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『いつか来る日の…… 』
朧車 輪(ib7875)&ジョハル(ib9784)


 珍しく朝から青空が広がった、六月のとある日のこと。
 買い物帰りの朧車 輪(ib7875)とジョハル(ib9784)はジルベリア神教会の教会前を通り過ぎようとして「どうか力を貸してください」といきなり司祭服に身を包んだ青年に行く手を阻まれた。
 鼻の頭にそばかすの浮いた純朴そうな青年が両手を広げての通せんぼ。思わず足を止めた二人に「いきなり申し訳ございません。でもお願いです。力を貸してください」とそのまま深々と頭を下げる姿は少しばかりおかしくもあった。
 とりあえず話を聞かせてくれないかとジョハルが青年を促す前に「良くやったわ!」と割って入る女の声。ジルベリア風の動きやすそうな格好に長い髪を一つにまとめ、眼鏡をかけたいかにも仕事ができそうな女性だ。
「とても可愛いし、お肌も綺麗、雰囲気も可憐で申し分なし。イメージ通り、いいえそれ以上!」
 感極まった様子の女が眼鏡をぐいっと押し上げ輪の顔を覗きこむ。キスでもしてしまうのではないかという勢いに輪が一歩後ろに引く。
「お嬢さん、お願いがあるの。花嫁として模擬結婚式に出てくれないかしら!」
 女が輪の手を取るとぎゅっと握り締めた。それは懇願というよりも逃がすものかという力強さ。青年も「お願いします」と必死の形相。
 話を聞かない事には、と言うジョハルにドレス準備や式場の手配など結婚式を演出する仕事に就いているという女が理由を話し出す。今日はブライダルフェアとして教会の宣伝を兼ねた模擬結婚式を行う予定だったのだが、花嫁役を頼んでいた役者が突然体調不良で倒れてしまい、急遽代役を探さなくてはいけなくなった。だが見つからずに困り果てていたところに、丁度通りかかった輪を見かけ、その可愛らしさにこれはと思い声をかけた、ということを。
「もうお客様達もいらっしゃり、今更延期にもできません。かといって新しい役者さんを見つける時間も……」
 頼れるのは貴方達だけなのです、と青年は今にも泣き出しそうである。
 どうしたものだろうかとジョハルが困っていると輪が袖を引いた。
「困ってるみたいだし、力を貸してあげようよ」
 困っている人を助けるのが開拓者だって、とジョハルを見上げる。花嫁役を頼まれている当の本人がそう言うなら、断る理由も無い。
「わかった。輪がそう言うならば引き受けても……」
 ジョハルは「行っておいで」と輪を送り出そうと……。
「あの、お父さんと一緒でも良ければ……」
 しかと袖を持ったまま輪が一歩前に出た。思わぬ事態にジョハルが目を瞬かせる。
「もちろん、ヴァージンロードはお父様と一緒に……」
 言葉の途中で女がジョハルに詰め寄った。鋭い視線がジョハルを見つめる。逆光に眼鏡がキラリと光ったように見えたのは気のせいだろうか。「悪くない……いいえ、寧ろ」顎に手を当てて考え込んだかと思ったら、胸の前で手を組まれキラキラした双眸を向けられた。
「お父様役では無く花婿役でも……!」
 絶対似合うと思います、娘さんとの思い出作りにいかがですか、衣装もジルベリア式だけではなく……などと付け入る隙も無く畳み掛けてくる女にとりあえずは落ち着いてくれと顔の前に手をあげる。
「俺は輪のお父さんだから」
 お父さん役ならば喜んで協力するよ、と有無を言わさぬ笑顔でその勢いを止めた。

 鏡の前で右を向いて、左を向いて。それからくるんと回って。もう一度鏡を覗き込んで。輪は落ち着かない様子で鏡に映る自分とにらめっこをする。
 シンプルな真っ白いドレス。真珠のような光沢を持った布が贅沢に使われ、動くたびに綺麗な波を作り出す。ヴェールの裾には繊細な刺繍。ヴェールに飾る花もブーケも全て今朝教会の庭で摘んだばかりという生花。
 淡い薔薇色を乗せた唇、桜色の頬。目元にも少しだけ色を刷いて……。鏡に映るのは自分のようでいて自分ではないようだ。
 慣れない紅が気になり唇を尖らせる。そうすると不思議なことに自分だと思えた。
「おかしくない……かな?」
 綺麗に纏められた髪に触れる。
「とてもよくお似合いですよ。本当に可愛らしい!」
 着替えを手伝ってくれた女性が輪の首元に首飾りを宛がう。
「きっとお父様も見違えたと、驚きますよ」
「お父さんどんな顔するか、な……」
 楽しみだな、ともう一度鏡の前で回る。

 教会の扉前。支度を終えたジョハルはそこで娘を待つ。
 既に教会内には参列者代わりの客が着席を終え、今か、今かとさざめく気配が伝わってくる。敷地の外にも沢山の見物客が並んでいた。
(なんだか……落ち着かないな)
 ジョハルは苦笑を浮かべる。多くの人の視線に晒される事に対してではない。教会の宣伝のための真似事の結婚式だと理解しているのだが、花嫁姿の娘を待つという初めての行為に緊張しているのだ。
 間もなく「お嫁さんだ!」と小さな女の子のはしゃぐ声が上がった。
 教会前の薔薇の茂みからウェディングドレスを纏った輪が現れる。
 降り注ぐ柔らかな日差し、緑に咲く白い薔薇を揺らし風が吹きぬける。真っ白いドレスの裾がふわりと広がった。ヴェールが舞い上がり、輪の顔が覗く。
「……」
 見慣れているはずなのに見違えた。普段していない薄化粧のためだろうか、少しばかり遠い存在になってしまったように感じたのだ。
(あぁ、なるほど……)
 何となく花嫁の父の心境が分かるな、と何時もと雰囲気が違う娘に見惚れたまま思う。
「えっと、お父さん……」
 変かな、と黙ったままのジョハルに輪がそわそわと視線を彷徨わせる。
 ゆっくりと首を振るジョハル。
「綺麗だね」
 輪に向けふわりと微笑むと「とても綺麗だよ」と繰り返す。
「ありがとう……」
 頬を赤らめて笑う輪が係りに促されてジョハルの隣に並んだ。何時もより少し背が高いのは踵の高い靴を履いているからだろう。化粧といい、視線の高さといい、娘が階段を何段か飛ばしていきなり大人になったかのように思えた。
 差し出した腕に輪の手が掛かる。
 楽団が入場曲を奏で始めた。否が応でも雰囲気は盛り上がり始める。
 輪の表情はヴェールに隠れ良く見えないが、口元が嬉しそうに微笑んでいるのがわかった。
(……輪もいずれ嫁に行ってしまうのだろうな……)
 自分達ではなく他の誰かと新しい家庭を持つようになるのか、としみじみと胸に広がるのは寂しさだろうか。
 不意に浮かぶとある男の顔。輪が慕っている……男の。僅かに眉を顰めた。
 今も綺麗だが、本当の結婚式の輪はもっとずっと綺麗で可愛らしいだろう。「お父さん今までありがとうございました」と挨拶する姿までが浮かんだ。
 視線を眼前の扉ではなく遠くへと向ける。
(それを見る事はできないのかな……)
 自分に残された時間はほんの一握りしかない。その一握りすら、砂のように絶え間なく握った指の隙間から零れ落ちていく。子供達には見せていないが、最近では起き上がることすら辛い時も増えてきた。
 古傷の痛みは間断なく己を苛み、時として熱が意識を攫う。
 ゆっくりとだが確実に終わりは近づいている。終わりが来る事は理解していたし、受け入れてもいた。だが、娘の門出を見ることがきないと思うと悔しくもある。
「ちょっとだけ緊張するね」
 輪の声にジョハルの意識が呼び戻された。
「ドレスの裾踏まないようにしないとね」
 冗談めかした言葉に慌てて足元を確かめる輪。その表情は何時も通りで、やはり輪は輪のままだとなんとなくほっとしてしまう。
(でもせめて花嫁姿だけでも、目が見えなくなる前に見られて……)
 輪に気付かれないように視線だけで彼女のウェディングドレス姿を見る。
(良かったかな……)
 そっと目を細めた。
 間もなく残った左目も光を完全に失うだろう。既に体調によっては朝、闇に包まれることもある。その度に、もうこの目は何も映すことはできないのだろうと覚悟を決めた。
 二度と見ることができないかもしれないその姿を脳裏に焼き付けるようにジョハルは見つめる。
 目の前の扉が開いた。二人は拍手で迎えられる。

 父と一緒にヴァージンロードを歩く、それは輪の夢だ。形だけでも夢が叶ったことに思わず鼻歌が零れそうになり、小さい咳払いで誤魔化した。少しでも長く父とこうしていたいがためにヴァージンロードをゆっくり進んでいく。
 父と……それに新しくできた母と弟……家族に祝福され嫁ぐ事ができたらどんなにか幸せだろうと本当の自分の結婚式に思いを馳せる。
 輪は今とても幸せだ。義母に義弟……新しい家族。義父と二人きりの家がとても賑やかになった。お父さんもとても嬉しそうだ。食卓を家族で囲むたび、毎朝起きるたび、そして寝る前にと、その幸せを噛み締める。
 父の病の事は勿論聞かされて知っていた。残された時間が少ない事も……。
 だというのに。こうして腕を組んで一緒にヴァージンロードを歩いている父に、見上げる度に笑顔を返してくれる父に実はまだまだ時間は残されているのではないかと錯覚してしまう。
 父の身体は決して良くなる事は無いと知っているのに。
(次は『本当の結婚式』でお父さんとヴァージンロードを歩きたい)
 その夢を一刻も早く叶えたい、と輪は心の中で密かに決意する。
(だから……)
 心に浮かべたのは『大好きなあの人』の姿。あの人を射止めなければ……。
 拳を握る代わりに組んでいる腕に力を込める。
 どうしたの、と小声で尋ねる父には、転びそうになったと答えた。

 祭壇の前で待つ花婿役の青年。ジョハルは娘の手を青年に渡す前に一度だけ強く握る。「お父さん」と笑み交じりの輪の声が聞こえたような気がした。
 ステンドグラスを通り抜けた光が床に描く色とりどりの花。その光の中で、向かい合う新郎新婦。
 司祭による宣誓の言葉。係員から模擬結婚式なので指輪の交換と誓いの口付けは行われない、と聞いていたのだがその雰囲気につい心配になってしまう。
「誓います」
 答える輪の声。本当ではないと分かっていても、やはり寂しく感じてしまうものだ。
(輪に言ったら笑われるかな)
 ジョハルは目を伏せる。左胸の上に手を置いた。
(これから先、輪が誰と誓い合うとしても……)
 娘が自分の手を離れ巣立つのが寂しくない父がいるだろうか。それがたとえ義理の親子関係であったとしても。
(どうか幸せに、笑顔で暮らせますように)
 だが同時に娘の幸せを望まない親がいようか。ジョハルは口の中で小さく祈りの言葉を唱えた。
(誰と……というのは俺の意地、かな?)
 それから軽く肩を竦める。此処まで来て娘が一途に慕う男に対して頑なな自分に。でもまあ、娘を持った父とはそういうものだろう。

 最後のライスシャワーまで結婚式は恙無く終了した。関係者に繰り返し礼を言われ、二人は教会を後にする。
 角を曲がったところで輪が記念にと貰ったブーケを空高く投げた。真っ白いブーケが青空に舞う。
「……っと」
 落ちてきたブーケを再び両手で受け止める輪。
「何をしているの?」
「花嫁さんが投げたブーケを受け取った人が次のお嫁さんになれるってお話を聞いたから」
 輪がブーケを大事そうにぎゅっと胸に抱く。
「真似事だったけど、半分くらいはご利益ないかなって」
 そう言うともう一度投げて受け止める。
「半分?」
 笑うジョハルに輪は大きく頷いた。
「うん、半分。次じゃなくてもいいから……でも早いうちに」
「焦らなくてもいいんだよ?」
 驚くジョハルに今度は輪が笑う。
「お父さん、今日はありがとう。楽しかった」
「俺も楽しかったよ。ウェディングドレス、とても似合っていたね」
 お母さんと弟にも見せたかったな、とジョハルが二人が待つ家の方へと視線を向ける。
「二人に見せるのは本番だね……」
 頷くジョハルの笑みが少しだけ寂し気なのに気付いた輪が、数歩走って前に出た。
「お父さん」
 輪がジョハルを呼ぶとブーケを投げる。折角のブーケ、落としてはまずいとジョハルが手を伸ばして受け止めた。
「お父さんにも半分のご利益」
「俺にも?」
「本番も一緒にヴァージンロード歩こう?」
 ジョハルが何か言う前に輪はくるりと背を向け歩き出す。
「早く帰ろう。お母さんと弟が待っているよ」
 少しだけ先へ行くと輪が振り返りまたジョハルの元へと戻ってきた。二人で手を繋ぐ。
 いずれ来るべき時は来るのだろうが今しばらくは娘の手を離したくないな、と模擬結婚式で青年に輪の手を預けた時の事を思い出す。
(輪が幸せになる姿は見れるかなぁ……)
 今日みたいに晴れた日に、麗らかな日差しと皆の拍手とに祝福される愛しい娘の花嫁姿。自分も世の父のように相手に「娘をよろしく頼む」と言うのだろうか。
 そんなまだ見ぬ未来の光景が脳裏を過ぎる。
 きっと寂しいだろう。きっと悔しいだろう。でも心の底から嬉しいだろう。幸せそうな輪の笑顔が……。
 その笑顔を見るためにも……。
(頑張って長生きしないとね)
 娘の横顔に誓う。手の中の砂を必死に掻き集めても。たとえその姿を目が映せなくなったとしても。
「お父さんも、とても素敵だった」
「それは嬉しいな。ありがとう」
「お母さんに話したら、私も見たかったって残念がると思う」
「……。お母さん達に何かお土産勝手帰ろうか?」
「何がいいかな?」
 なんてことのない日常の会話。それをかわせる家族がいる幸せ。
 二人目を見合わせて、そして微笑んだ。
 この時間が少しでも長く続けばいいのに……。
 互いに言葉にはしていない。だが父と娘は同じことを願う。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib7875  / 朧車 輪 / 女  / 13  / 砂迅騎】
【ib9784  / ジョハル / 男  / 25  / 砂迅騎】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きましてありがとうございます。桐崎ふみおです。

二人で歩くヴァージンロードのお話いかがだったでしょうか?
模擬とはいえ娘の結婚式にお父さんは少なからず寂しさを味わったのではないかと思います。
お父様が娘さんの花嫁姿をみれますようにと祈りつつ書かせて頂きました。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2014年07月24日

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