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『野ばらの咲く丘で…… 』
イリア・サヴィン(ib0130)&リスティア・サヴィン(ib0242)


 イリア・サヴィン(ib0130)とリスティア・バルテス(ib0242)はジルベリアのとある街にいた。
 そこはイリアの実家がある街だ。春から夏にかけてのこの季節、長い事雪に閉ざされていた鬱憤を晴らすかのように花で彩られた街は、規模は小さいが活気があった。街行く人々も気さくに旅人に挨拶を寄越す。
 二人は結婚の承諾を得るためにイリアの実家を尋ねに行く途中。
「間もなく、俺の実家だ」
 隣のリスティアにイリアは声をかけた。中心部と比べると人通りが少ない代わりに緑が多い、長閑な郊外にイリアの実家はある。
「はじめまして!私……」
 街についてからリスティアは繰り返しイリアの両親への挨拶の練習をしていた。いや実際は天儀を出発した頃からずっとだ。特に街についてからというもの、気付けば挨拶の練習である。今もイリアの声が聞こえてないのか、緊張した面持ちでゆっくりと一つ一つ言葉を確認していた。
 時々右手と右足が一緒に出てしまっていることに彼女は気付いているのだろうか。ちゃきちゃきと物事を進めていく彼女からは想像ができない姿……、役得かな、と弛む唇をイリアは気付かれないように引き締める。
「ティア……」
 身を屈めリスティアの耳元で名を呼ぶ。
「っ……!な……なに?!」
 文字通り飛び跳ねて驚き、ぱちくりと数度瞬きを繰り返した。
「そろそろ俺の実家だ、と……」
 イリアは少し先の家を指差す。漆喰の白い壁に絡む緑の蔦、深雪を考慮した三角の深い屋根のこじんまりとした家。
「大丈夫、そんなに怖い人たちじゃない」
「えぇ、わかってる。平気だって。心配しないで」
 何時ものように快活な声で問題ないからと浮かべる笑顔。だがイリアの両親への土産を胸に抱き寄せる手が強張っている。
 落ち着いてと言葉の代わりにイリアは軽く背を叩く……と、その時音を立ててその家の扉が開いた。まるで二人が到着するのがわかっていたように。
「おかえりなさい」
 年嵩の女性が二人へ手を振る。
「母さん……」
 イリアの母だ。確かに帰宅の日程は予め手紙で伝えていたが時間までは……と家を見れば、父のベッド脇の窓が開け広げられていた。どうやら二人で息子達の帰りを今か、今かと待ちわびていたらしい。窓からは父が笑顔を覗かせている。
「ただいま。此方が……」
「え、えっと、はじめまして……っ!」
 イリアの紹介よりも先にリスティアが両親に向かって勢い良く頭を下げる。
「わ……私、リスティア・バルテスと言います!」
 緊張で乾いた喉が張り付き、言葉がすこしばかりつっかえてしまう。
「いらっしゃい、リスティアさん。会いたかったのよ。さあ、入って」
 イリアの母が彼の妹に良く似た華やかな笑みを浮かべ二人を招き入れた。

「あた……いえ私も手伝います」
「いいの、いいの。此処まで遠かったでしょ。ゆっくりしてなさいな」
「あ……そうだ、お土産…。お土産を持ってきたんです」
 リスティアと母のやりとりが聞こえてくる。リスティアは緊張しているのだろう、話し方がいつもよりも大分ぎこちない。
「素敵な娘さんじゃないか。周囲がぱっと明るくなる」
 イリアは二人の様子に目を細める父をベッドから抱き上げ揺り椅子に座らせた。かつて故郷の村がアヤカシに襲撃された際に負った傷が原因で父の足は動かない。そしてそれ以来ずっと病床にあった。イリアがこの街の領主に仕官し、その命で開拓者になったのもそんな両親を助けるためだ。
「あぁ……」
 父の言葉にイリアは照れつつも頷く。訪問を告げる手紙では敢えて詳細を書かなかったのだが、両親とも訪問理由はお見通しなのであろう。
「良かったよ……お前が自分の幸せをみつけてくれたようで……」
 父の手がイリアの頭の上に乗る。父に頭を撫でられたことなど何年ぶりくらいだろうか。
「私達は……大丈夫だよ。最近は両手に杖をもってな、少しだけなら移動できるようになった」
 訓練のお陰で手がマメだらけだ、なんて父がごつごつとした手をみせる。
「母さんはあれでいて中々厳しくてな……」
 コソリと耳打ちしたところでお茶の準備を終えた母とリスティアが居間へと姿を見せた。
「お父さん、何か仰いましたか?」
「母さんはいつも美人だと息子に自慢していたところだよ」
 父が「コレが夫婦円満の秘訣だ」と息子に向かって片目を瞑る。父から息子というよりは人生の先輩から新しい門出に立つ後輩に対するアドバイスのつもりのようだ。
 お茶の前に「二人に話がある」とイリアは背筋を伸ばし話を切り出した。隣でリスティアも姿勢を正す。
「俺はリスティアと結婚する。今日はその報告のために戻ってきたんだ」
「あた……私はまだまだ到らないところも沢山ありますが、イリア……さんとお互い支え合っていくつもりです」
 よろしくお願いします、と頭を下げるリスティアの手を母が取る。
「うちの息子こそ……色々とご迷惑をお掛けするとは思うけどよろしくお願いしますね……」
 父も母の言葉に頷く。
「もちろん……あたしにお任せ……ぁっ……」
 思わず何時もの調子で答えかけ、胸を叩いたリスティアは慌てて「ください」と付け足した。
「リスティアさん、いいのよ。そんなに固くならないで。いつも通りで……ね」
 夫も私も年甲斐もなく緊張しちゃうから、と母がおどけた調子で笑う。
「そうだ、母さんなんぞ、今日何回着替えたと思っているんだ」
 朝から大変だったんだ、とやれやれと大袈裟に溜息を吐いてみせる父にイリアとリスティアが笑みを零す。
「ではあたしのこともティアって呼んで下さいねっ」
 リスティアの笑顔から漸く固さが取れ始めた。


 お茶の後、厨房に並んで立つリスティアとイリアの母。イリアの好物料理の作り方を習うためだ。俺も一緒に、と心配そうなイリアを母と一緒になって厨房から追い出した。
「イリアは薪でも割っていて!」
「女心がわからない息子ね」
 好物を作って驚かせたい気持ちがわからないなんて、と嘆く母にリスティアも同意する。母と恋人の共同戦線にイリア一人で敵うはずもなかった。
「ティアさんとても筋がいいわ」
 イリアの母は嬉しそうにリスティアの手際の良さを褒める。リスティアは自他共に運動神経は微妙であるということを認めていたが、楽器を弾くだけあり器用さに関しては少しばかり自信があった。
 それにイリアの母の前である、何時も以上にはりきってしまう。
「……っ」
 その結果、ちょっと勢い余って指先を切った。やはりまだ少しばかり舞い上がっているわ、なんて思う。
「ティアさん、大丈夫?」
「えぇ、これくらい舐めておけば大丈夫!」
 慌てるイリアの母にリスティアはぺろっと傷を舐めてみせた。
 最初は嫌われたらどうしよう、イリアに恥をかかせてしまったらどうしよう……などと色々考えて緊張していたがいつの間にかその気持ちもどこへやら。
 イリアとその妹が育った家庭である。心配するまでもなかったと今更ながらに思った。
(冬の暖炉の前みたい……)
 温かくてとても居心地のよい家だ。

「ティアさん……」
 テーブルに出来上がった料理を並べているティアをイリアの父が呼ぶ。
 手招きに寄れば「息子を頼む」とイリアの母がしたように強く手を握られた。
「イリアは昔から責任感の強い真面目な子で……」
 父が動かぬ己の脚に手を置く。この脚も己が不甲斐無いからだとずっと自分のことを責めていた、そんなことはないのに……とリスティアに話す表情はどこか苦しそうにみえた。
「開拓者となったのも私たちのため。だからひょっとしたらこのまま自分の人生を犠牲にしてしまうのではないかと……」
「イリア……さんは二人のために自分の人生を犠牲にしたなんて思ってない……です。彼にとって家族はとても大切な存在だから」
 床に膝をつき父と視線を合わせる。
「それにあたし、そんなイリアが大好きなんです」
「……ありがとう」
 もう一度「息子を頼む」と頭を下げる。声が少しばかり震えていた。

 食卓に温かな料理が並ぶ。
 イリアはまずリスティアが母に教わり作った料理に手を付けた。
 リスティアが真剣な眼差しでイリアを見上げる。手をぎゅっと握り締め、テーブルに身を乗り出し気味に。背後でそんな様子を心配そうに見つめている母。イリアに集中する二人の視線の圧力。
 緊張しつつも一口。口に広がる懐かしい味……。
「どう?」
「……ん、美味い……」
 お世辞でもなんでもなく本当の言葉だった。
 懐かしいが母の味とは違うリスティアの味。これから自分達が作る家庭の味……イリアが笑みを浮かべる。
「やったわ!」
 互いの手を合わせ喜ぶリスティアと母。
「後でお菓子とか他の料理の作り方のメモも渡すわ」
「お願いします」
「私は今度リスティアさんの得意料理も食べたいな」
 父にいたってはそんなことをお願いする始末だ。
 母も父もリスティアのことがかなり気にって入るらしかった。
 リスティアと両親が仲が良いことはすばらしい事だと思うのだが、微妙は疎外感を覚えなくもない。それに気付いた父がちらりとイリアを見た。
「これからお前が一番に守っていくのは彼女だぞ」
 父の言葉に頷く。だがきっとリスティアならば「イリアの大切なものを一緒に守っていくわ」と隣で笑ってくれるだろうとも思っていた。
 そんな彼女だからこそ自分は好きになったのだ。


 翌日、二人は馬でイリアの生まれ故郷の村跡へと向かう。アヤカシに襲撃され、滅びた故郷。街からは馬で一時間ほどの距離。急ぐ旅でもない、と散歩がてら馬に相乗りしゆっくりと街道を行く。
 青い空に流れる白い雲、天儀ではそろそろ初夏だがジルベリアの風はまだまだ若干冷たく頬に心地よい。
 街道を挟む草原の遠くで放牧されている羊の姿がちらほらと見える。
「ティア……」
「なに、イリア?」
 イリアの腕に抱かれるように座るリスティアが顔を上げた。風に靡く赤い髪がイリアの頬を擽る。
「妹の事で相談があるのだが……」
 イリアの妹も同じ開拓者である。妹も実家に仕送りを続けていた。だがその実イリアは仕送り分として受け取っていた金を彼女の結婚資金としてずっと溜めていたのだ。当然、妹の分は代わりに自分が出していたのだが。
 きっと父も、体が動けば同じように溜めていたはず。
 その溜めた結婚資金を妹に渡そうとしたところ断られてしまったのだ。
「私はいらないから、兄さん達のために使って……と」
「なにを……っきゃあ?!」
 勢い良く振り向こうとしたリスティアが馬上でバランスを崩し、体を傾けた。慌ててイリアが抱きとめる。
「勿論、俺も妹のために使いたいんだ」
 父さんだってきっとそうしたと思う、と言えばリスティアも当然だといわんばかりの顔をした。
「もしも、もしもよ。妹さんに言い負かされて、そのお金を渡すことができなかったらわかっているわね」
 ぐいっと脇腹に軽く当てられた肘。リスティアの瞳が「お説教くらいじゃ済まないわよ」と語っている。

 イリアの故郷はアヤカシに襲撃されて以来、放置されていた。もう誰も住んではいない。壊れた家、崩れた井戸はそのままに緑に埋もれ、花が揺れている。
 まともな形を残している建物は一軒も無い。まるでずっと昔に打ち捨てられてそのまま何十年も忘れられてしまったかのように。
 イリアが子供の頃遊んだ広場に立っていた大きな杉は倒れ、既に朽ち、新しい生命の苗床となっていた。
 滅びた村はゆっくりと自然へと還ろうとしている。次第に薄れ行く襲撃の爪痕。だが村の前に立つとイリアは今でも思い出す。
 あの日を……。
 突如村を襲ったアヤカシ。悲鳴、怒号……あちこちからあがる火の手。多くの人が犠牲になった。皆が顔見知りのような小さな村だ。生き残った村人で、身の回りに犠牲者がいない者など一人もいなかった。
(今なら……)
 腰に下げた剣を握る。今ならきっとあの時よりももっとちゃんと動けたはずだ。村を守る事はできなかったかもしれない。でも父や多くの村人を助ける事は……。
 今なら……。
 開拓者になってからも何度も夢に見た。アヤカシに食われる親戚、崩れる家の下敷きになった幼馴染……。
 志体持ちだというのになんの役にも立たなかった……だが家族はそんな自分を役立たずだと責めなたことはない。いっそのこと罵られた方がどれだけ良かったか。
 いや、そのようなことに許しを求める事が卑怯なことだと知っている。それは逃げだ。これは自分の力不足故の……。
「イリア?」
 袖を引っ張られる。過去に沈みかけた意識が浮上する。
 優しく己の手を包むリスティアの手。
「一緒に行きましょ」
 ただそれだけを彼女は告げた。彼女の手はとても温かい。
(あぁ……俺は、彼女の事が……)
 とても愛しいと感情が自然と湧き上がる。
 村が滅んで以降、イリアは家族のために生きてきた。それがせめてもの償いになるのではないかと……。
 だがリスティアに出会い、彼女の労を厭わず周囲のために動く姿に支えてあげたいと思うようになった。そして彼女が笑うと自分も嬉しいと、彼女と一緒に過ごす時間がとても幸福な時間だと思えるようになった。
 そう彼女の事を考えるうちに自分の事も少しずつ考えることができるようになった……ということに気付いたのだ。
 自分のことを考える、それは家族を見捨てることではない、過去に背を向けることではないと教えてくれたのは彼女の存在。
 現に彼女を連れて行った両親の様子はどうだ。柄にも無いほどはしゃいでとても嬉しそうだった。父があんなにも笑ったのを久々に見た気がする。
 きっと自分は家族から離れることはできない、とイリアは思っている。妹の恋の行方だって気になって仕方ない。妹には幸せになってもらいたい、そのためには自分はできる限りの事をするだろう。
 リスティアはそれを否定しない。いや寧ろ応援してくれるのだ。一人で背負うことはない、と。
 そんな女性だからこそ……。
「見せたいものがあるんだ」
 イリアは手を引っ張り歩き出す。向かうは村が一望できる丘の上。
 そこは記憶のままに野ばらが小さな白い花を一面に咲かせていた。
「とても綺麗っ……!」
 リスティアが一歩、二歩進み、手を広げて空を仰ぐ。
「子供の時から妻になる女性にみせたいと思っていた……」
 イリアの声にリスティアが「この景色を見せてくれてありがとう」と振り返った。
(礼を言うのは俺のほうだ……)
 一本摘んだ野ばらを彼女の髪に挿す。赤い髪に映える白い野ばら。
「ありがとう……」
 そっと彼女の頬に指を這わす。
「え……っと、その……」
 ティアはその空よりも深い澄んだ青に落ち着かなさそうに揺らす。
「俺と一緒にいてくれて……」
 頷き俯く顔、髪の合間から覗く頬が赤い。普段は朗らかで元気な彼女が不意に見せるこういった表情もたまらなく可愛らしい。
「ティア……」
 リスティアが顔を上げた。
 風が丘を吹きぬける。彼女の白い服が、野ばらの白い花弁と一緒に翻った。それはまるで花嫁のように見えて……。
「幸せにしたい……いや幸せにする……」
 心の奥から溢れてきた言葉とともに彼女を抱きしめた。
 腕の中でリスティアが身じろぐ。鼻を擽る甘い香り。
「それはあたしだけ?」
 少し怒ったような顔。
「もちろん、俺も幸せになる……」
「それも当然。それよりもっと多く。 私達は皆で幸せになるの!!」
 リスティアは太陽のような満面の笑みを浮かべる。イリアが大好きな笑顔だ。見惚れていると首をぎゅっと抱き寄せられた。
「あぁ……皆で……」
 イリアは思う、彼女には敵わないと。
「お互いの胸に誓って?」
「勿論、誓って!」
 野ばらの咲く丘、花弁の祝福を受け二人だけの誓いを交わす……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名        / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib0130  / イリア・サヴィン   / 男  / 25    / 騎士】
【ib0242  / リスティア・サヴィン / 女  / 22    / 吟遊詩人】
(※旧姓:リスティア・バルテス)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまことにありがとうございます。桐崎ふみおです。

イリアさんの故郷への旅路いかがだったでしょうか?
イリアさんのご家族への想い、それを含めて受け入れるリスティアさんの気持ちを描くことができていれば幸いです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

作中ではリスティアさんを旧姓にて書いております。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
FlowerPCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月14日

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