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『晴れの日を追いかけて、道の先へ繋いで。 』
天宮 蓮華(ia0992)&鷹来 雪(ia0736)&霧葉紫蓮(ia0982)

●心づくし

 じっくり煮込んだお手製の餡は、甘さ控えめ。時間をかけて丁寧に、滑らかな口当たりになるように。
 どんなお菓子を作る時も、どんな相手に届ける時も、相手に喜んでもらえますように‥‥相手の笑顔を見ることができますようにと心を籠める。
(美味しくなりますように‥‥)
 勿論、それらは美味しくあってこそ。天宮 蓮華(ia0992)は鍋をかき混ぜながら、これからつくる甘いものへ、大事に祈りを籠めていた。ほんの一つの小さな動作にさえ、自然と願いを添えている。
(それだけ雪ちゃんが大事だということですね)
 対のように似た、一つ年上の友人。彼女のこれからの幸せを願って贈るお菓子は、互いに思い出深いもの。
 過去の記憶もこれからの未来も抱き合わせた全てを籠めて作り上げよう。彼女が現れるその時に、一番おいしく食べられるように。
 丁寧に練った餡をとりわけて丸め、一つ一つを皮に包んでいく。白い皮と、紅麹を少し混ぜ込んだ桃色の皮で形を作り、薄く延ばして切り出した抹茶の皮を二枚、貼り付けていった。

 そんな蓮華の姿を眺め、霧葉紫蓮(ia0982)は胸のうちだけで呟いていた。
(また大量に作っているんだろうな‥‥)
 姉の甘味好きは食べる方も作る方も型破りだ。姉ほど甘いものが得意ではない紫蓮としては、見ているだけでおなか一杯になってしまう時も少なくない。残りそうになってしまえば食べるのを手伝うのは自分もなんだからと作る量を抑えさせる手もあるはずなのだが、紫蓮は今までそれを実行したことはなかった。
 だが今日のお菓子はこれまで以上に特別だ。きっといつも以上に張り切った量になってしまうのだとわかってはいるのだが、やはり紫蓮は止める気など起こらなかった。
 思い切り作ればいいと思う。特別なのだということを紫蓮も知っているからだ。
「蓮華、僕は一度離れる」
 友人を迎える準備をするのは姉だけではない。今日の客は自分にとっても大切に思う友人だから、とっておきを出そうと席を立った。
「‥‥? あ、はい」
 蓮華は手元に集中しているようで、どこか空返事だ。それだけ目の前のお菓子を大事に作っている証拠。
 間に合いそうになければあとで手伝いでも申し出ようと思いながら、紫蓮はとっておきの糠床を取り出した。

 姉弟の暮らす屋敷の庭には睡蓮の咲く池があり、その池を見るのにいい案配の縁側がある。花の時期が長い睡蓮はいつでも目を楽しませてくれる。
(もう咲いている時間でしょうか)
 睡蓮は日中にだけその花弁をほころばせる、時間の流れを追う花だ。今の時期は何色の花が見られるのだろうかと、鷹来 雪(ia0736)は足を進めながら考えていた。
(改めてお祝い‥‥なんて)
 大切な友人であり家族である姉弟からならば、言葉だけでも嬉しい。なのにそれ以上をと場を整えてくれるその心遣いが更に雪の心を温めるのだった。
(待たせてはいけませんね)
 身だしなみが崩れない程度に、けれど早く二人に会いたくて。
 ほんの少しだけ、足を速めた。

●幸せの華

「蓮華ちゃん、紫蓮さん。今日はお招きありがとうございます」
 案内されたのは、すぐ外に縁側のある部屋。見通しがいいようにと開かれた障子戸の向こうには、楽しみの一つにしていた睡蓮も見える。
「いらっしゃい、来てくれてありがとうございますね、雪ちゃん」
 本当、天気も良くてよかったですわと、割烹着を着た蓮華が答える。手には三人分の湯呑と急須が乗ったお盆を持っていて、すぐ傍の卓で席を整え始めた。
「新婚なのに、旦那と引き離してしまって悪いな」
 紫蓮も卓に近づき何かの皿を置いた。それは彼の好きな漬物の中でも一番の沢庵だ。お茶請けに出してくれたそれは間違いなく、紫蓮にとって一番のつかり具合なのだろうなと雪は思う。だって紫蓮の口元が緩んでいる。自分でも食べたくて仕方がないのだろう。けれど雪が手を付けるまではと待ってくれているのだ。
 二重の意味で気遣いが嬉しくて、雪も口元がほころんだ。
「いいえ、今は旦那様とこの神楽で新婚生活を送らせてもらって居るんです。帰ればすぐに顔を合わせられますから‥‥でも、お気遣いありがとうございます」
 沢庵も我慢しなくていいですよと、手で示す。紫蓮はほっとした様子を見せて皿に手を伸ばしかけ‥‥はっと何かを思い出したようで、手を引いた。
(‥‥?)
 雪が首をかしげる間に、蓮華が茶の支度を整え終わったらしい。割烹着を外した彼女は改めて、雪の前、紫蓮の隣へと座った。
 姉弟が目配せをしあって、そろって雪の方を見つめる。
「雪ちゃん、ご結婚おめでとうございますわ」
「雪、結婚おめでとう」
 改めて、二人から祝いの言葉を告げられた。二人ともやわらかくて優しい笑みを向けてくれている。
 家族のように大事な友人達だからこそ、雪の顔にも笑みが浮かんだ。
「蓮華ちゃん、紫蓮さん。‥‥二人に祝ってもらえることが、本当に嬉しいです」
 自然と目尻が熱くなる。まだここに来たばかり、顔を合わせたばかりだというのに気が早いからと、雪は滲みかけた滴をそっと拭った。

 睡蓮の眺めが一番楽しめる場所を捜し、三人で縁側に並んで座る。勿論真ん中は今日の主役の雪だ。
「雪ちゃん、旦那様のお話、聞かせてくださいな」
 蓮華に促されて、雪はそっと記憶をたどる。どこから話そう、どんな気持ちから伝えたらいいだろう?
 言葉を選びながら、姉弟の様子をうかがう。二人とも、急かすようなことなんてしない。ただ雪を待ってくれている。
(伝えたいと思ったことを、ありったけ話せばよいんですよね)
 全て、受け止めてくれる二人なのだと思い出す。雪の脳内で絡まろうとしていた話の糸が、ぴたりととまった。
 ただ、一つずつ紐解いていけばいい。時間をかけたっていいのだ。

「蓮華ちゃんも会ったことがある‥‥あの方ですよ、鷹来沙桐様です」
 まだ雪の姓が白野威だったころ、蓮華は雪と一緒に同じ依頼に参加していた。そこに沙桐が折梅と共に、依頼人の助け手として同行していたのだ。
 随分と前のことではあるけれど、蓮華はその時のことを鮮明に思い出せる。何より雪と共に取り組んだ仕事で、折梅にも、二人が対のようだと言われたあの日のことだから。
 仲が良くて、互いに似ていると自覚もあって。対の字があることもお互いの誇りで‥‥だからこそ、その関係を素敵だと思ってくれた相手のことは、そんな相手と縁をつないだことは忘れることなどないのだ。
 だから蓮華はまず折梅の立ち振る舞いや粋な計らいを思い出して‥‥その孫息子であり今は雪の良人である沙桐のことを思い出す。友人のために手を貸す様子、その誠実な行動を見て、初対面ながらよい人物だと思っていた。
 だからあの宴の日も、雪の決意を耳にして、その上で彼女の背を推したのだ。
(あの方なら、雪ちゃんを末長く幸せにしてくれますわね‥‥)
 親友の目から見ても、信頼できる男性だから。
 そして今、あの時実った恋が新たな実を結んだことを喜ばしく思うのだ。雪は今、鷹来の姓を名乗っている。
(あなたの涙も、恋の傷も‥‥)
 互いに似ているのは容姿だけではない。形は違えど互いに恋の傷も持っていたから、より互いに互いを身近に感じていた。
(知っているからこそ、幸せそうな今の笑顔が愛しいですわ)
 今は親友が幸せになってくれることを確信できるからこそ、涙がにじんだ

 姉が涙をぬぐう様子に見ていないふりをして、紫蓮は沢庵を齧る。
(そういうところも似ているな)
 雪も同じように涙を拭っていた。きっとその理由も似たようなことなのだろうと推測しながら、口には出さずにただその場に、二人の傍にいる。
 気持ちが昂ると涙もろくなるところも似ているかと思えば、その仕草も似ている二人。まるで姉が二人いるようだと思う。
 雪が幸せをつかんだことはそれだけ大事なことなのだとわかっているから、ただ見守るだけにとどめる。
(言葉にするのは得意ではないしな)
 家族として近くに居たのだから、二人がこれまでに経験した恋のことはもちろん紫蓮も知っている。ことそういった話を不得手としている身としては、ただ家族として傍にいることが自分にできることなのだとわかっているのだ。
(少し待つとするか)
 この沢庵がなくなるころには、二人も落ち着いているだろうから。

●思い出の桃

 今、鷹来の新婚夫婦は神楽に居を構えている。そう言っていた雪の言葉を思い出し、首をかしげた姉弟。
「旦那は豪族の当主だと聞いていたんだが、どうしてだ?」
 そう尋ねたのは紫蓮。彼が聞かなければ蓮華が尋ねていただろう。
「そうですわ。神楽に居るなんて‥‥ご領地の方でお仕事があるのではありませんの?」
 雪との結婚で何か影響があったのかとの可能性に、姉弟が心配そうな顔になる。
「大丈夫です。繚咲の方々にも家族のように思って貰っています」
 そこに至るまでは色々とあったのだが、まずは安心させようと、微笑んで言葉を紡ぐ。二人にそれが伝わってから、理由を話すことにした。
「私が、神楽で開拓者としての本分を終えるまで、猶予を頂いたんです」
 遠距離夫婦になる可能性も、開拓者を早々に辞める可能性もあった。けれど周囲は雪の意思を大事にして、そう取り計らってくれたのだ。それは雪を領主の妻として認めてくれている証でもあり、それまでの貢献を認めてくれている証でもある。
 そしてきっと、自由な新婚生活を満喫するための時間を与えてくれた、そういうことなのだろう。
 だから今は、良人の沙桐も雪と同じように開拓者として働いている。
 好きな時に好きなだけ、愛しい良人の傍に居られる幸せを、雪は今手に入れているのだ。今は隣に居なくても、すぐにそばに行ける距離。その温もりの近さ。思い出すたびにくすぐったくなる。卯月から数えて、今はもう三月を越えているけれど、嬉しいものは嬉しい。
 その気持ちが滲んで、雪の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「本分を全うしたら、領主の妻として繚咲で暮らすのか。‥‥寂しくなるんだな」
 ぽつり。紫蓮の零した小さな呟きに、雪が小さく息をのむ。
 二人が恐る恐る蓮華の様子をうかがって‥‥蓮華は、小さくふき出した。
「改まってどうしたんですの、紫蓮、それに雪ちゃんも。他でもない雪ちゃんが幸せなのですから、駄々をこねてはいけませんわ」
「‥‥いや、だってなあ。蓮華も寂しくなるだろ」
 言おうかどうか迷った言葉を、紫蓮は思い切って吐き出した。
「紫蓮、まるで雪ちゃんのお父様みたいですわ」
 それにも笑顔で答える蓮華。これ以上続けても仕方がない、と紫蓮が別の話題を口にしようとしたところで、蓮華が続けた。
「寂しくないとは言いませんわ。でも‥‥本当に、それ以上に、雪ちゃんの幸せが嬉しいのですもの。それに、会いたくなったら、会いにだっていけますわ」
 だから大丈夫ですと笑う蓮華。再びその目尻に浮かんだ滴には、誰も何も言わなかった。

「そうでした、三人で食べようと思って用意したものがあるのですわ」
 一度下がった蓮華が菓子を持ってくる。それはいつかの記憶にもあるおおきな桃まんで、一抱えほどあるそれは雪の傍に置かれた。
「懐かしいですね!」
「雪ちゃんのお祝いに、紫蓮と一緒に作りましたの。是非、中も見てくださいな」
(中を傷つけないように‥‥)
 蓮華に言われるまま、雪が大きな桃まんに切り込みを入れて行く。記憶の通りなら中には小桃まんがたくさん詰まっているはずで、それらに触れて傷をつけない様、細心の注意を払いながら大きな皮を切り分けた。
 そっと、大きな桃を開く。
「これも、あの時と同じですね‥‥!」
 予想通り、薄紅と白の桃まんがたくさん詰まっている。早速一つずつ食べようと、二人にも小桃まんを取り分けようと手を伸ばしたところで。雪は一つだけ、記憶と違う場所に気づいた。
「これは、もふらですね」
 今まさに『もふ〜』と鳴きそうな、ふてぶてしい顔をしたもふらを模したもふらまんが、たくさんの小桃まんに埋もれている。
「それは紫蓮が特別に作ってくれましたの」
「色が同じだから、作れると思ったんだ」
 誇らしげに言う姉の言葉に照れたようで、手先も器用な弟がそっぽを向いてしまう。頬が少し赤いような気がした。
「これは、雪が食べろよ」
 ひょい、と紫蓮が雪の皿にもふらまんを乗せた。
「これだけ可愛くできていると、食べるのがもったいない気がします」
 皿ごと持ち上げた雪は、もふらまんを様々な報告から眺めて微笑む。旦那様にも見せてあげたいとも思った。
「雪ちゃんのために作ったのですから、好きなだけ楽しんでください。食べるだけじゃなくて、見ても楽しめるならそれに越したことはありませんわ。でも、最後はちゃんと食べてあげてくださいね?」
 お土産として持ち帰ることができる準備もしておきますねと笑った。

●将来のお願い

「こんにちは、どなたかご在宅でいらっしゃいますか?」
 玄関の方角からする声に聞き覚えがある気がして、雪は記憶をたどった。
「あれは、確か‥‥もしかして」
 蓮華が応対に出ている間、紫蓮にその予想が正解かどうかを尋ねた。紫蓮は少しだけ首を傾げ、そして頷いた。
「僕は蓮華ほど話す機会はないが、間違ってないと思う」
 そうして蓮華に連れられてきた面々を見て、雪は自然と笑顔を浮かべていた。
 かつて友人同士で揃って出席した結婚式、その時に主役だった女性。そしてその彼女によく似た二歳くらいの子供。彼女の腕にも赤ん坊が抱かれている。
 かつて花嫁衣装に身を包んでいた近所の家の娘は、今は二児の母親になっていたのだった。
「今日はお声がけくださってありがとうございます。ご結婚されたのだと瓦版で見かけて、そうしたら蓮華さんがこちらでお祝いをすると仰って‥‥是非、お祝いをお伝えしたくて来てしまいました」
 自分の結婚式にも来ていただいた開拓者の方が、領主様のところに嫁ぐなんて。縁とは不思議なものですと言う奥方に三人も頷いた。
「わざわざありがとうございます。たくさんの方に祝ってもらえて嬉しいです。沙桐さん‥‥旦那様も喜びます」
 今ここに居ない良人の分もと、二人分のお礼を伝える雪。
「わあー!?」
 それまで自分の母親と雪のやり取りを見ていた子供が、縁側に置かれた桃まんをみつけて声をあげた。
「‥‥食べるか?」
 母親に目で確認をとってから、小桃まんを一つ手に取った紫蓮が子供へと差し出した。
「ありがとー!」
 にぱり。笑顔で受け取って、紫蓮の隣に座り食べ始める子供の様子に、大人たちは皆柔らかな視線を向けた。
 小さなもみじの両手で支え持って、小さな花びらの口へと運んでいく。はむ。桃まんが小さく欠ける。
 見ているだけで無心になるというのは、こういうことを言うのだろうか。ただ食べている様子を見ているだけなのに、和やかな気持ちが広がっていく。
「‥‥うまいか?」
「うー!」
 まだ口をもごもごさせながら頷く子供に、さらに皆の笑みが深くなる。

「少し前までこんなに小さかった気がしましたのに、子供って成長が早いですわ」
 母親に赤ん坊を抱かせてもらった蓮華が息をつく。上の子が生まれた時も、今腕の中に居る赤ん坊が生まれた時も祝いの挨拶をしているから、その成長過程も知っているけれど改めて実感してしまうのだ。
 小さくて柔らかくて、まだこんなにか弱いけれど生きている小さな命。大人より少し高い体温が心地よい。
 近所の小さな子供というだけでも、こんなに可愛いと思えるのだ。
(雪ちゃんに子供が生まれたら、もっと可愛がってしまいそうですわ)
 まだ気は早いと思いつつも、ついつい想像してしまう。蓮華の楽しそうな様子に呼応したのか、腕の中の赤子も笑ったような気がした。

(沙桐さんと私にも、こんな風に子供ができたら‥‥)
 蓮華の様子を見ていた雪も、同じような想像をして笑みを浮かべていた。今はまだ開拓者としてすべきことを残しているから、子供はもう少し後でと良人とも決めてはいるけれど。そう遠くない将来に叶えられる夢なのだという実感がわいたのだ。
(蓮華ちゃんにも、紫蓮さんにもこうやって抱いてもらいたいな)
 子供ができたとわかっただけでも、たくさん祝ってくれるだろう。生まれたら、繚咲にまで会いに来てくれるかもしれない。そうして我が子を抱いてまた、笑顔でおめでとうと言ってくれるに違いない。
 今度は紫蓮の様子をうかがってみる。小桃まんを食べ終えた子供と共に遊ぶ様子に、また別の想像が浮かんだ。
(あんな風に遊んでくれますよね)
 我が子に『おじさん』と呼ばれて照れたような怒ったような反応をする様子まで浮かんでしまった。
「ふふっ」
「‥‥どうした、雪」
 視線に気づいた紫蓮が寄ってくると、子供も寄ってきて、今度は母親に甘え始める。
「紫蓮さん、私の子供が大きくなったら、一緒に遊んでやってくださいね」
 断られないだろうとは思いつつ、お願いという形をとって紫蓮を見上げた。子供にせがまれた体で庭を駆けまわっていた紫蓮は、疲れてはいないまでも、慣れないことをしたせいか少しだけ眉尻を下げている。
「何を急に‥‥でもないか。そうだな、楽しみにしている」
 思いのほか、楽しかったからな。雪の子供ならきっともっと楽しいだろう。一度不敵な笑みを浮かべた紫蓮だが、そのつぶやきを雪に聞き取れるように零してくれた。

●愛情の形

 近所の奥方と子供二人が帰り、また縁側には三人だけとなった。
 桃まんは、大人四人と子供一人で食べて、奥方にお土産に持たせもしたのだが、まだまだたくさん残っている。
「前みたいに。またみんなで食べましょうか?」
 そっと提案する雪に、蓮華は頷こうとして‥‥紫蓮が遮った。
「流石に無理だろう」
 前は結婚式の参加者に配ったうえで、四人で食べたからなんとかなったのだ。前より大きい桃まんで、たくさんの人数に配ってもいない状況で‥‥いくら甘味好きの人間がここに二人いるとはいえ、紫蓮に言わせれば無理の一言である。
「残ったとしても、もふらまんと一緒に持ち帰りますよ? 旦那様にも食べてほしいですから」
「そうですわ、あらかじめお土産の分だけ取り分けておけば、食べつくしてしまうことはありませんもの」
 再びの雪の提案も至極まっとうで、今度は紫蓮も頷こうとしたのだが。蓮華の言葉はどこかが違った。
(‥‥こう言うからには実行するな)
 阻もうとしても食べるのだろうと理解して、今はその話ではないと思い返した。
「桃まんのことはそれでいい。‥‥蓮華、雪にまだあるんだろう?」
 時間が過ぎてしまわぬうちにと姉に目配せ。それで蓮華も意味を察して、視線を桃まんから雪へと戻した。
「なんですか?」
「雪ちゃん。贈り物は、桃まんだけじゃありませんわ」
 首をかしげる雪に、姉弟は揃ってよく似た微笑みを向けた。

 淡い紫色の地に、雪の華と睡蓮が咲き誇るその柄は蓮華が手ずから刺しゅうを施したもの。着物に仕立てた際の模様の位置もあらかじめ想定したうえで仕立てた一着は、言葉にしなくても、雪と蓮華の友情とつながりを現した仕上がりになっている。
 雪は冬、睡蓮は春から秋にかけて楽しめる‥‥一年を通して使える一着でもあり、心はいつでも傍にいると、蓮華が願いを籠めた品でもあった。
 雪が拡げた着物に目を奪われている間に、姉弟はほんの少しだけ、交代で席を立った。さらに雪を驚かせようとあらかじめ決めていた準備をするためだ。

「僕からも、専用の糠床を送るから」
 着物に見入っている雪の背後から、まずは紫蓮が声をかける。とっておきの沢庵を漬けられる、特別な糠床から床分けすると話す紫蓮の格好は、もふらの着ぐるみ姿。
「わあ‥‥素敵です!」
 ふわふわもこもこ姿の友人の登場と、その言葉が嬉しくて、雪は思わずもふ紫蓮に抱き付いた。
「抱きつくのは我慢だ。旦那に悪い」
 すでに抱き付かれてしまって遅くはあるのだが、紫蓮が慌てて引きはがそうかと腕を迷わす。いくら友人とは言っても、これはいけないと堅苦しくも嬉しい気遣いに、抱き付いたまま雪は笑い声をあげた。
「旦那様もお姉様に抱きついているので大丈夫です!」
 良人とその双子の片割れを引き合いに出して、もふもふの感触を楽しもうとぎゅっと腕を回しなおす。
「いや、それは実の血縁だから‥‥」
 紫蓮はそう反論しようとしたが、途中で言葉をつぐんだ。ひとつは視線の先に、自分と同じようにも不ぐるみに身を包んだ姉の姿を見つけたから。
 そして雪の言葉の真意に気づいたからだ。
 雪は紫蓮のことを、勿論蓮華のことも家族として大事に思っている。それを、先ほどの言葉と行動で示してくれたのだと気付いたのだ。
「雪ちゃん、お好きなだけもふもふして下さいませね♪」
 蓮華の声に振り返った雪も、もふ蓮華の姿を認めて再び笑い声をあげた。
「勿論、そうします!」
 もふ紫蓮から離れ、今度はもふ蓮華にぎゅっと抱き付く雪。蓮華も雪を抱きしめ返した。
「雪ちゃん、ずっとずっと大好きですわ」
「私だって、蓮華ちゃんも紫蓮さんも、大好きです‥‥!」
 今日この日、着物ももふらまんも糠床の約束も、お祝いの言葉と共にたくさんの素敵なことをしてもらった。
(お二人の気遣いがすごく嬉しいです‥‥)
 感謝の言葉と共に、行動でも示そうと、姉弟二人に何度も抱き付く。全身で、この感謝を伝えたい。
 良人への愛情とは違う種類だけれど、この二人にも大事な家族としての愛情を変わらず持ち続けている。それはこれからも変わらない。
 その気持ちがいっぱいにあふれて、言葉にうまくできなくて、だから抱き付く腕に力を籠める。
 ずっとずっと大事な家族だと、伝わるように、ぎゅっと。
 あふれた感情が、微笑みと共に滴となって流れ落ちていく。
 雪と呼応するように、蓮華の目尻からも滴が流れた。抱きしめあっている二人は、互いにそうするあまり、流れる滴をぬぐうこともない。
(これからも、続くといい‥‥いや、続けていくんだな、自分たちの力で)
 微笑み抱きしめあう姉二人を見つめ、紫蓮は心の内で願い、誓った。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia0736 / 鷹来 雪 / 女 / 21歳 / 巫女】
【ia0982 / 霧葉紫蓮 / 男 / 19歳 / 志士】
【ia0992 / 天宮 蓮華 / 女 / 20歳 / 巫女】
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2014年07月28日

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