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『短夜の宵待金魚 』
神室 巳夜子(ib9980)&徒紫野 獅琅(ic0392)


 気がつくと東の空が白んできていた。
 兄から借りた綴じ本が存外に面白く、すっかり夜を明かしてしまった。
 神室 巳夜子は、固くなってしまった体をほぐしながら顔を上げる。
 早朝とすら呼べない時間だというのに、外で人の動く気配がしたのだ。
「……お祭りですか」
 この季節、あちらこちらが浮足立つ。
 今年もそんな季節になったのかと思うと共に、自分が実家を飛び出してからどれくらい経ったかを考える。

 月が沈み太陽が昇れば、季節は移ろう。
 そうして時は流れてゆく。積み重なってゆく。
 それはあたりまえの自然の営みで、その檻の中で生あるものは飼われているようなものだ。
 
 だから。
 『今』が永遠のものではないと、移ろう時が来るのだと、巳夜子は知っていた。




 感想を添えて借りた本を兄へ返したらば、『そんなに面白かったなら、獅琅君にも薦めておいで』と予想外の切り返しをされた。
 徒紫野 獅琅、兄のお気に入りの少年。
 初対面時に彼は全裸であったとか、兄が妙に気に懸けているだとか、彼の兄に対する目が他人に対するそれと少しだけ違う気がするとか、……どうも釈然としない思い出や点が幾つかあるがそれはそれとして。
 名門貴族という名の箱庭で暮らしてきた巳夜子にとって、初めて近しくなった同年代の異性の……友人、だ。


「すみません、途中で人につかまって遅くなりました」
 人波をかき分けて、青い瞳の少年がヒョイと姿を見せた。
「急ぎの用ではありませんから、構いません」
 柔らかく微笑みを返したのなら獅琅の気持ちも軽くなるかもしれないが、生憎そういった対応は苦手だった。
 巳夜子は顔を伏せ、兄の薦めだと告げて紙袋に入った書物を差し出す。
「うはぁ…… 本、ですか」
「読みやすい内容でした」
「巳夜子お嬢さんも読まれたんですね。お二人そろってのお薦めじゃあ、がんばろうかな」
 対して、獅琅は人好きのする笑みをたやすく浮かべて見せる。
「……徒紫野さんは」
「はい」
「祭は、お好きですか? 明後日の夕刻、あちらの橋でお待ちしています」
「はい。……はい!?」
 巳夜子は一息に告げると、くるりと背を向け、その場を後にしてしまった。
「……花火に誘われた……のかな? 何か仕事かも?」




(何にせよ、随分打ち解けて下さった)
 綴じ本をめくりながら獅琅はそんなことを考える。
 獅琅にとってすれば巳夜子は生まれも育ちも全く違う、別世界のお人だ。
 獅琅が全裸という衝撃的な初対面を乗り越え、よくまぁこれだけ。
(あ、これは面白い……読みやすいなあ)
 堅苦しくない活劇もので、要所に挿絵もあってわかりやすい。
(巳夜子さん、こういうのも読むんだ)
 意外だな、と思う。
 何が好きで何が苦手か、わかるようでさっぱりわからない。
 喜んでくれると思ったら不機嫌になったり。……悲しませたいわけじゃないのに。


 夏の短夜は簡単に更けてゆく。




 遠く近くに笛太鼓。
 様々な出店が参道に並び、老若男女が楽しげに連れ立っている。
 鳥居に寄りかかる獅琅の姿が見えて、待たせてしまったと巳夜子は慌てた――顔に出さず。
 普段から和装とはいえ、浴衣となると気分も変わる。
 清潔感のある白地に藍色の牡丹を咲かせ、帯は紫紺に黄の差し色を。蒲公英をモチーフとした簪を髪に。
 色の合わせなどを考え込んでいるうちに遅くなってしまったろうか。
 細かな時間指定こそしなかったが、待たせるつもりなんてなかった。
「すみません、徒紫野さん。こちらから声を掛けたのに……」
「構いませんよ。綺麗です」
 『見違えた』は飲み込んだ。変な方向に誤解されて機嫌を損ねるような気がした。
 微妙な沈黙が、二人の間に流れる。
(とりあえず、仕事じゃあなさそうだな)
「屋台、見て回りましょうか」
 空気を切り替えるように獅琅が申し出ると、コクリと巳夜子は頷いた。


 万華鏡のように、祭りの屋台は華やかで賑やかで。
 熱気にあふれ、いずれも目を引く。
 慣れている獅琅はスイスイ歩くが、巳夜子は一つ一つに興味を示し、気を抜くとはぐれそう。
(初めて見るなあ、こんな巳夜子さんの姿)
 きっと、少し浮かれている。
 警戒心が緩み、少女らしい表情で祭りを楽しんでいる。
「徒紫野さん」
 小さな手が獅琅の着物の袖を引いた。彼女の視線の先には、水槽で優雅に泳ぐ赤や黒の金魚たち。
「……競争しませんか。負けた方が支払いです」
「いいですよ。手加減、無しですからね」
 こちらをチラリとも見やしないお嬢さんは、艶やかな耳がピクピクと動いている。
(先生と同じだ)
 さすが兄妹。
 微笑ましく思いながら、獅琅は巳夜子の隣へしゃがみ込んだ。




 憮然とした面持ちの少女の隣、獅琅は必死に笑いをこらえている。
「笑ってくださって良いのですよ」
「じゃあ、遠慮なく……。巳夜子さん、金魚掬うのお上手じゃないのに競争って……」
「そこまで笑わなくたって!」
「だって!!」
 一匹と三匹なのだから大差ないが、獅琅が加減をしたことくらい巳夜子にもわかる。
「〜〜。お腹が空きませんか? なにか、食べましょう」
 ツンと顔を逸らし、次の屋台へと促す。
「そうだなぁ、稲荷の切り売りなんていかがです?」
 脂っこいものは量を食べられないだろうし、ひとまず腹を落ち着けてから飴など甘いモノを楽しんだ方がいいだろう。
 周る順序を頭の中で組み立てながら、獅琅が巳夜子を案内した。


 屋台から立ち上る煙や湯気で、今日は星空も良く見えない。
 そんな、ごっちゃりとした空気が楽しいと、巳夜子は感じた。
(――私は、たぶん)
 付かず離れずを歩く少年の横顔をちらりと見て、胸の奥の得体のしれない感情に、ようやく巳夜子は名前を付けた。
 檻の中で飼われるような生活が嫌で実家を飛び出してきた少女は、『今』が永遠のものではないと、移ろう時が来るのだと察していた。
 いつか、連れ戻される日が来るだろう。
 あの家へ、戻る時が来るのだろう。
(その日まで少しでも多く、楽しい思い出を作れたら……)
 そう考えて、勇気を振り絞って祭りへと誘った。獅琅は全く気付いていないだろう。それでいいと、思う。
「……一口だけ」
「わっ!!?」
 手を伸ばし、彼が手にしていたフワフワの綿菓子をつまみ食い。
「ふふ、甘い」
「不思議ですよね、なんで砂糖がこんなことになるんだろう。金平糖も不思議な菓子ですけど」
 祭り時期にしか出会わない菓子へ、獅琅が首をひねる。
「徒紫野さんと綿菓子、という取り合わせも不思議ですよ」
「どういう意味ですか……」
 なんでも端的に口にしてしまう巳夜子に対し、いつでも獅琅の対応は穏やかだ。意地の悪い時もあるけれど、結局は優しい。
 そうやって見せる笑顔も、豊かな喜怒哀楽の表現も、巳夜子にはないもので――眩しく映る。
 眩しかったり、歯がゆかったり、そういった感情を彼に対して抱いている。
(本当は……隠さない表情だって、見たい……ですけど)
 その為には、自分だって素直になって見せないといけないのだろう。
 知りたいし、知ってほしい。けれど、近づくことは少し怖い。
「……あ」
 考え込む間に、ふっと獅琅の姿が遠くなる。
 慌てて手を伸ばす、服を掴んで繋ぎとめる。
(おや、手を取らずに服を……。前にからかったからかな……?)
(……彼の背中はこんなに広かったかな)
 振り向く獅琅と俯く巳夜子、二人の視線は交わらない。
「兄妹に見えそうですね」
 ふっと、他意無く獅琅が口にした。
「徒紫野巳夜子? 神室s いやそれはだめ絶対」
「聞こえています、徒紫野さん」
 ちくりと胸に刺さった棘は、直後の独り言で霧散した。
「いつも、そんなことを考えてらっしゃるんですか?」
「いつもじゃないです、時々で いや、時々だってこんなこと」

 くすくす笑い合ううちに、遠く高く花火が上がった。




 雑踏を避け、池のある場所へと移動しながらのんびりと花火を見上げる。
「綺麗ですねぇ」
「ええ」
 頼りなく昇る火の玉が、一瞬にして咲き誇る姿は圧巻の一言。
「……金魚」
 ぽそり、巳夜子が呟いた。
「この池へ、放しましょうか。窮屈な場所で飼うよりも、伸び伸びできるでしょう」
「巳夜子さんが、それでいいなら……」
 巳夜子は獅琅の分も受け取り、池の淵へと膝をついた。
 水面に月明かりと花火とが反射して、綺麗。
(……飼われることなく、広い場所でどうか)
 小さな金魚にとって、この池がどれだけの世界となるかは巳夜子にもわからないけれど――…… 叶うことなら、どうか。




 花火が終わり、人々も帰りの方向へ流れてゆく。
「送っていきますよ」
「……それじゃあ」
 お言葉に甘えて。
 いつになく大人しい巳夜子へ、少なからず獅琅は驚いている。
 今日はずっと、驚きっぱなしではあるのだが。
(たった一日で、色んな表情を見た気がする)
 何を考えているのかさっぱりわからないのは、相変わらずだけれども……
「……、…………」
 何事か言いたげにこちらを見上げ、巳夜子がフイと視線を逸らす。
(あ)
 キスしたいな、とその瞬間に獅琅は思った。
(いや駄目だ、怒らせたら送らせてくれない)
 一秒後、我に返る。

「……次は菊でも見に行きましょうか」

 言葉を探して、イベントを探して、これならどうだろうかと誘いをかけて――
 掠れるような、応じる声。
 泣くような、笑うような表情で、巳夜子は獅琅を見上げた。



 遠くの池で、金魚が尾ひれを翻しては水面を打った。
 ぱしゃり、水飛沫が波紋を起こす。





【短夜の宵待金魚 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib9980/ 神室 巳夜子 / 女 /16歳 / 志士】
【ic0392/ 徒紫野 獅琅 / 男 /14歳 / 志士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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淡い夏の一幕、お届けいたします。
思春期、良いものですね……(身悶えしながら)
楽しんで頂けましたら幸いです。
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舵天照 -DTS-
2014年08月26日

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