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『夏の一日 』
百々 清世ja3082)&奥戸 通jb3571



 夏の早朝。日差しは人工島にも等しく降り注ぐ。遮光カーテンの隙間から斜めに漏れこんでくる光と、かけっぱなしの空調のせいで少し乾いた空気の中で、通はふと、眼を開いた。枕元に置いたスマートフォンで時間を確認し、音を立てぬようにそろりと起き上がる。隣で猫みたいに丸くなっていた体温の主が、ベッドの揺れに反応したのか、僅かに声を漏らしたのを聞いてぎくりと身体を強張らせたものの、
「むにゃ…」
 寝言とも寝息ともつかぬ声を僅かにもらして寝返りを打った青年――清世は目を開く様子はなさそうだ。安堵の息を漏らして彼女が目指すのは台所。あまり頻繁には利用しないもので、生活感が今一つ無い新品同然のその場所に立って彼女は冷蔵庫を開き、よし、と拳を握る。
(今日こそは…)
 卵を取り出し、料理本を横に置いてエプロンを装着して準備は万全だ。気合を入れながら彼女は料理を開始し――


 ぼぉん。


 台所から響いた破裂音に清世は目を覚ました。瞼は閉じたままベッドの隣の空間を弄り、自分より少し高い体温が無いことを察して、薄目を開けてふにゃりと笑う。
「あーあ、またかー」
 そろそろ耳になれた感のある破裂音は、彼にとってはそれすら「可愛い」の一言で片づけられる代物であったから、髪をぐしゃぐしゃ乱しながら起き上がる。台所から漂ってくるのは若干焦げ臭い臭いではあったものの、僅かにトーストの焼ける良い香りもしている。リビングへ顔を出すと案の定、赤毛の女性が涙目でフライパンを前にしているところだった。物音で清世の気配を察したか顔を上げた彼女の瞳には僅かに涙が浮かんでいる。
「あああ、あの、キヨくん…えと、その」
「またやっちゃったの?」
 彼女が何かを言うより先に、清世は先んじて苦笑混じりにテーブルのトーストを見遣りながら口を開いた。バターもジャムも抜きのトーストは、しかし程よくこんがりと狐色で、口に入れれば香ばしい匂いがいっぱいに広がる。
「トーストはうまくいったんだね」
「トーストはうまくいったの…」
「で、スクランブルエッグは失敗したと」
「…オムレツの積りだったんだけど…」
「あー」
 ――結果的にスクランブルエッグのような形状になってしまっている、恐らく元は卵であったのだろうフライパンの上の塊に苦笑が漏れる。何かの拍子に破裂したらしくコンロ周りに飛び散った卵をどうやら通はせっせと清掃していたところだったようだ。その手から布巾を取り上げて、清世は笑みを向ける。
「まぁ、掃除は置いといて、先にご飯にしちゃおうよ。今日は買い物行くんでしょ? ちゃんと食べておかないと」
「駄目だよ、冷めないうちに拭いちゃわないと後が大変なんだから。キヨくん、先に食べてていいよ」
「通は真面目だなぁ」
 ふにゃりと笑って、清世はテーブルについた。ただし、フォークを手にしたまま、行儀悪く頬杖をついて、食事には手を付けずにカウンター越しに見えるくるくると動き回る通の赤毛を眺める。何につけても一所懸命な彼女が動き回る姿は、小動物めいた可愛らしさがあったもので、眺めるうちに自然と頬が緩んだ。
 そうして朝食にありつく頃には、もうすっかり卵もトーストも冷めてしまっていたが、温め直そうか、という通の提案は丁重に断ることにし(稀にだがレンジで暖めるだけでも彼女は爆発事故を起こすことがあったのだ)、いただきます、と手を合わせたのはたっぷり20分は過ぎてからだ。フォークを手にした通が少しばかり項垂れる。
「ごめんね、キヨくん。今日は買い物に行くから早めに朝食にしようと思ったのに」
 口に放り込んだ元卵だったものは、何とも例え難い食感であった。それを頬張りながら清世はこくんと首を傾げる。口の中の物体の味にも疑問は感じたが、今はそれよりも、
「ふぁいふぉふぉ?」
「うん、買い物。覚えてる? 昨日、水着買いに行こうって話したよね」
 そういえばそんな話をしたような、しなかったような。記憶は曖昧だったものの、通の水着姿を見られる、と思えば一気に目が覚める気分だった。昨日の俺グッジョブ、と内心だけでサムズアップしておく。
「そっか、そうだったかも。でも、急がなくていいんじゃないかな」
 窓の外を指差せば、朝の日差しは既に夏のそれだ。抜けるような晴天に蝉の声、きっと今日も暑くなるに違いない。
「お昼時は人も多いし、それに暑いじゃん。少し家でゆっくりしてから行こうよ」
「それもそう、かな」
 通がこくりと首を傾げる。全面的な同意にならないのは、きっと彼女は早く買い物に行きたくてうずうずしているのかもしれない。そういえば数日前、通はお気に入りのワンピースに似合いの帽子を買ったとはしゃいでいたような記憶もあった――雨傘を買ったばかりの子供よろしく、彼女はどうやら早い所、それらをお披露目したいのだろう。
「ゆっくり寄り道しながら、出かけようか」
 苦笑しながら提案すると、通は花が綻ぶように笑った。



 アクセサリショップ、可愛いカフェ、猫が欠伸をしている妙に寂れた煙草屋の軒先。ゆっくり歩きながら繁華街からは少し外れた通りを歩き、日常の中で気になっていた店を覗いて歩く。
 焼き鳥屋のお店のおばちゃんが、この辺りでは珍しい冷やし飴を作っていたのでそれをひとつ買って、炎天下を氷を突きながら歩くのはなかなかに贅沢な気分である。
「水着、どこで買おうかー」
 通の為にも、品ぞろえの良い所がまず一番だ。どんな水着がいいだろう、と思案していると、隣で冷やし飴を飲む通がそうだね、とこちらも思案げに言う。
「そうだよね、キヨくんに似合うのがあるといいよね」
「え、俺も買うの」
「そりゃそうだよー、一緒に遊びに行くのに水着が無いと困るでしょ?」
 それはそうなのだが、通の水着を選ぶことしか完全に頭に無かったもので、清世は最後の一滴まで飲み干した紙コップをゴミ箱に放りながらうーんと唸る。
「野郎の水着なんか選んだって面白くないって。それより通はどんなの着たいの? 色とか希望ある?」
「え? 私?」
「ああでも通はどんな水着でもきっと似合うね。楽しみだなぁ」
 真面目に言ったつもりなのに、通はぱっと頬を染めて俯いてしまった。小さく「キヨくんのばか」という言葉が聞こえた気がして首を傾げる。怒られるようなことは言っていない、と思うのだが。
 他方、清世の「可愛い」発言には慣れている積りの通なのだが、こうも直球に表現されるのはどうにも慣れない。頬が火照っている気がするが、これは日差しのせいばかりでもあるまい――もう、と照れ隠しにむくれつつ頬を仰ぐ。そうこうしている間にも目的地である衣料品店が見え始め、道路の向うの熱気に通も思わず視線を惹かれてしまう。主な客層はバーゲン目当ての女の子達だろう、予想通り、結構な数の客が出入りしているようだ。紙袋を抱えた女の子達の表情が晴れやかなもので、ついつい釣られて口元を緩めながら、通は清世を振り返った。
「わ、この時間でもお客さん多いねキヨくん、早く行こう!」
「通ー、そんなに急がなくても」
「可愛いのが売り切れちゃうかも」
「ああ、そりゃ大変だ急ごう」
 一転して駆けだすものだから、通が今度は「そんなに急がなくっても」と諌める羽目になった。こちらも笑いながらではあったが。
 そうして入った店舗は外の真夏の日差しから一転して、クーラーで鳥肌が立つほどに冷えている。とはいえ丁度昼下がりで少しばかり人手は多かったものの、シーズン真っ盛りの水着売り場に来れば気分も昂揚するもので、あれこれと通は水着をとっかえひっかえ眺めはじめた。パレオつきのワンピースは形は綺麗だが柄が今一つ、かといってこちらは可愛いデザインだけど露出が――等と思案していると、後ろをとことこついて歩いていた清世が「あ、」とハンガーラックからひとつ水着を取り出す。
「これ可愛いんじゃないかな」
「え、これ?」
 ――ビキニである。しかも白。白い水着は、シンプルで綺麗だし日焼けも映えるが、シンプルだけに質とデザインでぐっと差が出る。
「おにーさん、これが通に似合うと思う」
 えーっと、露出がちょっと、ともごもごと口にする通の目の前で、けれども清世の目はキラキラ輝いていた。心の底から、本気で言っているらしい。確かに、鏡の前で合わせてみると――露出度はこの際度外視することにする――リボン結びのデザインは可愛らしいし、黒い裏地がついているのもポイントが高い。おまけに、気になった胸のサイズもぴったり誂えたようだ。鏡越しに背後で腕組みをしている清世が、満足そうにうんうん、と頷いているのも見える。
(ええい、女は度胸…!)
「分かった! ちょっと試着してくるね!」
 握り拳で宣言すると清世が「おー、楽しみにしてる!」と完全に観客の構えを見せたもので、照れ隠しと当てつけも兼ねて通は目についた男性ものの水着をひょいと手に取った。
「だからキヨくんはこれね、似合うと思うの」
 手渡したのは海パンである。しかしそれを見下ろした清世は、「まぁ別に通が見たいって言うならおにーさん頑張っちゃうけど…」等と言い出したもので、慌てて通はそれを取り上げた。
「冗談です! ちょっと待って、折角だからキヨくんのは私が選ぶから」
「えー、俺、先に通の水着姿見たいなぁ」
「折角だからお揃いにしようよ」
 ね、と服の裾を引いて上目に強請れば、仕方ないなぁ、と清世が根負けしたように息を吐くのと一緒にそう、応じた。

 とはいえ「少し待って」と言ったものの女性用水着売り場よりはいくらか素っ気ない男性用売場で、通が満足行く水着を引き当てるまでは随分と時間がかかった。既にお昼時をいくらか回っている。
 とはいえ、試着した水着は散々待たされた清世には大層満足いただけたらしく、
「可愛いなぁ、可愛いけどこの水着で一緒にプール行くのは俺ちょっと複雑ー」
「キヨくん似合ってたよ?」
「じゃなくて、通が可愛いから。見せびらかしたいけど見せびらかすの勿体ない気分…」
 本人はいたって大真面目にそんなことを言いつつ、清世がずるずるとうどんを啜る。あれから幾つか試着をしてはみたものの、結局、一番最初に清世が「可愛い」と指差したものが通にとっても一番のお気に入りになったので、二人、お揃いで白い水着を買った。散々選んでも最初に試したものが一番、なんて買い物ではよくある話だ。
 清算を済ませた所でお腹もすいたし、お昼にでも、とぶらぶら歩いた先、見つけた小さなうどん屋で二人は大分遅いランチタイムを過ごしていた。既に時刻はおやつ時と言ってもいいくらいで、客は殆ど居ない。あまりクーラーの効いていない店内に響くは、二人の声と、扇風機の回る音、外から漏れ聞こえる蝉の声くらいだ。
 そんな彼の言葉に、対面に座った通はふぅふぅと蓮華に乗せた麺を吹き冷ましつつ、くすりと小さく笑った。
「じゃあ、私の部屋のベランダに小さいビニールプール置いて、二人でスイカ食べたりするの、どうかな」
「それもありだな、帰りに買ってく?」
「キヨくんてば、気が早い」
 夏はまだまだ続くよ、と通が笑うと、そうだね、と対面の彼も相好を崩す。そういえば夏祭りもあると商店街に張り紙があった。
(浴衣の通も見たいよね)
 内心でうんうん、と頷いている間に、ゆっくりうどんを味わっていた通が箸をおく。ご馳走様でした、と小さく言いながら手を合わせる彼女に合わせ、自分も軽く手を合わせてから、清世は立ち上がりながら、「あ、」と小さく呟いた。
「そうそう、夏って言えばさ」
「うん?」
「ちょっと食べたりないし、帰りにアイス買っていこうよ」
 炎天下でアイスを食べるのは夏の醍醐味だと、清世は信じてやまないのである。先程うどんを食べ終えたばかりのはずの通はその提案にぱっと顔を輝かせた。
「私、イチゴ味がいい!」
「はいはい、知ってます。おじちゃーん、お会計ー」



 通のお気に召す美味しいイチゴ味のアイスを求めて、ついでにまぁ、二人でただのんびり歩いているだけでも楽しいものだから、ついついあちらこちらに寄り道して、二人でアイスを買って帰路に着く頃には、西の空で入道雲が崩れ始めていた。陰る日差しにおや、と二人で顔を見合わせた時には時すでに遅く、ぽつりぽつりと大粒の雨が降ってくる。
「きゃー!」
「うわ、結構本降りだな…!」
 通を庇うようにして走り出したものの、結局のところ途中に出来た水溜りに派手に足を突っ込んで、二人して雨の中笑う。
「帰ったらシャワー浴びなきゃ」
「いいね、一緒に浴びる?」
「もう、キヨくん!」
 むくれる通の顔も可愛くて声に出して笑いながら、二人追い越したり、追い越されたりしながら走り出す。夕立は真昼の日差しを含んで僅かに温く、夏の匂いがしていた。帰ったらシャワーを浴びて、それから、どうしようか。
「花火もいいけど、ホラー映画とか!」
「えー、それよりもキヨくん、バーベキューとかどうかな」
「ああ、それならきっと通が作っても爆発しな………しないよね?」
「な、何で訊くの!? 私だって態とやってる訳じゃ…!」
「知ってる知ってる。じゃあ夕飯は一緒に、バーベキューにしようかー」

 夏はまだまだ続くけれど、二人でやりたいことなら、山ほどあるのだ。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082 /  百々 清世 / 男 】
【jb3571 /  奥戸 通 / 女 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
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夜狐 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年07月31日

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