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『炎に染まる空の果て。 』
一之瀬 白露丸(ib9477)&白鷺丸(ic0870)

 故郷を焼いた炎の熱を、今でも天野 白露丸(ib9477)は、昨日の事のように思い出せる。今でこそ、弟の白鷺丸(ic0870)の名から捩って付けた『白露丸』と名乗っている彼女だけれども、その頃はまだ本名である鶺鴒と呼ばれていて、濡れるような漆黒の髪を持っていた。
 あれは、それでも14年も昔の、彼女がほんの8歳の娘に過ぎなかった頃の事である。よく晴れていて、青い空には白い雲が幾つか浮かんでおり、見渡す限りとても穏やかな朝だった。
 今から思えばそれは、その後に続く惨劇の予感を孕んだ静けさだったのに相違ない。けれどももちろんそんな事を、当時の鶺鴒も白鷺丸も、それから両親や他の里人達だって、まったく気付いては居なかった。
 だって誰もがいつも通りの、何1つとして昨日と変わらない1日が始まったのだと思っていて。そうして、何1つ昨日までと変わらないまま、今日という日が過ぎて行くのだと、当たり前に信じていたのだから。
 ゆえにあの日、鶺鴒は里の外れまで足を向けて、母の為の薬草を摘んでいた。手に提げてきたかごはようやく半分ほどが埋まったけれど、あともう少し頑張って薬草を集めようと、少しずつ遠くへ足を伸ばしていて。
 このかごをいっぱいにして帰ったら、母は喜んでくれるだろうか。父は良く頑張ったとと褒めてくれるだろうか。弟はきっと、姉上すごい、と驚くに違いない――そんな事を考えて、鶺鴒は薬草を摘む手をふいと止め、小さく小さく微笑んだ。
 それから鶺鴒はゆっくりと立ち上がり、大きく大きく伸びをする。ずっと下を向いて薬草を探していたから、すっかり身体が固まってしまって、ちょっと痛い。
 そんな自分に苦笑して、さああと一頑張り、と再び腰を下ろそうとした鶺鴒の目に、不意に夕焼けのような赤色が飛び込んできて、ぎくり、と動きを止めた。一体何が、と空を睨んだ少女はすぐにそれが、炎の赤であることに――里が燃えているのだということに、気付く。

「な‥‥ッ!!」

 それを理解した瞬間、鶺鴒はしばし、呆然と立ち尽くした。だがすぐに我に返ると、こうしては居られないと薬草の籠など放り出して、弾かれたように里に向かって駆け出す。
 一体何が起こったというのか、混乱と焦燥が鶺鴒の小さな胸に渦巻いた。あんな、空の青をすっかり染め尽くすほどの禍々しい赤が、尋常であるわけがない。
 だが果たしてどんな恐ろしい出来事が里を襲っているというのだろう? 確かに朝、鶺鴒が薬草詰みに言ってくると告げて出てきた時には常と変わらない、平和で平穏な1日の始まりだったと言うのに。
 どんなに考えたところで、答えなど出るはずもなくて。解らなくて。解らない事がまた不安で、恐ろしくて、必死の思いで駆ける鶺鴒には、里までの僅かな距離が途方もなく感じられた。
 どうしてこの足はもっと早く動かないのだろう、もどかしさに苛立ちすら覚えながら、空を染める赤を見つめてただ、走り。――ようやく辿り着いた里の光景に、鶺鴒は声を失った。
 それはさながら、地獄絵図のような――どこもかしこもアヤカシで溢れ、家々が燃え上がり、その中で人々が逃げ惑い、或いは力なく倒れたまま動かない、そんな光景。これがあの平和で平穏な里と同じだなどと、到底信じられるわけもない。

「ぁ、ぁ‥‥」

 凄惨な光景に、鶺鴒の足がすっかり竦んでしまったのは、仕方のないことだった。かたかたと全身を震わせながら、ただその光景を見つめるしか出来ない、そんな鶺鴒を里の人たちもまた、見やる余裕などありはしなくて。
 ――パァァ‥‥ン!
 燃え盛る家屋が弾けて火花を辺りに撒き散らし、音を立てて崩れ落ちた。中にまだ人が残っていたのだろう、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がり、焼け焦げる匂いの中に確かに、鉄錆びた血の匂いが混ざる。
 それらが五感に迫ってきて、鶺鴒は胸を握り潰されたかのような恐怖に身を震わせた。けれどもその怯えた視界に、恐怖に顔を歪めながら手に手を取り合って逃げ惑う母子の姿が入った瞬間、はっと我に返る。
 母上――白露丸――鶺鴒の愛する大切な家族もまた、この中に居るはずなのだ。そうと思い出した瞬間、更なる不安に突き動かされるまま、鶺鴒は炎に舐められ、アヤカシに蹂躙されようとしている里の中を、脇目もふらず駆け出した。
 弟と母がまだ居るはずの、家。すでにあちらこちらが破壊された里は、鶺鴒の見知った道など無きに等しかったが、それでも家の方向に向かって必死に駆ける。

「白鷺! 母上ー!」

 そうして悲痛に叫ぶ鶺鴒にやはり里人は、振り返りもしなければ、気付いた様子すらなかった。誰もがこのアヤカシの齎した理不尽な災いに翻弄され、周りを気遣う余裕も、見回す余裕すらないのだ。
 鶺鴒もまた、それを気にする余裕はなかった。ただ必死に炎の中を、家族の無事を痛いほどに願いながら駆け――ようやく見えてきた光景に、嗚呼、と絶望の声を上げる。

「母上‥‥白鷺‥‥」

 燃えていた。鶺鴒が生まれ育った我が家もまた、他の家々と同じように炎の舌に舐めつくされ、燃えていない所など見つけられないくらいに禍々しく、赤々しく燃え盛っていた。
 我が家だけが無事であるはずはないと、心のどこかでは解っていた鶺鴒だ。けれどもどうか我が家だけはと、愛する家族達だけはと、心のどこかでは傲慢にも願っていた。
 どうかうちだけは無事であって欲しいと。家族だけは無事に居て欲しいと。――そうあるべきだと。
 そんな甘い幻想が、一瞬で跡形もなく砕け散る。助けなければと、想いが衝動となって鶺鴒を突き動かし、燃え盛る我が家へと駆け寄らせ。

 ――ドー‥‥ンッ!!
「いやあぁぁぁぁぁ‥‥ッ!!」

 瞬間、炎の蹂躙に耐えかねて炎を撒き散らしながら崩れ落ちた、我が家の姿に鶺鴒は絶望の叫びを上げた。





 耳に届いた叫び声に、白鷺丸ははっと息を飲んだ。膝を抱えて蹲り、伏せていた顔を思わず上げて、小さく呟く。

「姉上‥‥?」

 今聞こえてきた叫び声が、ここには居ない姉の物のような気がした。朝から薬草をつみに行っているはずの姉――『あの時』には居なかったはずの。
 『あの時』、と考えて白鷺丸は大きく身を震わせた。それから両膝を抱いた腕にぎゅっと、それ以外に縋るよすがのない人のように力をこめて、小さな身体をますます小さく、小さく縮こまらせる。
 あれから一体どれほどの時間が経ったのか、ずっとここで、自宅の地下に彫って作った隠れ家で過ごしていた白鷺丸には、解らなかった。ついさっきだったようにも思えるし、もう随分と時間が過ぎてしまったようにも、思える。
 いつもと変わらず穏やかに過ごしていた里に、突然大きな破壊音が響き渡って。驚いて窓から外を覗いたら――里が燃えて、いて。
 思いも拠らない光景に、驚き竦んだ白鷺丸を父は、そのまま地下に掘ったこの隠れ家へと押し込め、里を見に行くと出て行った。父と一緒に白鷺丸を地下へと連れてきた母が、白鷺丸の頭を撫でて「出てきては駄目よ? 静かにしていてね?」と微笑んだ。
 その言葉に頷いた白鷺丸に、良い子ね、と微笑んだ母の静かな、優しい笑顔を思い浮かべる。そのまま父の後を追って地下から出て行った母は、あれから1度も戻ってきては居ない。
 けれども、だからこそ白鷺丸は母の言葉を守ってじっと、身じろいで物音を立ててしまわぬようこうして膝を抱いて、大人しく待っていた。待ちながら、それでも伝わってくる不穏な気配に、静かに怯えて、いた。
 例え地下といえども、外で尋常ではない事が起こっているのは、聞こえてくる物音から察せられる。まして里が燃えているせいだろう、この地下の温度も僅かながら上がって来ているような気がしたから、尚更不安で仕方なくて。
 ――だから。

「姉上‥‥ッ!」

 再び聞こえてきた姉の声に安堵して、それからその声が常の穏やかなそれではなく悲鳴だという事に、今まで以上に不安になった。その、相反する2つの感情が一気に膨れ上がって、衝動のままに気付けば白鷺丸はそう叫んでいて。
 1度ならず、2度、3度――何度も必死に呼びかける。

「姉上! あねうえぇぇ‥‥ッ!!」

 ここに居ると。気付いてと。――助けて、と。
 けれども今の鶺鴒には、そんな弟の悲痛な叫びはなかなか届かなかった。――届いた声をそれと認識する心の余裕が、なかった。

「あああぁぁぁぁ‥‥ッ!!」

 鶺鴒の身体を襲うのは、崩れる家の熱風がもたらす熱と痛み。それらから顔を腕で庇った瞬間、舞う炎の間から現れたアヤカシが襲い掛かってきたのに、鶺鴒が気付けるはずもない。
 見えていなかったアヤカシからの攻撃を、防ぐ術などなかった。だからそのまま、まともにアヤカシの攻撃を受けた鶺鴒の身体は、あっけなく吹き飛ばされて。
 その痛烈な一撃が額の左角を砕き、鶺鴒の左腕を炎に包む。

「あああぁぁぁぁ‥‥ッ!!」

 瞬間にもたらされた、例えようのない激痛と灼熱に、叫んだ。もう何度叫んだか解らない悲鳴を、何度でも上げた。
 痛い。怖い。熱い。‥‥死にたくない‥‥ッ!
 身に迫る確かな危険に、この場から逃げたいという思いがどうしようもなく膨れ上がり、鶺鴒の心を塗り潰す。その思いに突き動かされるまま、鶺鴒は痛む額を押さえて立ち上がると、必死の思いでアヤカシに、燃え崩れた家に、鶺鴒を恐怖させる全てに背を向けて走り出そうとする。

「‥‥ねうえぇぇぇ‥‥ッ!!」
「‥‥‥ッ!!」

 その瞬間に聞こえた、自身を呼ぶ白鷺丸の声に、鶺鴒はようやく気付いて大きく目を見開いた。呼んでいる弟の声――けれどもそれは鶺鴒が背を向けた、あの恐ろしいアヤカシのいる燃え崩れた家の方から聞こえてくる。
 大きく身を震わせた鶺鴒の足は、そうと理解した瞬間、里の外に向かって走り出していた。あの激痛が、灼熱が、この上ない恐怖が彼女を突き動かして、どうしても足が止められない。
 白鷺丸の声が大きく、悲痛に鶺鴒の心に突き刺さる。それに背を向けて逃げる罪悪感に、堪えきれず涙を零した。

(すまない‥‥白鷺、すまない‥‥!)

 謝ったところで許されるはずもないのは、鶺鴒にだって解っていた。あの弟を探して燃え上がる里を駆けたはずなのに、その弟を今、自分はこうして我が身可愛さに見捨てて逃げようとしている――その事実に打ちのめされながらも、逃げる事しか考えられない自分を嫌悪した。
 燃え崩れた家からは、弟の呼ぶ声が聞こえ続ける。姉上と、助けてと叫ぶ声は鶺鴒の罪悪感と共に大きくなりこそすれ、小さくなるということはない。
 それでも、鶺鴒は止まれなかった。そうしてただひたすらに、追い掛けて来る恐怖と熱と、弟の声と、恐怖に惑う里人と――鶺鴒が本来守るべきであろう、守りたかったはずの全てに背を向け、逃げ続けたのだった。





 里を襲った災厄が去り、全てを舐めつくした炎が消えたのは、それから数日後の事だという。何も聞こえなくなったきり、いつしか力尽きて意識を失っていた白鷺丸は、救出に来たという開拓者によって介抱され、意識を取り戻した。
 地下に居たのが幸いだったのだと、その開拓者は白鷺丸に教えてくれた。里はどこもかしこもすっかり破壊し尽くされ、燃え尽きていて、生存者は白鷺丸以外に見つけられなかったのだと、いう。
 そうか、と思った。背中の、きちんと手当てをされた、けれども痕になるだろうと告げられた火傷が疼き、失われた角が何かを囁きかける。
 何度呼びかけても答えが返らず、白鷺丸を迎えに来てはくれなかった姉――きっと彼女もまたあの恐ろしい災厄の中で、アヤカシによってか炎によってか、命を落としたのだろう。そう考えて白鷺丸は、ただ静かに瞳を揺らした。


 同じ頃、魔の森の外でとある旅行商が、1人の修羅の少女を見つけた。少女は左腕に酷い火傷を負っており、2本あった角はその一方が砕けて、見るからに痛々しい有様だったという。
 幸い息はまだあった、少女を救った旅行商は手当てをしてやりながら、よほど恐ろしい目に合ったのであろう彼女にこう問いかけた。

「一体、何があったんだい。お前さんの名は?」
「‥‥くろ」
「うん?」
「白鷺‥‥白露丸」

 少女は何かを思いつめたような声色でそう答え、絶望に染まった瞳を虚空に投げかけた。その拍子に、さらりと揺れた白い髪が元は黒であった事を、あまりの恐怖と絶望が少女の髪から色を奪ったのだという事を、旅行商は知る術もない。





 それは今より遥かな昔。
 暖かで優しくて幸せだった、冥越のとある隠れ里が滅んだ日のこと。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / 職業  】
 ib9477  / 天野 白露丸 / 女  / 22  / 弓術師
 ic0870  /  白鷺丸   / 男  / 20  / 志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご姉弟の悲しい別れの日の物語、如何でしたでしょうか?
お嬢様と息子さんのお心はどんなであっただろうかと、色々想像しながら書かせて頂きました。
アヤカシというのは理不尽な災厄であると思っていますが、アヤカシに限らず、理不尽ではない不幸もないのだろうと思ったり。
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お姉弟のイメージ通りの、やがて来る再会の日へと動き出す、忘れようのない決別のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年07月14日

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