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『千早振る 』
恒河沙 那由汰jb6459)&百目鬼 揺籠jb8361


 暑い。
 気温もさることながら、湿度が酷い。いっそスッキリさっぱり雨でも降りやがれというもの。
 しかし憎たらしいほどに、空は、青い。
 久遠ヶ原、ただいま記録的猛暑更新中。


 学食のオープンテラスで、へたばっている妖怪が二人。
 恒河沙 那由汰と百目鬼 揺籠だ。
「何処行っても暑ぃな……」
「こんな日は、なんでもいいから涼みたいですねぇ」
「いっそ、海とか行っちまうか」
 涼やかな場所を思い浮かべ、那由汰がぼやく。
「……海? なんで仕事でもねぇのに、そんなとこ」
 対して、突っ伏してた揺籠が身を起こす。
「あぁ? いいじゃねぇか、涼しくてよ。川ならどうだ? 木陰で昼寝も悪く……」
「川なんざ、とんでもない」
 ツンと顔をそむける揺籠を前に、那由汰は眉間にしわを深く深く刻み込む。
 ただでさえ、暑くてイライラしているというのに。
 暑くてイライラしている中、少しでも涼しくなるよう提案しているのに。
「じゃあ何処に行くんだよ」
 怒鳴ることさえダルい。
「狐さんの方が、そういうの詳しそうじゃねーですか」
 考えることも、ダルい。
「……てめえ。アレもダメ、コレもだめ、っつっといて」
 那由汰の苛立ちに、しかし揺籠は動じない。
 彼の飄々とした面の皮のその下には、悟られてはいけない弱点を隠すために必死という実情が潜んでいることを、当然ながら那由汰は知らない。
「まぁいい。じゃあ黙ってついてこいよ、あとオメェのおごりな」
 気だるげに後頭部を掻き、那由汰は別の切り口からの『涼』を思いつく。
「ま、夏は仕事にも恵まれてやすし、多少の情けなら」
(縁日の金魚より、チョロく釣れたな)
 そう那由汰が考えていたことを、当然ながら揺籠は知らない。




「……竹林?」
 風もないのにザワザワと揺れる壮大な竹林を見上げ、揺籠が思わず己の現在地を確認する。
 此処は久遠ヶ原、の筈だ。なんだってまた、こんなもの。
 狐の妖怪はスタスタと迷いなく細い道を進み、少しだけ年かさの妖怪は慌てて彼の後を追う。

 抜けた先に、一件の茶店。

「よくまぁ、前回の餅屋と言い…… 知ってますねぇ」
「充実した時間の過ごし方ってやつをしているからな」
「娯楽なんて量より質でしょうよ」
「その『涼』が欲しいっつって駄々こねたのはどこの爺さんだっけなぁー」
「そいつはリョウ違い って誰が上手いことを」
「おーい、美味いあんみつ、二つ頼むわー」
 揺籠の声を背に聞かせ、風鈴が鳴る戸を潜って那由汰が注文を通す。
 意外にも、応じたのは若い女性だった。

 ひんやり冷えたガラスの器に、彩りよく飾られたフルーツ、白玉、小倉餡。
 みつ豆と寒天の歯触りが楽しい。
「こいつは生き返る」
「ん……。うめぇな……」
 特別な材料を使ってるわけじゃない、フルーツだって缶詰だ。
 けれど、簾越しの日差しや、心ばかりの風鈴の音が涼しさを運ぶ。
「なーんか懐かしい感じがしやすねェ」
「だろ」
 アイスクリームを乗せたり、豪奢な材料を使ったり、やたら大盛りにしたり……様々なアレンジが増えた『あんみつ』も、結局は素朴が一番、安らぐ。
「よし。食ったか、揺籠」
「? えぇ」
「じゃ、次行くぞ」
「次?」
「あと半刻しねぇで、この店は混み始める」
「半…… ああ、だいたい放課後の時間…… なるほど」
 店内の時計と、売り子の女性を見比べて揺籠も得心する。恐らく文字通りの『看板娘』なのだろう。




 竹林の茶店を後にして、歩くこと約10分。
 暑い。
「俺が暑さで死んだら、狐サンを末代まで祟ってやりますからね」
「ンなヤワな理由で死んだら、末代まで笑ってやるわ」
 そうして到着したのは、どこか品のある和菓子店。奥が座敷席になっている。

「へぇえ……。こいつは手の込んだ菓子でさ。ちっこいのに、表情豊かというか」
「ここは、上生菓子もうめーんだが。この季節はやっぱ『葛切り』だな」
 ショーケース内の菓子へ見惚れる揺籠へ、那由汰が店内専用メニューを見せる。
「トコロテンとは違うんで?」
「違ぇよ! モノを知らねぇじーさんだな。葛ってぇのは、奈良は吉野の」
「お兄さんだっつーの。して、その話、あとどんくれぇ残ってますかね」
 暗に切り上げろと促し、ショーケース上の金平糖にも心くすぐられつつ揺籠は思案する。
「狐サンおすすめは葛切り、と。一口貰うとして、俺はこっちが気になりますかねぇ。この透明なのも、葛を使った菓子なんでしょう?」
「いや、そいつは寒天だ。錦玉羹だな」
 透明と淡いブルーのグラデーションの寒天で金魚を見立てたイチゴを閉じ込めた菓子は、見目涼し気であり揺籠の心を動かした。
 ……からの、値札を見て絶句。
 高価い。
(手のひらよりも小せぇのに……!?)

 舌にまとわりつくようで、するりと喉へ逃げてゆく葛切りの感触は独特で、なるほど先ほどの寒天とは違う。
「千早振る神代にもない、ってぇのはこのことで。見た時は三杯酢でも掛けた方が美味いかと思いやしたが」
「違ぇだろ?」
「黒蜜ってのが乙ですねぇ……」
「だから、さっきの店では白蜜にしといたんだ」
「…………そこまで計算して」
 狐耳をヒョコリと出して満足げに抹茶をすする那由汰を前に、揺籠、若干、引く。
「ちぃと悩んじゃいたが、水羊羹も頼んで正解だったな」
 結局、揺籠は水羊羹をオーダー。
 店員の計らいで、葛切りとを半々に盛り付けて出してくれたので、奪い合いの心配も不要となった。
 口どけのいい、さらりとした水羊羹は夏の風物詩。
「狐サン、結構グルメですよね……」
「どうせ食うなら、美味ぇモンがいいってだけだ」
 というわりには、非常に丁寧な手つきで水羊羹を掬い、口元へ運んでいる。慣れている。
「ま、和菓子の決め手はどれにしたって『水』なんだけどよ」
「そいつはまた、安価な」
 天然の湧き水を、わざわざ毎日汲みに行っては餡を炊く店もある。
 原価ゼロだが、手に入れるまでの苦労は蛇口を捻るよりも大変だ。
 しかして、原価ゼロ。
 守銭奴・揺籠からすれば、良い食材を手に入れるための苦労はして当然、元値がタダなら安いもの、となる。
「その美味い水も、ちぃと昔なら労なく手に入ったってのにな」
「そうですねぇ」
 百と幾つか重ねた昔を思い、二人は葛切りを味わった。




「さぁて、次は――」
「ストップ。そこで停止です」
「あぁ?」
「今日の予算は使い切りやした。ってぇか、まだ行くつもりだったんで?」
「二、三品食ったくれぇで和菓子を知った気になるんじゃねぇよ」
「そんな主旨でした!?」
「オメェのオゴリで黙ってついてくるとなりゃあ財布も同然だろうが!」
「てめえの財布になった覚えはねぇでさ!」
 ――ピシリ。
 二人の間に冷たい空気が走り、それは熱風へと変化して迸る。
 熱風を突き抜けるのは揺籠の鉄下駄だ、掌底のごとく足裏全面で繰り出す中段前蹴り――を、
「獲物が一種類ってのは残酷だなァ!?」
 磁力掌で受け止めた那由汰が、酷薄な笑みを浮かべ――
 電撃纏うサンダーブレードで鉄下駄もろとも斬り払う!!
「かっわっいっげっの、ねぇえええええ!!!」
 痺れて麻痺状態に陥った揺籠だが、移動できないというだけで攻撃ができないわけではない。
 さぁ追討ちだと言わんばかりに接近した那由汰の胸倉を、百眼の刻まれた左手で掴む。
「年上の言うことは、大人しく聞くもんでさ……」
 鬼術『百眼夢』――揺籠の使う技の一つに、那由汰が取り込まれる。
「……すだち餅……だらけ、だと」
「どんな夢を見てんですかい」




 ――もち……
「ん、あ……?」
 目覚めてはバトルの繰り返し、共倒れしてどれだけ経ったか……陽は、暮れはじめていた。
 馴染みのあるフレーズに、馴染みのない歌詞が乗って流れてくる。
 揺籠は怪訝そうな眼差しで、そっと身を起こした。

 わーらびぃいい〜〜もち

「石焼きいもじゃねぇんですから!」
「お。あれで〆にすっか」
 遠くに屋台を見かけ、那由汰も起き上がる。
「なんで動じないんですか狐サン」
「西じゃ、よく回って…… あぁ、オメェさんは上方に行ったことがねぇのか」
「行ったことくらい、ありまさ! 言っときますけど、こっから先は個人持ちですよ」
「……ケチくせぇこと言うなよ。あ、パックかモナカか選べるから考えとけよ。黄粉の量がハンパなくて安っぽくて美味い」
「褒めてんだか貶してんだか」
「高級品だけが和菓子の美点じゃねえっつーことだ」

 良い物を使って美味しいモノが出来上がるのは、ある意味で『当然』で。
 冷たいものを使って涼むことも『当然』で。
 けれど、身近にありふれたものを使いこなして涼しさを作り出すことも可能だと、学んだばかり。
 さて、狐サンが最後に推す、お買い得わらび餅の味は如何に――?

「あっ、狐サンずるい!」
 揺籠がパックかモナカか悩んでいる隙に、さっさと勘定を済ませた那由汰が一人ダイヤモンドダストで涼んでいる。
「望みとありゃあ、愛用のそろばんに花でも咲かせてやろうか」
「木製ですけど、既に植物ではねぇでしょォ!!」
 キラキラと氷の結晶を背負った那由汰の笑顔が、瞬間最高不快指数だったと揺籠は後に語る。


 夕暮れ時に、妖怪二人。
 長い影を尾のように引き、川辺でわらび餅と冷たい緑茶に舌鼓を打つ姿。 
 遠目には、とても和やかなものであった。遠目には。




【千早振る 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6459/ 恒河沙 那由汰 / 男 / 23歳 / アカシックレコーダー】
【jb8361/ 百目鬼 揺籠 / 男 / 25歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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妖怪たちの和菓子テロノベル、お届けいたします。
タイトルは、強引ですが上方落語から。
『知ったかぶり』の噺ではありますが、二転三転としていく姿を重ねてみました。
アクアPCパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年08月07日

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