▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『水遊びを一緒に…… 』
ウルシュテッド(ib5445)&ニノン(ia9578)


 ばさり、と龍が二度、三度羽ばたいた。広げた大きな翼は風を孕み、青空を滑るように飛ぶ。龍の背で手綱を握るのはウルシュテッド(ib5445)。彼の前には小柄なニノン・サジュマン(ia9578 )が座る。
 風に帽子をさらわれないよう押さえニノンは眼下に広がる森を見下ろした。
 ジルベリアのとある森。周囲を山に囲まれた森は、短い盛夏の眩い光を受け緑の深さを一層増す。
 天儀に比べジルベリアの夏は湿気も少なく涼しい。上空に吹く風も爽やかで気持ちが良い。だがやはり夏だ。照りつける太陽はじりじりと肌を焼く。
 日焼けはおなごの大敵、ニノンは帽子の広い鍔を両手で掴み深く被りなおした。
「で、テッド殿はわしをどこに連れて行くつもりかえ?」
 ニノンが背後のウルシュテッドを仰ぎ見る。「湖に行かないか」とウルシュテッドに誘われ、「悪くは無い提案じゃ」とその手を取った。だが肝心の行き先を伝えられていない。そのまま気付けば彼の空龍ヴァンデルンに乗せられ空の人である。
 互いの故郷であるジルベリアへ来たのはわかったが、このような緑深い森に見覚えがなかった。
「行ってみてのお楽しみ」
 ウルシュテッドの言葉が終わるか終わらないかのうちに前方で何かが光った。間もなく陽光を反射し煌く湖が見えてくる。
 周囲の緑を湖面に映しこみ、静かに水を湛える湖。一望したニノンは少しばかり違和感を覚える。何故木が湖から生えているのだろう、と。
 手綱を引き、ウルシュテッドが高度を下げた。間近に迫る湖、底まで見渡せるほどの澄んだ水。そこに見える光景にニノンは息を飲んだ。
「遺跡が……森が沈んでおる」
 湖の中に石造りの神殿のようなものが沈んでいた。それだけではない、樹木も、下草も全て湖の中だ。まるでそこだけ切取られ時を止められたかのように。
「これを見せたくてね」
 龍を湖の上で旋回させる。龍の羽ばたきで湖面に漣が立った。
「この辺りは山に囲まれた盆地になっているんだ」
 ウルシュテッドが森を囲う山々を指でなぞるように指示した。
「冬の間に降り積もった雪が、暖かくなって溶け出して森に流れ込む。結果、夏の間だけ森が湖に沈むのさ」
 ウルシュテッドの説明にニノンは頷きはするが視線は湖に向けられたままだ。きっと説明は半分も届いていないだろう。
「湖の中に箱庭があるようじゃ……」
 だが湖へと向ける熱心な眼差し、興奮でかすかに上気した頬にそんなことはどうでもいいと思えてしまう。

 二人を降ろすと龍は早々に木陰で丸まって昼寝を始めた。後は二人で好きにしてくれ、というところだろうか。
 水着に着替え、念入りに準備運動まで終わらせたウルシュテッドはニノンへと向く。木陰でサンダルを脱いで裸足になっているところだ。柔らかい生地のサマードレスにレース編みのストール。周囲の風景に馴染みとても絵になっている、と親指と人差し指で作り出した額で切り抜く彼女の姿。
 だがやはり水着ではないところが、少しばかり残念といえば残念か。ウルシュテッドも男だ。好きな女性の水着姿は見れるものならば見たいに決まっている。
 レースで縁取られた日傘をくるりと回しニノンがウルシュテッドに並ぶ。
「中々気の利いた場所じゃの」
 木々を揺らす風にニノンが目を細める。
「移動手段が限られているからね。人も滅多に来ないし、二人で過ごすには丁度良いだろう?」
 徒歩での山越えは難しく此処に来るには騎龍や飛空挺が必要だ。
「秘密の場所というわけじゃな」
 帽子が作る影の下、笑った顔にウルシュテッドは見惚れる。
「ちょっと泳いでくるよ」
 ニノンは?と言葉に出さずに向けた視線。
「わしは……湖を眺めるのが好きでのう」
 どこかで聞いた台詞にウルシュテッドは笑みを漏らす。
 先日行った陽州の海で彼女が金槌であることを知った。本人曰く「ちょっと水に浮かないだけ」ということらしいが。その時も泳がない言い訳として同じような事を言っていた。
 ニノンの眉間に皺がよる。何か言われる前にウルシュテッドは「いってくる」と湖へ逃げ出した。

 流れ込む雪解け水のせいで湖は少しばかり冷たい。だがそれも慣れてくれば火照った肌に心地が良かった。
「……はっ」
 水中から浮かび上がり息を吐く。立ち泳ぎのまま額に張り付いた髪をかき上げ振り返ればニノンが湖畔で水と戯れている。先ほどから石を拾い上げては何かを確認していた。
 彼女と自分の間には距離がある。だが水と遊ぶ彼女を邪魔しないようそっと息を殺してその様を見守った。
 彼女とは手紙のやり取りや時々こうして二人で出かけたりしている。関係は……と問われればまだ恋人であるとは言えない。
 だが現状に不満は無い。此方の気持ちは伝えてある。だから先達て養子に迎えた子と同じようにこれから時間をかけてゆっくりと互いの関係を作っていけばいい。自分にとって彼女は信頼を寄せる愛しい人であることには変わりないのだから。
「……のんびり待つのも悪くないさ」
 彼女が自分との未来を望んでくれる時を。そのための時間はたっぷりある。
「それよりも今は……」
 彼女にもどうにかして泳ぐ事に興味を持ってもらいたい。水着姿が見たいのは勿論だが、それよりも一緒に涼を楽しみたいのである。
 そんな気持ちを知ってか知らずかニノンが拾った石を振りかぶる。横投げで放たれた石は一回、二回、三回……水を切って進み、ウルシュテッドの少し手前で力尽きた。
「お見事」
 遠くから送る拍手にニノンは少しばかり得意そうだ。

 平たい石を拾い上げては試みる水切り。中々先ほどの記録を抜く事はできない。
「石の大きさか、それとも投げ方か……」
 むむっと唸りニノンは手の中の石を見つめた。
 遠くまで泳ぎに行っていた同行者が戻ってくる。
「肩車、おんぶ、お姫様抱っこ。されるならどれがいい?」
 唐突な問いかけに「?」と不審そうに眉を寄せた。笑みを湛えたウルシュテッドの緑の双眸。歳に似合わず悪戯小僧のような笑み。賭けてもいい何か企んでいる。
 眉を寄せたまま「……おんぶ」と答えれば、抵抗する間もなくその背に負われた。
「な…な、な……」
 わなわなと震える拳でウルシュテッドの肩を叩き、足をばたつかせる。
「ふ……服が濡れるではないか!」
「すぐに乾くさ」
 悪びれる様子もない返事と共に水面をアメンボのように歩き出すウルシュテッド。
「……ぁ」
 ニノンは小さな声を漏らす。常よりも随分と高くなった視線は遠くまで見渡せた。
 緑が映り込む湖面、限りなく透明な水、中に眠る遺跡。周囲を囲う木々の向こうに見えるのは山頂にわずかに雪を残した山の稜線。青空もいつもより近くに見え思わず手を伸ばした。
「テッド殿、あれは何じゃ?」
 湖へと続く崩れ掛かった石畳。
「ああ、あの道を辿ると教会があってな」
 そう言うとウルシュテッドが森の上へと視線を向けた。木々の合間から教会の尖塔が覗く。
「ではあっちは?」
 今度は半ば水に沈んだ白亜のガゼボ。
「丁度あのあたりに遺跡の中庭があって……」
 ウルシュテッドはニノンの問いに答えながら、自分が見てきた景色を語る。
 湖の上には日差しを遮るものがない。水上散歩を終え、湖畔に降り立ったニノンは暑い、と被っていた帽子を脱いでパタパタと仰いだ。
「……駄目じゃ」
 帽子を傍らに置くと徐にサマードレスに手を掛ける。そして「辛抱たまらん」と言わんばかりにそれを脱ぎ捨てた。
 勿論下には水着は着用済みだ。
「……なんじゃ?」
 自分を見つめるウルシュテッドに向ける胡乱げな眼差し。
「俺のために?」
 来たな、とニノンが心の中で構える。ウルシュテッドは「好きだ」とニノンに己の気持ちを告げて以来、元々そのような言葉を惜しまない質であったがそれに拍車がかかっているように思えた。
「可愛いよ」
「……その軽口、ここに連れて来てくれた礼に聞き流すとしよう」
 眩しそうに目を細めるウルシュテッドに返すのは真顔。そして彼の横を通り抜けて水の中へ進み、丁度胸の辺りで立ち止まった。ここが限界。此処から先は水が自分を捕えて放さなくなるのだ……まあ、わかりやすく言うと沈む、ということである。
 この深さでも十分水は気持ち良い。
「軽口なものか。本当のことさ」
 さらりと返したウルシュテッドが泳いでニノンを通り越していく。そして正面に立つと「おいで」手を差し出した。
「離すでないぞ……」
 恐る恐る伸ばした手を引かれる。
 とん、と底を蹴って伸び上がる。手はウルシュテッドに支えられているから沈みはしないが、下半身は水の中。
「大丈夫だ。人は浮くようにできている」
 ウルシュテッドが水を一蹴りするたびに、すいっと進んでいく。それに引かれる形でニノンもまるで泳げるかのように水の中を行く。少し不思議な感じである。
「肘を伸ばして……腰は反らさない」
 別に泳げないからといって不便を感じた事は無いし、それを引け目に思ったことも無い。だがこのように美しい湖、下に見える遺跡、広がる青空と緑。それらと一体になったかのように泳ぐウルシュテッドが少しばかり羨ましく思えたのも事実。だからウルシュテッドの言葉に素直に従った。
「ほら、そのまま力を抜いて……顔を水につけて……」
 言われるままに顔を水につける。だが目を開けることができない……というのに手を離された。
 『約束と違うではないか!』文句の一つでも言いたいのだが生憎水の中だ。開いた口からは気泡だけが漏れる。手足が水を掻く。だが身体は上手い事浮かび上がらない。
 ウルシュテッドの足にでもしがみ付いてやろうか、と意を決して開いた目に映ったのは……。
「……っ!」
 行く筋も重なって螺旋状に浮かび上がる気泡。その向こうにやわらかな風に靡くよう水中をたゆたう下草に木々。差し込む柔らかな光。水の中陽光は、ゆらゆら揺れて遺跡へと届く。
 眼下広がる箱庭。
(まるで……)
 空を飛んでいるようだ。遺跡に向かって手を伸ばした。指の合間を抜ける水がくすぐったい。
(ああ……本当に……)
 ゆっくりと身体が沈んでいく。だがそれは沈むというよりも空中を漂っているような感覚に近い。
 不意に腕を掴まれた。

 手を離したそばからニノンの身体は水の中に沈んでいく。本当に水に浮かないらしい。
「力を抜いてと言ったんだがな」
 浮かび上がってくる気泡に溜息を一つ。頭から水中に潜る。目の前に広がる彼女の金色の髪。まるで陽光のようだ。
 二の腕を掴み、水面まで引き上げる。
 立ち泳ぎのウルシュテッドに支えられ水面に顔を出したニノン。手を離した事を怒られるかと思ったら、ウルシュテッドに向ける明るい緑の双眸はキラキラと満足そうだ。
「どうかしたのか?」
「わしだけの秘密じゃ」
 声にも笑みが含まれる。
「まあ、秘密は後でゆっくり聞くとして……」
 それにしても、とニノンを見やる。身体の力は抜けていない。多分今手を離したらまた沈んでいくだろう。
「……攻略し甲斐のある金槌だ」
 攻略のし甲斐とは勿論――言葉にせずに腕を引き寄せ額に口付けを一つ落とした。今までの比ではないほどにニノンの身体が強張る。
「……っ」
 震える肩。赤く染まる頬。睨む目の際も赤い。そんな目で睨まれたところで怖くもなんともない、寧ろ可愛いと微笑む。
「調子に乗るでなーい!」
 怒声と共にウルシュテッドの顎目掛け拳が繰り出された。それを見事に受け止める。
「そう何度も喰らわないさ」
 ロケット頭突きで学んだと笑えば「放せ!」とニノンが暴れ出す。ばっしゃ、ばっしゃと上がる飛沫に思わず手を離した。
 途端再び沈むニノン。追いかけウルシュテッドも水中へ潜った。
 水の中を漂う彼女は手足をゆるく動かしどこか楽しそうだ。
 ウルシュテッドがニノンに向かって手を伸ばす。ニノンも彼に向かって手を差し出した。
『好きだ』
 囁いた言葉は気泡となってあっという間に消えてしまう。伝わったわけではないだろう。だが彼女の持ち上がった口角に「わかっておる」と声が聞こえたような気がした。
(いずれ……)
 来るべき日に愛してる、と君に伝えよう……、とウルシュテッドはニノンの手を掴んだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名       / 性別 / 年齢   / 職業】
【ib5445  / ウルシュテッド   / 男  / 31歳   / シノビ】
【ia9578  / ニノン・サジュマン / 女  / 20代後半 / 巫女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
暑い日が続きますが体調はいかがでしょうか、などと手紙のような出だしで参ります。
そんな暑い日に一服の清涼剤ともなるような涼しげで素敵な発注ありがとうございました。
執筆中ずっと水の中を思い浮かべていた次第です。
お二人にも暑い夏に、ほっと一息できる時間をお届けできたのならば嬉しい限りです。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
アクアPCパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年08月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.