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『科学の魔宮で蠢くもの 』
伊武木・リョウ8411)&奈義・紘一郎(8409)&(登場しない)


 元々、身なりさえ整えれば映える男である。
 長身で体格も良く、顔立ちも整っている。だが白髪にも見える銀髪のせいで、遠目には老人と間違われたりする事もあるようだ。黒く染めてみてはどうか、と伊武木リョウは時折、言ってはみるのだが。
 A2研究室主任・奈義紘一郎。
 老人に見られる事はあっても41歳である。伊武木とは、3つしか違わない。
 その奈義が、A7研究室まで自ら足を運び、自分を訪ねて来た。
 天変地異にも等しい事態である、と伊武木は思う。
「見違えたよ。白衣を新調したってのは本当だったんだな」
 縫って雑巾にしても良いような白衣を普段だらしなく身にまとっている男が、今日はまるで別人だ。金をかけて仕立てた新品の白衣で、がっしりとした長身をビシッと包み、伊武木と相対している。
「俺と会うために、わざわざ新しい服を仕立てたのか? まるでデートだな。勘弁してくれよ。ただでさえ男ばっかりで、そういう噂が絶えない職場なんだから」
「お前は何を言っているのだ」
 奈義が、銀縁の眼鏡越しにギロリと眼光を向けてくる。
「伊武木リョウ、俺はお前が気に食わん。だが基本的に低能ばかりのこの研究施設にあって、俺とまともに会話が出来るほど頭が回るのは貴様だけだ。だから話をしに来てやった」
「まあ、コーヒーでも飲めよ」
 暗黒色の液体で満たされたコーヒーカップを、伊武木はテーブルに置いた。
「淹れるの上手い子がいるんだけど、今ちょっと仕事中でな。ああ悪いけど、甘い物も切らしちゃってるんだ。まあ砂糖とミルクはご自由に」
「要らん」
 言いつつ奈義は、コーヒーカップを無造作に口につけて傾けた。
 伊武木は、目を見張った。
「あんた凄いなあ、甘い物も無しにブラックコーヒー飲めるなんて。俺、駄目なんだよ。緑茶なんかも和菓子がないと美味しく飲めない方でさ」
「食い物は腹が膨れればいい。飲み物は喉が潤えばいい。コーヒーは、まあカフェインが適度に頭に回りさえすればいい」
 空になったコーヒーカップを、いささか乱暴に置きながら、奈義は言った。
「そんな事よりも、だ。伊武木よ、おかしいとは思わんか」
「何が。あんたの頭がか? 気にするなよ、俺も狂人だの変態だの色々言われてる。まあ天才と何とかは紙一重って言うじゃないか」
「ホムンクルスの暴走だ」
 奈義が、本題に入った。
「最近あまりにも立て続けに起きている。グループで脱走を企てるなど、今までは考えられなかった事だ」
「ホムンクルスも、自分で考えて行動するようになった。進化してるって事だろう。俺たち研究者としては、むしろ喜ぶべき事じゃないのかな」
「本当に、そう思うのか。奴らが、自発的に行動する事の出来る……自立した、生き物であるなどと」
 眼鏡の奥で、奈義の両眼がギラリと光った。
「現段階のホムンクルスなど、まだまだロボットと同じだ。人間が行動を指示してやらん限り、何も出来はせん」
「戦えとか、殺せとか?」
「暴走せよ、叛乱を起こせ……ともな」
 ギラリと鋭い眼光が、伊武木に突き刺さる。
「ホムンクルスどもに、そんな指示を与えた者がいるのではないか……という話をしている。この間の新型など、培養液から出た時にはすでに暴走状態だった」
「生まれた時から、暴走してたわけだな」
 新型。それは先日、IO2の女性エージェントが殴り込んで来た際に施設の床下から現れ、だが彼女と交戦する事なく凍結された、あの怪物の事である。
 あれは、この奈義紘一郎によって、即席の生体兵器として造り出された生き物だ。
 伊武木のもとにいる少年のように、年月をかけてじっくりと人格・知能を培う、などという悠長な手段によってではなく、電子機器で思考プログラムを作成・入力する事で、一応の自律能力を与えられていたはずである。
「その電子機器に、おかしな細工をした者がいるのではないか……という話でもある」
「……要するに奈義サン、あんたは俺を疑ってると。そういうわけだな」
「ホムンクルスどもに大規模な細工が出来る人間など、そう何人もいない。が、お前ならもっと上手くやるだろう、とは思う」
 奈義が誉めてくれたのだ、と伊武木は思う事にした。
「すぐに鎮圧されてしまう暴走を立て続けに引き起こすなど、伊武木リョウにしては芸が無さ過ぎる」
「まあ俺もホムンクルスに関しては、他の研究室からも質問や相談を受ける立場だからな。確認はしたよ……あの新型、電子機器が破壊されていた。思考プログラムをいじられたんだとしたら、培養液から出す直前だった可能性がある」
 他の可能性もある。いくらか間を置いて、伊武木は言った。
「……異能力によるもの、とも考えられなくはない」
「魔法や超能力の類か」
「そういうものが本当にあるって事実くらいは、あんたも渋々ながら受け入れているんじゃないのか?」
「まあホムンクルスの製造も、端から見れば黒魔術と大して変わらんな」
 奈義が、微かに苦笑した。
「何にせよ……この研究施設の、内部崩壊を目論む者がいるかも知れんという事だ」
「俺じゃあないよ。俺、この研究所が潰れたら仕事なくなっちゃうもの」
「そういった損得勘定とは別のところに貴様の真の目的があるのではないか、と俺は思っているのだがな」
 奈義はまだ、伊武木を疑っているようである。
「まあ何者の仕業であるにせよ、新型に対するアプローチは失敗した。その何者かは次に、どういう行動を起こすかな。古参のホムンクルスに接近するか……それとも直接、邪魔者の排除に取りかかるか」
「一体、何が目的なんだろうな」
 伊武木は、腕組みをした。
「ホムンクルスを暴走させる事に、一体どんなメリットがあるのか……集団脱走でもさせて、どこかへ連れて行くつもりだったのか。それとも何かの実験でもしているのか」
「暴走は今のところ、お前のホムンクルスがことごとく鎮圧してくれているようだな」
「あの子は優秀だから」
「完全には鎮圧せず、ある程度は泳がせてみる……というのも1つの手かも知れん」
「どうかなあ。ホムンクルスの暴走を放置して、この施設の外に被害が広がったりしたら、またIO2から恐い人たちが来ると思うよ」
「内々で片付けるしかない、という事か……」
 奈義が、何事かを熟考している。
「最も怪しいのは伊武木リョウ、貴様だ。だがそれ以外にも何人かを、俺なりに考えて絞り込んである」
 いくつかの人名を、奈義は口にした。
 伊武木の頭にあった人名と、一致している。
「どう思う、伊武木」
「……つついてみる、しかないんじゃないかな。俺がやってみる」
「ではお手並み拝見といこうか」
 奈義は立ち上がり、研究室を出た。
 いや、出ようとしながら1度だけ、顔を振り向かせてくる。
「……無理はするな、とだけは言っておこう」
「俺も1つ言っておくよ、奈義さん」
 眼鏡越しの鋭い眼光を、伊武木は正面から受け止めた。
「ホムンクルスは、人間が指示しなきゃ何も出来ないロボット……そう言ったよな、あんた。少なくとも、うちの子は違うぞ。あの子は自分で考えて、自分で行動をする。人間と同じさ」
「つまり、お前など必要ないという事かな」
 奈義が、禍々しく微笑んだ。
 伊武木は、何も応えられなくなった。
「……俺に言わせればな、あの小僧こそロボットの最たるものだ。お前がいなければ、何も出来ん」
 その言葉を残し、奈義は立ち去った。
 遠ざかる足音を、ぼんやりと聞きながら伊武木は、
「俺が……」
 この場にいない少年に、語りかけていた。
「俺が、いなくなった後の事……ちゃんと考えているかい?」
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年07月22日

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