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『七夕に願いを 』
セレシュ・ウィーラー8538)&(登場しない)

 サラサラと葉が擦れ合う音が聞こえ、その葉の隙間から色とりどりの短冊や飾りが風に揺れている。
 短冊一つ一つには皆それぞれの思いを込めて、願い事を書き綴ってある。
 セレシュの経営する鍼灸院の前にも、近所の商店街と同様に立派な笹の葉を置き悪魔と共に飾り付けをしていた。
「七夕って綺麗よねぇ」
 綺麗に折り紙で作られた輪つなぎや吹流し、スイカなどを丁寧に落ちないよう笹の枝にかけていた悪魔がぽつりと呟く。
 その隣で商店街や子供たちから集められた短冊を手にして飾っていたセレシュは、彼女にちらりと視線を送りながらも作業を続けていた。
「そうやなぁ」
 悪魔は目の前で風に揺れる短冊の一つを手に取り、「おじいちゃんがげんきになりますように」と書かれた子供の願い事を目で追った。
「皆これに願い事を書くのよね」
「そうや」
 くすくすと笑いながら、セレシュもまた自分の書いた願い事の短冊を笹に吊り下げる。
「こうして書いた願い事は、七夕が終わると神社で焚き上げてもらって天に届けるんやて」
「……セレシュはなんて書いたの?」
 興味津々の眼差しで悪魔が見つめてくると、セレシュは僅かに躊躇ったように眉根を寄せた。
「別に、特別興味示すような大したこと書いてないで?」
 そう言いながら、ピラリと自分の短冊を手に悪魔に見せた。
 悪魔はセレシュの手元を覗き込み目を瞬かせる。
「『皆が健康で元気にありますように』?」
「そや。なんたって健康が一番や。体壊したら、叶うもんも叶わんやろ? 体は資本! 元気があってこそ望む夢を掴む事ができるんとちゃうかな」
「確かに……」
 セレシュの言葉にはものすごい説得力を感じた悪魔は素直に頷いた。
 色とりどりの短冊に書かれた個々の願い事は様々だが、それも健康であってこそ目指せるものであり、チャンスを手にすることも出来る可能性がある。
 飾り付けを終えたセレシュは満足そうに腰に手を当て、見上げるほどの大きさの笹の葉を見つめた。
「みんなの願い、全部は無理かもしれへんけど叶うとええなぁ」
「うん。そうだね」
 悪魔もまた、朗らかな笑みを浮かべて笹の葉を見上げた。



 その晩。キッチンでぐらぐらと茹っている鍋に素麺を用意しているセレシュがいる。
「ところで、七夕の由来ってなんなの?」
「ん〜?」
 テーブルの上に薬味とめんつゆを用意していた悪魔は思い出したようにセレシュにそう問いかけた。
 セレシュは鍋に素麺がくっつかないよう菜ばしでグルグルと掻き混ぜながら口を開く。
「そやなぁ。昔織姫と彦星っちゅう恋人同士がおって、二人はお互いを好きすぎて自分の仕事を疎かにしたことから、雇い主やったか両親やったか怒りを買ってしもうて、川を挟んだ反対側に引き離されたとかなんとか」
「え。そんな話があるの?」
 セレシュは鍋の火を止め、ザルに素麺を出して水でしめながら話を続ける。
「離れ離れになった二人は一年に一度だけ、7月7日の七夕の日の晴れた日にだけ会うことが許されてるらしいねん」
「ふ〜ん」
「ま、由来としては色々あるらしいねんけど、これが一番ポピュラーな話なんとちゃうんかな」
 水を切りながらそれぞれの器にとりわけ、それを手にテーブルへと戻ってくる。
「それじゃ、願い事を書いて焚き上げてもらった願い事は、織姫と彦星が出会うことが出来たら叶うとかそう言うことなのかな」
「さぁ? でも、そうなんかも知れんね。晴れた日にしか会えんなら、うちらが書いた願い事も二人が会える晴れた時やないと届かんのかもなぁ」
 席につきながら、セレシュが小さく微笑みながら向かい側に座る悪魔を見やる。それに気付いた悪魔が不思議そうに見つめ返す。
「そう言えばあんたは病気とかせぇへんの?」
「え?」
「いや、普段からめちゃくちゃ元気で会ってからしばらく経つけど一回も病気した事ないなぁ思ったから」
「そんな事ないけど……。そう言うセレシュは?」
「うち? うちは魔法にかかるとかそう言う特殊な事がない限り無いわ」
 小さく肩をすくめて目の前の箸に手を伸ばした。
「さ、食べよ。めんがくっついてしまうわ」


 夕飯を食べ終え、綺麗にテーブルを片付け終えた後セレシュは短冊を前に願い事を書き綴る。
『研究が捗りますように』
 そう書き終えると満足そうに息をつく。そこへ食器を洗い終えた悪魔が覗き込んでくると、セレシュは余っていたもう一枚の短冊を彼女に差し出した。
「ここに置いてある笹は人目につかんから、当たり障りの無い事でもかまへんし、あんたも何か書いてみる?」
「え? 私も?」
「そ。たまにはええんちゃうん? 叶う叶わんとか抜きに願掛けするんも」
 短冊を受け取った悪魔は、眉根を寄せたまま難しい表情でそれを見つめる。
 難しく考えているように見えたセレシュは小首を傾げて不思議そうに訊ねた。
「そういや、悪魔が祈る対象って誰なん? やっぱり魔王とか?」
「ん〜……そうなるのかな。セレシュは?」
「うちは元々神殿の守護者やったし、結局そこの神様っちゅう事になるかな。まぁ、信仰が廃れてしもうたし神殿も神様もどうなったかまでは今となっては分からんけど」
「ふ〜ん……」
 曖昧な返事を返しながら、悪魔はもう一度手元にある短冊に視線を落とした。
 魔王に対して願掛けと言うのもなんだか変な感じではあるが、これが今の時代で言う「おまじない」みたいな物であるのなら、便乗してみるのもいいかもしれないと悪魔は思った。
「よし、決めた」
 手元にあったマジックを引き寄せて、悪魔は短冊に願いを書き込む。その手元をセレシュはそっと覗き込んだ。
「『セレシュの手伝いがこれからも出来ますように』……?」
「わーっ!! ちょ、勝手に覗かないでよっ!」
 顔を真っ赤にし、うろたえながら短冊を体で覆い隠す悪魔に対し、セレシュはニッ笑う。
「人のは覗いといて、自分のは見たらあかんとかズルイんちゃうん?」
「そ、そう言うのは私が居ない時に見ればいいでしょっ! 笹に吊るせば嫌でも見れるんだからっ!」
 あからさまにうろたえている悪魔に、セレシュは堪えきれずに吹き出して笑い出した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2014年07月09日

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