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『雨がやんだら 』
郷田 英雄ja0378)&機嶋 結ja0725


●甘い誘惑

 いつも通りの出動、いつも通りの戦い。
 朝早くから出て来た仕事だったが、意外と早く片付いた。まだ昼を少し回ったぐらいだ。
 せめて仕事の後の一服で気分を晴らそうと、郷田 英雄は空を見上げる。だがそこに爽やかな青はなく、梅雨の重たげな雲がいっぱいに広がっているだけだった。
(湿気てやがるな……)
 気のせいか煙草まで不味い。

 同行メンバーを眺め、いつも通り淡々と帰り支度を終えた機嶋 結に声をかけた。
 驚かさないように、いきなり肩を叩いたりはしない。声をかけるのも結の視界に入ったのを確認してから。
「なあ機嶋、この後ちょっと付き合え」
 結は視線を上げて英雄を見る。いつも通り感情の見えない、お人形の瞳。
「付き合う、といいますと?」
 抑揚のない声が先を促す。
「折角ここまで来てるんだ。アイスでも食って帰らないか?」
 英雄がちょっと名の知れた店の名前を口にすると、結の無表情に僅かな緩みが出て、視線が泳ぐのが分かった。
 あと一歩だ。内心でそう思いつつも、英雄は全く表情に出さないまま追撃。
「蒸し暑いしな、トリプルぐらいいっとくか?」
「……別にいいですけど」
 一見、結の感情は分かりにくい。だが英雄は黒い瞳に揺らめいた輝きを見逃さなかった。
「よしよし。じゃあそうと決まったら、とっとと行こう」
 結に笑顔を見せ、英雄は他の同行者を振り向いた。一応義理は果たしておく必要があるだろう。
「もう用は済んだな。俺達は別件があるんで先帰ってくれ」
 それだけを告げると、返事も待たずに歩きだす。


●昼下がりの街で

 賑やかに笑い、お喋りしながら若者たちが行き交う。
 結にはそれが何か不思議な物のように思えた。
 何の代償も葛藤も無く平穏を手にしている人間がいる。学園に居るときは余り感じなくて済むズレのようなものを、強く意識してしまう。
「ぼんやりしてると溶けるぞ。あまり気に入らなかったか?」
「……いえ、そんなことはありません」
 結は改めてスプーンを動かしはじめた。
 甘い物は不思議だ。自分の中に開いた空洞に沁み渡り、やるせない気持ちを紛らわしてくれる。
 ……の、だが。
「あの、余り凝視しないでいただけますか。食べ難いのですが」
「ああすまん。アイス食ってる時の機嶋は可愛くてつい、な」
 そう言いながら、英雄は開いている右側の目を僅かに細める。
 結は諦めたように、アイスを口に運んだ。

(……不思議な人)
 元々結は大人の男性、それも大柄な男性が苦手だ。
 威圧、暴力、傲慢……結の知る限り、彼らはそういったものと分かち難い存在である。
 英雄も一見、そう思えた。
 だが結の(おそらくは向けたであろう)嫌悪の心を、英雄は少しずつ解きほぐして行った。
 どこまで本気か判らない熱心な口説き文句、ことある毎に誘って来るデート。
 気がつけばそういうことにも慣れて、こんな風に二人でいることを不快だとは思わなくなっている。
 結には理解不能な行動も多いが、どういう訳かそのひとつひとつが『意外』ではあっても『嫌悪』にはならないのだ。
 強引に見えて、ギリギリこちらの意思を尊重してくれるからか。
 結には分からない。分かっているのは、どうしても駄目な相手ではなくなったということだ。


 不意にその思考は、第三者によって破られる。
「少々宜しいですか?」
 声をかけて来たのは、ポロシャツ姿の中年の男性だ。笑顔だが、明らかに目つきが鋭い。
「私、こういう者ですが」
 案の定、ポケットからちらりと見せたのは警察の身分証明証である。
 英雄があからさまにめんどくさそうな表情をした。
「なんだ?」
「こちらはお連れ様ですか?」
 結は二人の会話を、アイスを食べながら少し面白そうに眺めている。
 実はこれが初めてではない。結を連れた英雄は、どうやら職質ホイホイになるらしかった。
 ――結自身は己の容姿に無頓着で気付いていないのだが。
 長い銀髪にか細い身体、儚げな風情。庇護心を煽る繊細な容姿には、独特の雰囲気がある。その上小柄で一見小学生のようにすら見えるが、ふとした折には経験に裏打ちされた大人びた表情が浮かぶ。
 そういう少女を連れ歩く、大柄で油断のならない目つきをした男。
 警察官がちょっと一応確認を、となるのも道理だ。
 結はゆっくりとふたりを観察しながら、アイスを食べ終えた。

「だから妹だ。妹と一緒にお茶して、何が悪い」
 いよいよ英雄が切れるかもしれないというところで、結は紙ナプキンで口元を丁寧に拭う。そして落ちつき払った様子で口を開いた。
「だからいつも言っているでしょう、兄さん。人を睨みながら歩くのは止めた方がいいですよ」
「に……?」
 何故か英雄の方がびっくりしている。結はそれを少し不思議に思いながらも、警察官に向かって軽く会釈した。
「すみません、お騒がせしました。こちらは私の兄です。……余り似ていませんが」
「い、いや、それは申し訳ありません。こちらこそ失礼いたしました」
 堂々と答える結に私服警官は一礼して立ち去った。
「……何を笑っているのです?」
「え……」
 英雄が笑いを堪えている様子を見て、結が小首を傾げる。
 だが実は、英雄はにやける顔を引き締めるのに必死だったのだ。
(あに……兄さん……イイッ!!)
 警察はちゃんと追い払えるし、結は身内のように呼んでくれるし。
 一石二鳥の撃退法に、英雄は満足していた。
(よし、かかってこい職質!)
 ……いや、やっぱりそれはない方がいいだろう。


●ドレスの条件

 いつの間にか空模様が妖しくなっていた。空気も湿気を増して、身体にまとわりつくようだ。英雄はシャツに空気を送り込むように襟元を引っ張る。
「ひと雨来るかもしれないな」
 昼にしては暗くなった街角に、所々照明が灯り始めた。
 その一角に、ひと際目を引く店があった。
 白い造花がいっぱいに飾られた中に、眩しい程に白いドレスが輝いている。
「貸衣装屋か……」
 ふと見ると、結もその店をじっと見つめていた。
「ウェディングドレス、着てみるか?」
「えっ?」
 意外な言葉に、思わず結が聞き返す。
「……郷田さんが、ですか?」
「んな訳ないだろう!」
 英雄は店先のチラシをつきつけた。
「こういうプランがあるらしい」
 特別写真プラン。事情があって結婚式が挙げられないカップルや、あるいは素敵なドレスを着てみたいという女性のために、花嫁衣装を着つけて写真を撮ってくれるらしい。
「着てみないか?」
 結は無言だった。
「似合うと思うがな」
 やはり無言。だが全く興味がない訳ではないらしい。立ち去ろうとしないところから、英雄はそう判断した。
「何なら、式の予行演習ってことで俺も……」
 さり気なく結の肩にかかる髪を指に絡め、自己アピールしてみる。その言葉を結が断ち切った。
「あれを着てくださるなら」
「え……?」
 真っ直ぐ指さすのは、花嫁衣装の背後に飾られた兎の着ぐるみ。大きな瞳をくりくりさせて、手に籠を提げて楽しそうに飛び跳ねながら花びらを撒いている。
「郷田さんがあれを着てくださるなら、ドレスを着て一緒に写真を撮っても構いません」
 英雄は暫しの迷いの後、それを承諾した。
(まァいいか。折角機嶋がその気になったんだしな)
 頭を掻きながら、揃って店に入る。


 店内には撮影用のドレスがいっぱいに用意されていた。
 沢山あり過ぎて決められない結に変わって、英雄が浮き浮きとドレスを引っ張り出す。
「これなんか似合うんじゃないか? いや、それよりもこっちが……」
 結は次々と身体に当てられて、一層混乱する。結局、店の人が見立ててくれたドレスを選んだ。
「まあ機嶋ならどれを着ても可愛いと思うぞ」
 ちょっと残念そうに、自分が選んだドレスを返す英雄。
「郷田さん」
 着替え室に行きかけた結が振り向いた。
「なんだ?」
「約束、守ってくださいね」
 反論は認めぬと言わんばかりに、シャッと音を立ててカーテンが引かれる。

 結は暫くの間、白いドレスを見つめた。
(ウェディングドレスを着ることになるなんて……)
 年若いにも関わらず辛い経験を重ねて来た結は、どこかで自分の『生』を突き離して見ていた。
 いずれ大人になり、誰かと恋をし、そして新しい家庭を築く。
 そういったことは全て自分には無関係の、何処か遠い世界の話に思える。
 だから結婚式というものを夢想したことはない。
 それでもいざ目の前にした白いドレスは、結の心を浮き立たせた。
 シンプルな胸元に、思いきり華やかにギャザーを寄せ造花とリボンを飾ったウェスト、そこから大きく広がる裾のライン。どうせなら思い切りよくと薦められた、正統派のプリンセスラインだ。白く長い手袋も上品に見える。
 店の人の助けを借りて袖を通し、鏡を見た。
 少し戸惑ったように佇む自分がいる。
「よくお似合いですよ。次はメイクとヘアスタイルですね」
 結はそのまま流れ作業で次の部屋に送りこまれる。


●互いのジレンマ

「郷田さん」
 少し躊躇いがちにかかる声に、英雄は振り向く。
 ちょっと困った様に眉を寄せてドレス姿の結が立っていた。
「これは……」
 髪はハーフアップに纏められ、サイドに流した髪には白い花とグリーンが添えられている。
 歩きにくそうに広がったドレスの裾をさばきながら近付き、ブーケに顔を埋めるようにして英雄を見上げた。
「おかしくはないですか?」
 その上目遣いは卑怯だろう。英雄は思わず唾を飲み込む。
「最高に似合ってる。いっそこのまま攫って行きたいぐらいだ」
「またそんなことを……」
 結はふいと横を向いた。冗談としか受け止めていないようだ。
「あの……」
 店の人が遠慮がちに声をかけた。着ぐるみ兎の大きな頭を持っている。
「本当にこちらで宜しいのですか?」
 英雄が答えるより先に、結が即答した。
「お願いします。それがいいんです」

 撮影室には幾つかのセットがあったが、結の希望によりメルヘンチックな森の結婚式という雰囲気のものとなる。
 造花の飾られたブランコに、大きな兎と結が並んだ。
「もう少し寄って貰えますか」
「こうですか?」
 結が着ぐるみの腕を抱いて顔を寄せる。
(な……なんで俺は今、着ぐるみなんだ……!!)
 笑う兎の被り物の下で、英雄は絶望の表情。
 いや、兎じゃなければ結はこんな風にくっついてくれないだろう。それはわかっている。わかっているとも!
 そこでその状況をしっかり利用して、英雄はもふもふの腕で可憐な花嫁の肩を抱き寄せた。
 寄り添う柔らかな身体から暖かい体温が伝わる。
 ……というだけではなく、熱い。いや、暑い。
 通常、素人の着ぐるみ着用の制限時間は三十分と言われている。見た目以上に過酷な衣装なのだ。
(脱ぎたい……いやしかし、これを脱いだら機嶋はたぶん……)
 実際、着ぐるみ越しだからこそ結は心おきなく英雄に抱きついていたのだ。
 誰かに触れる怖さ、そして暖かさとの危ういバランス。
 ジレンマを抱えた二人だが、残った写真はひたすらメルヘンである。


 撮影を終えた後、英雄は別のドレスを引っ張り出した。高い胸元に寄せられたドレープが美しいエンパイアスタイルである。
「折角だからな、こっちも着てみろ。髪型もそのままで大丈夫なはずだ」
「いいんですか?」
 結が戸惑いながらも、着替え室に消えた。
 その瞬間、兎は猛ダッシュで別の部屋へ向かう。

 着替えて出て来た結を待っていたのは、白いタキシードに身を包んだ英雄だった。
「郷田さん、どうしたんですか?」
 結が僅かに身を引く。大人の男性だと意識した瞬間、相手は遠い存在になる。
「折角だから、雰囲気を出そうと思って」
 英雄は結の左手に右手を差し出した。野性の小動物を相手するように少し間を置いて、結が逃げないことを確かめる。
 ――大丈夫。戸惑ってはいるが、本気で嫌がってはいない。
 それから改めて、なるべく優しく手をとる。
「これを受け取ってくれ」
「それは……」
 英雄が取り出したのは銀色に輝くリング。
 いつも流れる雲のように飄々として、掴み所のない英雄の目が、ひたと結を見つめた。
 大きな手が慎重に、結の細い指にリングをあてがう。
「機嶋」
「はい……」
 何を言い出すのだろう。身構えた結の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「俺と子どもをつくr」
 ゴスッ。
 エンパイアドレスの優雅な襞がさらりと流れ、鋭い膝の一撃が英雄の片足を強打した。


●雨がやんだら

 先に店の扉を出たのは結だった。
「おい機嶋、待てよ。まだ怒ってるのか?」
 慌てて英雄が後を追う。
「別に。もう慣れましたから」
 いつも通りの固い声で言いつつ、早足で歩きだす結。
 その額に、冷たい雫が一つ。
「……?」
 手で拭う間にも、雫は幾つも落ちて来て地面にシミを作る。
「あー、ついに降って来たか」
 二人は近くの店の軒先に身を寄せる。
 結は慌てる様子もなく、鞄の中を探った。
「折り畳み傘なら持っていますから」
「俺はない」
 何やら嬉しそうに、英雄が結を見る。
「そうですか、それは困りましたね。コンビニででも買って来ましょうか」
 期待していることは想像できる。それを言葉にするより先に、結が封じにかかった。
 だが英雄はめげない。この頑なな娘に惚れて以来、こんなことは慣れっこだ。
「それよりもいい方法がある。お前が傘を持って、俺がお前をお姫様抱っこすれば誰も濡れないな……って、うおっ!?」
 英雄の目の前で、音を立てて結が傘を開いた。
「郷田さんは少し頭を冷やした方がいいようですね」
 そう言い置いて、結は雨の中へ。
「良い案だと思わないか? なあ、自分で歩くより楽だぞ」
 スタスタ歩きだす結の後を追って、英雄が笑いながら駆けだした。

 優しく降る雨の中、暫く続く応酬。
 そして根負けした結が溜息をつきながら、高い傘の下に入る。
 英雄は自分の肩を濡らし、結の上に傘を広げている。


 雨はいつかやむ。
 そして雲が晴れたら、そこには明るい太陽が輝いているのだろう。
 それは約束された未来。
 だから今は、雨を楽しむのも悪くない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja0378 /  郷田 英雄 / 男 / 20 / 大学部4年 】
【 ja0725 / 機嶋 結 / 女 / 11 / 中等部1年 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございます。
お二人にはシリアスなイメージがあり、コメディというご指定が少し意外でもあったのですが。
私自身がギャップを楽しみながら執筆いたしました。
素敵な思い出となっておりましたら幸いです!
FlowerPCパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月25日

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