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『君と、花咲く道を 』
強羅 龍仁ja8161


 名づけられた感情を、大切に大切に育ててきた。
 芽を伸ばし、葉を広げ、そうしてやがて、花が咲く。
 いつの日か実を付け、種となり、増えてゆく。
 時を重ね、幾つも幾つも、花は開いてゆくだろう。




(あれから、三年か……)
 タイに緩みが無いか確認をしながら、龍仁は鏡に映る自身の茶の瞳を見つめ返した。
 緊張のあまり、どことなく人相が悪い。
 他者から頻繁に『怖い』と形容されるそれは、普段以上に強張っているような気がしなくもない。
「……晴れの日、なんだから」
 グイグイと眉間に刻まれた皺を伸ばし、呟く。
 硬質の黒髪をかき上げそうになって、セットするのに時間がかかったことを思い出し寸でのところで留まって。
 体型がガッシリした龍仁に合うものを、と新婦がカタログをひっくり返してセレクトしたのはブラックのフロックコート。
 膝丈まである上着は肩幅を誇張しないし、グレーのベストとタイが重苦しい雰囲気を振り払う。
 ぴったりとしたタキシードより、なるほど着心地も良かった。
 カタログ写真を並べてみて、ドレスとの相性もいいことを確認済み。
 新婦はきっと、そんなウェディングドレスの裾を翻してポーズを取っているところだろう。
 その姿を想像し、ようやく彼の口元がほころんだ。


 三年前、二人は高校生だった。
 自分にとっては三年だが、彼女はもっとずっと長く、龍仁を想ってくれていた。
 孤児であり施設育ちの龍仁は高校卒業後に就職を考えていたが、『だったら一緒に暮らそうよ』と実家へ招いたのも彼女だった。
 二人暮らしだという少女の父という人は、娘の幸せを何より大切に考えていて。
 慎ましく、暖かな日々を積み重ねてきた。
 肉親を知らない龍仁が『父』という存在を、時に近く時には遠く、感じてきた。
 あんな風に、子供を愛することが出来たなら。
 そうも、思った。

 ……家族。

 憧れて、だからといって手に入ることはない、遠く遠くに輝く星のようなものだと、龍仁は思っていたのだ。
 星は、ずっと隣に在ったことに気づくまで、三年を要した。
 成人を迎え、今や21という年齢。
 仕事にも慣れ、生活も安定してきた。
 用意できた指輪は、豪勢とは程遠いけれど―― 互いの身の丈に合ったものだとは、思う。

 今日は、そういう日だった。




 潮風薫る、丘の上のチャペル。
 場所は静岡、とある町。
 ひっそりと式を挙げるに、どこがいいだろうかと話し合ううち、雑誌にあった一枚の写真に彼女が見惚れ、そうして決まった。

 参列者のいない礼拝堂に、厳かなパイプオルガンが響く。
 扉が開き、花嫁はたった一人で、ゆっくりと、迷いない足取りでバージンロードを歩き出す。
 花びらのように重ねられたプリーツフリルをレースが淡く覆う、プリンセスラインのウェディングドレス。
 少しだけアンティークなデザインが、この教会の雰囲気にも似合っていた。
 背まであるヴェールが、快活な普段の表情をそっと隠していて。
(――もう少し、早かったら)
 幸福と、苦いものとが、花嫁を待つ花婿の胸に広がった。
 籍を入れ、彼女と同じ姓になると決意をしてから程なく…… 今から、二か月ほど前のできごとだ。
 義父が、急逝した。
 式は挙げろ、晴れ姿を見せてくれ、 しきりにそう言っていた彼の人の願いは、こんな形で成就した。
『幸せになろうね』
 彼女の震えた声、ぽろぽろと落ちる涙を目にしたのは、たった一度きりだった。
(……幸せに)
 できるだろうか。家族を知らない、自分が。
 守れるだろうか、たった一人の家族を。
 でも。

『ねえ、龍仁さん……。来年も、その後も、こうして一緒に星空をみたいね』
『……そうだな。この先も、ずっと』

 二人の想いは、変わっていない。
 三年前の、あの日から。
 約束と呼ぶにはあまりにも覚束ない言葉を交わした、あの日から。
 ――だから

「……幸せにする。この先も、ずっと」

 龍仁は大切な人の手を取る。ほっそりと頼りなげなそれは、しかし案外と強いことを知っている。
 そして、二人は未来へ続く道を歩き始めた。
(これからは……俺が守る。全てを懸けて)
 悲しみを乗り越えて、強くなった誓いを胸に。




「すごい、すごいね、龍仁さん!!」
 抱き上げられ、花嫁が歓声を上げる。
 晴れ渡る青い空、それを映す海は遠目にもわかる程に澄んでいる。浪の音が聞こえてきそうな、穏やかな天気。
 海鳥の鳴き声が遠く近く響き、鐘の音に入り混じる。
「すごく、綺麗だ」
「えっ、なぁに? 風が強くて聞こえなかったわ」
「二度も言えるか……っ」
 悪戯っぽく笑って見せて、彼女は龍仁の額にキスをする。
 彼の、不器用な表現も。
 とてもとても情に厚いところも。
 それが、表情には出にくいことも。
 自分を、大切にしてくれていることも。
 共に過ごしてきた時間の中で、たくさん発見してきた。
「これからも、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそだ……。……今、ここで言うことか?」
 昨夜も、深々と頭を下げ合った記憶があるのだが。
「言いたい気分だったの」
 龍仁へ、彼女は笑ってはぐらかす。

 結婚しよう。そう、言って。
 婿養子へ来てしまう、龍仁さん。
 父一人・娘一人という境遇から、考えてくれたことなのかもしれなかった。
 父を一人にしないと、『家族』を奪いはしないと……そう、考えてくれたのかもしれなかった。
 父と龍仁さんが、二人きりでどんな話をしていたのか、詳しくは聞いていない。
 そこはそれ、『男同士の秘密』というやつだと思っているし、本当に話すべきことはきちんと話してくれる二人だから。
 大切な家族。信じてる。

「……あのね、龍仁さん」
 どのタイミングで打ち明けようか、ずっと考えていた。
 どのタイミングが、貴方を一番、喜ばせることができるだろう。なんて。
 ねえ。
 今、貴方が抱き上げているのは、ひとりだけじゃないんだよ。




 参列者のいない、二人だけの結婚式。
 小さな教会に、祝福の鐘が鳴る。
 交し合った、精いっぱいの指輪と誓い。
 ――新しい命の報せ。
 
(……幸せだ)

 言葉にするのがむず痒く、龍仁は伴侶である女性へそっと視線を流す。
 屈託のない笑みが、彼を迎えてくれた。
「…………幸せだ」
 自然と、感情が言葉になる。表情が追いついていないのはご愛嬌。
「……この先の、道を一緒に」
「はい。三人で……歩いて行こうね」
 下腹部を愛おしそうに撫で、花嫁が応じた。
 どうしたって、自分は感情表現といった面が苦手だけれど、彼女と足して二で割ってちょうどいい加減だろう。
 そんな二人の間に生まれ来る命は―― どんな道を進むのだろう。
 不安が無いといえば嘘になる。
 けれど、それさえ、彼女とならば乗り越えていける自信があった。
 優しい幸福感に、静かに胸が満たされる。満たされる。


 未来はこの青空のように、海のように、果てなく広がり輝いていた。




【君と、花咲く道を 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ (強羅) 龍仁 / 男 /新郎】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月14日

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