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『感謝のキモチ 〜お嬢様から真心込めて〜 』
シェリア・ロウ・ド・ロンドjb3671

 わたくしが毎日を過ごしていられるのは、お世話になっている皆様あっての事ですの。
 日々、感謝の心を忘れてはなりませんわ。

 大切な皆様に、ありがとう、と――


●ハロウィンパーティー
 それは10月下旬、ハロウィンを1週間先に控えた頃の事だった。
「日頃お世話になっている皆様に、感謝を込めてお菓子を配りたいのです」
 つきましては大変恐縮ではございますが作り方をご教授いただきたいのだと、シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)は宗方 露姫(jb3641)と共に矢野 古代(jb1679)へ請うた。古代に断る理由はなかったから、来たるハロウィンに備えて少女たちは菓子作りを教わる事になったのだが――シェリアの心に小さな悩みが生まれる事となる。

 古代に菓子作りを教わった事自体は正解だった。
 菓子は味も仕上がりも申し分ない出来栄えで、これを小分けしてラッピングすれば素敵なハロウィンの贈り物になるのは間違いない。
「おじ様に教えていただいて良かったですわ。これなら皆様も喜んでくださいますの」
 にこにことシェリアは古代に礼を言い、そしてほんの少し表情を曇らせた。
「わたくし、おじ様にもお世話になっておりますのに‥‥」
 そんな気を遣わなくてもと古代は柔らかく笑って返したが、シェリアは納得しかねる様子だ。
 おじ様には近いうちに必ず御礼をと言い張って、その日は別れたのだが――

「お前、こないだの事まだ気にしてんの?」
 露姫の部屋を訪れたシェリアは。古代に先日の礼をしたいのだと相談した。
「俺は別にいいと思うがなー」
 一緒に菓子講座を受けた友人はレトロゲームに興じながらシェリアの話を聞いている。
 でも、とシェリアは食い下がった。
「でも‥‥おじ様にもハロウィンを楽しんでいただきたいですの。お菓子、皆様にとても喜んでいただけましたの。おじ様に教わったお菓子を差し上げる訳には参りませんから‥‥ぜひ別の形で御礼して差し上げたいと思いまして」
 やたら沢山のボタンが付いたコントローラーを操っていた友人はゲームを一時中断し、シェリアに向き直うとにやりと笑った。手元に置いていた方眼ノートを引き寄せると真新しいページを開いて大層楽しげに言った。
「別の形で‥‥か。その『お返し』乗るぜ」
 二人は『お返し』の計画を練り始めた。
 露姫の提案はこうだ。久遠ヶ原学園・高等部キャンパス特別棟の屋上を借り切ってハロウィンパーテイーを開催しようと言う。もちろんただのパーティーではつまらない。突貫でアトラクションを作って古代を招こうという訳だ。
 ノートに遊園地の草案を描き出しながら、二人は計画を語り合った。
 自由を尊重する学園の校風とロンド家の財力が合わされば、屋上遊園地など造作もない事。
「おじ様へのご招待は、わたくしがメールしておきますわね」

   * * * * * * * * * *

  矢野 古代 様

 やわらかな秋の日差しに柿の実が鮮やかに映える今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
 秋気が心地よく身にしみる季節のこと、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 先日はハロウィンの準備に先立ち、お菓子作りをご指導くださいまして、大変ありがとうございました。
 料理上手のおじ様にご教授いただいて完成させたお菓子、常日頃お世話になっております皆様も大変喜んでくださいました。
 わたくしの感謝の気持ち、しっかりと先様に伝わり嬉しゅうございました。

 さて、本題でございます。
 先日の御礼ならびにおじ様への日頃の感謝を込めまして、ハロウィンパーティーにご招待したく存じます。
 パーティー会場にと学園をワンフロアお借りしましたの。
 心を込めて御持て成しさせていただきますので、是非お越しくださいませ。お待ちいたしております。

                                     シェリア・ロウ・ド・ロンド

   * * * * * * * * * *

 これでOK。
 計画は着々と進んだ。
 ハロウィン当日、黒い軍服を着用した二人は招待客の到着を待った。かくして――夢の扉は開かれる。


●痛快? なりゆきアドベンチャー
『『よくぞ来た! 我が精鋭よ! ‥‥って、『閉めんな!』『閉めないでくださいまし!!』』

 扉の向こうで異口同音に叫ぶ声がする。露姫とシェリアだ。
(まあシェリアは居るとは思っていたがな‥‥何なんだあれは)
 扉にもたれて古代は嘆息した。
 一体どこから持ち込んだのやら、屋上全域が一大アミューズメントパークと化していた。それもかなり危険な――巨大チェーンソーやら分銅、ギロチン台まであったような――大掛かりな罠の数々が遊具の代わりに設置されている。その様子を例えるならば、彼が子供の頃に一世を風靡した視聴者参加型アドベンチャーバラエティー番組のセットのようだった。
(‥‥というか、何故あいつらはあの口上を知っている?)

 古代が胸中でツッコミを入れていた頃、黒い軍服姿の少女たちは扉が再び開くのを待っていた。
「どうしましょう、お気に召しませんでしたでしょうか‥‥?」
 おろおろするシェリアに露姫は気にすんなと自信満々だ。何やかや言って古代は面倒見が良いから自分たちの悪ふざけに付き合うのは間違いない。そのうち入ってくるだろうから配置に就こうぜと、露姫はスチロール樹脂の石垣が詰まれた日本城郭へと姿を消した。
「では、わたくしも‥‥」
 対して、シェリアは西洋の古城を模したブースで待機する。
 そして誰もいなくなった――頃を見計らい、男は再び扉を開けた。

 がちゃこんがちゃこんと罠が動作する音だけが鳴っている屋上に立つ中年男がひとり。
「‥‥和洋折衷だな」
 視界に広がる罠を一瞥し、腕まくりした古代が独りごちた。
 このアトラクションには順路があるらしい。まずは扉の前、先ほど目に飛び込んできた【おいでませ〜】の垂れ幕で飾られたアーチから伸びる長い廊下を進まねばならないようなのだが、かなり長い廊下の途中には、いくつもの西洋甲冑とギロチン台が見える。
「開始早々、端っから危なくないか?」
『殺傷力ゼロですからご安心くださいませ』
 独りごちると、どこからかシェリアの声が聞こえてきた。ええいままよと駆け出すと、ギロチン台が一斉に作動し始めた。

 がちゃん、がちゃ、がちゃ、がちゃん――

『そこで R+↑↑↑、流れるように ↓溜め↑』
「‥‥つか、何だそのコマンドは! うおお行くぞおおおお!!!!!」
 間一髪、咄嗟に前転移動していた。ギロチン台を抜けた先に続く廊下は煙幕が立ち込めている。突っ込みつつも正直に構えて構えて一気に駆け抜けたものの、古代は盛大にすっ転んだ。

 ぎぃ、ぎ、ぎぎ――

 ギロチンの作動音に奇妙な音が混じり始める。
「ローション‥‥何の‥‥」
 顔面から転んだせいでヌルヌルする物質を口に含んでしまった古代の疑問は最後まで紡がれる事はなかった。彼が立ち上がるのもそこそこに、廊下の壁に並んでいた騎士の甲冑が一斉に動き始めたのだ。
 空っぽの鎧から、肩叩きボール付の孫の手を取り出した騎士たちは何故か鼻息が荒い。
『ウホ‥‥』
「今なんか変な声入った!? つか孫の手ってなんだよああああ!!!」
 その疑問は程なく解けた。両手に孫の手を握り締めた騎士たちに混じって、悪魔の仮面で顔を隠したガチムチマッチョの集団が彼に近づいているのだ!
『『イイオトコ‥‥』』
「露姫お前の眷属か!? うわあああガチムチ嫌だああああ!!!」
 どうやら本物の悪魔さんたちらしく低空飛行で追ってくる。漢臭い空気に露姫の哄笑が混じる中、古代は己の貞操を賭けて逃げた。身体中、ぬるってかになったまま――


●それを俺に言えというのか
 謎のローションがコートの裾から糸を引いている。何とか漢集団から逃げ切った古代の姿を、シェリアが隠し部屋から眺めていた。
「おじ様、さすがですの」
 どろどろくたくたな古代な姿へ向けた感嘆の声は何処か世間離れして聞こえる。続けた言葉が更に拍車を掛けた。
「まあ大変。クリーニングしませんと」
 そーれ、ぽちっとな。ですわ。
 いきなり降って来た水入り金盥が直撃した古代の悲鳴が屋上に木霊した――

 ぬるぬる、のち、びしょ濡れ。しかし彼は尚も前進を続けている。
 パネルで区切られた屋上はさながら迷路だ。少女たちは迷う事を想定してトラップを仕掛けているから当然行き止まりに行き着く事もある。
『こういう時は片手を壁に触れて‥‥目印も付けておくか』
「そっちは行き止まりだぜぇ?」
 一歩また一歩と天守閣へと近づいている古代の様子を隠し撮りカメラのモニタ越しに眺めていた露姫は、彼が向かっている先に気づいた。
 迷路に行き止まりは付き物、そして彼が向かっている行き止まりのトラップは――
「言えるもんなら言ってみな」
 くっくっ。露姫は人の悪い笑みを浮かべた。

   * * * * * * * * * *

 一方、古代は着実に迷路を攻略しつつあった。
 謎のローションを浴びたけれど。水が入った金盥が脳天を直撃したけれど。
「‥‥生き抜くと決めた男の根性、舐めるなよ」
 突貫アトラクションなのだからパネルを抜けば突破可能だなどと考えもしない、彼は実に誠実で――冷静な、大人の男であった。
 だから移動した果てが行き止まりでも、そこに謎の箱があっても、冷静に周囲を観察する余裕があった。
「何‥‥『答えは大きな声で叫ぼう!』?」
 箱が置かれた行き止まりの壁に書かれた文字を復唱し、彼は箱を見下ろした。左右の側面に丸い穴が開いている。あれだ、穴に両腕を突っ込んで触れた中身を当てるゲームだ。
 台座も箱の一部だとすれば、人ひとりくらいは入れそうな結構大きな箱だ。
(まさかここに、二人のどちらかが入ってはいないだろうな?)
 一瞬そんな事を考えて、いやいや猛獣やガチムチマッチョさんかもしれないと慄いたりもする。ともあれ、噛み付かれたり手を握られたりしたら即座に箱から手を抜こうと覚悟を決めて、古代は箱に両手を突っ込んだ。

 ――――ふに。

(何だ、柔らかいぞ‥‥それにほんのり暖かい)
 しっとりと吸い付くような手触り、微かに指先を刺激する弾力――それを例えるならば、赤ん坊の頬のような――いや待て?
 暫く触れている内に、古代は頬らしからぬ凹凸がある事に気がついた。
(これは‥‥)
 あれによく似ていた。彼は持ち得ない、もっと言えば女性に備わっている――あれ。

   * * * * * * * * * *

「気づいたな。さあ言え!」
 仕掛け人はにやにや。モニタ越しに挑発する露姫とは逆に、箱の中身を知らないシェリアは黙り込んだまま動かない古代の様子が心配でたまらない。
「おじ様、どうなさったのかしら‥‥」
 ゴールした古代に渡す大きな大きな包みを抱えて、おろおろと見守っている――

   * * * * * * * * * *

 全く人が悪い。俺が恥ずかしがるとでも思ったか。三十路半ばの、この俺が。
(ま、ちょっとは焦ったがな‥‥)
 だが俺は考えた。
 これを仕掛けたのは女だ。シェリアか露姫、おそらくは露姫だろうが――いずれにせよ、彼女らの実物では、ない。
「言うぞ? 聞いているんだろう?」
 古代は箱の穴に両手を突っ込んだまま、どこかから視ているだろう少女たちへ挑むように言った。
 俺はいい年した男だ。言葉に興奮する小学生や触感にうろたえる初心な青少年と一緒にされるのは心外だ。
 さあ、言うぞ。正解は――

「正解は‥‥おっぱい抱き枕だっ!!」

 古代の雄叫びに正解のファンファーレが重なって――行き止まりだったパネルに出口が現れた!


●特大の感謝を込めて
 迷路を抜けると、そこはカフェスペースになっていた。古代を迎えたのはクラシックスタイルのメイドたち。
「「ハッピーハロウィーン☆」」
 黒い軍服姿だった露姫とシェリアは、古代がへとへとになっている間に着替えを済ませていた。だからと言って古代用の着替えが用意されている訳ではないので、ぬるべちゃのコート姿のまま彼はテーブルへと案内される。
 難関突破しゴールへと辿り着いた勇士を労い、星空の下ささやかなお茶会の始まりだ。

 甘い香りが疲弊した古代の鼻腔をくすぐった。
「おじ様、いつもありがとうございますの。どうか受け取ってくださいな」
 シェリアが運んできた銀盆に載っているのは、一人では食べきれなさそうな特大パンプキンパイだ。
 片方を後手に、露姫が茶器を並べてゆく。
「いつもありがとな。まあ食え」
 ほんのちょっぴり照れた様子に見えるのは後手にしたポーズによるものか。実は背後に隠し撮りしたビデオカメラを持っているからなのだが、シンプルなメイド服と相まって何だかもじもじして見える。露姫の挙動が怪しまれない内に、シェリアがカップへ紅茶を注ぎ始めた。
「楽しんでいただけましたかしら? どうかこれからもよろしくお願いいたしますわね?」
 小首を傾げて言うシェリアに感謝以外の他意はない。えげつないアトラクションを仕掛けたとは思えない無垢な姿なのであった。

 和やかなときは小一時間ほど続いた。
「お招きありがとう。じゃ、明日までに片付け頑張ってな」
 やがて古代は立ち上がり、ぐちゃぐちゃになったコートのポケットに手を入れた。
 取り出した飴玉を二人の手に落とし、男は湿気った煙草を咥えて背を向ける。
「待てよ、俺ら二人に片付けさせる気かよ?」
「そりゃあ二人で準備したんだ、片付けも二人で頑張れるさ」
 黒光りするコートの片袖を上げ、古代は事も無げに言った。因果応報、そう言葉を残して男は悠々と立ち去ったのであった。

   * * * * * * * * * *

 ――それから、ですか?
 後片付けは大変でしたわ。辺り一面ぬるぬるべちょべちょで。

 でも‥‥きっとおじ様、楽しんでくださったと思いますの。
 だからまた‥‥ありがとうの気持ち、形にしてみたいですわね。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb3671 / シェリア・ロウ・ド・ロンド / 女 / 16 / 天然もののお嬢様 】
【 jb1679 / 矢野 古代 / 男 / 35 / 招かれた紳士 】
【 jb3641 / 宗方 露姫 / 女 / 15 / お茶目な仕掛け人 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 申し訳ございません‥‥大変長くお待たせしてしまいました。周利でございます。
 この度はご依頼ありがとうございました。そして長期遅延お詫び申し上げます。

 今回のお話、お三人様メイン部分は同じなのですが、OPにあたる部分をそれぞれの立場から書かせていただきました。
 きっとシェリアさんは、ただただ素直な感謝の気持ちだけが動機にあったのだと思うのです‥‥その結果がこれ、という。恐るべし天然大暴走。かなり好き勝手に書かせていただいております。シェリアさんのイメージを壊していなければ良いのですが‥‥
 ご依頼いただいた時も嬉しく、執筆中も楽しく書かせていただきました。重ねて、遅延申し訳ありませんでした。最後まで書かせていただきありがとうございました。
魔法のハッピーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月10日

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