▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Unexpected contact 』
千影・ー3689)&栄神・万輝(3480)&クインツァイト・オパール(NPC5478)

 その日は夏特有の雷雲が空を覆っていた。
「いやねぇ、このままじゃ降ってきちゃうじゃない。屋上に出してる白衣仕舞わなくちゃ」
 立て付けの悪い窓枠から空を見上げてそんな独り言を漏らしたのはクインツァイトであった。
 夕空に立ち込める暗雲を睨みつけつつ、ため息がこぼれ落ちる。
「全く、お天道さまは気まぐれよねぇ……お昼までは晴天だったのに」
 そう言いながら、軽く伸びをした彼、もとい彼女はビルの屋上へと足を向けた。

「チカ、出かけるのかい」
「うん、いつものお散歩」
「外は雨だよ」
「大丈夫、あと少しで止むよ」
 そんな会話を交わし、黒い小さな子猫はぴょんとバルコニーの手すりの上に飛び乗った。
 つい数分前まで、雷雨が降っていた。夕立というものだろうが、それが小一時間ほど続いていた。バリバリという轟音が響き、音で屋敷内が揺れていると錯覚するほどであった。
「何かあったら電話するんだよ」
 子猫のぱたりと広げた羽根をみやりつつ、そう告げるのは彼女の主である万輝だ。彼は片腕に自分の化身である垂れ耳兎の静夜を抱きかかえている。
「うん」
 主の言葉をせに受け、チリン、と鈴の音を鳴らしながら子猫――千影は元気の良い返事をして、足元の手すりを蹴りあげた。

「もうっ! 何なのよコレ!?」
 雑居ビルからそんな悲痛な声が響いた。場面は再びクインツァイトの店に戻る。
 店内には誰もおらず、巨体が地面に尻餅をついてブルブルと震えていた。
 数分前に耳を劈くほどの大きな雷が鳴った。「どこかに落ちたかしら」などと独り言を言いながら店内の掃除をしていたクインツァイトが次に目にしたものは雷獣の群れ。狼よりは虎を想像したほうが良いだろうか。バチバチと体中に雷を纏いながらクインツァイトの店内をウロウロと歩いている。
「こういうのはネットの世界だけにしてちょうだいっ」
 しっしっと右手でそんな仕草を見せながら、彼は情けない姿でカウンターの裏に回り込む。
「ちょっと、店のもの食べないでちょうだいよ!?」
 クインツァイト自身に襲い掛かってくる様子は今のところ見受けられない。だが、一体がパソコンそのものを飲み込もうと大きな口を開けた。
 悲鳴に近い言葉とともに、彼は右手から破弾を打って牽制する。本来であれば怪異などは何にも怖いとも思わないのだが、こういった予想もしない突然の出来事には心が追いつかないらしい。
「あっそうだわ、こういう時の怪奇探偵よねっ」
 困り果てた後に、彼は都内に存在する某興信所を思い出し、携帯電話を取り出して素早く掛けた。
「た、助けてちょうだい。アタシの店に変な獣がいっぱい出たのよ。アンタ怪異専門の探偵なんでしょ!?」
『――専門じゃねぇ。っつーか、そっち路線の依頼は一切受けねぇぞ!!』
「ちょっと、それでもアンタ探偵なの!? 非道すぎるわよ!!」
『……くそっ。とりあえず、俺は行かねぇからな。そのかわり、一つだけアドバイスしてやる。表でシシャモ焼いてみろ。ただし、国産のシシャモだ! しばらくすれば、運が良ければ猫神様が来てくれるはずだ』
 ――運が良ければ。
 クインツァイトは当てにならい某探偵との会話を終えて、はぁぁ、と深い溜息を吐いた。
「猫神様ってナニよ。都市伝説とかじゃないのソレ……しかも、国産のシシャモがお備えってどんだけ贅沢もののカミサマなのよ!?」
 アタシはカミサマなんて信じてないんですからね、とぶつぶつ言いつつも、彼は店の奥から七輪を取り出し、ベランダにそれを設置して、近くのスーパーに走った。最近は二十四時間営業をしている店も多く、こういう時は非常に助かるものだ。
 幸いというべきか、雷獣は店の外には出てくる気配はなかった。攻撃性もさほど高くは無いようで、ソファでのんびりと眠っている個体などもいる。クインツァイトが息を切らしながら片手にスーパーの袋を手に下げて戻ってきても、ちらりと見やるだけで何もしては来なかった。だが、このまま此処に居座られても困る。
「これで解決しなかったら、明日嫌がらせに押しかけてやるんだからっ」
 彼は再びベランダへと出て、うちわを片手に七輪を煽りながらそう言った。
 網の上には国産シシャモが四つ並んでいる。チリチリ、と良い音と魚の油が焦げる匂いが空を舞った。
 ――数分後。
 何の気配もなく、ひらりと舞い降りてきた存在がある。
「うにゃ〜ん、こんばんは♪」
「!?」
 たしっ、と綺麗に着地したそれは、小さな黒い子猫だった。
 半信半疑でシシャモを焼いていたクインツァイトは、信じられないといった表情で身体を震わせた。
「あ、アンタが猫神様……?」
「ふにゅ? あたしはチカだよ、初めまして。お名前聞いてもいい?」
「……アタシはクインツァイトよ」
 子猫は尻尾をゆらりと左右にしながら、クインツァイトにそう問いかけてくる。
 面食らいつつもクインツァイトは自分の名を名乗り、自身の姿勢を整えて改めてその子猫を見返した。
 よく見れば、背中に小さな羽根が生えている。この羽根でここに降りてきたのかと考えていると、子猫は七輪を見てまた「うにゃん」と鳴いた。
「クインツァイトちゃん、これ食べてもいいの?」
「アレを何とかしてくれるってんなら、いくらでも食べていいわよ。っていうか、自分の名前にちゃん付けられるのも初めてだわね……悪くないけど」
 その響きは彼にとってはまんざらでもないものだったらしい。そんな言葉を繋げた後、クインツァイトは自分の背後に親指を持っていった。
「ふにゃっ、大きな子がいっぱい。あの子たちをここから追い出せばいいのね?」
 子猫はクインツァイトの肩口に飛び乗り、そこから見える店内をじっくりと見やった。分かるだけでも五匹。
 決して広くはない店内をウロウロと歩いているそれらに、子猫――千影は緑色の猫目を輝かせた。
「うーん、チカだけだと、お店のいろんなもの壊しちゃうかも。……クインツァイトちゃん、ちょっと待ってね」
「……ええ!?」
 千影はそう言いながらまたベランダの地面に降り立ち、瞬時に姿を変容させた。
 黒猫の姿から、可憐な少女へと変わる瞬間を目の当たりにしたクインツァイトは、あんぐりと口を開き言葉を失っている。
 黒地に緑色のラインが入ったワンピースをふわりと宙に舞わし、彼女はにこりと微笑んだ。
「あんた……さっきの子猫よね?」
「うん、チカだよ。えっと、ちょっとお電話するね」
「?」
 千影はそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出した。画面をワンタッチして、それを耳に当てる。
 そんな仕草ですら可憐な少女は、クインツァイトの警戒心をアッサリと崩してしまう。
「やだ、可愛いわ、この子……」
 ぽろりと零れた本音に、クインツァイトは思わず手を口元にやった。
「――あ、万輝ちゃん! チカだよ。あのね、ちょっとお願いがあるの」
 数回のコールのあと、千影はパッと表情を変えてそんな言葉を繋げる。こつ、と彼女の靴がコンクリートに当たる音がした後、繋いだ相手である万輝が静かに答えを返してきた。

 千影が散歩に出かけた後、万輝はいつも通りのパソコン部屋に篭っていた。膝の上に乗せている静夜のブラッシングをしつつネットの世界の行方を黙って見守る。『情報屋』である彼にとって欠かせない至福の時間でもあった。
 主の手慣れた手つきにうっとりとしていた黒い兎は、次の瞬間に垂れた耳をピクリと動かした。
 それに気づいた万輝は、手を止めてキーボードの隣においてあるスマートフォンを見やる。
 直後、画面が光りそれが震えた。『千影』と名前が浮かぶ。
 万輝は僅かに眉根を寄せつつ、スマートフォンを手に取った。何かあれば連絡をと伝えてはいるが、『何か』が起こっても彼にとっては面白く無いらしい。
「……もしもし。チカ、どうしたの」
 相変わらずの落ち着いた口調でそう告げる。
 すると掛けてきた千影が「あのね」と切り出してきた。
『えっとね、お散歩の途中でシシャモのいい匂いがしてね。それでね、ちょっと寄り道して、クインツァイトちゃんと出会ったの。そしたらね、大きな猫が……あれ、虎かな?』
「チカ……僕に分かるように話して」
 電話の向こうの千影は元気そうであった。だが、聞いたことのない名前と少しの厄介事に首を突っ込んでいるらしいと言う現実に、万輝の眉間の皺が深くなる。
『チカね、今、ネットカフェにいるの。ユビキタスってお名前だよ。クインツァイトちゃんはね、そこの店長さんなんだって。でね、さっき大きな雷鳴ってたでしょ? あの時に、お店にバチバチする虎が降りてきたんだって』
「……雷獣だね。落雷の時にたまに生じる現象だけど……ネットカフェか」
 万輝は千影との会話を続けながらキーボードを叩いていた。ユビキタスと打つとすぐに特定の場所が呼び出される。
(最近ちょっと噂になってるネットゲームと同じ名前の店……クインツァイトって多分偽名だろうな)
 心でそんなこと呟きつつ、ネットカフェの様子を探る。粗方の状況を読んだ彼は、再び口を開いた。
「チカ、そこの店長のメインマシンを借りて。現状で動くのが難しいから僕に掛けてきたんだろう。だったら、そいつらを電脳世界に送り込めばいい。今から僕のネットワークを一つ開放するから、そっちから送って」
 彼はそう言いながらワークステーションを起動させた。彼専用のメインマシンの一つである。
『万輝ちゃん、こっちの準備はオッケーだよ』
「……さすが、ダイブサーバーを動かすだけの力を持つだけあって、対応が早いな。じゃあ、チカ。後はいつも通り、任せたよ?」
 彼はうっすらと口元にだけ笑みを浮かべて、タン、とキーボードを叩いた。
 直後に「はーい」と聞き慣れた声が耳に届いて、一旦会話が終えられた。だが、通話状態は保ったままである。
「さて、雷獣からは何を得られるのかな。雷が残した産物……面白い情報が詰まってると有り難いんだけど」
 そんな独り言を漏らしながら、万輝はワークステーションが繋がれている方のモニターへと視線を移すのだった。

「ちょっと、相手は空から降ってきたのよ? 大丈夫なんでしょうね?」
「うん、電流の原理……っていうのかな? そういうので、あっちに送っちゃえばいいんだって。えっと、この子たちの後処理はチカの役目だから、クインツァイトちゃん、ちょっと行ってくるね」
「えっ? チカちゃんアンタまさか、ダイブするつもり!? 危ないわよ……って、ちょっとォ!!」
 クインツァイトのメインマシンの前に立った二人であったが、千影はにこっと微笑んでそう言った後、その場から姿を消した。同時に店内に居た雷獣の姿も全て消えている。クインツァイトはただただ驚きの悲鳴を上げるばかりであった。
「もー、どうなってんのよ!」
 彼はそう言いながらモニターを見た。その先には千影らしいシルエットが浮かぶ。
『さてと、お仕置きの時間だよ。人間の世界でヒトを困らせちゃダメなの。いくら雷様でも、やりすぎだよ?』
 千影はモニターの向こうで鈴のように笑いながらそう言った。
 そうして、シュッと伸びたのは彼女の右手からの長い爪。ニタリと笑みを浮かべる彼女の表情は、普段の愛らしいものとは違い、獣のそれに近いものであった。そうして、一瞬のうちに雷獣たちは千影の爪に引き裂かれてバラバラに散る。ゲームで見かけるような、ドットが四方に散るような光景であった。
「ほ、ほんとに倒しちゃったわ……何者なの、この子……」
 一部始終を見ていたクインツァイトがその場でへたり込んだ。
 すると次の瞬間に千影がモニターの向こうからいとも簡単に戻ってくる。
「クインツァイトちゃん、もう大丈夫だよ」
 彼女はにこにこと笑いながらクインツァイトに手を差し伸べた。彼は彼女の手を借りてゆっくりと立ち上がり、改めて千影を見る。
「えっとね、チカにはご主人様がいるの。パソコンさんにとっても詳しいの。あ、電話まだ繋がってるから、お話してみて。万輝ちゃんって言うのよ」
 千影はそう言ってスマートフォンを差し出してきた。
 クインツァイトは彼女の勢いに押されたままでそれを受け取り、耳に当てる。
『――初めまして、僕はTHE FOOL。そう言って通じるかな』
「!! 情報屋の『愚者』。まさか、本人なの!?」
 クインツァイトは瞠目しつつそう答えた。ネット世界に精通しているだけあって、そちらの情報には食いつきも早い。もちろん、万輝の『情報屋』としての存在も知り得ているようであった。
『その様子だと、知っていてもらってるみたいだね。今日は僕のチカがそちらでお世話になったみたいで。……まぁ、こういう能力者もいるんだって把握してもらえればそれでいいよ』
「……普段ならこうした会話すら出来る存在じゃないってのに。チカちゃんにはこちらでちゃんとお礼するわ。ありがとう。それから、どこかでリアルに会いましょ、いつか」
『そうだね、その必要が来る日があればね』
 クインツァイトがそこでようやく緩い笑みを浮かべた。状況を飲み込んで把握したらしい。そして、千影の主が思わぬところで繋がりのある人物だと知って、嬉しそうでもあった。
 ――THE FOOL。
 ネットの向こうの名のある情報屋。持ち合わせる情報は数知れず。セッションを試みても殆ど足取りを掴めないことでも有名すぎる相手との接触に、雷が落としていった怪異などどうでも良くなってしまうほどの喜びを感じる。
「クインツァイトちゃん、とっても嬉しそうね」
「ええ、そりゃもう。……さぁチカちゃん、お礼のシシャモよ。ちょっと冷めちゃってるから、温めなおしてあげるわね」
「わーい! ありがとう!」
 そのままでは黒焦げになってしまうから、と予め皿に乗せていたシシャモが四つ。
 全て千影のご褒美として与えられ、彼女はとても美味しそうにそれを頬張るのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年08月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.