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『Silent Summer Night 』
花見月 レギja9841)&ディートハルト・バイラーjb0601



 暑い。
 日本の夏は、どうしてこうも暑いのだろう。
 気温も高いが、何よりも空気がじっとりと重い。
 まるで湿った熱い綿に包まれ、じわじわと首を絞められている様な気分だ。

 そう言えばこの国では、夏は死者が現世に還る季節だと言われている。
 妙に空気が重いのは、彼等がそこに居るから――なのだろうか。
「俺なんかにいつまでも纏わり付いていても、何も良い事はないんだがな」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)は、そう零しつつ苦い笑みを漏らした。
 こんな夜にひとりで部屋に閉じ籠もっていると、どうも思考がネガティヴになる。
 退屈が人を殺すとは、誰が言った言葉だったか。
 ちょうど酒も切れたし、少し外の空気を吸って来よう。
 もしも誰かに行き合う事があれば、一緒に飲むのも悪くない。
「部室にでも行ってみるかな」
 そこは不良中年の溜まり場だ。
 とは言え、実際には年若い者達の方が多いのだが。
 しかし、こんな夜に集まって来るのは――

「ああ、やっぱり」
 明かりの漏れるプレハブの戸口から中を覗いたディートハルトは、そこに目当ての人物を見付けて僅かに頬を緩めた。
「ここに来れば会えると思っていたよ」
 その声に、ツギハギのソファに寝そべっていた男が顔を上げる。
「こんばんは、一人かい?」
 相変わらず眠そうな目をしたその男、門木章治(jz0029)は、こくりと頷いた。
 さて、どうしよう。
 酒を持ち込んで、ここで呑むのも良いが……



 窓の外から視線を感じる。
 ふとそんな気がして、花見月 レギ(ja9841)はカーテンを開けた。
 だが勿論、そこに人影はない。
 見ていたのは――
「ああ、君か」
 レギは小さく笑みを漏らし、上空を見上げた。
 そこには金色の淡い光を放つ丸い球がひとつ、少し寂しげに浮かんでいる。
「今夜は満月、かな」
 寝るにはまだ早いと、誘われている気がした。
 こんな夜には、月をお供に散歩というのも悪くない。

 誰もいない海にでも行ってみよう。
 そう考えていた筈なのに。
 気が付けばレギの足は、校舎の外れにある小さなプレハブ小屋に向かっていた。
「誰か、いるかな」
 窓から漏れる明かりを見ると、何故だかほっとする。
 何だろう、人恋しかったのだろうか――そんな季節でも、ないのだけれど。

 少し足を速めて近付くと、ちょうど誰かが出て来る所だった。
「ハル君と……門木の先生?」
 小屋の明かりが消える。
 二人で連れ立って、何処かへ行くところらしい。
 対照的な色彩だけれど、どこか印象の似ている二人だ。
 何が似ているのだろう。少し人恋しげな空気だろうか。
 人恋しいと言えば、今の自分もそうか――

 などと他愛もない考えを転がしていると、向こうから声をかけられた。
「今からショウジと呑みに行こうと思ってね。レギ君も来るかい?」
 ぱちりと瞬いて、レギはかくりと首を傾げる。
 まずはディートハルトを見、次に後ろの門木に視線を移して、訊ねた。
「構わないの……か?」
「勿論、歓迎だ、大勢で飲むほど楽しい事はないよ」
 後ろで門木も頷いている。
「うん。じゃあ、喜んで」
 柔らかな笑みが、ふわりと零れた。



「こんな店があったんだ、ね。知らなかったよ」
 ディートハルトに案内されたその店の名は、サイレントナイト。
 間接照明が多用された店内は明る過ぎず、かといって薄暗いという訳でもない絶妙な明るさだった。
 意識して耳を傾けなければ聞き流してしまう程の、音量を絞った静かなジャズが空気を満たしている。
「あまり騒がしい所は慣れないだろうからね。レギ君の様な若い子は、その方が良いのだろうが」
「いや、俺も……この感じは好きだ。うん、良いな。ハル君は良い場所を知っているね」
「学生だらけの町にこんな店があるなんて、思いもしなかっただろう?」
 自分も最初は驚いたと、ディートハルトは笑う。
 門木を真ん中に、三人はカウンター席に座った。
「今夜はゆったりと楽しもうじゃないか。酒の席で難しい話は無しだ」
 店は洋風だが、日本酒も置いてある。
「じゃあ、俺は日本酒を冷やで」
 銘柄はお任せだ。
 ディートハルトは常連の様で、その席には黙っていてもウィスキーの瓶とロックグラスと氷が置かれる。
「ショウジはワイン・クーラーか」
 門木の手元にはオレンジ色のカクテルが置かれた。
 まずは乾杯、そして呑もう。
 他愛のない話をしよう。
「酔うほど飲むなよ?」
 撃退士は、滅多な事では酔い潰れたりしないけれど。

 三人は特に何を話すでもなく、けれどただ黙っている訳でもなく。
 誰かがぽつりと何か言えば、忘れた頃に反応が返ってくる。
 終わったものと思っていた話が実はずっと続いていたり、あちこちに飛び回った挙げ句に思いもかけない場所から戻って来たり。
 まるで混戦した電波で太陽系の彼方と交信している様な気分だ。
 だが、それが良い。
(ハル君は部が同じだから、以前から顔見知りではあったけれど……あまり詳しいことは、そういえば知らない、な)
 焼物の猪口でちびちびと冷酒をすすりながら、レギはディートハルトの横顔を伺う。
(時折、いや……いつも、か。どことなく影を負っている、というか……寂しいよう、な……切なげな表情をしている気がするけれど)
 詳しい事情は知らないし、訊かない。
 そう感じている事も内緒だ。
(大人には、大人のプライドがある)
 人は誰でも、他人には言えない様々な思いを胸に抱えてい生きているのだろう。
 自分がそうであるように、ディートハルトも……門木も。
(そう……俺にとっては、深くを聞くことも話すこともない会話は、心地良い)
 ただ時々、抱えきれなくなって零れてしまう事がある。
 そんな時には、気付かないふりをしてさりげなく拾い上げたり、黙って受け止めたり……そんな事が出来る間柄でありたいと、願う。
 と、門木が白衣のポケットから何やら丸い物を出して、カウンターの上に置いた。
 木で出来た大きなどんぐりにも見えるそれは、赤と青に上下で塗り分けられ、中心を貫いて太めの爪楊枝の様な軸が刺さっている。
「それは、独楽かな?」
 ディートハルトの問いにこくりと頷き、門木はそれを回してみる。
 勢いよく回り出した独楽はしかし、あっという間に軸がブレ始める――が、揺らいで倒れるかと思ったその瞬間、くるりと逆さまにひっくり返った。
 逆立ちしたまま、独楽はくるくると楽しげに回り続けている。
「確か、逆立ち独楽といったかな。ショウジ、君が作ったのかい?」
 こくり、門木は頷く。
 以前、温泉街をぶらぶら歩いた時に見付けたものだ。
 その動きに興味を惹かれ、自分でも作ってみたらしい。
「……この、な。上も下もない感じが……なんか、良いと思って」
 軸がブレても気にしない、ひっくり返っても何もなかった様に平然と回り続ける。
 堂々と開き直った様にも見えて、何となく安心するのだ。
「なるほど、面白いな」
 ディートハルトは回り疲れて倒れたそれを、もう一度回してみる。
 独楽はやはり、逆さまになっても懸命に立ち続けていた。
「……よかったら……貰って、くれるか」
 もうひとつ、色違いの独楽を取り出してレギの前に置く。
「俺も、良いの?」
 こくりと頷いた門木に礼を言い、レギはそれを手にとってしげしげと眺めた。
「門木の先生は、機械とかそういうのが得意なんだと思ってた、けど」
 こういうものも、好きなのだろうか。
「……シンプルなものは、奥が深い」
 再び頷き、門木は遠慮がちに切り出す。
「……あの、な、レギ」
「うん?」
「……俺も、その、何かないのか……先生じゃ、なくて」
 酒の席で先生と呼ばれるのも、ちょっと、うん。
「良いの?」
 ならば遠慮なくと、レギは考え始める。
 ディートハルトがディー君ではなくハル君なら、ショウジは……
「ウジ君?」
 門木の向こうで、ディートハルトが盛大に酒を噴き出した。
「うん。それはないよね……流石に」
 呼ばれた本人は特に気にしていない様子だが。
 それなら本名はどうだろう。
 門木の本名は、エルナハシュ。
「じゃあ……ルナ君?」
 そこか。
 そこを切り取るのか。
 ディートハルトが、ぶるぶると肩を震わせている。
 だが門木はそれを気に入った様だ。
「……うん、それで良い」
 呼び名が増えると、それだけ世界との繋がりが強くなった気がする――なんて。



 やがて夜も更けて、外の気温もいくぶんか下がった様だ。
 口数が減って来た門木を見て、ディートハルトが新たな注文をしようと差し出されたグラスを押しとどめた。
「ショウジ、今日はもうそのくらいにしておいたらどうだ?」
「……ぁ、うん」
 酔わないせいで加減がわからないが、どうやら少し呑みすぎた様だ。
「そろそろ、お開きの時間かな」
 レギも最後の一杯を喉に流し込む。
 ディートハルトはまだ少し呑んで行く様だが――
「ルナ君は、俺が送って行くよ。眠そうだし、放っておいたら途中で轢かれそうだし、ね」
「それじゃあ、後は頼むよ」
 立ち上がった門木の手をとり、ディートハルトはそっと戯れのように口付ける。
「おやすみショウジ、いい夢を」

 さて、送って行くのは良いが……レギは門木の住処を知らなかった。
「ルナ君、住まいはど……え?」
 酔いが回ったのだろうか。
 確かに聞こえた気がするのだが……準備室、と。
「……準備、室?」
 こくり、門木は頷く。
 酔いが回った訳でも,聞き間違いでもない。
 単に寝泊まりするだけの場所という意味で、確かにそこは門木の住まいだった。
 乱雑に積み上がったガラクタの奥に、宿直用の簡易ベッドらしきものの一部が見える。
 その上にも色々な物が積み重なっていたが、確かに人ひとりが寝転がれるくらいの細い隙間が空いていた。
(これは、いつか掃除に来た方が良さそうだ、ね)
 掃除という名の、住み良い空間改造計画。
 そもそも準備室に寝泊まりすること自体が間違っている気がしなくもないが。
「お休み、ルナ君。良い現実を」
「……現実?」
「夢もいいけれど、ね」
 それはもう、ディートハルトが言ったことでもあるし。
「……うん、良い現実を」
 門木は立ち去ろうとするレギの手を取って、そっと唇を触れた。

 人界知らずの天使は、またひとつ新たな知識を獲得した様だ――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9841/花見月 レギ/男性/28歳/レギ君】
【jb0601/ディートハルト・バイラー/男性/45歳/ハル君】
【jz0029/門木章治/男性/41歳/ルナ君】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お世話になっております、STANZAです。
 この度はご依頼ありがとうございました。

 夏の夜の夢、如何でしたでしょうか。
 門木の呼び名はひとつの案ですので、お好きな様に呼んで頂いて構いません。
 勿論、お気に召して頂けたなら、そのままでも……呼ぶ度に、いちいち説明が必要になりそうですが。

 では、お楽しみ頂けると幸いです……!
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エリュシオン
2014年09月04日

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