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『夏色の花 』
櫟 千尋ja8564)&大狗 のとうja3056)&真野 縁ja3294

 カラカラカラカラ。
 規則正しく駆けてくる足音。それを車輪が回転する軽快な音が追い駆ける。
 古い町並みを今もそのまま残す通りを人力車が走っていく。

「うぉうー! やべぇな、あっついなー!」
 遠くなる人力車を見送りながら大狗のとうが両腕を晴れ渡った空へと突き上げて伸びをする。腕に巻いた組み紐の太陽のチャームが陽光を受けきらりと光った。
 夏休みを利用した京都への旅行。この町は盆地という地形柄、特有の暑さがある。
「わあ!! 人力車、良いね!! 時間があったら乗ってみたいね!!」
 一歩前を歩いていた藤咲千尋は、二人を振り返りにこりと微笑んだ。ぴょこんっと跳ねるような勢いにお団子を纏めていた組み紐も併せて跳ねて、星がきらきら……。
 それに同意するように頷いた真野 縁は三つ編みにした長い金糸を身体にゆったりと巻き付けた先を開いている方の指に絡める。一緒に編み込むように巻き付けた組み紐には月のチャーム。三人お揃い。
 自然と気分が高揚し、胸の内が暖かくなる。その気持ちに微笑み、縁は手にしていた道化師の人形を抱く腕に力を込めた。伝えきれない想いを沢山詰め込んだその人形から、もしも伝わるものがあるのなら……ぎゅぅっと尚強く抱きしめたところで、縁は顔を上げてにこり。
「うに、お腹空いたんだよー」 
「だね!! 美味しいって評判のお店、もう直だよ。たっくさん食べようね!!」
「おー!」

 からころと、京の町に沿うような浴衣姿の三人が下駄を鳴らして駆ける音は、白壁の通りにまるで笑い声のように響く――。


 ―― ザワ……っ
 今、店内の心は一つになった。
 パンケーキが歩いている! わけではない。途中で何枚と数えるのを諦める枚数のパンケーキが積み上げられている。
 ゆらゆらと天辺が揺れるパンケーキタワーを、器用に運んでいるのは小柄な少女。
 彼女がテーブルの間を通り抜けると、甘いメープルシロップの香りがふんわりと尾を引いていく。
「縁ちゃん!! こっちこっち!!」
 先に席に着いた千尋が、椅子から腰を上げて大きく手を振り、のとうが流石だな! とけらけら笑い腕を伸ばして縁の為に椅子を引く。
「ありがとなんだよー」
 にこっと笑って三人席に揃ったところで両手を合わせ
「「「いただきまーす」」」
 たーっぷりのクリームを添えて、縁は天辺からざっくりと……♪
「ちょこれーとー!!」
 千尋のパンケーキはチョコレートコーティング。チョコクリームの上にはカラフルなスプレーチョコも振りかけて♪
 ほろりと苦くてその後口いっぱいに広がる甘さ。カカオの香りに癒される。
 んー!! と感嘆の声が自然とこぼれた。
「うぉう! ひんやりうまうまなのなっ」
 のとうはトッピングしたアイスクリームを一口ぱくり。ひんやりと口内に広がる甘くて優しいバニラ味。鼻腔をくすぐるメープルシロップの香りがアクセントになる。続けて表面カリカリ中はふんわりのパンケーキにナイフを入れて、あーんっと一口♪
「んー、こっちもうまうまなーっ」
 頬を手で押さえて満面の笑み。
「本当、おいしーんだよ!」
 その台詞にのとうは現実に引き戻され、隣からもう一度伸ばされた縁のフォークに悲鳴を上げた。
 縁の前に置いてあったはずの、パンケーキタワーは既に消失。
 ――彼女はきっと体内にブラックホールを持っている。
 イリュージョンを目の当たりにした他の客はそう行き着いて首肯した。
「縁ちゃん、こっちもおいしーよ!!」
 さくっとのとうのパンケーキに縁がフォークを刺したところで、千尋が一口大に切り分けたケーキを縁へと差し出し、もちろん、あーん……ぱくり♪
 恋人に、あーんと伸ばす手は恥ずかしいけれど、二人にはいっぱい差し出せる。お返しのあーんも、彼からの時のように顔面湯沸かし器の如く沸騰するようなことなく、にこにこでぱくりだ。
「うにー」
 幸せ笑顔の縁の手首をひょいと持ち上げたのはのとう。そのまま一緒に持ち上がったパンケーキをぱくり☆
「いっししし! 油断したら駄目なのだ!」
 もぐもぐにんまりしたのとうは、縁が声を上げる前に
「えにーには、アイスをあげるのな♪」
 ひょいとスプーンで掬って縁の口へ。ぺろりとごっくん飲み込んで
「いただきますだよ!」
「全部とは言ってないにゃー!」
 再びのとうの悲鳴が上がった。
 そんな二人を楽しげに見つめていた千尋は、トレイのバランスを取りながら歩み寄ってきた店員に気がついた。
「あ!! 縁ちゃん。かき氷きたよー! もちろん大盛りー!!」
「うにっ! 食べるんだよ!」
 練乳で白化粧したかき氷は……さながら雪山。トッピングされたカラフルなたっぷりフルーツは雪原に咲く花のようだ。

 店内中に広がる甘い香りと、暖かい雰囲気。三人の楽しげな会話に幸せな笑顔。
 空いた席にちょこんと座った道化師の人形と千尋の巾着からひょっこりと顔を出した黒猫のぬいぐるみが寄り添い見守っているようだ。
 ふと、そんなことを思ったのとうは、こっそりと瞳を細める。それに二人の笑い声が重なると胸中が満たされた。
「のと姉」
「のと」
 二人に同時に呼びかけられ、のとうが顔を上げると、目の前にはフォークが二本。
 貴重な最後の一口ずつ。まるで宝物を差し出されたようで、のとうはそんな二人に、にししっと笑う。


 可愛らしい木製のウェルカムベルに見送られ、三人は店を後にする。
「食べ過ぎたー!」
「美味しかったもんね!!」
 美味しいものはいくらでも入るとばかりに、腹いっぱいを通り越して喉いっぱいになった。
「じゃあ、次は……お土産だね!!」
 おう! うに! とそれぞれに頷いて笑い合い、食後の運動を兼ねてお土産探して街を散策する。
 白壁に古木の風合い。頬をなでる風にはどこかの軒下に吊してあるのか、蚊取り線香の香りが混じって夏色を感じる。
 同じ時代であるにも関わらず、過ぎ去った、そして、肌で知るはずのない時を感じることが出来るそんな街だ。
「わぁ!!」
 からんころんとすれ違った赤。艶やかな風貌に伽羅香の高貴な香り。思わず千尋が振り返り目で追う姿は芸妓だ。おそらく本職ではないだろうがその姿は様になっていた。
「せっちゃん! 可愛いお店なんだね!」
 くぃくぃっと縁に袖を引かれた千尋は、直に縁の指差す方へ……ホントだ!! と声を上げる。
 入り口の端では水の張られた水盆に、真っ赤な金魚がひらりひらりと着物の裾をはためかすように優雅に泳ぐ。斜に差し込んでくる陽光に水面がまぶしく煌めいた。
 そして、雨よけからぶら下がった風鈴が、ちりー……ん、長く高く響く音を立てて、いらっしゃいませと告げたようだ。
「入ろっか!!」
「だな!」
 開け放たれた間口から、ひょっこり中をのぞき込むと和雑貨で溢れた店内からは優美な香りと、小さく響いている琴の音色が三人を招き入れる。
「可愛いものがいっぱいなんだね!」
 縮緬細工に組み木細工。造花に始まり花をモチーフにした小間物が特に目を引く。
「色々あるのなー」
 天井から吊された飾り雛。伸ばしたのとうの指先が触れると水を弾くような愛らしい音を立ててくるくると回り始めた。
 おぉー!! と目を丸くしたのとうは、可愛いね!! と笑った千尋に、だな! と笑ってもう一度回す。
 見上げていた首がそろそろ痛いと訴えてきた頃、ふと、視線を落とすとそれは飛び込んできた。
「これ、何に使うのかにゃー?」
 小さく首を傾げてのとうはその小さな陶器を指先で摘み上げ手のひらに乗せた。んー? ときょろきょろ。傍にあったポップと試供品が目に留まる。
「これが口紅……、んぉ、これは香水なのか!」
 ほー……! と、のとうが感心している頃、千尋はスマートフォンの液晶画面に指を滑らせていた。
「花言葉……はな、こと、ば……っと」
 口の中でぽつぽつと呟きながら検索をかける。
 目的のサイトで、とんとんと軽く弾いて詳細を表示――
「儚い恋……かぁ……」
 ちらりと商品を物色している縁を盗み見て天井を仰ぎ暫し瞑目。太陽は迷わぬよう全てを照らし続け、月は満ち欠けを繰り返し、星はそれらを見つめ続ける。
 それと同じように自分たちも、笑顔だけを共有してきたわけではない。だからこそ自分たちは互いの存在を大切に思うことができ、掛け替えのないものだと心に刻む。
「んー……」
 手の中の花飾りがゆらりと揺れた。それに合わせて巾着で大人しくしていた黒猫もゆらり、わわっ、と位置を正し一息つけば、閉じかけた画面に視線は釘づけられた。
 そして千尋は、口角をぐっと引き上げて笑みを形作ると、うん!! と一つ頷いた。

 思い思いの品を見つめて楽しそうにしているのとうと千尋を見つめて頬を緩め、抱きしめた道化師人形ごしに商品を見ていた縁も、
「プレ……ん、これとか似合いそうなんだよ」
 花を一つ見つめてにこり。そっと手を伸ばす。


「お土産オッケーだな!」
 順番に会計を済ませて表に出たのとうは、にこにこっと笑い千尋の開いた腕に自身の腕を絡めた。そして、グーと握っていた手のひらを千尋の前で、ぱっと開く。
「千尋!」
 ぱちくりと瞳を瞬かせた千尋の視界に入ったのは、撫子の花が描かれた器。
「練り香水なのだ」
「わわっ!! のと姉ありがとう!! ぁ、私も縁ちゃんに……」
 可愛らしい模様の和紙で作られた紙袋をがさごそと……。袋から取り出された白い花は、紙袋の中から解放され、花開くようにゆっくりと広がる。
「月下美人の花飾り。一目で縁ちゃんだ!! って思ったの!!」
「おおお綺麗なんだね! 嬉しいんだよー!」
 縁は生花を受け取るように丁寧に受け取って、幸せそうに瞳を細め微笑む。人形を落とさないように抱き直し、そっと髪に飾ってあった菊の花と交換して、改めてにっこり。
「ありがとなんだよー!」
 その笑顔に、千尋はもちろん、その肩越しに見ていたのとうもぱっと明るい顔になる。
 儚さに駄目かと思った。けれど、月下美人が持つのは儚さだけではない『強い意志』をも合わせ持つ。
「やっぱり縁ちゃんに似合うよ!!」
 目の前に咲く花もまた同じ――

「んぉー、そろそろ時間かにゃ?」
「のと、のと! のとにもあるんだよ!」
 仕方ない、帰るかー。の雰囲気で踵を返そうとしたのとうを縁が捕まえた。その勢いに、お、おっ、と後ろに傾きつつ、のとうはきょとん。視界が黄色になった。
「連翹なんだよ。お日様色に染まった花。のとにぴったりなんだよ!」
 風に花びらがそよいで、その隙間から月下美人が覗き、縁の緑瞳が細められている。連翹――それは日の色に染まった『希望』の言葉を持つ花。のとうは、もう一度大きく瞳を瞬かせ、胸中に同じ花が咲いたような温もりにはにかみ照れくさそうな笑みを浮かべ、ししっと笑い
「ありがとな!」
 王冠でも受け取るように両手でその花飾りを包み込んだ。
「のと姉! つけてあげるっ!!」
 千尋はのとうの手から花を取り、手早く髪に飾り付ける。
「二人とも、可愛い!!」
 ひらりと視界の隅に黄色が舞う。嬉しいんだよーと重ねて柔らかく微笑む縁。のとうは、まだ照れくささを含んだまま飾っていない方の髪を掻きあげ破顔した。


 タタターン……タタター……ン……。
 帰りの電車の中、一日の余韻に浸りつつにこにこと笑い合い、千尋は膝の上で小さな器の蓋を開く。
 鼻先に持ってきてもその香りは分かりづらい。
 香水なんてちょっと大人な気分で照れちゃうな、と遠慮気味に薬指で表面を擦り、そっと耳たぶに添える。
 練り香水は体温と混ざり合った瞬間、ふんわりと優しく甘い香りで包んだ。
「せっちゃんらしい香りなんだよ!」
 街ですれ違った芸妓のように強い芳香は放つわけではない。けれど、まるで寄り添うように香る撫子の香りは千尋そのもの――
「君の幸せが続くように」
 にっと笑ったのとうに千尋はほんのりと頬を染めて微笑む。撫子が持つ花言葉は『純愛』その意味に耐えかねて、千尋は過ぎていく車窓へと顔を背けた。二人が笑っているのが分かる。分かる、分かる――トンネルに入って、二人の顔が車窓に映る。視線が絡んだ。
 ふ、ふふっ。千尋からも笑い声が漏れ、ぱっと振り返り

「また思い出が増えたね!! 嬉しいな!!」
「うに! 楽しかったんだね!」
「ん、また来ような」

 それと同時にトンネルを抜け、茜色の夕焼けが三人を明るく照らした。



【夏色の花:了】




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8564 / 藤咲千尋 / 女 / 18 / 星の子】
【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 太陽の子】
【ja3294 / 真野 縁 / 女 / 12 / 月の子】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもありがとうございます。
 汐井サラサです。発注時不手際をしてしまいすみませんでした。
 学園で重ねてきた沢山の想いと経験。それによる三人の繋がりの強さ。それぞれを大切に想う強さ。
 それにいつも私は優しい気持ちを分けてもらえるような気がします。
 これからも色んな思い出を重ねて、素敵な時間を過ごしてくださいね。
 今回も、その一端を上手く描けていれば嬉しいなと思います。このお話を書くにあたって少々卓上旅行をしたのですが、京都に行きたくなりました!
 素敵なところですよね。

 それでは、重ねましてご依頼ありがとうございました。
アクアPCパーティノベル -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年08月27日

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