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『雨上がり、虹の道 』
加倉 一臣ja5823)&小野友真ja6901


 緑深い森の中、涼やかな初夏の風。
 雨が多い季節の、僅かに晴れた貴重な一日。

 グリルチキンのサンドイッチにポテトサラダ。
 デザートはコンビニ新商品の、ちょっと贅沢なシュークリーム。
 ポットには、お気に入りのコーヒーを。

 忙しい合間を縫ってのお出かけデートは、息抜きに絶好の日和だった。


 森林浴の心地よさに、加倉 一臣が深呼吸をしては気の抜けた笑みをこぼす。
 何を取り繕う必要もない、そう感じさせる場所だった。
「前に来たんは雨の日やったけど、おてんとさん出とるとちがうな!! あ! リス! リスやで、一臣さん!!」
 可愛いものを発見し、テンションの上がるのは小野友真。
「もふっとしてない……」
「それ、北海道限定のヤツな……? この辺のは、小さくてシマシマな?」
「デカくてモフっとしてるのも可愛いぜー。うわ、野鳥も結構いるのか」
「た、たぬき居るかな……」
「やめて下さい狙撃されてしまいます」
 野の花が咲き誇り、梢の先、茂みの向こうに小さな命の姿が見える。
 索敵スキル発動も辞さない勢いで、二人は自然を楽しむ。
 大勢でワイワイも楽しいが、のんびりゆっくり、こうして過ごすことがなんだかとても特別に感じられた。
 澄んだ空気が、なによりものご馳走。
「……うん?」
「あめ」
 木々の葉の向こう、空は青いというのに雫が落ちてくる。
 ――からの、どんどんと薄暗い雲が覆い始め。
「通り雨か!」
「あ。せや、こっちやで一臣さん! こないだ話した――……」
 話す間にも、雨足はどんどん強くなる。 
 一臣が上着を友真の頭へ掛けてやり、二人は『その場所』へと向かった。




 深い森の中、ポツンと開けた場所に出る。
 赤い尖塔に、くすんだ白塗りの壁。
 まるで、絵本から抜け出したような。
「お……すごいな、教会か」
「雨の日散歩で見つけてん」
「建築様式は―― って暇はねぇな、お邪魔しまーす」
「まーっす!」
 ドタバタドタ、二人は騒がしく教会へと転がり込んだ。
 両開き式の木製の扉が軋んだ音を立て、開き、そうして閉まった。




 季節外れの、暖炉の音。
 すっかり濡れてしまった衣服を乾かすために、薪をくべる。
「秋口だったら、寒さで危なかったかもなぁ」
 加減を見て、それから一臣は見事なステンドグラスへと顔を上げた。
「カトリック…… なのかな?」
「え、そういうの解かるん?」
「建築様式でいえば、たぶん……。似たようなの、写真集で見た記憶あるんだよなぁ」
 けれど、一般的な教会であるならば飾られるであろう『もの』が、ここにはなかった。
 神の子も、天使も、聖母も。
 ステンドグラス、祭壇、そのどこにも。
 かといって、禍々しい何かを祀っている風でもない。
 古いオルガン、並ぶ長椅子は、それこそよく見知った形式のもの。
「天魔崇拝ってワケじゃないよな。なんだろ、雨宿り用にソレっぽい建物つくってみました?」
「アリそうやな……」
 友真が初めて目にした時はそんなことまで考えられず、『散歩しつつ休憩に訪れたら気持ちいいだろうな』くらいだった。
「? どうした?」
「やー。なんかこう……一臣さんが、年上ッポイなぁて」
「そりゃあな……?」
「物知りさんやなって、思いました!」
 撃退士としてだけではなく。
 自分の『知らない世界』を、どんどん開いていってくれる。
 広い知識、意外な切り口からの発想。
(並んで立てるように……追いつきたい)
 そんな時、友真の心はいつだって嬉しさと寂しさがないまぜになった。
 生きてきた時間という距離はどうしようもないけれど、だからこそ、目指したい。
「ごはんにしよう! 俺、ポテサラがんばりましたし!!」
 友真はなんだかむずがゆい気持ちになって、大声で誤魔化して長椅子へと向かう。
「りょーかい」
 恋人の耳の端が赤くなっていることに気づき、一臣は笑いを噛み殺してゆっくりと歩き始めた。

 教会の外では、サラサラと流れるような音を立て、静かに雨が降っている。




 古びた木の香り。
 ちょっとだけ、埃っぽい。
 薪の爆ぜる音。
 温かなコーヒー。

 時折、談笑が混ざる。

「きんぴらサンド……!」
「昨日の残りだけど、サンドイッチって天才だよな」
 パンは朝一番に開いている近くの店で色々セレクトして、具材は冷蔵庫の有りもので。
 手軽なサンドイッチに、出来る限りの遊び心を挟んでみました。
 バスケットぎっしり作って来たのに、男性二人の胃袋へテンポよく収まってゆく。
「夏野菜も美味しい季節」
 トマトの新鮮なことといったら。
 男二人暮らしと知ってか、近所のおばちゃんが家庭菜園の収穫物を分けてくれることも有ったりなかったり。
 グリルチキンの食べ応えも抜群。隠し味はスライスチーズなのだそうだ。
「しっかし、雰囲気ある建物だなあ」
「穴場で良いやろー」
「廃墟っちゃ廃墟だけど、雨風しのぐには十分すぎるわ」
 一息ついた一臣が、改めてステンドグラスを見上げる。
 向こうは雨雲だが、故に色が濃くはっきりと映える。
 精巧な作りが良くわかる。
「雨音がいいBGMで雰囲気良いし。別荘にとか、どう?」
 なにしろ、所有者不明。
 友真は二度目の訪れだが、建物はもちろん森の中で誰かとすれ違ったことさえない。
 たまに、こうして忍び込むことくらい許されるはず!
 見るからに廃墟だから、訪れる人間が居れば建物も嬉しいかも知れないのではなかろうか。なんて。
「ああー。夜も意外といいかもな。虫の音を楽しめそうじゃね?」
 灯りは月の光と、蝋燭だけ。
 静謐な空気を汚すことなく、穏やかな夜を一臣は思い描いた。
「……いや、夜は怖いかな」
 どこからとなく風が吹き、その蝋燭が消えてしまうところまで友真は思い描いた。
 引き攣った表情から、何を想像したのかまでを察して年上の恋人は肩を揺らす。
「星も、きっと綺麗だろうなぁ」
「うっ、それは見たい……」
「望遠鏡とか持ち込んでさ」
「草にゴロンてするのな!」
「虫刺されには気を付けて」
「それと、寝落ちな」
「気を付けます」
 静かな静かな、森の隠れ家。
 いくらでも、過ごしたい形が浮かんでくる。
「……あ」
 会話の途中、一臣が言葉を止めた。つられて友真の顔を上げる。

 雨が止み、雲間から陽が差し―― ステンドグラスが、礼拝堂へと淡い光を落とし込む。

 美しい花々は、この森を彩るものばかりだということに、そこで気づく。
 きっと、この場所を愛する人が建てた教会なのだろう。
「……うわ、すげぇ光が綺麗」
「なんか、納得した……」
 長椅子から滑り落ちそうになりながら、一臣が呟く。
(偶像なんて、要らないんだ。此処には)
 自然への感謝が、ステンドグラスに全て籠められている。
 そういう場所なのだと、理解した。
 森を楽しみ、自然を楽しみ、そうして少しの休息を。
 感謝の気持ちは、森へ還る。
 何がしかの事情で持ち主から手を離れたこの建物が、朽ちながらも壊されなかった理由を感じ取る。


「な、一臣さん」
「うん?」
 乾いた上着を羽織る恋人の、袖をつまんで。
「一臣さんとなら、何処でも一緒やと面白いし嬉しいし楽しい。今後も一緒に色々感じていきたい」
「え、急に何を」
「神様の前で決意表明! なーんてな」
 照れ笑いのあと、友真は柔らかな、けれど芯のある表情へ戻し。
「常に自分に誓うよ、強い光で惹かれ続けさせたる自分であれ、……てな」
 そこまで言い切ってから、三秒で羞恥心が湧き上がり沸騰し、両手で顔を覆って蹲る。
「……誓いは苦手だけど」
 一臣はしゃがみ込み、友真の髪をくしゃりと撫でて。
「自分に誓うのは有りな」
 ――二人で歩き続ける為。まずは明日を誓おう。




 雨に洗われた教会は、最初より幾分か輝いて見える。
(歩んできた道程は、一生残るものな)
 一臣は振り返り、尖塔の先に輝く十字架を仰いだ。
 それは、その場所から動くことのない建物であってもそうであるように。
 重ねた時は誰を裏切ることなく、経験として思い出として、確かに残ってゆく。
 二人で辿った道を来年の今日も語り合い、次の年の今日も……。
(そう積み重ねていけば、何かの形になっていくんだろう)
 積み重ね。
 こと恋愛に関して、一臣には自信がない分野。
 それでも、友真となら。
 『今まで』の自分では考えられなかった『世界』を開き、照らしていってくれる彼となら。
 見たことのないその先まで、行ける気がした。行きたいと、思う。

 一方。
「凄いな、これは見惚れる……」
 教会の周囲に咲き誇る紫陽花へと友真は圧倒されていた。
 青から紫、赤へとぐるりグラデーション。
 場所ごとに土の質を変えているのだろう。
「なー、一臣さん知っとる? 紫陽花の花言葉『移り気』てのは西洋のんで、日本では『家族団欒』なんやて」
 色も種類も様々な団欒風景を前に、二人は言葉なく手を繋いだ。

 晴れた日の表情。
 雨降りの表情。
 そして、雨上がりでも顔を変える。
 気まぐれで立ち入った森の豊かさに、元気を分けてもらう思いだ。

 嬉しい時。
 悲しい時。
 色んな感情がかきまぜられて―― 自分で見失ってしまうような、そんな時も。
 誰だって一人ではなく、感情のままであっていいのだと、そんな風に語りかけているように感じる。
 意識的に飾り立てようとせずとも、この場所はこんなにも美しい。




 雨上がりの森、帰り道。
 まだまだ日暮れは遠いのに、なんだかとても濃厚な時間を過ごしたような気分。
 穏やかな幸福に満たされている。
「――あ、一臣さん! 虹!!」
「え? おっ」
 雲が流れてゆき、広がる青空へ七色の橋が架かっていた。
 それは、未来へ繋がる道のように。
「よし、あの先まで行くかー」
「!? おい、友真、待っ」
「待たへんでー! ほら、早う!」
「じゃなくて。道! 足元! 雨上がりだから滑る――」
「あっ」
「あっ」



 病める時も、健やかなる時も、道が滑る雨上がりの道も。
 一蓮托生、未来を共に。




【雨上がり、虹の道 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823/ 加倉 一臣 / 男 /27歳/ インフィルトレイター】
【ja6901/ 小野友真  / 男 /18歳/ インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
森の中の、廃墟となった教会にて。
息抜き散歩デート、お届けいたします。森林浴は最大の癒し。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月28日

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