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『想いは流れて 』
黄昏ひりょjb3452


●夏至祭の日
 綺麗に晴れ渡った空は雲ひとつなく、青いガラスのようだった。
 一年で一番昼の長い日は、どうやら暑くなりそうだ。
「この箱はどうしましょうか」
 黄昏ひりょは大きな段ボール箱を抱えて尋ねる。
「ああ、そこに置いて……あんた力持ちだね! 一人で運んで来たのか?」
 脚立の上で電線を弄っている中年の男が、びっくりしたように言った。
 ひりょはそっと箱を下ろすと、笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。……ここでいいですか?」
 夏至祭の準備に、多くの人が忙しく立ち働いていた。ひりょもその中に混じって、朝から走りまわっている。
 だが同じ目的に向かって頑張っている人達の笑顔が眩しくて、疲れは全く感じなかった。

(主催側になることはあんまりないからな……)
 特にこの地域に縁者がいる訳ではない。夏至祭を知らせるポスターを見かけたときに偶々時間があって、じっくり内容を読んだのだ。すると隅に小さく『応援スタッフ募集』の文字があった。
 電話を掛けてみると、ボランティア同然であること、当日は結構忙しいことなどを説明された。そのいかにも申し訳なさそうな、それでもどこか期待する様な担当の人の声に、気がつけば行くと約束していたのだ。
 元々困っている人を見かけて放っておけない性格のひりょである。電話した時点で、ある意味当然の結果ではあった。

 次は子供向けの屋台の手伝いである。
 頼まれたのは、ヨーヨー釣りの屋台だった。
「プールの用意ができたら、すぐに水風船を用意してもらえるかな?」
 世話役の説明通り器具を操り、色とりどりの水風船を作っていく。だがこれが意外と難しい。
「……なかなか上手くいかないですね」
 ひりょが困ったように、ひしゃげた風船をぶら下げる。
「ははは、これは案外難しくてね。膨らみすぎると破裂するから……うわっ!?」
 パァン!
 ちぎれたゴムの残骸が水と共に飛び散る。
「……こんな風にね」
「わかりました。気をつけます」
 ひりょは真剣に頷く。


●灯の下で
 ちょうど学校が終わる時間になると、待ちかねた子供たちが祭の会場を覗きに表れる。
 その頃にはひりょの水風船作りも、『本職にするか?』と冗談半分で言われるぐらいに上達していた。
 大きなビニールプールに浮かんだ色とりどりの水風船が、子供達を誘っている。
 他にもカレー、フランクフルト、やきそば、そして金魚やスーパーボール。子供たちはあちらこちらの屋台を横目に、何度も同じ場所を往復している。
 ひりょはそんな子供たちの様子を、屋台の中から眺めていた。
 暫くして、数人の子供たちが足を止める。
「いらっしゃい。釣れなくてもひとつはおまけだよ」
 笑顔で声を掛けると、ひとりの少年が何か重大な決意をするかのように、握りしめた屋台チケットを差し出してくる。
「はい、頑張ってね」
 プラスチックの小さな容器と、金属の針のついた紙縒りを手渡す。
 次々と小さな手が伸びて、五人程の少年少女が真剣な表情でプールを覗き込んだ。
 中でも一番小さな女の子は、六歳ぐらいだろうか。じっと同じところを見つめている。
 暫くしてひりょは、その女の子が狙っている水風船があるのだと気づいた。
 薄い水色とピンクのマーブル模様に、銀のお星様が散っている。実はセットの中にも少ししか入っていない、レア物なのだ。
 しかも運悪く、その風船のゴムは完全に水の中に沈んでいる。紙縒りを入れればたちまち切れてしまうだろう。

 ひりょは底に沈んだごみを拾う振りをして、水流を作ってやる。件の風船は少し移動し、その拍子にちょっとだけゴムが浮き上がった。
 女の子は幼い眉を険しく寄せ、紙縒りを差し出す。
 アッと思う間もなく、絡みあったゴムは釣り針を奪い取り、女の子の紙縒りは切れて流れてしまった。
 泣きそうな顔になる女の子を見て、その子の兄らしき少年が手を伸ばした。
 上手く引っかかったが、引きあげてみると赤い風船がぶら下がっている。
「ほら、これも好きな色だろ」
 ひりょは思わずほころびそうになる顔を引き締める。彼らにとっては重要な出来事なのだ。
 ちょっと迷ったが、ひりょは拾い上げた水風船を女の子に手渡す。
「これが欲しかったんだよね」
「え……」
 ほんの一瞬、女の子が困惑の表情を浮かべた。だがすぐに恥ずかしそうにこちらを見上げ、おずおずと受け取る。
 宝物のように水風船を抱き締める妹の手を引いての立ち去り際、少年は振り向いて言った。
「ありがとう、おにいちゃん」
 
 それから暫く、次々と現れる子供たちに、ひりょは息をつく暇もない程に忙しかった。
 暗い空に屋台の灯が眩しくなる頃になって、食べ物の屋台に人が集まり始め、ようやくヨーヨー釣りは少し手が空く。
「いやあ、大盛況だったねえ。お陰で助かったよ。後はもうこっちで間に合うから、暫く君も遊んでおいで」
 世話役の人に声を掛けられ、ひりょは心配そうに尋ねる。
「俺なら大丈夫ですよ。もう少しお手伝いして行きます」
「ありがとう、でもこっちも交替で休憩取るからね。それよりここの祭、初めてなんだろう? 良かったら見て行ってよ」
 ひりょは軽く頭を下げ、厚意に甘えることにした。


●花輪に祈りを
 賑やかな人波に紛れ、今度はゲストになって屋台を見て歩く。
 思ったよりも賑やかなお祭りだった。
「何だろう、あれ」
 屋台ではない大きめのテントに、人が集まっていた。
「花輪占いは如何ですか?」
「占い……?」
 聞いてみると、ヨーロッパの夏至祭での習慣を取り入れたらしい。
 川に花輪を流し、ひとりの場合は浮いて流れて行けば想いが叶う。ふたりで流した場合は、寄りそって流れて行けば結婚できる。そんな説明を受ける。
(どうりで若い女の人が多い訳だ……)
 ひりょは自分が浮いているようで、ちょっと笑ってしまう。
 ――でも。
「一つください」
 ミニヒマワリやトルコキキョウがあしらわれた花輪を受け取り、教えられた方へ向かう。

 テントの裏側には小さな森に続く小道が伸びていた。とはいえ、ところどころに控え目な電球が吊るされ、足元は充分に明るい。
 すぐに水の流れる音が聞こえ、こぢんまりとした橋の上には何人かの人がいた。
 ひりょは暫く花輪を持ったまま、賑やかな様子を眺める。
(来て良かったな……)
 忙しかった一日を振り返って、心からそう思った。
 遊びに来るのではなく、誰かの為に、何かの為に頑張ること。
 そして『有難う』『助かったよ』という優しい言葉を受け取ること。
 ひりょの心の中に、昼間の熱の残りのように、じんわりと何かが満ちて行く。

 少し前のこと、とても辛い思いをした。
 ひとり暗闇の中に取り残されたような、とてつもない絶望感。
 ざっくりと抉られたように、心の中が空っぽになった。
 何で埋めていいのか、埋まることなどあるのか、それすらも判らなかった。

 それでももがいて、何かを求めて。
 必死に毎日を生きている中でも、何かの拍子にふと、絶望的な空洞が足元に広がるのを感じてしまう。


 そこでふと、さっきの女の子を思い出す。
 あの子にとって、欲しい水風船が手に入らないことはとても辛いことだったのだろう。
 余りに辛そうだったので、それをつい手渡してしまった。
 でもその瞬間、ひりょは迷ったのだ。
 これはお節介ではないのか? あの子は自分の力でこれを手に入れたかったのではないか……?
 けれどあの子は笑顔で受け取ってくれた。
 そう、あの子は欲しいものを手に入れるために、あの子なりの努力をしたのだから。
 それをあの子のお兄ちゃんはちゃんとわかっていた。

 身近な人が自分を理解してくれる幸せ。
 絶望の闇の中、ようやくそれに気付くことができた。
 癒えるなどないかもしれないと思った心の傷は、お日様のような優しい笑顔に暖かく照らされ、少しずつ、けれど確実に塞がってきている。


 辺りの人が途切れた。
 ひりょはゆっくりと歩いて行き、橋の上から川を見下ろす。
 山から来る水なのか、思ったよりも豊かな水量で、とうとうと流れている。
 両手で支えた花輪を川の上に差し出した。
 いつも傍にいてくれる、大事な人の顔を思い浮かべる。
 これまで一緒にいてくれて有難う。
 そして叶うならば、これからもずっと一緒にいてください――。

 想いを籠めた花輪を川面に託す。
 豊かな水は花輪を受け止め、大事な物を運ぶかのように穏やかに流れて行く。
 ひりょはその行く末を祈るように見つめる。
 花輪は闇に溶けるまで、ずっと川の面を揺れていた。


 夏至祭は命の祭。
 短い夜が明ければ、また朝がやって来る。
 地上の全てをいとおしむように、太陽の強い光が照らしてくれるだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3452 / 黄昏ひりょ / 男 / 17 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございます。
本当の苦しみを知る人は、本当の優しさも知っているのだと思います。
ミニヒマワリの花言葉は「あこがれ」、トルコキキョウの花言葉は「希望」だそうです。
少しでもお気持ちを汲めていれば幸いです。
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エリュシオン
2014年07月11日

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