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『夜風の女 』
ガイ=ファング3818)&(登場しない)


 人を殺して、物を奪う。最低の行為である。
 そういう事を平気でやらかす者たちを、ガイ・ファングはこれまで大いに討伐してきた。賞金稼ぎとして、当然の仕事だった。
 無論、正義の味方を気取るつもりはない。
 だが人を殺して金品を奪うような輩を、剛力で捻り潰したり鉄拳で打ち砕いたりする事には、何の疑問も感じなかった。狩りの獲物として仕留め、金に換える。そうされて当然の者たちであると、ガイは思っていた。今も思っている。
「……俺も、そうかな」
 呟いてみる。
 深夜である。夜行性の生き物たちが、山林のあちこちで奇声を発している。
 だから、というわけではないがガイは今、眠れなかった。
 宿泊場所と定めた洞窟の中で、地面に座り込み、太い腕を組んでいる。
 すぐ近くでは、修行仲間である男が、ガイに劣らぬ巨体を横たえ、呑気な寝顔を晒していた。
 かつて死神と呼ばれた闘士。眠っていると、単なる気のいい大男にしか見えない。
 ガイは眠れず、目の前にあるものを見据えている。
 地面に置かれた、真紅の球体。
 ガイの巨大な掌に載せると、いささか小さく見える大きさである。
 夜闇の中で、淡く発光しているかのような輝き。
 宝玉の類である事は間違いなさそうだった。
 ガイは、人を殺して、これを奪った。
 結果として、そういう形になってしまったのだ。
 赤竜の鎧を着ていた男の、遺品である。
 原形のなくなった屍を、せめて墓でも作ってやろうと思いつつ運び上げた際、転がり落ちてきたのだ。
 値打ちもんなら、売っちまえばいいじゃねえか。死神はそう言った。あんまり深く考える事じゃねえと思うぜ、とも。
 確かに、その通りではあるのだ。
 返そうにも、持ち主であった男はすでに死んでいる。殺さなければガイが殺されていた、だけではなく大規模な山火事が起こっていただろう。
 そういう理屈は抜きにして、最後に残った形だけを見てみると、やはり自分が殺して奪ったという事にしかならない。ガイは、どうしてもそう思ってしまう。
「……お悩みのようですわね」
 声がした。冷たい夜風を思わせる声。
 涼やかな眼差しを、ガイは感じた。
 洞窟の入口付近。微かな月明かりの中、ほっそりと優美な人影が佇んでいる。
「殿方は、私たち女からすれば取るに足りない事で案外、深くお悩みになるもの……ですが、貴方がそのような方で助かりましたわ」
 ガイは呆然とした。自分に最も縁がない、と思われる存在が、そこに立っていたからだ。
 美しい、女性である。
 細く優美な身体は、マントかローブか判然としないものに包まれている。
「その宝玉が元々、私たちのものであると申し上げたら……貴方のお悩み、綺麗に解決するのではなくて?」
「そいつは……そうだが」
 女性と普通に会話をするのは、もしかしたら生まれて初めてかも知れない。そんな事を、ガイは思った。
「それは赤竜の鎧を着た男が、私たちの聖地より奪い去ったもの」
 女性が言った。
「我が一族の、新たなる命の誕生を司る秘宝……返して、いただけますわね?」
 涼やかな眼差しが、静かに燃え上がる。
 この女性は命を捨てている、とガイは感じた。自分と戦い、刺し違えてでも、この宝玉を取り戻そうとしている。
 単なる美女ではない事は、見ればわかる。
 何しろ声をかけられるまで、ガイはその存在に全く気付かなかった。気配を、感じなかったのだ。
 眠れずにいたガイであるが、もし熟睡している時に、この女性が訪れていたとしたら。
 宝玉をあっさり取り返されていた、だけではない。彼女が賞金稼ぎの類であったとしたら、ガイは殺されていただろう。
 それをせず、自分がこうして目を覚ましている時に、堂々と話しかけてきた女性。
 信じる理由としては充分だ、とガイは思った。
 一族の、新たなる命の誕生云々といった事情も、今はどうでも良い。
 ガイは立ち上がり、歩み寄り、真紅の宝玉を手渡した。
 ガイの掌に載せると小さく見える宝玉。女性の繊細な両手で、辛うじて包み込める大きさである。
 それを美しい五指で愛おしげに撫で、マントあるいはローブの懐にしまい込みながら、彼女は言った。
「願いを1つ……叶えて差し上げられますわ」
「願い? 俺のかい」
「ええ。宝玉を取り戻して下さったお礼に……おっしゃって? 貴方の、望みを」
 まじないのようなものだろう、とガイは思う事にした。
「……賞金首を、そろそろ廃業してえんだがな」
「賞金稼ぎの方々に、お命を狙われていらっしゃる?」
「ああ。それはそれで実戦の修業になってたけどよ……山火事を起こしてまで、続けるもんじゃねえからな」
 無惨に焼かれた山林を、今は再生させている最中である。
 そこへまた、炎を使うような賞金稼ぎが攻めて来ないとも限らないのだ。ガイの首に、賞金が懸かっている以上は。
 闇社会の大物たちが、高額の賞金を懸けてまで、ガイの命を狙っている限りは。
 このたおやかな女性に、それを取り消させる事など、出来るわけがない。
 だが、彼女は言った。
「お金が目的で貴方を狙う方々は、いなくなりますわ」
 その優美な姿が、ふわりと翻ってガイに背を向ける。
「穏やかな日々が、貴方に訪れるでしょう……戦いが恋しくなるほど、穏やかな日々が」
 夜風が、洞窟の中に吹き込んで来る。
 ガイがそれを感じた時には、女性の姿は消えていた。


「おいおい……一体、何が起こったんだよ」
 ガイは思わず、そんな言葉を発していた。
 山麓の町である。
 ちょっとした買い出しのついでにガイは、賞金稼ぎ組合の窓口に顔を出していた。
 堂々と貼り出されてあった賞金首ガイ・ファングの手配書が、撤去されていた。
 寂しさ、に近いものを、ガイは感じてしまったのだ。
「そいつは、こっちの台詞さ」
 窓口の係員が言った。
「まったく、わけがわからんよ。とにかく組合の上の方から、あんたの手配書を全部剥がして捨てるように命令が来たんだ。闇社会の旦那方が、あんたに懸けていた賞金を取り消しちまったらしい……あきらめた、とも思えないんだがな」
 あの女性が、何かをした。
 闇社会に、何かしらの働きかけを行ったのか。
(あの女……裏町の顔役か何か、だったのか?)
 考えて、わかる事ではなかった。
 魔力の類か、あるいは得体の知れぬ影響力か。
 とにかくガイにとっては計り知れぬ手段を用いて、あの女性は本当に、願いを叶えてくれたのだ。
 得体の知れぬ力、でも何でもない。単純に強いだけ、なのかも知れない。
 だとしてもガイは、戦ってみたい、とは思わなかった。
 どれほど強くとも、女性を戦う対象として見る事は、ガイには出来なかった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2014年08月06日

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