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『魔女たちの嘲笑は、悪夢の始まり 』
イアル・ミラール7523)&茂枝・萌(NPCA019)

1.
 親友の心は、戻ってこない。そんな絶望感が目の前をちらつく。
 けれど、諦めたらそこですべてが終わってしまう。絶望は現実となる。
 それだけはダメ。受け入れることはできない。どんな小さな糸口でもいい。
 親友を元に戻す。あるべき姿へ…!

 魔女の手によって精神の野生化に至った親友を元に戻すべく、イアル・ミラールは尽力した。
 数週間の時の中で徹底的に調べ、親友が捕まっていた魔女の館で見つけたのは魔女の文字で書かれた誓約書だった。
 イアルはそれを解読すると、イアルは親友を眠らせたのちにとある場所へと向かった。
 誓約書にはこう書かれていた。
『魔女の魔法により、野生に帰したものを生贄に捧げよ
 かの地に魔法陣を抱き、そこに同志よ集え

 魔女の魔法は、見えぬ絆
 それを解く者、誓約を破る者に罰を与えよ

 魔女の誓約は、呪いと等しく
 永劫の時を経ても、それは続く』

 都内、山の手にある一流ホテル。
 イアルはそこへ足を踏み入れる。親友のために。

 ―… 魔女の誓約は、呪いと等しく 永劫の時を経ても、それは続く …―


2.
 そのホテルの地下には、従業員も知らない世界が広がっている。
 戦争よりももっと昔に作られた地下の広間には、蝋燭の光が揺れ、風の音がまるで悲鳴のように響き渡る。
 中央フロアには大きな祭壇と、それに見合うだけの大きな魔法陣が描かれている。
 中世、魔女狩りを逃れアンダーグラウンドに潜った魔女たちの行き着いたところ。
 秘密結社。子孫もいれば、当時から変わらぬ美貌を保ったままの者もいる。
 親友をあんな姿にした魔女も、この秘密結社の一員であった。

 風に乗って聞こえる女性たちの呻くような、鳴くような声はイアルの親友がかかったもの同様の魔術であることは容易に想像できた。
 黒いローブを身にまとって潜入したイアルは気付かれぬように注意深く部屋を調べる。
 怪しげなハーブ、魔術書、売買契約書、名前のリスト、値段表。
 胸糞の悪くなる紙束を元に戻して、イアルは探し彷徨う。
 ここになら、親友を元に戻す手掛かりがあるはずだった。そうでなければならないのだ。
 幸い、人が少なく調査は楽に進んでいた。
 早く、人が来ないうちに。一刻も早く親友を元に戻す方法を。
 焦りがイアルの感覚を鈍らせる。相手が魔女であることをイアルは忘れている。
 彼女たちもまた、視線を潜り抜けて生きてきた猛者なのだということを…。

 大きなフロアの扉でイアルは警戒を強めた。辺りを見回して人の気配がないことを確認した。
 しかし、それだけでは不十分だった。
 扉の両脇にあった植物が、音も立てずにイアルの足をからめ捕り、両腕を拘束した。
「っ!?」
 小さな声を上げたが、それは意味のないことだった。
 開け放たれた扉の奥に強制的に連れ込まれ、地べたに押さえつけられる。
「…! なっ!」
 異様な力に屈服させられながらも、イアルが顔を上げるとそこには黒いローブの魔女たちの姿。

「ようこそ! 今宵のゲスト、イアル・ミラール!!」

 拍手喝さいが起きる。称賛の声。イアルを包む、異様な高揚感は得も言われぬ気味の悪さ。
「さぁ、このゲストを陥落させるのは誰? 遠慮はいらないわ。魔女の魔法を解こうなどという不届き者に我らの裁きを!」
 祭壇から聞こえる高らかな声に、野次馬のように次から次へと声が上がる。
 まさか…罠だったの!?
 イアルがそう思うと、祭壇の魔女は高らかに笑う。
「罠? そのように稚拙なものではないわ。イアル・ミラール。我らが同胞を死に追いやった卑しく下等な者。我らの涙を、我らの慟哭をその身に刻むための儀式にようこそ!」
 多方向から唸り声と共に黒い影が躍り出る。
 しかし、イアルは囚われの身。手も足も出すことができず、その攻撃をまんまとその身に受けることになった。
「うぐっ!」
 野生化した女性たちの爪がイアルから衣服をはぎ取り、その身に傷をつけられる。
 いや、囚われていなくてもイアルには反撃できない。野生化した女性たちが親友の姿に重なり合い、まるで自分を非難しているかのように見えたのだ。
 親友を…あなたを見放したわけじゃないの! わたしはあなたを助けたいの!
 その身に刻まれる痛々しい痕に、イアルは苦悶し、魔女たちは嘲笑うのだ。


3.
「我らが同胞を死に至らしめた罪は重いわ」

 茂枝萌(しげえだ・もえ)は、その光景を身を隠しながら堂々と見ていた。
 光学迷彩機能のついた潜入用パワードプロテクター『NINJA』がそれを可能にしていた。もちろん気配は消す必要があったが。
 この少女が何故ここにいるかと言えば、立て続けに起こっている美少女・美女達の失踪事件の捜査であった。
 …裏の情報筋から攫われた美少女や美女たちが精神崩壊した姿で生きている、との情報を掴んでいた。そして、その一連の事件の裏に人身売買と魔女の秘密結社が深く関わっていることも。
 逮捕、抹殺…それらを目的とし、このホテルの地下に隠れ家を持って状況を把握し、本日この日に執行する…予定だった。
 が、それはイアルの存在によって大きく狂ってしまった。
 抵抗できないイアルの姿、魔女たちは寄ってたかって氷の魔法を浴びせる。
 次第に凍っていく体を引きずりながらも、イアルはプールまで歩かされた。そこで断罪を始めた。
「永劫の咎の烙印を。我らの絆を断ち切り、同胞全ての生存を脅かしたイアル・ミラールに氷の棺を!」
「…ス…ミッ…!!!!」

 どぼんっ

 必死に親友を求めてさまよう手は虚空を掴み、絶望を見た瞳が凍りつきながらプールに転落した。
 するすると、今までイアルを拘束していた植物はイアルから蔓を離した。
 プールは液体窒素で満たされていた。
 イアルは溺れるでもなく、ただ凍りついた。
「凍りつくだけでは飽き足らない。粉々に。我らの恨みをその身の欠片にまでわからせるの!」
 もはや動けぬイアルを指差し、魔女たちは其々の魔術を持ってイアルのその身を砕こうとする。
 萌は考えるより、動いていた。
 液体窒素のプールに飛び込み、イアルを引き上げた。そして、それを抱えたまま脱出した。
「な!?」
 魔女たちが驚愕する中、萌はただ淡々とイアルを助けた。
 パワードプロテクターがあったからこそできた技。
 偶然萌がそこにいたから、できたことだった。


4.
「ちょっと待ってて」
 萌はイアルを隠し部屋に連れ帰ると、風呂の用意をした。
 風呂、といっても水風呂である。
 瞬間的に凍り付いたものは、すぐに水に漬ければ元に戻る事がある。
 うろ覚えの知識であったが、何もしないよりはマシだと判断した。
 立ったまま凍ってしまったイアルを風呂に入れるのは一苦労であったが、水風呂に浸すと肌がやや赤みを差してきた。
 これならうまくいくかもしれない。
 ところどころ柔らかくなったが、まだまだ関節も動かぬイアルに萌は考えをめぐらす。
 人間を温めるなら人肌で。
 これも聞きかじりだが、やるだけのことはやってみよう。
 風呂場からイアルを出して水分を拭いてからベッドに寝かせる。
 萌もパワードプロテクターを脱ぎ、下着姿でイアルに寄り添う。
「死んじゃダメだよ」
 ひんやりとした肌が、萌の温かさを吸収してバラ色に変わる。
「あなたのことを待っている人がいるんだよね? なら、負けちゃダメだ」
 胸の鼓動が段々と力強さを増していく。
 萌がからませた指に、微弱な力ながらその指をからませてくる。
 あなたは生きなきゃいけない。
 ぎゅっと抱きしめた体に、生命が戻りつつあるのを萌は感じた。

 呼ぶ人の声が聞こえる。
 わたしを助けてくれたのは誰?

 うっすらと目を開けたイアルは、その影に安堵する。
「カ…ミ…たすか…たの?」
 イアルの瞳は解凍しきっておらず、視力を取り戻してはいなかった。萌が親友に見えていたのだ。
「助かったよ。大丈夫」
 安心させるように萌が言うと、イアルはホッとしたように再び夢の底に落ちた。
 次に起きた時は、全ての体の感覚も元に戻っているだろう。
 
 けれど、イアルの夢は覚めない。
 イアルにかけられた悪夢の呪い。イアルはこれから先、魔女に狙われ続ける。

 ―… 魔女の誓約は、呪いと等しく 永劫の時を経ても、それは続く …―
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年08月05日

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