。空を飛べるのって羨ましいわ」
「別に、飛べずとも見られる場所はある」
 それよりも、ニーナの姿をずっと見ていたい。もう、届かなくなってしまった、恋人の姿を。
 夢の中だとしても、逢えたことがとても嬉しかった。そして――夢だったら、果たせなかったことを叶えてあげられるのだろうか。
 考えるファウストの瞳に、教会が目に映る。6月の花嫁は、幸せになれるのだという。
 だとしたら。
「なぁ、ニーナ」
「何よ」
「するか?」
「何を」
「……結婚」
 夜景を眺めていたニーナは、思わずファウストの顔を、まじまじと眺めてしまう。
 彼の表情は真面目そのもの。そもそも決して、茶化してそのようなことを言うような男性ではないとニーナも解っている。しかし、やはり驚いてしまう。
「正気?」
「本気だ」
 ふたりは言葉を交わし合ってから、これがまるであの時と真逆だったことに気付いて、思わず笑い合った。

 教会に忍び混むのは簡単だった。
 こんな警備で大丈夫なのかと思ったけれども、此処はそもそも夢だった。
 夢だから、きっと何でもあって、何でも叶う。
 この夢の世界で。
「……幸せになれるかな。私達」
「我輩は充分に……」
 その先は言葉にはしない。出来ない自分が、少し悔しいとファウストは思う。
 今も、昔も。日本でも、ドイツでも。変わらず不器用だったのだ。
 かつん、と静寂を割る靴音。微かな光だけが照らすバージンロードをニーナはゆっくりと歩く。
「変わらず気の利いたことは言えないのね、でも――」
「貴様こそ、その憎まれ口は何とかならんか。だが――」
「そんな貴方がとても愛おしいわ」「そんな、貴様を愛している。ずっと」
 祭壇の前に辿り着くニーナは、彼の表情を眺める。少し難しそうなことを考えているような表情が微かに緩んで優しく自分を見ている。
 ウエディングドレスも、ヴェールも、祝福する神もない結婚式。普段着のまま、彼の手をとった。
 誰もいない、何もいない。結婚式ですらない。真似事のごっこ遊び。
 ステンドグラス越しに唯一見守るように射し込む月光が、やけに優しかった。
「月の光は、貴方みたいだわ」
「どういう意味だ」
「……やっぱり、なんでもない」
 何か言おうとしていたニーナは言葉を止めた。だから、ファウストはそうか、とただ頷く。
 精一杯のことを言おうとしてくれていた。その意志は伝わったから、茶化すのはよくない。
 ファウストは、一歩ニーナに近付く。
「これを」
 ファウストが静かに差し出したのは、月の光に燦めく、小さな指輪。
 いつの間にか、ポケットに入っていたものだった。
「気の利いたこと、言えないのかしら?」
「気取ったことは、我輩らしくない。ニーナも解っているだろう」
 それにくすりと小さく笑うニーナ。
「そうね、雪でも降って、こんな綺麗な月の光が遮られたりしたら嫌だわ。雪は余り好きじゃないの」
 雪は、二度も別れた日に降っていたから。
「雪なんか、降らせない。」
「じゃあ、私の愛は悪魔――いいえ、貴方に誓うわ。ファウ」
 ファウストはニーナの薬指に指輪を嵌めた。嵌められた指輪は、ステンドグラス越しの月光に誇らしげに輝いている。
 あの頃は、言えなかった言葉。
「いつまでも、想っているわ」
「我輩もだ」
 ふたりの間にはにかみの優しい笑顔が咲く。
「……嬉しい」
 夢だからか、ニーナも素直な言葉が出た。
 本当は、貴方を縛り付けるようなことはしたくないと思った。
 人と悪魔の間には、色々な埋められない物がある。
 それを、埋める術を持っていたのは彼で。
 そんな、彼の優しさを断ったのは私の方。
 けれど、今はきっとそれでよかったのだと思っている。だって、彼はきっとそんな私だったから愛してくれたんだもの。
 だから、私は祈ろう。わりと、結構憧れていた結婚も出来たんだから。

「ファウ、幸せに――」
「何だ?」
「ならないと許さないんだから!」

 ※※※

 月の光は美しい。冴え冴えと、夜を照らしている。
 火照りが鎮まらないように、消えない街の灯りと昔よりうんと減ってしまった星達を見上げながら、ふたりはただ眺めていた。
「ニー……ナ」
 口を開こうとしたその時、強烈な睡魔が襲ってきた。
 どうにも、瞼が重たい。抗うように、隣を眺めてみる。ニーナは何かを何かを笑顔に隠しながら、自分を見ていた。
 嫌だ。眠りに沈みたくない。夢で眠るということは即ち、夢の終わりを意味する。そのことを知っていた
「また、どこかの夢で……ね」
 声が響く。彼女はどのような表情で眠りに落ちる自分を眺めていたのだろうか。
 それすらも、思考出来ないまま深い眠りの底にファウストは沈んだ。





 月は何処に行くのだろう。
 月は、どうして消えてしまうのだろう。
 ずっと、見ていたい。眺めていたい。共に居たい。
 月がある限り、夜に闇はなく――だから、私はそんな月がとても優しいと思う。
 そして、彼も逢いにきてくれた。それで、充分。
 彼は、優しい月なのだ。


 ※※※


 いつかは覚めてしまう夢。
 夢は夢でしかなく、儚い其れは朝に解けるように消えて逝く。
 夢は見て、消える。
 けれど、抱いた夢は叶えれば現実になる。

 自分は今度こそ、夢の中で彼女の夢を――叶えられたのだろうか。




「スト……ウスト」
 規則正しいリズムに揺られていた。耳を擽る声に負け、瞳を開けると銀色の髪がふぁさりと揺れているのが見えた。
 其れは、年老いた彼女の其れではなく――今の、仲間の姿。
「ん」
「もうすぐ降りる駅とやらで、ファウストを起こして欲しいと言われたのであるよー」
「ああ……」
 軽く目を擦りながら周囲を見渡してみる。
 人も疎らな電車。窓の外を見ればすっかりと夜。少しずつ覚醒してきた頭がレーヴェに同行し山間の廃村を訊ねたその帰り道だったことを思い出させた。
「何やら、とても良い寝顔であったが良い夢でも見たのであるか?」
 首を傾げ訊くレーヴェに、ファウストは何と答えようか考えを巡らせてみた。

 ああ、確かに夢を見た。とても良くて、優しくて――そして、残酷に叶わない夢を。
 だから、こう言おうと考えた。

「たまには夢というのも悪くはない」

 夢で交わしたはずの邂逅の指輪のひとつがいつのまにやら傍らにあったことに気が付いたのは、その少し後のことだった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8866 / ファウスト / 男 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 水綺ゆらです。二度目のご依頼有難う御座いますー!
 ケンカップルさんは勝手に喋っていただけるので、とても楽しく描かせて頂きましたっ!
 切欠がレーヴェの依頼……ということで、最後だけ少し絡ませてみました。

 楽しいだけに、少し切ないテーマですよね。
 ご依頼、有難う御座いましたっ!
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エリュシオン
2014年07月08日

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