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『巡り来る夏 』
大狗 のとうja3056)&花見月 レギja9841


 残暑と呼ぶには暑い日だった。
 力強い日差しが容赦なく降り注ぎ、汗が肌を伝う。
 だが目的地に到着した大狗 のとうは暑さも忘れて歓声を上げた。
「おおー! すげぇ、スイカだ!」
 畑を覆う深緑の葉の隙間に、緑と黒の縞模様の球体がゴロゴロ転がっていたのだ。
「ほんと真ん丸だ、でっかいな! 良く育ったのな!」
 ツルを足でひっかけないように注意しながら、のとうは葉陰を覗いて回る。
「う〜ん、迷うにゃ〜……よし、君に決めた!」
 ひと際大きな西瓜の前にしゃがみこみ、のとうはすりすりと撫でまわした。日を浴びて熱い程の西瓜の皮は、軽く押さえる手を程良い弾力で押し返す。

 花見月 レギは今にも頬ずりしそうなのとうに声をかけた。
「のと君、西瓜がびっくりして爆発する、よ」
 レギ自身は古びた木のベンチに農園仲間のおじさんおばさん達と並んで座り、冷たいお茶などをごちそうになっている。
 突然、ひとりのおばさんがにこにこ笑いながら言った。
「可愛い子ね〜彼女?」
 レギは面食らう。
「いや、それは……犯罪」
 隣のおじさんが首をのばした。
「え? あの子、中学生ってことはないだろ?」
 ふるふるふる。レギは慌てて首を振る。
「あはは、犯罪っていうからさ。残念だね〜おじさんがあと十歳若けりゃ」
 その瞬間、おばさんの見事なエルボーが脇腹に入り、おじさんは激しくせき込んだ。

 だがレギは思わぬ事態に困惑し、黙りこむ。
(……そんな風に見られるの、か)
 いや確かに彼の方が少し年上だが、のとうだってもう二十歳である。
 世間一般的には犯罪とまで言われることはないだろうが……。
(のと君にも悪いな。少し仕草に気を張らないと、か)
 西瓜畑でレギは物想いにふける。



 弾むような足取りで歩くのとう。
 その少し後を微妙な距離を保って歩き、レギが気遣う。
「のと君、重くないかな」
「にゃははは、平気なのな!」
 振り向くのとうは、大きな西瓜を抱きかかえている。
「去年だってこうして、海でレオに……」
 そこでふとレギの耳に揺れる小さな蒼い石に目が止まる。
 砂浜で並んで西瓜を食べてから一年。
 小首を傾げる控え目な微笑は相変わらずだが、この一年の間に色んな事があった。
 呼び名だって『レギ』から『レオ』や『レオン』に変わっているのだ。
「どうしたのか、な」
「うにゃ、ほんとにあの種がこんなに育ったのな! 君、こういうとこ、意外と行動力があるよなぁ……」
「のと君と約束したからね」
 思い出の種を育てて、食べきれない程の西瓜を君に。ロマンチックなんだかそうでないのかよくわからない約束を、愚直なまでに実行してしまうのがレギなのだ。
「しかしレオも大荷物なのな!」
 クーラーボックス二つを提げ、大きなリュックを背負ったレギは、どこから行商に来たのかという有様。
「大したことはない、よ。……ああ、そこから降りるみたいだね」
「ついたー!! 肉だー、バーベキューだー!!」
 のとうが軽い足取りで側道を駆けて行く。

 河川敷は賑やかな笑い声でいっぱいだった。
「西瓜は川で冷やすのがいいな。バーベキューをしているうちに冷えるよ。後でおやつにしよう」
 レギは少し流れの早い深みを見つけて西瓜を浸ける。
「いつもレオは準備がいいのな」
 西瓜のことだけではない。リュックの中には簡易式のバーベキューセットが入っていたのだ。折り畳みイスまである。
「食べ物係は俺だから、ね」
 クーラーボックスには、下ごしらえの済んだ食材がぎっしり詰まっていた。
「おおーすごい! あ、ちゃんと俺も準備はしてきたからな、食った後のお楽しみだ!」
 のとうは肩にかけた大きな鞄を誇らしげに揺する。
「楽しみだ、な。でも、臨機応変、思いつきの順番で過ごすよ。それがきっと楽しい」
 レギはそう言っている自分にふとおかしくなった。
(『臨機応変』なんて。ふふ、きっとのと君の影響だな)
 どちらかと言えば、レギはきちんと予定を立て、平穏な毎日を過ごすタイプだ。
 だがのとうはつむじ風のように気紛れで、次の行動が全くよめない。
 そしてそれを楽しいと思える自分が、少し嬉しくなるレギだった。

 鉄板が熱く焼けるのを待つ間のとうは、お預けをくらった犬のような目で念を送っていた。
(早く肉焼かせろ〜肉焼かせろ〜)
 お沙汰は鉄板奉行のレギ次第。
「もういいか、な」
「待ってましたー!!」
 タレを入れた紙皿を手に、のとうが声を上げた。なんだかお尻のあたりに、ふさふさの尻尾がぶんぶん揺れてるのではないかと思うぐらいの喜びようである。
「沢山あるから、遠慮なく食べると良い」
 次々と肉を焼いてはのとうの方に寄せてやる。
 だがレギでなくても、どんどん焼いてしまうだろう。それ程に、肉を頬張るのとうの顔は幸せそうで、嬉しそうで、見ている方まで楽しくなるのだ。

 それにしても……消えていくのは肉、肉、肉。
 試しに肉二枚の間にキャベツとタマネギを挟んでそっと置いてみたが、のとうはやっぱり肉だけをさらって行ってしまう。
「のと君、野菜も……野菜も食べたげて」
 取り残され水分を失って焦げて行くキャベツを眺め、レギがぼそりと呟く。
 だがのとうは素知らぬ顔で肉を頬張る。
「野菜? 知らない子だな……」
(まあ、いいか)
 レギは早々に諦め、野菜を焼くペースを落とすことにした。
(しかし、細いのによく食べるな。一体どこにその栄養が行くのか……)
 クーラーボックスの中身はもう寂しくなりつつある。
 レギは何となく、鉄板に伸びるのとうの手に目をやった。視線はそこから腕を辿り、腕の付け根、顔の少し下あたりへ。
(……成程)
 何事かをひとり納得するレギだった。
 こちらの方が先刻の会話よりも犯罪臭が漂うのは気のせいだろうか。



 食事の片付けが終わる頃、河原には夜の気配が迫っていた。
 のとうが鞄を開く。
「さ〜て、いよいよ夏の風物詩の登場だ! 花火係の出番なのな!」
 カラフルな花火の包みが大量に出て来た。
「のと君。花火の配分、おかしくないか?」
 レギが『○○連発』などと書かれた、やけに立派な筒を数える。
「これでも厳選したんだぜ! さて、まずは定番だな!」
 取り出したのは懐かしのネズミ花火だ。しかも纏めて十本ほど。のとうは蝋燭の火を近づける。
「ふふふ……覚悟しろレオン!!」
 のとうの不穏な笑み。
「……?」
 何が起こるのかと首を傾げるレオンに向け、のとうはネズミ花火を放り投げた。
「いっけー!!」
 火花を散らしながらくるくる回り、花火は地面を生き物のようにのたうちながらレギに近付いて行く。だが、場所が河原だったのがまずかった。
「はにゃ?」
 小石にぶつかり、勢いよく進む向きを変えたネズミ花火は、真っ直ぐのとうの足元へ。
「うわ、ちょ、待て! うぎゃー!?」
 ぱぱぱぱぱん!
 幾つものネズミ花火がのとうの足元で連続ではじけ飛んだ。
「中々スリルのある花火だ、ね。そんな風に遊ぶんだ」
 レギは感心したような顔で拍手する。

「ぐぬぬ……次はそっちだ!」
 ダッシュで駆け寄るのとうの目の前で、打ち上げ花火の筒が浮き上がる。
「これは俺が火をつけることにするよ。危ないから、ね」
 レギが頭の上に打ち上げ用花火の主だった物を退避させていた。
 だがのとうとしては納得いかない。何とか飛びついて花火を奪おうとする。
「うぉうー! レオ、俺も火ぃつけたいー! 貸して、貸してっ」
「君は説明書通りに使わないような気がするから」
 レギは珍しく、強硬に主張を曲げなかった。
 万が一、のとうに火傷でもさせてはいけない。まるで保護者のようにレギは心配してしまうのだ。
 不満そうなのとうを待たせ、レギは川べりに筒を固定した。
 手持ち花火の一本に火をつけ屈みこむ。すぐにシュウシュウ音を立てて、ススキの穂のような火花が噴き出した。
「うわー、綺麗!!」
 次は高い音を立てて何発も何発も飛んで行く赤や緑の光。はじける音。
「すごいのな!」
「これだけの本数だと迫力があるね」
 気がつけば周囲の人も手を止めて、大量の花火を楽しそうに眺めていた。

 暗い川べりをレギが慎重に歩く。花火の燃えカスを拾っているのだ。
 のとうはその間に西瓜を切り分ける。と言ってもナイフが小さいので、ほとんどは切れ込みから割っている状態だ。
「これでもう全部だと思うのだけど」
 バケツを下げたレギが戻ってきた。
「君は本当にそういう所がきちんとしているな」
「……煩いかな」
 苦笑いするレギに、のとうは大きな西瓜の欠片を差し出す。
「それがレオの良いところだと思うのな!」

 レオンは、やっぱりレギの良いところを持ったままで。
 でも去年海で遊んだレギとは、少し違う雰囲気のレオンがここに居る。
 穏やかな瞳には以前よりも生き生きした光が宿っていて。
 その瞳は、例えて言うなら夜の海。
 月光を受けて輝く水面はとても綺麗だけど、少し寂しい存在だった。
 今、夜明けの気配に少しずつ明るみを帯びる海は、とても穏やかに見える。
 やがて陽光を受けて水面は輝き、煌めくだろう。
 その時が待ち遠しいような、今この一瞬が惜しいような……不思議な気持ち。

(俺の良い所か)
 他の人に言われたらついやんわりと訂正してしまいそうな言葉も、のとうに言われるとストンとレギの胸に落ちる。
 彼女の瞳はいつも、何処か深い所に潜んでいる大事な物を映し出す。
 根を伸ばし、土中の大事な物を集めて、鮮やかに強く伸びていく花の苗のように。
 そう、のとうを通じて見る世界は、咲き初めの花のように色鮮やかで生き生きとしているではないか。
 かけがえのない、愛おしい花。手折らずに、次々と咲く花をずっと眺めていたくなるような……。


「スイカ、すっごく甘いな! さすがレオだ」
 のとうが本当に嬉しそうに言った。だからレギも嬉しそうに微笑む。
 並んで西瓜を食べる二人の頬を、涼しい風が撫でて行った。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 伸びゆく花 】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 28 / 煌めく水面 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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また夏が巡ってきました。
お二人の幾つもの思い出を綴らせて頂き、私自身、大変感慨深い物が。
ご依頼の文章の素敵な雰囲気がちゃんと残せていますように、と祈りつつ。
今回のご縁に改めて感謝を。ご依頼、誠に有難うございました!
アクアPCパーティノベル -
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エリュシオン
2014年09月03日

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