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『思い出の空は桜色に染まる 』
黒葉(ic0141)&御堂・雅紀(ic0149)

1.
「御主人様〜。海にゃ〜。海ですにゃ〜!」
 入道雲が遥か水平線の向こう側に大きく幅を利かせている。空の青と白のコントラストを背景に、軽い足取りで黒葉(ic0141)は木陰で休んでいた御堂・雅紀(ic0149)の隣に寄り添う。
「遊んできてもいいぞ?」
 そう言った雅紀に黒葉は笑う。
「ご主人様と一緒にいるのが楽しいのにゃ」
 そう言いながら黒葉は雅紀の周りをくるくると回るように、敷物を引いたり飲み物を用意したり動く。
「お腹は空いていないにゃ? 喉は乾いていないにゃ? 暑くないにゃ?」
 いつもよりもずっとずっと雅紀に気を遣う。雅紀が戸惑う程に。
「落ち着け、祷歌」
 雅紀が呼ぶと、黒葉はぴたっと止まった。少し不安そうだった。
「‥‥折角海に来たんだから、まずは泳ごう。ほら、一緒に行くぞ」
 差し出された雅紀の手を黒葉は少し見つめた後、はにかんだ様に微笑んでそっと手を繋ぐ。
「はい」
 強い日差しの下で、2人は夏の海に駈け出した。
 黒葉は雅紀と繋いだ手を離そうとしなかった。その理由を雅紀はわかっていた。


2.
 それは3月の半ば。まだ春の寒さも厳しく、硬い桜の蕾がようやくほころび始めようとしていた時期だった。
「散歩に出かけよう」
 夕暮れ時にそう誘ったのは雅紀だった。
「御主人様とお出かけにゃ!」
 喜んでくっついていった黒葉は、その場所に近づくにつれて少しずつ表情が硬くなっていった。
 桜の木。その木に、見覚えがあった。
「この木の下で、約束をしたんだ」

 雅紀は遠い日に思いをはせる。それは、雅紀が開拓者としての道を進むきっかけになった約束。
 この木の下で別れた獣人の少女。
 1人で遊ぶ少女は、よくからかわれていた。獣人が珍しい‥‥ただそれだけの理由でひとりぼっちだった。
 おかしいと思った。子供ながらに、理不尽さを覚え、腹が立った。
 自分に嘘をつきたくない。少女を庇ったことから、話をするようになった。
 短い時ではあったけれど、たくさん遊んだ。一緒にいた。少女の笑顔が増えることが嬉しかった。
 だから、もっともっと強くなって少女を守れるようになりたかった。少年の雅紀は自分にその力がないことを知っていた。
 理不尽さに打ち勝つ力が欲しかった。両親がこの地を離れると知った時、決意した。
「また」
 いつの日か、俺が強くなったら。きっと。
 寂しそうな少女の笑顔が、いつも心の中で揺れていた。

 桜の木はあの日より少しだけ大きくなった気もした。けれど、小さくも感じた。
 あの頃よりもずっと背が伸びていた。力もついた。
「黒葉にこの話をしたら、嫌がるかなと思っていた。けど、やっぱり話しておく」
 桜の木の下に座った雅紀の隣に、黒葉も並んで座る。黒葉は黙ったままだ。
「俺にとってあの子は、俺が強くなろうと思ったきっかけだった。‥‥黒葉に会った時、その子のことを思い出した」
「御主人様!?」
 雅紀の言葉に、黒葉が声を上げる。雅紀は慌てた。
「ま、待て。『他の女と比べてたにゃ!?』という気持ちはわかるが、そういうんじゃなくてだな‥‥なんてぇか‥‥上手く言えないが、黒葉とその子が重なって見えた。ずいぶん昔の記憶だから似ている‥‥というよりは雰囲気とか面影なんだろうな」
 黒葉が絶句したように、ただ瞬きを繰り返す。
 突拍子もない話をした。黒葉にとっては寝耳に水なのだろうと雅紀は思った。
 過去の少女と比べられたなどという話を黒葉が聞いて嫌な気分にならないはずがないと、今更ながらに後悔した。
 けれど、それを話すことが必要だと思ったのだ。
 あの少女にも黒葉のように笑っていてほしいとそう思った。最初は本当にあの少女と重ね合わせていた。
 過去に守りたいと思った少女。けれど今は‥‥。


3.
 どうしてここに来たのか、どうしてその話をするのか。
 黒葉は混乱していた。突然の雅紀の行動にどう対応していいのかわからなかった。

 夕暮れの桜の下で別れを告げたあなたは私の言葉に頷いた。
 私の言葉を、あなたは約束にしてくれた。
 その約束が今も私の胸の中にある。あなたのあの日の姿をけして忘れない。
『‥‥大人に成ったら、この桜の木の前で、また会えるにゃ?』 

 少女の名は『祷歌』。
 ずっと約束を忘れたことはなかった。雅紀は忘れてしまっているのだと思った。
 けれど、それは間違いだった。
 忘れてなどいなかった。ずっと、思っていてくれたのだと今気が付いた。私だけじゃなかった。
 あふれ出る思いはもう止められそうになかった。泣くのは、もう少し後。今は伝えなければ。
 今、この場所だから伝えられる思いを、私の口から。
 『祷歌』の‥‥『黒葉』の言葉で。
「御主人様‥‥話があるにゃ」
「やっぱ嫌だよな。すまん。配慮が‥‥」
「ちがうにゃ!」
 謝る雅紀の言葉を遮り、黒葉は震える手で懐から御守を取り出した。
「本当にまた会えるとは、思ってなかったにゃ。いままで、黙っていて‥‥ごめんなさいにゃ」
 それは、幼い日に受け取った約束の品。雅紀の御守だった。
 今度は雅紀が黙る番だった。
「その子は‥‥祷歌は、私ですにゃ。本当は拾ってもらった時から御主人様のこと、わかってましたにゃ。ずっと忘れたことはなかった。けど、貴方は優しい侭で、私はこんなで‥‥」
 もう限界だった。ずっと押し殺してきた気持ちは、うまく言葉にはできなかった。
 そんな黒葉の頭を、雅紀は優しく撫でた。
「その名前‥‥お前‥‥」
「御主人様‥‥黙ってて、ごめんなさいにゃ。私が『祷歌』だってわかって‥‥私のこと、嫌いになるにゃ? 御主人様はもう、私を嫌いになるにゃ? 私は‥‥私は、御主人様がずっと好きで‥‥でもずっと騙していたから‥‥嫌いになっても当然で‥‥」
 不安は一気に口から漏れ出す。訊かずにはいられなかった。
 けれど、それは黒葉の杞憂だった。
 雅紀は目を細めて、優しく言った。
「そんなちいせぇ事気にしてたら、ここにはこねぇよ。それでもお前が好きだから、ここにいるんだろ。嫌いになんかなるかよ」
 雅紀の言葉で、涙がこぼれそうになる。
 何を言うべきだろう? いっぱい伝えたいことはあるけれど、何一つ黒葉には形にできなかった。
 頬を伝い落ちた涙を隠すように、黒葉は雅紀の胸に抱きついた‥‥。


4.
 岩の間で戯れるカニを見つけたり、海岸に落ちていた小さくて綺麗な貝を拾ったりした。
 2人のたくさんの海の思い出ができた。黒葉は繋いだ手を離さなかった。
「また一緒に来よう」
 雅紀がそう言うと、黒葉は嬉しそうに笑う。その笑顔で、雅紀も笑顔になった。
 散々遊んだ浜辺は、夕暮れ色に染まりつつある。帰りゆく人に紛れ、黒葉と雅紀も帰路に着く。
「御主人様」
 黒葉が不意に立ち止まると、雅紀に言った。
「私はこれからも『黒葉』として、御主人様の傍にいるにゃ。『黒葉』は『祷歌』の思い出も『黒葉』の記憶も持っているから、ずっと御主人様の傍にいるにゃ」
 吹っ切ったような顔で、黒葉は笑う。
「ほら、暗くなる前に帰るぞ。やる事は山ほどあるんだからな」
 くしゃくしゃっと黒葉の髪を雅紀は撫でる。黒葉は笑うと、ハッと突然真顔になった。
「忘れてたにゃ!」
「? なにを‥‥」
 雅紀が問う前に、ぐいっと雅紀の顔を黒葉の両手が覆った。強引に下を向かせられて、唇に黒葉の唇が触れた。
「好きの口づけですにゃ」
 少し恥らうようにすぐに離れた黒葉に、雅紀は少しして言った。
「そういうのは男からするもんだ」

 伝わってくる温もりが、今、お互いがここにいる証。
 ずっと、一緒に‥‥。

 

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ic0141 / 黒葉 / 女性 / 18歳 / ジプシー

 ic0149 / 御堂・雅紀 / 男性 / 22歳 / 砲術士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 黒葉 様 御堂・雅紀 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はアクアPCパーティーノベルのご依頼ありがとうございました!
 また書かせて頂けて嬉しいです。
 思い出の成就。素敵ですね! 幸せに〜!
 少しでもお気に召していただければ幸いです。
アクアPCパーティノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年09月04日

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