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『降り積もる花びら重ねて 』
常木 黎ja0718


 ゆっくりと陽が沈んでゆく。
 不安があった。焦燥があった。
 寂しさがあって、期待があって、そうして幾つもの願いが編み上げられ、届けられた花束を幸せそうに抱く女性が、姿の見えなくなるまで見送ってくれていた。
 6月の花嫁は幸せになれるというけれど、彼女は既にその中心にあるように思う。
 
 ――それじゃあ、

(それじゃあ、私は)

 夕暮れる道を、子供のように手を引かれ、歩く。
 包み込む手の大きさ、荒れた感触、暖かさ。
(子供じゃない)
 手を繋ぐ、その意味は。
「……鷹政さん」
 太陽色に、染まる空気。
 か細い声で、常木 黎は背中へと呼びかけた。




「……良かったの?」
「え? あ、バイク? あれはもう、仕方ない仕方ない」
「じゃなくて」
 振り向いた筧 鷹政は、何を思いつめるでもなく『今まで通り』。
「その、……私で」
「…………」
 その一言で、一瞬にして鷹政の顔が赤く染まる。
 何事か言いかけ、止め、握る手に力が籠められた。
「たぶん、私、鷹政さんが思ってくれてるような感じじゃないよ……」
 振り払うでなく、ぽつりぽつりと黎が言葉を落とし始める。
「私が“戦争”をしているのは義憤や正義からじゃなくて、それを好きだからで……」
「うん」
「どこかの誰かなんてどうでも良くて、自分の友人や知人や、そんな周囲だけが平穏なら良くて……」
「うん」
「今だって…… 鷹政さんなら、否定的なことを思ってても悪いようには言わないだろうなって、考えてて」
「……」
「……笑うところなの?」
「いや、だってこう。……ちょっと寄り道していこうか」
 ひとつひとつ、自分にとっては言葉にして伝えることが、怖かったのに。
 悪性だって、自覚をしているから。
 見極められて、呆れられて、そうして手を離されるのが―― それでも怖い。


 依頼を終えての帰り道。
 他の面々は迎えの車で学園へと戻って行ったが、別れ際に鷹政が黎の手を引いた。そうして、今に至る。
「ちょっと前にも、こんなのあったね」
 自販機で缶コーヒーを買って、近くの公園のベンチで休憩。
「その節は……」
 勢い余って、その背に触れた。
 思い出して、黎の顔まで赤くなる。夕暮れ時でよかった。
 初夏の日没は、ゆっくりゆっくり。時間が止まったかのように。
「たぶん」
 黎の右隣へと腰を下ろし、鷹政が口を開く。
「俺も、黎さんが思ってる感じじゃないかもよ?」
「え?」
「どんだけ、理性をフル稼働してるかっていう話。いっつもいっつも、突き破るようなことをまぁ」
 曲げた指の背で、彼女の柔らかな頬に触れる。困ったような笑いを向ける。
「戦いへのモチベーションなんて個人差っしょ。一緒に戦ってれば何に比重を置いているかは伝わるし、そういう黎さんを俺は頼もしいって感じてるんだから」
「……初耳」
「初めて言った」
 そのまま、包み込むように手を開く。
「どうでもいい誰かでも、依頼主の仕事だったら遂行する。プロなら当然だし、大事な人の平穏を第一に考えるのだって人間なら自然だよ」
「でも」
「だから」
 こつりと額をぶつける。こんなに近く、顔が近づくのだって初めてだ。
「だから、俺は、黎さんに傍に居てほしいって思った。できるなら、学園を卒業してからも」
「…………」
「『傍に居たい』じゃなくて、ね。これでも自分本位なのよ?」
 唇が黎の頬を掠め、肩口へ落とされる。呼吸が近い。

 明確な、感情の変化地点なんてわからない。
 信頼、安心、不安、心配……プラス方向だけじゃない何かも混ざって、それらは積み重なっていって。
 出会いが戦いの場だったということは、たぶん大きいのだろうと思う。
 生死を賭けた場所こそ、価値観が浮き彫りにされるから。

「……初めて聞いた」
「言うことになるとは思わなかった」
 黎の肩へ顔をうずめたまま、くぐもった声が返る。
「それって」
「俺なんかの一言で、将来有望な撃退士をどうこうするわけにいかないでしょ」
 自分から言ってしまったら、考えさせてしまうから。どちらかを、選ばせてしまうから。――それは、自意識過剰かもしれないけれど。
 鷹政なりの『線引き』だった。
「俺からは言わないし、触れないって…… 決めてたのになぁ……」
「え、えぇと…… ごめん、なさい?」
「そういうところ」
 鷹政の腕が、黎の背へ回される。きつく、抱きしめられる。
「可愛いなって、思う」
「どういう……意味?」
 転々と触れられた場所が、熱い。心拍数が跳ねあがるのを自覚しながら、黎の声は震える。
「限界、ちょっとこのまま」
「!? た、鷹政さん?」
「こないだの、お返し」
「……っ」
 それを言われてしまえば、反論も出来ず。
「…………私で、良いの?」
「黎さんが良い」
 ぽつりと落とした問いへ、迷いない答えが返る。
「俺の隣は、黎さんが良い」
 飲みかけの缶コーヒーが、ベンチから落ちた。




 惑いながら伸ばした腕の先に、がっしりとした背中の感触がある。耳元には、早鳴りの心音。
 確かな体温と、――その匂いに安心するようになったのはいつからだろう。
(……少し前まで、羨ましくなんて思わなかったのに)
 脳裏を横切るのは、純白の花嫁姿。誰かを特別に思って、誰かに特別に思われる。
 絵空事だと、思ってた。
 視界が滲むのは、緊張が高まりすぎたせいか、安堵のせいかわからない。ただ、心の中の何かの糸がふっつり切れて、涙となって彼の胸元を濡らす。
「……?」
「え、もしかして、今きづいた?」
 頭上から声が降る。
「ほのかに香る程度に、って言ったの黎さんじゃん」
「だって、まさか……」
 クリスマスプレゼントに香水を贈ったのは昨年のことで、半年近く経っている。
「大事にしてるよ? といっても、自室にお招きして香水付けて待ってたらイカニモじゃないですか」
「いかにもでいいのに」
「そういうことを! 言うから!!」
 遊びにおいでよ、そう言って部屋へ入れたことはあっても、何がしかを感じさせるような気配なんてなかった。
 鷹政としては、必死に押し殺してたという。
 ぼんやりと見上げれば、顔を真っ赤にして逸らされた。
「大事に、するから」
 気づいたように、彼は言い直す。
 それが香水を指しているわけではないと、黎も理解した。
「けど……鷹政さんには与て貰うばかりで、未だに何も返せてない……」
「来てくれたじゃない」

 顔を合わせるのは高確率で戦場で、色気もそっけもないけれど、そこで重ねられるのは掛け値なしの信頼関係。
 それは、いつだって嬉しいこと。
 形だけじゃ伝えられないこと。
 地盤があって、そこから芽吹いた感情が成長するのに、きっとそれほど時間は要さなかった。
 知らないことが多いから、少し覗く度にくすぐったい思いになる。
 初めて恋を知った子供じゃあるまいし―― でも、限りなく近いのかもしれなかった。そこまで、戻ってしまうほどに。
 感情表現がどことなく不器用だったり、
 自身に対してやたら過小評価だったり、
 鷹政からは『可愛いな』と感じることも、きっと伝えてしまえば思い悩んでしまうのだろう。
(あ、さっき言ったな?)

「……こんな私でも、傍に置いてくれますか……?」
「黎さんは、自分の凶悪さを自覚した方がいいと思う」
「え、それは、してるつもり……」
「いや、してない」
 凶悪の意味がすれ違っている。
「それをいうなら、鷹政さんだって相当、凶悪だよ」
「うそ、どこ!?」
「そういうところ……」
 目元へ微かに涙の跡を残し、黎が微笑した。
 



 信頼、安心、不安、心配……プラス方向だけじゃない何かも混ざって、それらは積み重なっていって。
 こうしてひとつの形を作ったけれど、この先もきっと、降り積もっていくのだろう。
 まじない紐が、縁を繋いでいる限り。




【降り積もる花びら重ねて 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0718/ 常木 黎 / 女 / 25歳 / インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
夕暮れ時の帰り道、ようやく手を伸ばせるようになってからのお話、お届けいたします。
どれくらい長かったかって、ここに来て香水を小道具に出せるほどの。
互いにまだまだ知らない面がたくさんあって、それでも選び取った答えと進む道、
これからもお付き合いいただければ幸いです。
FlowerPCパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月29日

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