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『花束を君に 』
花見月 レギja9841)&大狗 のとうja3056


●梅雨の晴れ間

 明るい灰色の雲を突き抜けて、日の光が帯になって射して来た。
 所謂、天の梯子。幾筋もの光の帯はやがて曖昧になり地上は夏の眩しい光に満たされる。
 花見月 レギは空を見上げて目を細めた。
「もうすっかり夏だ、な」
 陽光に誘われるように、外に出る。
 たっぷり水を吸って元気を取り戻した木々や草花が、今度は貪欲に太陽に向かって葉を広げていた。
「そうだ、今のうちに」
 ふと何事かを思いつき、レギは足を速める。

 角を曲がって少し大きな通りに出たところで、不意にお日様よりも鮮やかなオレンジ色が目に飛び込んできた。
「よーっす、レオ。君でも雨がやんだらじっとしてられないのかにゃ〜」
 かじりかけのアイスキャンデーを手に、大狗 のとうが笑っている。
「ん? 今日はのと君。偶然だ、ね」
「君は雨の日でも、家で本なんか読んで退屈してないと思ってたのな!」
 自分を本名に近い名前で呼ぶ『心友』の悪戯っぽい表情に、レギは少しからかってみたくなった。
「そうしていたんだけど。おねだりされて、買い出しに、ね」
「はにゃ……?」
 のとうはもちろん、レギが独り暮らしだと知っている。
(いったい『誰が』ねだったんだろう?)
 ――何だかちょっと面白そうだ。
「俺も一緒に行ってもいい?」
 のとうはそのままレギの買い出しにくっついていくことにした。


 大通りを少し行くと、品ぞろえの豊富な大型スーパーがある。
 同じように買い物に行く人は結構多いようで、歩道からもう大いに賑わっていた。
「少し、遠回りになってしまうが構わないか、な」
 レギが脇道にそれることを提案する。
 自分ひとりでスタスタ歩くのに混雑は問題にならないが、のとうと一緒なら並んでおしゃべりも聞いて、ゆっくり歩きたい。
「寄り道だにゃ! 何か面白いことがあるといいのな!」
 のとうはすぐに同意する。
「そういえば、レオは何を買いに行くんだ?」
「うん、葱と野菜と、あとは肥料を」
「肥料……?」
 オウム返しに呟くのとうの表情がおかしくて、レギはすぐに種明かしをする。
「西瓜の肥料だよ。もう花が咲きそうで、ね」
 たまたま近くに貸農園の空きがあり、小さな区画を借りた。
 そこに蒔いたのは西瓜の種。去年の夏、海でのとうと一緒に食べた西瓜の子供たちだ。

 のとうがびっくりして眼を見開いた。
「あのときの西瓜……? ほんとに芽が出たのか!」
「うん。植物は案外強い、ね」
 内心難しいだろうと思っていただけに、力強く立ちあがった数本の芽にレギ自身も驚いたのだ。
 すぐにのとうに知らせようかと思ったが、枯れてしまったらきっとしょんぼりするだろう。もう少し大きくなってから、もう少しツルが伸びてから、と思っているうちに、つぼみが色づき始めて来た。
 そこで農園に来ている人達が教えてくれたのだが、西瓜は結構難しいのだという。大量に肥料を入れてやらないと甘くならないし、こまめに面倒を見ないとちゃんと大きくならないのだ。
「それでおねだりか。君の表現は面白いのな」
 説明を聞いてのとうの心を、がっかりするような、ほっとするような、なんだか不思議な感覚が掠めた。
 それと同時に、西瓜の苗を世話するレギの姿を思い浮かべてちょっと可笑しくなる。
 きっと神妙な顔でおじさんやおばさんの講義に聞き入っていたことだろう。
 のとうのそんな笑い顔を、レギは西瓜のことが余程嬉しいのだと思った。
「今年の夏は、のと君と山ほど西瓜が食べられるな」
「楽しみなのにゃ! いっぱい肥料買うといい!」
 本当に山ほど西瓜ができたら、食べ放題だ。西瓜割りもできるかもしれない。
 のとうは弾むような足取りで先を歩きはじめる。

 その足が不意に止まった。
 横を向いたまま、何かをじっと見ている。
「どうしたの、のと君」
 数歩で追いついたレギにもすぐに理由が判った。
「花嫁さんだにゃー!」
 少し奥まった場所に小さな教会があり、今まさにそこへウェディングドレスの女性が入って行くところだったのだ。


●ふと問えば

 既に新郎は中で待っているのだろう。
 カメラを構えた人が走りまわる中、黒いモーニング姿の年配の男性の腕に掴まり、花嫁がしずしずと扉の中に入って行った。後には緊張の面持ちでベールを持つ二人の女の子が続く。
「かわいいのな〜。転ばないように頑張れ!」
 のとうはその真剣な表情に、思わず小声で声援を送る。
「綺麗な白だ」
 レギが言った。
 いつの頃からかは判らない。だが結婚式の花嫁は、多くの国で白を纏う。それは無垢であること、そして如何様にも染まりゆく存在であることを示すと一説に言う。
 だが夏の日差しに輝く姿は、寧ろ何者も寄せ付けない孤高の白にも見えた。まるで雪を頂いた山のように。

 扉の隙間から拍手の音と讃美歌が流れていた。
 静かに閉じて行く扉を見つめていたレギが、突然ぽつりと呟く。
「のと君は、恋って何だと思う?」
「はにゃ?」
 のとうは何か聞き間違えたかと思い、傍らのレギを見上げた。
 西瓜のことよりもっと淡々と。他意も無く、ただただ不思議を感じた表情。
「俺にはよく分からないんだ」


 白のドレスを纏う花嫁は、愛する人の色に染まるという。
 だがレギ自身は誰かを染めることも、誰かに染められることも想像できない。
 自他の間にある明確な境界。
 ギリギリまで誰かが近付いたとしても、その境界を越えて触れあうことはあり得ないように思う。どうしても触れたいと望む程に他人を必要としていないからだ。
 だから互いに染まらない。染められない。
 レギは近付いてきた誰かに合わせて、ただ同じだけを返す。
 笑顔で近付く人には、笑顔を。涙を流す人には、悲哀を。さながら相手の姿を映す鏡のように。
 それは境界というよりも結界に近いのかもしれない。
 鏡張りの結界。中にいるのは、レギひとり。

 のとうはレギの不思議な言葉の続きを待つ。だがレギはどうやら思索の迷路に囚われてしまったようで、口をつぐんだままだ。
 仕方ないのでそのまま黙って教会の扉を見つめる。
 のとうにだって、世の中には分からないことがいっぱいだ。
 一応、誰かのことを大好きになることが恋だということぐらいは知っているけど。
 でも好きと思う気持にも色んな種類があって、恋じゃない好きもある。それだって通じなければ苦しいだろう。どうしてお互いの好きの種類が違うんだろうと、思うだろう。
(でもたぶん、レオが不思議に思っているのはそういうことじゃないな?)
 のとうは扉が開くのを辛抱強く待った。
 待っていたのは教会の扉か、それともレギが籠っている心の部屋の扉か。


 疑問を口にしたときと同じ唐突さで、レギが我に返った。
「あ……ごめん。少し考え事をしていたみたいだ、ね」
 見ると、のとうの濡れたような黒くて大きな瞳が、レギの顔を映している。
「俺には恋も愛もわかんねぇ。でも、確実にわかるのは……」
 のとうがびしっと右の人差指を突き出した。
「君が聞く相手を間違ってるって事だな!」
 今度はレギが目を丸くする番だ。
 確かに、思いついた疑問をのとうに尋ねた。しかしよく考えてみれば、のとうから答えを教えて貰おうと思っていた訳ではないことに気付いたのだ。
 相手を横に置いて、これは失礼だ。そう思ってレギが口を開くより先に、のとうが言葉を続ける。
「俺の中には好きか嫌いか、どーでもいいかの三択だけだ! 何で好きになるかとか、それはわかんないこともあるけど。大事なのは好きって気持ちで、理由なんかわかんなくてもいいんじゃないのか?」

 のとうの瞳は相変わらず真っ直ぐにレギを見つめて、その困惑した顔を映し出している。
 けれどそれは鏡ではない。
 のとうは首を傾げ、言葉を探すように眉を寄せる。
「でも、そうだなぁ……君の好きは、誰かを強く求めた時から始まるんじゃねぇの? 相手の気持ちとか都合とか、そーいうのがあるってわかってて、一緒にいたいなーって思っちゃうとか」
 ぶつけられた想いを一度はしっかりと受け止めて、それに自分なりに応えることのできる、健康な強さ。
 望んだものを返すだけの鏡ではなく、未来を映す水晶のような瞳。
「ま、わっかんねぇけど!」
 にゃははは、といつも通りの笑いがのとうに戻った。
 レギは改めて、この『心友』の凄さに気付かされる思いだった。
「誰かを強く求める……」
 だが想像もつかない。
 今までだってそうだった。親も、戦友も、気がついたときには傍にいなかった。呼んでも求めても無駄だと悟ったのは一体幾つの時だろう?
 そんなものだとずっと思っていた。
 けれど。
「いつか……そんな風に、一人では生きられなくなる日がくるんだろうか」
「どうだろうね? でも今だってレオはひとりじゃないと思うのな!」

 そのとき、教会の扉が開いた。
 歓声と拍手が溢れだす。


●届いた花束

 花嫁は、今度は花婿と手を取り合って扉の外に立つ。
 幸せそうに微笑むカップルはとても眩しい。
 どちらが言い出したのかは判らない。けれどどちらかが『ずっと一緒にいて欲しい』と言い、相手が『ずっと一緒にいる』と答えたのだろう。
 求める相手が応えてくれる幸せ。二人の纏う白は今、何者にもこの幸せを邪魔させないという鎧にも見える。
「花嫁さん綺麗なのな!」
 のとうがまるで身内のように嬉しげに言った。
 ひと際大きくなる列席者の拍手と歓声。ブーケトスだ。
 階段の上に立つ花嫁が、白い手袋の腕を宙に差し伸べた。小ぶりのブーケがその手を離れ、列席者が一斉に手を伸ばす。
 が、ブーケはその手に弾かれてしまった。
 ぽん、と再び宙を舞うブーケは、偶々吹きこんだ風に飛ばされ……

「……は?」
 レギは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 さっきまで目で追っていた可愛い花束は、何故か自分の手の中にある。
 振り向いた列席者、階段上の花嫁花婿、皆が目を丸くしている。
 暫しの間。
「……ぷっ」
 たまらずのとうが噴き出す。
「レオは綺麗だけど、さすがに花嫁さんはナシなのなー!!」
 のとうは我慢しきれず、涙を浮かべて大笑い。
 本当は誰か花嫁の友達に渡るはずだったのだろう花束を持てあまし、居た堪れない気持ちのレギの頭の中に、のとうの笑い声が響き渡る。
(偶然なんだよ、そこまで笑うことは……)
 レギの心にむくむくと反抗心が湧きおこった。
(……よし)
 花束を右手に極上の笑顔を作り、レギは花嫁に会釈した。
 続いて花束のリボンを左手につまんで広げ、さっと体の向きを変える。正面には笑い続けるのとう。
 レギはそのまま流れるような動作で片膝を地面につき、芝居かかった動作で花束を差し出したのだ。
「あげる」
 口にしたのは小さくそれだけ。綺麗な花束を手に入れたから、君にあげる。

 が、周りはそうは思わない。
 今や参列者は息を詰めて、のとうを見つめていた。
「え、えーと……」
 今度はのとうが困惑する番だ。これはどうしたらいいのだ。
「あ、ありがと……?」
 とりあえずこのままでは引っ込みがつかないので、可愛い花束を受け取った。
 その瞬間にどっと湧きおこる歓声。花嫁も花婿もいっしょになって拍手している。
「いいぞー!」
「お幸せにね!」
 などという声までかかる始末。
 のとうは立ちあがったレギと並んでぺこりと頭を下げ、逃げるようにそそくさとその場を後にした。


 のとうは早足で歩きながら、左手で軽くレギの肩を小突いた。
「全く、君って奴は!」
 だが右手には香り高い白い花束をしっかりと握っている。
「でも俺よりも、君に相応しいと思う、よ」
 誰かの幸せを分けてもらえるという花束なら、いつも新しい驚きをくれる君に持っていて欲しい。
 自分はもう沢山の素敵な物を、君から受け取っているから。
「そうかにゃー? さっきはああ言ったけど、俺よりレオの方がお花とかが似合う気がするのな」
 そう、さっきの跪いて花を差し出すレオは、夢の王子様のようだった。
 彼にいつか、本心からあんな風に彼が花束を差し出して求婚する相手が現れたら、素敵だろうなと思う。

 レギ自身は気付いていないかもしれない。
 恋を不思議だと思う気持ち。それを自分の身に起こる事なのかと疑問に思うこと。
 それ自体が鏡の外を意識し始めた何よりの証拠なのだ。
 そこに壁がある。意識することから意味が生まれ、破ろうという意思が生まれる。
 誰かと言葉を交わし、誰かがいる事を知る。自分とは違う価値感を知る。
 そうして心は、動き出すのだから。


「……この花も植えたら、来年また咲くかな?」
「……流石にそれは……どうだろう、ね」
 のとうなら可能にするかもしれない。
 首を傾げながらも、レギはそう思うのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 19 / 黒の水晶 】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 28 / 静かな鏡 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またおふたりの大事なエピソードをお預かりできまして、大変光栄です。
心情に深く関わる内容に、私も色々な事象の意味を一緒に考えているような次第ですが。
存在を意識しないものはないものと同じ。意識した所から自分の世界が広がるのだと思います。
今回の内容がお気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました。
FlowerPCパーティノベル -
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エリュシオン
2014年07月24日

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