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『―熱いお灸― 』
綾鷹・郁8646)&瀬名・雫(NPCA003)

「……つまり、娘さんの成績不振を何とかしたい、と?」
「ええ。しかし、私たち両親が何を言っても、あの子は聞く耳を持たないのです」
 相談を受けた綾鷹郁は暫し瞑目し、熟考した。そして一つの答えを弾き出した。
「幾らお説教をしても始まらないでしょう。本人に自覚させるしか方法は無いと思います」
「し、しかし! 説教してもダメな物を、どうやって!?」
「口で言って分からないなら、体に教え込むだけです……お任せください、こういう時に学友が役に立つのです」
 ニヤリ、と口の傍を上げる郁。何そして彼女は席を立った。この一件、確かに預かりました! そう高らかに宣言して。

 その問題児……瀬名雫の同級生を数名捕まえた郁は、彼女たちに事情を話し、協力を求めた。
「ふぅん……雫の成績が上がっちゃうとウチら的には困るけど?」
「だよねぇ、もし追い抜かれでもしたら、私たちの成績が下がる訳だしぃ」
「そこをひとつ! お願いしたい。これ、この通り!」
 合掌し、頭を下げる上級生……雫の姿を見て、クラスメイト達は困惑した。が、ここまで真剣に頼んでくる相手を無碍に扱うのも後味が悪いというモノだ。
「分かった、私は乗るよ。あの子が別の切っ掛けで猛勉強して、成績上げる可能性もある訳だし」
「だね、それに抜かれたら抜き返せばいいだけだし。うん、協力するよ」
 ありがたい! と、郁は同級生たちの手を握り、ブンブンと振って喜びを露わにした。ここで彼女達は、道端で立ち話もアレだと云う事で、郁の誘導でファーストフード店に腰を落ち着け、そこで相談を再開した。

「あの子ってさ、おだてに超弱いんだよね。だから、褒めちぎればホイホイと言うこと聞くよ?」
「しかし、それでは抜本的な解決にはならない。反省を促せる手は無いものか?」
「んー……いっそ丸坊主にでもさせちゃう? 何かの罰ゲームとか言って」
「うわっ、エグい! ……でも効果ありそうだね」
「確かに男子は事の責を取る際に頭を丸めて反省するという。これを女子に施すのは酷ではあるが、これ以上の処罰はあるまい」
 さて、どうやって反省を促すかは決まった。問題はどうやってそこに導くか、である。
「あのー、あたしの叔父さん、芸能ディレクターやってんの。そのコネを使えば……映画のオーディションとか言って、ヒロイン役に大抜擢される可能性があるっていう芝居を打つ事が出来るかも」
「成る程! そして、ヒロインは実は尼になるという話にでもすれば!」
 そういう事! と、話しを持ち掛けたクラスメイトは軽くウィンクをする。しかし、中学生の発想とは言え、かなりえげつない物ではあるな……と、郁は苦笑いを作るのだった。
「しかしだ、幾ら芸能ディレクターとは言え、いきなりそのような……」
「だからぁ、芝居よ芝居。TV局の楽屋にでも連れ込めば、まさか嘘だとは思わないでしょう?」
 クラスメイトはこの上なくいやらしい笑みを浮かべる。本当に女子中学生なのか? と疑ってしまうほどに。
 ともあれ、そのクラスメイトの叔父とも話が付き、プランは纏まった。後は雫を上手く乗せるだけなのだが、これは実は簡単な事だったのだ。

 夏休みの日中、渋谷の街は若者で溢れていた。そんな中に、雫を含めた例の集団が屯している。が、これもクラスメイトと郁が仕組んだ芝居の一環だったのだ。
「ん? んんんっ!! 良い、良いねぇーキミ!!」
「は? ……あの、何? ナンパならお断りよ、オッサン過ぎるもん」
「違う違う! 私はあるドラマのディレクターでね! ヒロイン役を探しているんだ」
「……ちょっとオジサン、ヒロインはあたしじゃないの!?」
 ここで、ライバル役に扮した郁がディレクターに食って掛かる。こう云った小芝居が、雫の闘争心を煽るのだ。これはクラスメイト一同からの助言であり、郁がライバル役に扮したのもその所為であった。そしてもう一人、ユラリと出て来る男が居た。男……と云うより少年と云った方が良いだろうか。年齢は14〜5歳、顔立ちはしっかりと整った所謂イケメンである。
「彼も出るの? そのドラマに」
「ああ、彼はもう役が決まっていてね。後はヒロイン役だけなんだ、しかし……これはオーディションをやる必要があるな」
 裏で話を合わせ、全てを知っている雫以外の全員が、心の中で笑みを浮かべる。彼女がこのシチュエーションに乗らない筈は無い、と。そして案の定、彼女は話に乗って来た。但し、ヒロインが尼であると云う設定はまだ伏せてあった。まさか、その自慢の髪の毛を剃らなくてはならないとあっては、流石の彼女も二の足を踏むだろうと思っての事だった。
(もう後に引けない、最終選考の直前で打ち明ければ……彼女の性格なら、後には引かない筈!)
 こうしてグルになっているクラスメイト共々、雫はオーディションを受ける事になったのである。

「あー、やっぱ駄目だったぁ!」
「雫、こうなったらアンタに賭けるよ! あのワケ分かんない女、負かしちゃってよ!」
 案の定、最終選考に残ったのは雫であった。が、此処までは仕組まれた事。皆の想定の範囲内だったのである。そして『ワケ分からん女』とは郁の事である。が、それも勿論、雫には伏せてあった。

 楽屋にて、いきなりバリカンを構えた理髪師がやって来るのを見て、ギョッとする雫。そしてもたらされる、衝撃の事実。実はこのドラマ、美形の尼僧が妖を法力で倒す、アクション物だという。
「オーディションだけなら、そこのカツラで済ませても良いけど。勝つ為には誠意を見せる事も大事よ」
 まさに口八丁! 女性プロデューサーは真剣な眼差しを雫に向ける。そして、これに尻込みする彼女ではない。サッと手櫛で髪をかき上げ、名残惜しそうにそれを眺めると……雫は『お願い』と一言。そして数分後、見事に剃りあげられたスキンヘッドを晒す、雫の姿がそこに在った。

 オーディション会場に現われた郁は、案の定スキンヘッドを模したカツラを被っての登場だった。そしてパフォーマンスを披露する両者。緊張が場を支配する中、軍配は雫に上がり、彼女が見事、グランプリに輝いた……筈であった。が、手渡されたのはトロフィーでも盾でも契約書でもなく、一枚の薄い封筒。そしてそれを開封すると……
 何と、『ドッキリTV!』と書かれているではないか!!
「な、何よコレぇ〜!? じゃあ何、この仕掛け、ぜーんぶ嘘!?」
「ゴメーン雫、実はアンタの親から頼まれてたんだよ」
「親御さんに、散々心配を掛けた罰だ。その頭でしっかり反省するんだな!」
 郁のドヤ顔に、愕然として膝を折る雫。そんな、丸坊主にまでなったのに……と。そして皆は思っていた。無意味にこんな姿にされたのではない事は伝わった筈。きっと改心するだろう、と。だが、しかし……

「ねー、合コンやろ!」
「あ、アンタね……まだ懲りてないの!?」
「懲りるぅ〜? 何で? あたし悪い事してないもん」
 ウィッグで丸坊主になった頭をカムフラージュし、相変わらずの態度を見せる雫がそこにいた。その様に両親は肩を落とし、郁も只、苦笑いを作るだけであったという。
 イケメン君は結局ゲットできず、目的も成らず……と、散々な結果に終わったが、郁は『そりゃー当然だね。成績落ちてるぞ、遊ぶのを控えて勉強しなさい! とは誰も、一言も云ってない。これで改心できたら大したもんだよ』と内心で笑っていた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年08月25日

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