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『あやかしたちの墓参り 』
百目鬼 揺籠jb8361)&柳川 果jb9955

 ――古より人の世界に住み、人と紛れて暮らしてきた、人ならざる存在がある。
 人ならざる彼らは、人にあらざるゆえに、人から『あやかし』と呼ばれていた。
 そして、彼らは今も存在する。
 かつてと同じように、人の世界に紛れて、ひっそりと。
 ……けれど、きっと確実に。
 
 
 現代。
 天魔に抗うための力――アウルを持った人間や、天魔勢力から離反・離脱したはぐれ悪魔や堕天使といった者たちを撃退士として育成する機関、久遠ヶ原学園。
 その久遠ヶ原学園のある学園島の一角には、古き血を引く者達が集うという宿があった。いつの頃からあるのか、どんな者達が住んでいるのか、実態はまるで曖昧模糊とした感じだが、それでもその宿に住まうものがいるというのは確からしいことである。
 そしてその住人の一人である百目鬼 揺籠は、ここのところ顔なじみの青年が、いつもよりも表情が心なしか暗いことに、ふときづいた。
 銀髪に赤い瞳のその男――柳川 果は、随分と昔からの知り合いだ。彼もまた、揺籠と同じ旅館――『静御前』の住人。果がこの島に腰を落ち着けたのはかなり最近だが。
 揺籠との関係も、ざっと数百年来の付き合いになろうか。そんなに生きている人間はいるわけもないが、かつてあやかしと呼ばれていた存在――すなわち天魔たれば、それも可能である。
 果はかつて駆け落ちをしたことがあった。相手は人間の女で、その頃彼が気まぐれに仕えていた武家の娘だった。身分も何もかも違う恋となれば、現代よりも様々なしがらみ、障害が多い。しかし――いや、だからこそ、彼らはその場所も地位も何もかもを捨てて逃げたのだ。
 揺籠とはその頃にはすでに知己であった。駆け落ちものの二人に助力してくれた、果にとっては恩人である。
 そんな果を知っているからこそ、揺籠は少し気になった。
 なにしろ普段から穏やかな彼がどこか呆けた表情で海なんぞ見つめているものだから、揺籠はどうにも苛立ちを抑えきれなくなって、果の背中を蹴り飛ばした。
「うわっ」
 突然の衝撃に、果は思わずつんのめって転げ落ちる。
「っ、何しやがるんでぇ……」
 蹴飛ばされた背中を器用にさすりながら、果は恨めしそうな目つきで揺籠を見やる。けれどもすぐに、彼はひとつため息を付いて、また海に視線を戻した。
「……まったく。どうしたってんです、蛇サン。あんまり呆けてたんで、つい蹴飛ばしちまいましたよ」
 蹴飛ばした揺籠の方はけろりとした顔だ。果は一瞬そんな揺籠になにか言いたげな表情を見せたが、すぐにそれはまた引っ込む。明らかにいつもと様子の異なる果の姿を見る限り、かなりの重症のようだ。と、そこで彼はふと、今という時期がどんな時期であったのか、思い出す。
(ああ……そういえば、お盆、ですねぇ)
 人とあやかしは、同じだけの時間を生きることができない。果が妻とした女性も、また例外ではなかった。彼女が身罷ってから、もうどれだけの時間が経ったのだろう。人間ならば、いや人間でなくても、随分な時間だ。
 ……それでもなお、この季節になると物思いにふけってしまう果は、優しい人物なのだった。
「蛇サン」
 揺籠が声を出す。
「ん?」
 泣いたって、いいんですよ。
 揺籠の言葉は優しいものだった。彼は果が妻とした女性のことをよく知っている。かつては果と果の妻、そして揺籠の三人で持ちつ持たれつの関係だったのだ。見て見ぬふり、と決め込むわけにもいくまい。しかし果は
「バカ、泣くか」
 と言ってそっぽを向く。その実、鼻の奥がほんの少しだけツンとした。
「……会いに、行きましょうか」
 揺籠はもう一度、優しい声で問いかける。果は目をはっと見開き、揺籠の方を振り返った。
「俺もよくは知らねぇんですが、人は盆にゃこうするもんなんでしょう?」
 その言葉が優しくて。けれど、うまく素直になれなくて。
「しかたないな……行くとするか」
 そんな果の声はしぶしぶという感じではあったが、まるっきり嫌そうというわけでもなかった。
 
 
 それから何日か経過した日の、深夜。
 現代に生きるあやかし二人は、連れ立って墓地を訪れていた。
 目的の墓は、少しうらびれた寺の墓地にひっそりとある。
 鬱蒼とした木々の中にある御影石でできた墓石は、雨もないのにどこか濡れたようなつやを帯びていた。
 それは、果がかつて彼女のために建てたものだ。静かに、ゆっくりと眠れるようにと――。
 そして揺籠と果、二人がやってきたこの時も、その場は静謐をたたえていた。
「……久しぶり、だな」
 果は墓に――いや、墓に眠る妻に向かって、優しく語りかける。
「今日は一緒に来やした。酒も買ってきやしたぜ」
 揺籠もそう言って一升瓶を取り出すと、柔らかい笑顔を見せた。
「それにしても見て下さいよ、蛇サンのこの体たらく。しゃんとしなせぇって、其方からも言ってやってくだせえよ」
 墓の前に酒をどんと置き、そう言って果のことを小突いてやる。一般的なあやかしというのは往々にしてどんちゃん騒ぎが好きなのだが、揺籠もまた同様。今日もまたどこかわざとおちゃらけた空気を出して、時に重くなってしまいがちな雰囲気を振り払おうとしているのかもしれなかった。……あくまで、推測だけれども。
「たまにしか来れねぇで、すまんな」
 墓の汚れを払いながら、果はそっと目を細めた。彼の目に映っているのは、無機質な石の墓ではない。あくまでそれは、愛した妻なのだから。そしてしばらく言葉を出せぬままに、じいっと墓を見やって、やがてそっと目を伏せた。
「……ま、とりあえず一杯やりやしょうや」
 揺籠はポンと果の肩に手を置くと、ずいとぐい呑みを差し出した。
「奥方も、蛇サンの元気な姿を見るほうが、嬉しいでしょうさ」
「……そう、だな」
 果は言われるままにぐい呑みを受け取り、日本酒を瓶から直接注ぎ、クイッとそれを口に含んだ。
「揺籠にゃぁ、いつも助けられてばかりだな。……ほんに、こういうのを腐れ縁っていうんだろうなぁ、お前さんとの仲みたいなのをさ」
 一息にあおった酒が、喉をかっと焼く。揺籠もまんざらではないようで、
「そうですねぇ。またこうやって二人して酒が飲めることにも感謝しなくちゃならないですからねぇ」
 そんなことを言いながら、酒をあおる。学園ではまだ大学一年生だが、彼らの実年齢はゆうに数百歳を超えていて、酒を飲んでもいっこう問題のない年齢であった。
「それにしても、本当に奥方のことが好きなんですねぇ」
 揺籠が果を見て苦笑を浮かべた。果は墓前にも酒を一杯供え、
「たまにゃあ、お前も飲むといい。妻と飲み交わすなんざ、幸せの極みってやつだからな」
 そして、わずかにトロンとした目を細めて、しみじみと果は言葉を口にする。
「わが嫁御殿は、ほんに良き妻で、良き母親だった……だからこそ、今もこうして『家』も残るわけだネ」
 果は、御影石に刻まれた家名をどこか懐かしく、そして誇らしく見やった。今名乗っているそれとは異なる家名だが、大切な思い出が詰まった名前。忘れるなんて出来やしない。
「なーにのろけてやがりますかねぇ。……ま、あの頃から似合いの二人だったのは確かですけど」
 果の言葉に苦笑する揺籠。長い年月の中でも特に決めた相手に連れ添うといった経験のない彼にとって、果の姿はある意味において憧れでもあった。家族というものをよく知らぬまま、いたずらに歳を重ねて来た揺籠には、そうやって『想う人』や『還るべき場所』を見出している果が、どこか眩しいのだ。本人も自覚はあまりないが、あこがれを持っているのだから。
「あの頃も苦労はしやしたけど、懐かしいですねぇ」
 揺籠が言いながらぐい呑みの中身を飲み干せば、果も小さく頷いて喉に酒精を流し込む。
「あやかしが懐かしむものでもねぇとは思うが……それでも、時間っていうのは流れていくもんだね」
 そうつぶやく果の声は、闇の中に溶けゆく。
 揺籠もうなずき、そして小さく笑顔を浮かべた。――かつての日々を、思い出しながら。


 なつかしき想いを胸に抱き。
 あやかしたちの、静かな夏の夜は更けゆくのであった。 
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb8361 / 百目鬼 揺籠 / 男 / 大学部一年 / 阿修羅 】
【 jb9955 /  柳川 果 / 男 / 大学部一年 / 陰陽師 】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご発注ありがとうございました。
あやかし、と呼ばれるモノたちの静かで優しい墓参。
こちらも書いていて、どこか胸が暖かくなるものを感じておりました。
独特の口調を表現するのは大変ではありましたが、それも楽しかったです。
読んでほっこりとしていただけると、嬉しいです。
重ねて、ありがとうございました。

(追記:お名前の誤表記申し訳ありませんでした)
アクアPCパーティノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年08月25日

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