『光の花の下で 』

レグ・フォルワード（ia9526）＆ソウェル　ノイラート（ib5397）

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　宅配屋　スローチネの扉にぶら下がる『休業中』の看板。しかし店は無人というわけではなく扉に嵌められた硝子越しに覗き込めば、カウンターの向こうに店主レグ・フォルワード（ia9526）がぼんやりと窓の外を眺めている姿を見つけることができる。
　レグは人待ち中であった。
　西の空には陽光の残滓が煌き、頭上に薄い爪のような月が薄らと見え始める夕暮れ時。
　ランタンに灯はなく、薄闇に沈んだ店内。別段作業するわけでもないから問題は無い。
　どうして灯を点けないのかと問われれば、もの想う時はこれくらいの方が良いのだ……と嘯くだろう。別に待ち人が来れば出かけるわけだから、火を入れるのが面倒くさいという事ではない、と。
　開け放した窓から入り込んでくる夏の生温い風。時折風に乗って喧騒が運ばれてくる。今日は花火大会の日だ。
　着飾った娘や子供が楽しそうに通り過ぎていくのを頬杖を突きレグは眺めた。
　一等前でみるんだ、と走る幼子が転び、後から来た子に助け起される。兄弟だろうか。今度は二人手を繋いで走り出した。
「ガキは元気なもんだ」
　笑うレグも今から恋人と一緒に花火大会を見に行く予定である。何時よりかなり多い人通りに混みそうだな、と零す。
「まあ、それはいい、それは……」
　手持ち無沙汰風にカウンターの上で手を開いたり握ったり。
　目を閉じれば鮮やかに蘇る白に埋もれた故郷に兄の後ろを着いて回る少女、視界を覆う桜吹雪の下の百面相、夜露に濡れた菊花の中抱きしめた身体の温もり。それだけではない。いくつもいくつも浮かんでくる恋人の姿。
「まさか、こんな事になるとは……な」
　故郷を出奔した時は思いもしなかった、と浮かべたのは苦笑……少なくとも本人はそう思っていた。だがもしも此処に誰かいたならば、レグの笑みがとても優しいものだったと指摘しただろう。
　暫く掌をみつめてから、「よし」と握る。何が「よし」なのかよくわからないが、気合を入れる呪いのようなものだ。そこで掌に汗をかいている事に気付き慌ててズボンで拭った。どうやら落ち着きがないのは子供だけじゃないらしい。
　今日、レグは恋人にプロポーズをする。過去の自分が思いもよらなかった新しい人生に向けて一歩踏み出すのだ。
　プロポーズの決意をした日には覚悟を決めたというのに眼前に迫ったその瞬間にじわりと掌に汗が浮かんだ。
　あの日、告げた想いに応えてくれた彼女の心を疑う気持ちなど毛頭ない。だが……自分はかつて彼女を傷付け、悲しませた。
　そんな自分がこれからの時間全てを共有して欲しいと、ずっと一緒にいたいと言っても許されるのだろうか。再び彼女を悲しませることはないだろうか。それに彼女の身の安全は……幾つもの不安が心の中で頭をもたげてくる。
（しっかりしろ、俺）
　背筋を正し、頬をピシャリと一発。もう決めたのだ。彼女へのプロポーズは決定事項だ。たとえどんな不安があったとしても、自分の根っこのところはいたって明快。彼女と共にいたい、それなのだから。
「腹は括った」
　後はその場の勢い……いやいや、と軽く頭を振る。
　彼女に誓った通り自分の想いを一片の偽り無く告げるだけだ。
　決意も新たに頬を叩いた拍子にずれたサングラスの位置を戻す。
　窓の向こう、彼女……ソウェル　ノイラート（ib5397）を見つけた。しゃんと背筋を伸ばして歩く姿は遠目だとしても間違うはずが無い。
　店に入る前、指で摘んで襟元を整える仕草。浴衣がとてもよく似合っている。凛とした佇まいの中に、そこはかとなく漂う艶やかさに目を奪われた……というのに。
　カランと軽快なベルの音を響かせ現れた彼女の第一声が、
「イカ焼き！」
　ときたもんだ。迎えようと立ち上がったレグは思わず膝から崩れ落ちカウンターに突っ伏した。
「大丈夫？」
　頭上から降ってくる何の他意も無い問い掛けに「気にすんな……」と両手をカウンターに突きググっと体を持ち上げた。いつかのデジャヴが脳裏を過ぎる。あれは餅だったか。
　そういった天然なところも含め可愛らしい恋人なのだが、プロポーズ前に『イカ焼き』は破壊力があった。まあ、彼女はそれを知らないのだから仕方ない。
　顔を上げたレグの視界に黒髪で揺れる簪が入る。バレンタインに彼女へ贈った桜の簪。夏真っ盛り、桜は季節外れじゃないか……なんて意地悪く思ったのは照れ隠し。当たり前のように彼女の髪に納まるそれにレグは目を細めた。

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　開始時間までまだ少しある。夕涼み代わりだと、二人は少し遠回りをした。
「花火って近くで見ると音の方が後から来るんだって」
　はしゃいだ様子で話すソウェルにレグが相槌を打つ。
「どんな花火が打ち上げられるのかな。大玉は勿論でしょ、仕掛け花火に……」
　カラン、コロン……弾む足元の下駄も楽しそうだ。
「出店はみてるだけでも楽しいし……」
「で、イカ焼きの他にリクエストは？」
「んー……」
　腕を組み眉間に皺を寄せて考え込む表情は中々に真剣。
（あぁ……可愛いな）
　繊細でたおやかな外見に似合わない、多少乱暴な仕草、表情一つ一つも可愛らしい。昔から可愛らしく美しい少女であったが、時を重ねるたびに彼女は魅力的になってくるように思える。
「林檎飴、かき氷……」
「食べ物ばかりじゃねぇか」
　からかうような口調に不意に顔を上げられる。何か反撃がくるかと身構えていたが何も無い。
「……」
　僅かな無言の時間。二人の視線が重なった。
「射的……」
　悪戯を思いついた子供のように細められた紫の双眸に一瞬レグの心臓がドキリと跳ねる。
「勝負する？」
　どちらが多く景品を落とせるか、と挑むような不敵な笑み。
「俺が勝ったらイカ焼き半分貰うからな」
「そうなったら、もう一本買って貰うから」
　しれっとソウェルが返す。
「そいつは賭けとは言わねぇな」
　呆れたように肩を竦めるレグとソウェルが顔を見合わせてから噴出した。
　子供達が「早く、早く」と互いに口にしながら二人の横を駆け抜けていく。子供の背で金魚の尻尾のように揺れている帯。
「金魚すくいでもいいけど？」
　子供達が角に消えてしまうと辺りに人通りがなくなった。
「ソウェル」
　足を止めレグが名を呼ぶ。一歩、二歩、先行くソウェルが振り返る。
　偽りのない自分の想いを伝えるためにレグはサングラスを外した。
「俺にお前とやり直すチャンスをくれたことに今でも感謝してる」
　ソウェルから返ってくるのはまっすぐな視線。それを正面から受け止める。
「その時も言ったがおれはお前とずっと一緒に居たい」
　そこで言葉を切り一度深呼吸。レグは腹の底に決意と力を込めた。
「だから俺と結婚してくれ、ソウェル」
　ありったけの想いを込めて一語、一語はっきりと告げる。全てを告げ終えた後、唾を飲み込もうとし喉が引き攣った。気付けば口の中はからからだ。
　二人の間を通り抜ける風。舞う髪をソウェルが押さえる。シャラリ、と簪が鳴った。
　言いたい事は伝えたと、腹の中で拳を握る間もなく「うん」と呆気ないほどあっさりと言葉が返ってくる。
「あぁ、そうだな。そうだよな。すぐには応えられないよな……ってソウェル？！」
　裏返るレグの声。レグの正面、ソウェルは笑みを浮かべて立っている。
「……あっさりした返事だな」
　掛けなおすサングラス。拍子抜けしたと思えるのは喉元過ぎれば、というヤツであろうか。
　何度も繰り返した自問自答はなんだったのか。そういえばあの時も……などと思い出した過去に視線が遠くに行きかける。
　驚いた様子もないソウェルから目を逸らし「それなりに俺も考えたんだが？」と髪を掻き回した。

　真剣な顔をしたかと思えば驚いたり、驚いたかと思えば拗ねてみたり。レグの様子にソウェルは気付かれない程度に笑みを漏らす。バツの悪そうな言葉は彼のために聞こえないふりをしてあげた。
（憧れの人……）
　まだまだ世間も知らない娘の頃。見上げていた頼りがいのある大きな背中。物知りで大人びた雰囲気……とても憧れていた。ソウェルにとってレグは初恋の人だ。
　その人とどう足掻こうとももう二度と会うことはできないと知らされたときの悲しみ。再び天儀で出会い、彼がその人だと知った時の怒りと安堵……。
　束の間様々な感情がソウェルの胸中を往来する。
「……いや、逆にお前らしいか」
　などと一人納得している姿をみればかつての憧れの人という雰囲気ではない。
（割りとヘタレ……よね）
　自分が大人になったせいだろうか、彼の色々な面がみえてくるようになった。時としてその背中に「なにやってんの」と呆れ混じりの言葉を投げかけたくなるような。
　尤もそんなことを指摘したらきっと彼がショックを受けるだろうから、己の心の中でそっと思うだけにとどめているが。
（でも……）
　憧れの人だった時よりももっと身近で愛しく思える。そういう所も含めて彼で、例えばいきなり「イカ焼き」なんて言い出しても笑って受け止めてくれる彼が好きなのだ。
　返事をしたきり、何も言わないソウェルにレグが少々情けない顔を向けた。互いの視線が交差する。
「なに？」
　首を傾げる。「まったく」ぼやくレグの声が語尾に重なった。
「お前にはこの先も敵う気がしねぇよ」
　お手上げだとでもいうように掌を空に向けるレグにソウェルは得意気に笑ってみせる。
　陽は完全に沈み、空に瞬くのは無数の星。遠くに川原を彩る提燈の橙の灯の列が見えた。
「そろそろ花火が始まるんじゃない？」
　早く、とソウェルがレグの隣に並ぶ。その視界の端に夜空を登っていく火の玉が映った。
「お……」
　レグが空を見上げる。
　轟音が大気を震わせ、紺青に大輪の光の花が咲いた。その瞬間、ソウェルは精一杯背伸びをしレグの耳に両手を当て唇を寄せる。
「大好きだよ、レグ」
　改めて告げる自分の想い。それは憧れの人への……いいや、今此処にいる自分から隣の彼への言葉。花火に紛れたこの言葉は果たして彼に届くだろうか。
　最初の一発を合図に次から次へと夜空に色とりどりの花が開く。花火が映りこんだサングラスの向こう、レグが目を瞠ったのがわかる。たとえサングラスが遮ったとしても彼の表情がわかるようになってきた。
「……」
　暫くしてニヤリと唇の片端を上げ彼が笑う。
「大好きって？　俺もだ。愛してるぜ、ソウェル」
　レグの力強い腕がソウェルの肩を抱き寄せた。

　ドォオオン……

　体の中にまで響く音。耳の奥で何度もこだまする。声は張り上げないと届かない。だが互いの鼓動ははっきりと感じられた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　　　　　　　　　／　性別　／　年齢　／　職業】
【ia9526　　／　レグ・フォルワード　　　／　男　　／　29　　／　砲術士】
【ib5397　　／　ソウェル　ノイラート　　／　女　　／　24　　／　砲術士】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

この度は大切なお話を任せて下さり大変光栄でした。
告白の時の言葉より、サングラスに関してアドリブを入れさせて頂きましたが大丈夫でしょうか？
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それではお二人の幸せを祈りつつ失礼させて頂きます（礼）。

アクアPCパーティノベル

桐崎ふみお

舵天照 -DTS-

2014年08月13日